表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/31

12 ありがとう



「単刀直入に言うとね、狭間くんに『ありがとう』って伝えたかったんだ」


「ありがとう。って僕に?」


「うん」


 感謝されることをした覚えはないな。


「悪いけど、僕には心当たりがないというか」


「広岡印クンの退学。君が仕組んだことでしょ? 大丈夫だよ。分かるから、安心してほしいな」


「はあ」


 空気が変わっている。肌で感じる。


「私はこれでも周りを見れるというか、オカシナ人間代表なの。ま、そんなことはどうでもいいかな。でも取り敢えず、ありがとうって言いたかったの。めんどくさい私の粘着ストーカーを退学させてくれたからね」


「……もう一度言うが、何のことかさっぱりだな」


「広岡クンは偶然私と同じクラスに入れて嬉しかったらしいじゃん? それで、そのことを家族に報告したかった。いち早く。でも……学校を通さない突発的な島外との連絡は禁止事項。狭間クンはそこに着目した」

 レノレノは大きく手を広げて、口角を上げる。


「酷いよね。狭間くんって。禁止事項を破った時にペナルティがあることを、彼に伝えてなかったらしいじゃん? 彼はプリントをしっかり読み込んでいなかったから、分かっていないみたいだったよ」


 ……どこでその情報を仕入れたのかは分からない。けれど確かに、僕は広岡にペナルティについて伝えていない。

 伝えなくても自分で分かるだろうと、見込んで。


「そ・れ・に」


 どうやらまだ続くらしい。


「わざわざ一回、ルールを破ることに対して抑制させておく。それがいやらしいよね。 そしてダメって言った直後に私と二人きりで会わせる事で、逆にというか……彼が勢いのままルールを破るように扇動したのだからさ」


 最後にこう結ぶ。


「結局、彼は家族に『憧れのレノレノと会えた』ってメールを送ったのかな? 真相は分からないけれど、ともかく退去処分なんだから“そういう”ことなんだろうね」


 まるで全部お見通し、分かっていると挑発するように薄気味悪く彼女は笑う。でも僕にしてみれば、その推理こそ鼻で笑ってしまう。


「あー、えーっと。何か勘違いしているのなら訂正させてほしい」


「なにかな」


「別に僕はアンタの為に広岡を退学させたわけじゃないし、意図的に仕組んだことじゃない。ただ島のルールを破ったらどうなるのか」


 ただ、気になったから。


「運よくか悪くか、身近にいた彼で実験してみただけだよ。それにあの程度で、確実に広岡がルールを破るとは限らない。強制してた訳じゃないんだし」


「でも結果は『退去処分』という大きなモノ。つまり意図的かはともかく、広岡クンを退学させた事は認めるってことでいいのかな」


「どう取っても構わない。別に僕は……当たり前のことをしただけに過ぎないから」

「当たり前のこと?」


 いままで優位性を示すように笑顔を保っていたレノレノの表情が、微かに曇る。


「そうだ。このフザけた世界で生き残る為に、死ぬ方法を探す。当たり前のことじゃないか? 死ぬ方法さえ掴めれば、その方法から逸脱すれば問題なく生きられるからな」


「……ふうん。狭間くんって、面白いね」


「そりゃどうも、元より知ってたけどね」


 でもコレは、つまらない冗談だった。

 冗談でもなかった。


「知ってる? この学校が、ほかの高校に比べて圧倒的な退学率を誇っていることを。卒業しちゃえば指定した将来が確約されるのだから、そりゃ当然かもね。学校側はその職業に完全に適した人間以外、卒業させていない。全部退学させているから……」


「その情報源は気になるところだけど、信じられなくはないな」

 というか、十分にあり得る話だ。


「で、何が言いたい」


「この学校は普通じゃないの。だから四月下旬に控える最初の試験も、面白いと思うよ────ふざけているとさえ思うかもね。それか嘆くかもね? 『やっぱりこの世界はふざけているっ!』って!」


 ……つまり、何が言いたい。


「つまり、普通じゃないキミにはこれからの高校生活、試験を楽しみにしていてほしいってこと」


 もう一度催促しようとしたが、彼女はそう言い切った。なにか色々と含みのある発言だが、見逃しておこう。僕を知ったような口を叩く、この学校の事情を説明する彼女は果たして何者なのだろうか?


「……アンタ一体」


「じゃあね、また明日」


 レノレノは僕の質問に答えることなく、スキップして帰っていった。誰もいない校舎裏は一気に静まり返る。静寂。まだ涼しい穏やかな春風が僕を包む。


「いるなら出てきたらどうさ、冬樹原」


「……やっぱりバレてた? 面白い修羅場に遭遇してしまったからね。つい隠れることは二の次で聞き入っていたよ。……それでも、出来るだけこっそりと覗いていたつもりなのだけれどね」


「バレバレだったよ。多分、あの感じだと……アンタが苦手な猫犬ちゃんにもバレてたでしょ。うん」


「げえー」


 声を掛けると、校舎裏の角から冬樹原が姿を現した。盗み聞きをしていたことは、問い詰める意味もないほどに明白である。


「別にいいけどね。それよりもワチは凄い事を聞いた気がするよ」


「レノレノのことか? 天真爛漫なサイコパスてな感じだね。僕から見た印象を語らせてもらうと」


「ワチから見れば、人畜無害なサイコパスって感じだけどね。今の北ちゃんに対する印象は……」


「もしかして、言い逃れは出来ないパターンか?」


「うん。そうじゃないかな。この状況で言い逃れすることは、ワチでも難しいかも」


 じゃあそれは、不可能っていう話だな。

 それで片付く。言い逃れは出来ない。ならば誤魔化すしかないな……。

 これ以上は語らない。そのスタンスでいこう。


「別にワチはさ、今の事について言及するつもりはないのだよ」


「そうなのか?」

 ありがたい知らせだ。


「ただ言ったでしょ? ワチは北ちゃんに一つ聞きたいだけだって」


 つまり、あの時のお礼を。

 冬樹原もここで使うってことなのだろう。


「そういえばそうだった。そんな事を言っていたような気がするよ」


「うん。別にオブラートに包むもんじゃないから、そのまま聞くけどさ」


「どんとこい」

 何を聞くのだろうかと期待するのだが、結果はあまりにも素朴なモノだった。


「北ちゃんは何者なのかな?」


 無駄を省いた単純明快な問い。

 迷いはなかった。

 答えはただ一つだ。

 このフザけた世界で答えられるモノはただ一つ。

 僕は僕であって、僕でしかない。

 代替可能な少年でしかない。

 狭間北でしかない。


「僕が何者か……か」


 あ、と言う刹那にはもう終わっている。

 そんな回答しかない。

 隠すようなこともない。


「そんなの一言で済む」


 別にそのことに意味はないのだから。

 ただ事実を羅列するだけだ。


 だから、問いと同じように僕は単純に答える。

 

「殺人鬼」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ