11 沈黙
広岡が唐突に退去処分を受けたことで落ち込む古林を慰めながら、僕はその日の放課後を過ごした。
一週間たらずの付き合いとはいえクラスメイトが退学したことは、みんなの精神的負担になっている。
「なあ、北。オレはこれからどうすればいいんだろうな」
放課後の教室。
古林が聞いてくる。
一週間とはいえ僕は仲良くさせてもらった。
だからそんな彼の親友である古林に何か助言をしてやりたいのだが……思い浮かばないな。
「どうしたらいい、か」
彼のことは忘れろ。
そう言う事が出来れば、どれほど簡単なことだろうか。
でも出来ない。
そんなことは言えない。
頑張って考えるも、中々答えが浮かばず悩む。するとその状況を見かねて石山流が走って来た。
「古林君。みんなと一緒にカフェでコーヒーを飲みながら落ち着きに行かないかい?」
悪くない案ではあった。
「……いや、悪いな。一人で落ち着くことにする」
「そっか。分かったよ。狭間くんはどう?」
どうするか。しかし古林が行かないとなると、あまり行く意味はないだろう。
「悪いけれど、僕も断らせてもらう。独りで落ち着きたいところだし」
それから石山流たちは数名のクラスメイトを連れて教室を出ていく。遅れて、独りで古林も寮に向かって行った。まるでというか、ただのお通夜状態のこの教室。地獄みたいな空気が蔓延するソコにあえて残っている生徒は少ない。
教室にまだいるのは、僕を含めて三人だ。
「北ちゃんはまだ帰らないの?」
「まあね」
蒼い悪魔。
冬樹原は机に両足を乗っけて組んでいる。なんとも行儀の悪い女の子だ。
「冬樹原は帰らないのか?」
「そりゃもちろん。だって君からの支払いが済んでいないからね」
「支払い?」
「もう忘れたのかい北ちゃんは……げー、っだね。ワチをさっき傀儡扱いしたばかりじゃないか」
「ごめん。僕は記憶力が弱いのさ」
「じゃあ教えてあげるよ。ワチは人形になる代わりに、北ちゃんを永久に好き勝手する権利を手に入れたってわけだよ」
待って。それは聞いていない。
「……ん? 僕はなんだか盛大に詐欺られているような気がするな。そうじゃないだろう? お願いを聞くって約束だったはずだ!」
「別にそのお願いとやらが、“北ちゃんを永久に好き勝手する権利が欲しい“というモノではない。なんて言ってないよ。北ちゃんはやっぱりバカなんだね」
なんだかどこかの法律に違反していそうな気がするけれど。
「まあ、ワチはそんなに鬼畜じゃあないから安心していーよん。ただ、お願いというか一つ聞きたいだけだから」
「聞きたいところ?」
────彼女が僕に聞きたいことって、なんだろう。
「狭間くんっ!」
すぐさまその質問の内容を聞こうとしたものだが、人生思い通りにいかないものだ。教室にいた生徒の残り一人。レノレノが僕に勢いよくぶつかってきたのである。肩にぶつかったのだが、脱臼する勢いであった。
とてつもなく痛い。
「痛っ……急になにかな」
「狭間くん、桶狭間くん?」
「僕を天下分け目の戦いの名前みたいに言うなよ」
「天下分け目の戦いってのは……関ヶ原の戦いだよ? 桶狭間は違うよ。時空の狭間でモンスターが戦った世界最大規模の乱だよ」
「え?」
それはどうだろう。何もかもが違う気がする。
「あの猫犬ちゃん。今はワチが北ちゃんに対する先客なのだけれど────」
「まあそんなことはどうでもよくてさ」
あからさまに冬樹原の発言を遮る彼女。
「狭間くん?」
レノレノは不気味に笑顔を浮かべていた。
「話したい事があるんだ。廊下で話さない?」
「あー……」
悪いが冬樹原という先客がいる、とあえて発言するか迷う。
が、やめた。冬樹原はどうしてかコチラのことを睨んでいるけれど、なんだかレノレノには雰囲気があった。
エロい。って言っているわけではない。
ただ……なんだろうか。
「分かったよ」
にしても、廊下ね。……そんなに隠さなくてもいいのにな。
ぽつんと、僕は心の中でそう呟いた。
◇
レノレノはこっち側へ背を向けて、立ち止まる。
「廊下て聞いていた筈なんだが、こりゃあ聞き間違いか?」
「ううん、合ってるよ。凄い事態に君は遭ってる。私に会っている」
僕はレノレノと共に、第三高校の校舎裏にいた。監視カメラは見当たらない。夕暮れ時であり、夕日を遮るような部分に校舎があるため────とても薄暗い校舎裏だった。
雰囲気としては最高だ。ここでだったら、何が出てきても驚かない。
幽霊でも悪魔でも、殺人鬼でも、奇人でも。
「さて」
踵を返し、金髪ツインテール少女がこっちを見る。
「話したい事って何だ?」
こんな所まで僕を連れ出したのだ……よっぽど重要な話なんだろう。
「単刀直入に言うとね、狭間くんに『ありがとう』って伝えたかったんだ」
「ありがとう。って僕に?」
「うん」
感謝されることをした覚えはないな。
「悪いけど、僕には心当たりがないというか」
「広岡印クンの退学。君が仕組んだことでしょ? 大丈夫だよ。分かるから、安心してほしいな」
「はあ」
空気が変わっている。肌で感じる。
「私はこれでも周りを見れるというか、オカシナ人間代表なの。ま、そんなことはどうでもいいかな。でも取り敢えず、ありがとうって言いたかったの。めんどくさい私の粘着ストーカーを退学させてくれたからね」
「……もう一度言うが、何のことかさっぱりだな」
まあ、さっぱりなワケはないのだが────。
彼女の目は、いつもと違っていた。




