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10 広岡

 

「ああ、残念ながらね。退学さ」


 時間が流れ、僕たちの脳にやってくるのは『なぜ』という疑問だった。


「先生」


 僕は現場を黙って見つめる。石山流が手を挙げている。


「なんだ、石山流」


「……退学って、どういうことですか?」


「そのまんまさ。退学、トゥイガク」


「っ真面目に答えてください。彼は自分で退学の道を選ぶような生徒ではありませんでした。それに作家志望で熱意もあったのです。だからどうして彼が退学なんてしたのか、不思議で仕方がない。この疑問が分りますか?」


 熱のこもった彼の発言と対照的に、ニヒルにクラスを一望する彼女。


「まあ落ち着け、と心にもない発言をするのも、それはそれで良いのだが……うむ」


「え?」


「石山流。お前はいま、広岡が退学の道を選ぶタイプの人間ではなかった。なんて言っていたが」

 彼が頷く。


「ハッ、たかが一週間で人間の何が分かる? そんなの猫を被っているだけかもしれないだろう? 最初だから良いヤツを演じているだけで、後々大悪党だと発覚するかもしれないじゃないか。人を簡単に殺すようなヤツかもしれないじゃないか。それなのに、なんでお前はそんな断定をする?」


「そ、それは……」


「この際だから言っておく。お前たち生徒から見て、広岡は普通の男子生徒だったのかもしれない。だがな、この一週間で彼は利用した様々な店から“迷惑”だと言われ、こちらに累計二十一回のクレームが入っている。たった一週間でだぞ? 間違いなく、私たち学校からしてみれば印象の悪い生徒なんだよ。分かるか?」


 どうやら知らぬ間に、学校にクレームが入っていたらしい。


「『第三高校一年二組に所属している広岡印という男子生徒に迷惑している』、クレームを入れてくれた店舗の人たちは口をそろえて、そう言っていた」


「……」


 しかも完全な名指しだったらしい。

 それには、僕も少し驚く。

 ふつう店から高校へとなると、制服などで判断し『○○高校の生徒』に迷惑をされた、とクレームを入れる。だって名札を付けてなんかいない限り、個人名なんて判断のしようがない、どころか分かるはずがないのだから。


 それに大前提として、この学校に生徒用の名札は存在しない。


 それを踏まえて、特定されクレームを入れられることは普通ないのだが。今回は名指し────それがどういう意味かと言えば。


 《僕たちは完全に、このふざけた世界に監視されている》ということだった。


 どういう方法で僕たち生徒個人を特定しているのかは分からない。

 でも見当はつく。

 ありきたりな所で言えば、監視カメラだ。

 監視カメラに全生徒の顔などの情報が予め送られており、顔さえ分かればそこからシステム的に判別する方法は十分にあり得る。

 他にはスマートフォン端末でのインターネット受信を用いた判別などもあるだろう。


「本気でお前たちが作家を目指したいのならば、凡人ごときがそれを望むのならば、鋭い多角的な視点を持つことは必須だろう。それがお前たちには圧倒的に欠けている。もし誰かが店内での広岡の悪癖にいち早く気がついて、注意していれば、未来は変わったかもしれないのにな」


 とまあ、ここまで僕のふざけた与太話に付き合ってもらったが……これは今言った通りのふざけた話に過ぎない。あくまでも先生の前提情報に頼りきった、情報弱者紛いの仮定なのだ。だからほぼ無意味と言ってもいい。


 そして彼女の話を聞くことも意味がない。

 そう思う根拠の最たるものが“無理のある筋書き“だ。


 レノレノと広岡が会話を交えた昨日のカフェ。

 僕と広岡が初めて出会い共にした本屋。

 そこでの彼の態度や動きというのはごくごく普通のモノであり、クレームが入れられるようなものではなかったのである。


 たった一週間の生活の中で彼が単独で店に入った回数もそう多くはないはずだ。


 時間は限られており、この島で外出が認められている午後十時までの放課後タイムも大体は僕や古林と過ごしていたからな。


 それにもし彼女が言ったよう広岡宛てのクレームが二十一件も届いているのならば、僕はともかく彼の親友である古林が知らないワケない。

 なのにクレームが入っているという話。矛盾。

 つまるところ、この論理から導き出される結論は……。


 《氷室先生が嘘をついている》。


 ただ一つ、それだった。

 つまり、鼻から広岡にクレームなんか入っちゃいない。

 その上でそれらを知らない情弱の僕たちを騙そうと彼女は画策している。

 彼女は担任といえどあくまでも学校側なのだろうな。この学校に無駄だと判断した生徒は、容赦なく切り捨てていく。そんな教育方針が彼女の影から伝わってくる。

 まあ、そんなことはどうでもよくて。


 大切なのは、情報を曖昧じゃなくて正確にするということだ。じゃなきゃ、また広岡のように退去処分を受ける人が出てくるだろう。


 だから少しこの場面でハッキリとさせておく必要がある。できれば自分があまり目立たない形で。


「おい」


「なにさ、北ちゃん」


 咄嗟というか、僕は隣の席でいびきをかいていた冬樹原を起こして、耳打ちする。その間にも氷室先生は続けている。


「石山流、今のお前に出来ることはこの様に素行の悪い生徒を見つけたら、即座にやめさせ、迷惑をかけた相手に謝罪することだな」

 だから僕も続ける。


「……ふうん、で? なんでソレをワチが言わなきゃいけないのさ。北ちゃんが言えばイージャン」


「勘弁してくれ。僕はこんな状況で発言出来るタイプじゃない」


「じゃあ言わなきゃいいんじゃない。そのままで、いいんじゃない。ワチはそう思う」


「でも彼を助けたい。というよりは、広岡についてが気になる。それは冬樹原も同じじゃないのか?」


 それは嘘である。

「うーん、ワチは別に。他人に興味ないし」


 小声で、彼女をなんとか説得しようと試みたが難しい。


「じゃあそうだな。あとでお礼するから」

 それは僕の常套句。


「お礼ね。それ、ワチだけじゃなくて猫犬ちゃんにも言っていたよね」


「猫犬……ああ、確かにレノレノにもお礼をするって形で、お願いしたな。ちょっと前に。というか昨日」


「じゃあそのお礼とやらは、もうしたの? 何かあげたりしたの?」


「いや、まだだな」


「……北ちゃんは、リボ払いとかで後悔しそうなタイプだよね」


 なんでさ。

「まあいいよ」


「本当か?」


「うん。ただし、お礼というより……一つお願いがある」

 なんだろうか。彼女から僕へのお願い。


「なにさ」


「まあそれは、ワチが北ちゃんの言うことを聞いてからにするよ。後払いで結構、というか先払いはヤダ」


 なんで?


「もしかしてなあ、アンタ、僕に信じられないぐらいヤバいお願いしてくるんじゃないだろうな────」

 嫌な予感が体中を駆け巡る。急いで彼女を止める。


「先生、話の最中で悪いのですけれど、一つ質問があります」


 だが、手遅れだった……。

 ああ、分かっていたけどさ。


「なんだ。冬樹原」


 彼女は、僕が耳打ちしたコトバをそのまま告げる。


「単刀直入に言いますね。どうして広岡印は退学したのか? 僕はそれが気になるのです。クレームだけで退学するとは思えませんし、校則にも特に明記されていませんし。でも一つだけ、思い当たる節があります。もしかして彼は、夢島住民則を破ってしまったのですか?」


 ……まさか、本当に僕が耳打ちした台詞を復唱するとか。

 アホなのか、コイツは? しかも『僕』って言っちゃってるし、これじゃあ僕が彼女に言わせたのがバレバレじゃないか! 余計に恥をかいた気分だ。


「ふむ」


 それはともかく、クラスメイトの視線が一気に彼女へと集まる。

 それに対し冬樹原は全く動じていない様子だ。流石というか。売れっ子現役作家なだけあって、人から一斉に注目される事には慣れているのだろうな。


 あまりにも勝手な推論で妄想だが、案外これが当たっているような気もする。


「……やはり既に作家になっているだけあって、相応の推察眼はあるようだ」


 氷室はやはり教師で作家なだけあって、冷静に対処してくる。作家だから推察眼が冴えてるとは限らない気もするが。


 それはともかく。

 瞳孔が微かに開いたことから、氷室先生の心の揺れが窺える。


「だが教師の立場として部外秘の情報は、部外秘のままにしておかなければならない。だから、こう答えるとしよう」


 広岡印は。


「広岡印は何らかの理由で、“島から退去処分を受けた“とな」


 クレームなんてのは建前。

 先生の返答が事実上の肯定であったことは、多分誰しもが理解出来たことだろう。


 そして。

 僕は。

 僕の中で。

 ひっそりと。

 理解する。


 "島外に、ココでの情報を漏らす事から受けるペナルティ"が────退去処分、つまり退学処分であることが僕の中で判明するのだった。


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