シマエナガのように。
冬の空に浮かぶ、まっ白な小鳥――シマエナガ。
あの可憐な姿に、誰もが「美しさ」を見る。けれど、雪の中を生き抜くその小さな体には、目に見えない「強さ」が宿っている。
この物語は、ある男が「奪われたこと」から始まり、「変わること」に挑み、やがて「強くなること」に気づくまでの小さな羽ばたきの記録です。
見た目に縛られ、心に傷を負った男が、自分なりの羽根を手に入れるまでのお話を短編で書きました。
妻が浮気をした。相手は若い男。
白い肌、大きな黒目、繊細な輪郭――まるでシマエナガのようだった。
野村は、嫉妬よりも見惚れた。
あんな美しさなら、奪われても仕方がない。
太って脂ぎった自分では、どうあがいても勝てなかった。
だから決めた。
自分もシマエナガのようになる、と。
ダイエット、美容整形、肌の手入れ。
鏡の中の“自分”を脱ぎ捨て、小さくて繊細な白い鳥を目指した。
人には不気味がられた。でも、だんだん応援してくれる声が聞こえるようになった。
ある日、友人に誘われて婚活パーティーへ行った。
外見とスペックで選ばれる場。だが、努力を褒められる快感があった。
そのとき、1人の男に目が留まった。名は小川。
脂ぎった肌、ちぐはぐな服、突き出た腹。
けれど、よく見れば顔立ちは整っていた。
「ダイヤモンドの原石だ」と野村は思った。
小川は壁際で俯き、誰にも相手にされていなかった。
その小川から離れてきた女性の一言が、野村の胸を刺した。
「自分の見た目のひどさ、分かんないのかな〜」
それは、かつて妻に言われた言葉だった。
何度も心を削られた。けれど、あの言葉があったから今の自分がある。
野村は、笑って言った。
「あなた、自分の心のひどさが分からないんですね。
人の見た目をとやかく言う前に、意地悪なその顔と心を治したほうがいいですよ」
恋は生まれなかった。でも、小川が言った。
「野村さん、僕も野村さんのように美しくなりたいです。こんなおじさんでも可能でしょうか?」
もちろんです、と野村は答えた。
誰かの言葉が、羽にトゲを刺す。
でもそのトゲは、飛ぶための強さにもなる。
かつては、美しさに憧れた。
でも今は、雪の中を凛として生き抜く、その“たくましさ”に心を惹かれている。
野村は今、自分をシマエナガだと思っている。
儚く見えても、寒空のなかで決して折れない、小さく強いあの鳥のように。