9:学院の日々4
アビエルがレオノーラに聞いてもらいたかったお願いとは‥‥
トーナメントが終わり、夜になると交流会が始まった。大広間では優勝者への表彰が行われ、その後、立食形式で料理が振る舞われた。中央のフロアでは楽団が優雅な音楽を奏で、華やかな雰囲気が広がっている。
レオノーラは騎士服にトラウザーズにブーツという装いで、グラスを片手に広間の壁に寄りかかりながら、人垣の向こうで上級生と話しているアビエルを眺めていた。そこにドレスを纏ったクレアが走り寄って、何やら頭を下げているのを見て、レオノーラは思わず笑みをこぼした。
目が合うとアビエルがこちらに向かってくる。
「クレアさんに謝られてしまったよ。不敬罪には問わないでくれって 」
アビエルは笑いながら言う。濃紺に金糸の刺繍が施された儀礼服は、まさに王子様そのものだった。
「大会が終わると、あっという間に1年が過ぎた感じですね。3年生はもうすぐここを去って行くんですよね」
「そうだな。だから、辺境伯の子息たちといろいろ話をしていたんだ。北からの不法な領民の流入があって、不穏なことが多いらしい。彼らには負担をかけていると感じているからな」
広間中央の楽団がワルツを奏で始めると、アビエルがニヤリと笑った。
「さて、レオニー、約束していたお願いだ。今日のファーストダンスを私と踊ってほしい」
「‥‥こんな格好の私とですか?」
「ああ。前回の交流会では、ズラリと並んだ女性陣に攫われてしまったからね。女性パートも踊れるだろう? さあ、どうか今宵のファーストダンスを一緒に」
アビエルは恭しくお辞儀をしてみせた。そしていたずらっぽく顔を上げて笑う。
「賑やかしに面白そうだろう?」
周囲を見渡すと、レオノーラにダンスを申し込もうとする女性たちと、アビエルにダンスを申し込もうとする女性たちが、見事な垣根を作っていた。
「そうですね。それでは、喜んで」
アビエルの笑いにつられて思わず笑みをこぼし、レオノーラは差し出された手を取った。2人でフロアの中央へ進む。
アビエルの手が背中に手を添えられ、リードに合わせてワルツを踊り始めると、周りからキャァァァ~という歓声が響いた。騎士服の裾を優雅に翻らせて、伏し目がちにアビエルの胸元を見つめながら、流れるようにステップを踏んだ。
「顔を上げて」
そう促され、レオノーラがアビエルの顔を見上げると、空色の瞳が彼女を見つめていた。その瞬間、再びギャァァァ~という歓声が湧き起こった。
「周りで何が起こってるんでしょうか?」
「どうやら、興奮のあまり女性が4、5人倒れたみたいだ」
曲が終わり、アビエルの手を離すと、周囲から「ちょっと押さないで!わたくしが待っていたのよ!」という声が聞こえてきた。
「どうする?面倒なことになってそうだから、もう一曲一緒に踊るか?」
アビエルが提案する。
「そうですね、じゃあもう一曲」
レオノーラは再び手を取りながら、笑顔で言った。
「でも、次は攻守交替しませんか?」
そう言って、彼女はアビエルの腰をぐっと支え、片手を自分の肩に乗せた。
「ぶっ。おまえ、最近面白くなってきたな」
アビエルは笑いながら返した。
「アビエル様、女性パートもできますか?」
「踊ったことはないが、大丈夫だろう」
曲が流れ始め、二人は優雅にステップを踏んだ。レオノーラがアビエルの腰を支えて少し傾けると、再びキャァァァ~という歓声が上がった。
互いに笑いをこらえながら、真面目な顔を保つのが大変だった。曲が終わり、アビエルが見事なカーテシーを披露すると、会場中から喝采と笑いが巻き起こった。
その後、何人かの女性とワルツを踊り、曲調が北方の民族音楽に変わると、みんなでサークルダンスを踊った。さすがに喉が渇いてきたので、レオノーラは輪から外れてテーブルへ飲み物を取りに行った。周りの人たちから「面白かったよ」「素晴らしかったわ」「眩暈がしちゃった」と声を掛けられ、囲まれた。こんな風に笑いながら、人と集えることが嬉しかった。
・・・・・・・
アルフレッドは、広間を挟んで向こうの壁際に立つレオノーラを眺めていた。彼女の視線の先には、アビエルがいた。辺境領の縁者と話しているアビエルを、彼女は物憂げに見つめている。やがてアビエルが話を終えてレオノーラの元へ向かうと、彼女の表情がぱっと明るくなった。2人の話し込む姿は、まるで絵画のようだ。
その2人から目を離すと、レオノーラを信望する女性たちの集団が見えた。その向かいには、アビエルを信望する女性たちの集団もいた。そして、その向こうには、じっとりとそれを見つめる男性陣が。美しい2人は、女性たちの妄想を鷲掴みにしているようだ。『本人たちはお互いしか見ていないのに』とアルフレッドは心の中でつぶやいた。
ガイアス先生のもとで一緒に鍛錬を受けていた頃、二人の関係は幼馴染や兄弟のように見えた。しかし、ここに入学してからは、アビエルがレオノーラに向ける視線が、少し違うものに思える瞬間があった。羨望?尊敬?その時は深く考えなかったが、友情とはまた違う類のものだと感じていた。
デイジーに恋をして、それが何なのか分かるようになった。相手を自分だけのものにしたいという気持ち。アルフレッドは、そっと隣に立つデイジーを見下ろした。見ているだけで心が満たされる。彼女が見せる表情をもっと見たくなる。誰よりも幸せにしたい。もっと一緒に時を過ごして、笑い合いたい。体の奥から湧き上がるこの気持ち。
今は、貴族と平民が付き合ったり結婚したりすることは珍しくない。だが、高位貴族には、まだ階級意識が根強く残っている。皇太子ともなれば、なおさらだ。自分は、三大公爵家の血筋を引いているとはいえ、庶子だ。本家はすでに年の離れた義兄が家督を継ぎ、その息子もいる。裕福な商人の娘であるデイジーと付き合うことに、異論を唱える者はいないだろう。
しかし、アビエルはこの国唯一の皇太子だ。帝国を継がなければならない。『アビエルにとって、今は一時の幸せなのだろうか?』彼がレオノーラに向ける視線を思い出してみるが、その心中など到底思い測れなかった。
2人がワルツを踊り出すと、会場から黄色い歓声が沸き起こった。隣のデイジーも目を輝かせ、手を握りしめて見つめている。アルフレッドは『おいおい』と、彼女の姿に当惑しながらも、うっすらと口を開けてホールを見つめるその愛おしい姿と微笑ましさに心が和んだ。
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