4:王宮学院へ
身分の垣根を超えた学院での生活が始まりました
秋になり、アビエルとレオノーラは王宮学院へ入学した。
高位貴族が入学する際には、その従者として数名が帯同し、その者たちも学院で学ぶことが許される。もちろん、貴族は人を統べることを、従者は主君に仕えることを中心に学ぶため、受ける講義には違いがあるが、語学、経済学といった同じ講義を受けられるものも多くある。また、体術や剣術、薬草学などもあり、貴族、平民の区別なく薬草探しの演習や行軍実習にも参加できる。そうした場で、地位に関係なく、学ぶ仲間としても接しあえるのだ。
アビエルは帯同する従者として、レオノーラと、ガウェイン=ルーモス=ライラックという17歳の公爵子息、アルフレッド=シーマスという16歳の騎士見習いを選んだ。
アビエル自身は、従者はレオノーラ1人で構わないと言ったのだが、様々な方面から大反対を受け、三大公爵家の縁者から年齢が近く将来の側近にふさわしい者が選ばれた。
帝国の紋章の入った馬車と荷物の乗った馬車が連なり学院へと向かう。レオノーラは愛馬にまたがり、ガウェイン、アルフレッドとともにアビエルの乗る馬車を護衛するためについた。
「馬車の中でじっとしているとイライラするし、体が痛い。この後は、私も馬で行くことにするよ 」
最初の宿場を出た直後に、そうアビエルが言い出し、結局、その後の道中は、からっぽの皇太子の馬車を4人で囲んで進む形になった。途中、大雨が降った以外は、特に大きな問題もなく、旅は穏やかに進んだ。旅の3日目、東の山を越えたあたりで、アビエルが馬を駆り始めた。
「馬車は後からゆっくり来るがいい。我々は先に行こう 」
4人で競うように馬を走らせ、予定より半日早く学院に到着することになった。
王宮学院は、貴族科、騎士科、平民科の3つに分かれている。アビエルとガウェインは貴族科、レオノーラとアルフレッドは騎士科に所属することになっている。
所属する科がちがっても、教科によって同じ教室で学ぶこともあった。学生が暮らす学生寮では、皇太子の従者ということで、帯同した3人は皇太子と同じ階層に、部屋を持つことになった。
どのような高位貴族であっても、ともに入学する従者以外の侍女や侍従を連れてくることが禁じられている。食事はみな同じ広間の食堂で取り、洗濯や掃除といった身の回りの世話は、寮にいる世話人がやってくれる。当然のことながら、授業の準備などは自分たちでやる決まりだ。
この学院がある帝国の東の峰は休火山で、峰の反対側は、富裕層の湯治場や保養地になっている。その恩恵で、寮には大浴場があり、いつでも好きな時間に入浴することができる。洗面所では蛇口からお湯が常にでるため、朝の洗顔も自由にお湯を使うことができた。帝都の生活でも、お湯を使いたい時には沸かして運ばなくてはならないが、ここではその必要がないのだ。
「凄い。天国だ‥‥」
レオノーラは感動して呻いた。祖父と二人、平民としては、比較的贅沢な家で生活していたと思うが、お湯が使える生活のありがたさは格別だった。
ちなみに寮は、棟を分けて女子寮、男子寮があるのだが、なぜかレオノーラはアビエルの隣の部屋があてがわれ、女子寮では無かった。
『まさか、学院の人にも男だと思われてないよね。ちゃんと書類に書いてあったよね』
自分の扱いに不安を感じながらも、いや、たぶん皇太子殿下の従者だから一緒にってことだろう、うんうん、と勝手に納得をした。
本格的な授業の開始までに、上級生を含めた学生同士の顔合わせや、選択する授業のガイダンスがあり、語学の選択や自由参加の授業の登録などが行われた。
「従者は、主君と同じ授業を取らないといけないらしいよ。語学は必須の三大陸共通語以外にルーテシア語、ゴルネア語、タリク語をこの時間に取ろう。経済学と歴史学はこの時間。あと、レオがどうしても取りたい授業はあるかな 」
アビエルの部屋で、科目表と時間割表をにらめっこしながら組み合わせを検討した。
「殿下の取りたい授業が優先で大丈夫です。それ以外は空いている時間で取れるものを取ります 」
「‥‥殿下と呼ぶのはやめてくれないか。せっかく学院に入学したのに、他の学生に距離を置かれてしまうかもしれない。”アビエル”と名前で呼んでくれないか 」
「名前で、ですか‥‥わかりました。じゃぁアビエル様と 」
「うーーん、様、もいらないんだけどな。まぁ、いいか。あと、レオのことをレオニーと呼んでいいか?レオという呼び方は他の者も呼ぶだろう?私だけの呼び方で呼びたいのだが 」
「レオニー‥‥ですか。厩舎長の奥様が、私が小さい頃にそう呼んでいましたし、懐かしいですね。殿下‥‥あ、アビエル様がそうされたいのでしたら異存はありません 」
「できる限り、多くの人とかかわりを持ちたいと考えている。だからレオニーもなるべく砕けた感じで私に話しかけて、周りの人に気さくに話しかけられる雰囲気を作って欲しいのだ。いいだろうか 」
「わかりました。アビエル様の学院でなされたい目的に沿うように行動いたします。多くの方とのかかわりからも学びを得たいとお考えとは、アビエル様はさすがですね 」
「もちろんだ。私は学院への入学をとても心待ちにしていたのだから 」
アビエルは、屈託のない笑顔見せた。
最初の1ヶ月は、とにかく生活に慣れるのに必死だった。今までは、鍛錬場や厩舎にアビエルが出向いてきた時、その用向きに答える形だったが、今は常に彼がそばに居て、その動きについて行かねばならず、粗相をせぬようにとても気が張っていた。一緒に来たガウェインとアルフレッドは、アビエルに名前で呼ぶようにと言われた瞬間から、「じゃあこれからアビエルって呼ぶよ 」と柔軟に対応していて、これが貴族同士の気安さってやつだろうか‥‥とちょっとした疎外感を感じてしまった。
騎士科には、貴族も平民上がりの見習い騎士も同じくらいいた。貴族と言っても騎士になろうという貴族出身者には、家を継ぐ長子はいないので、皆すぐに仲良くなれた。
帝国には、昔から女騎士がそれなりの数いる。騎士と言っても戦闘をする役割よりは、女性しか入れない場所への隠密活動や、高位貴族の女性の護衛などとして働いている。
レオノーラが入学した年の騎士科は全部で18名で、そのうちレオノーラを含め4名が女性だった。
「あなた皇太子について来た人よね?私はルグレン=ドミートリー。トルネア辺境伯領の騎士団で見習いをしているの。父が騎士団の副団長をしているわ。よろしくね 」
「レオノーラ=へバンテスです。祖父が皇宮で馬術指導をしているご縁で、殿下の従者としてこちらに来ました。よろしくお願いします 」
「しっかし、あなた、ホント、キレイな顔してるわね。最初、殿下のお小姓かと思ったわよ。みんな気になりすぎて声かけづらいみたいだから、私が一番乗りで仲良くなろうと思うわ 」
筋肉質な肩をすくめながら、ニカっと笑った赤毛のルグレンは、2つ年上の16歳だった。ルグレンの挨拶をきっかけに、それ以外の学生とも打ち解けることができた。
学院への入学は自分にとって実に贅沢で身分不相応な話だ。レオノーラは、とにかく真面目に勉強した。皇太子の従者として、公費すなわち税金を使って学ばせてもらっていると思うと、背筋が正される。この機会を無駄にはすまい、必ず役立つものにしようと強く思うのだった。
いつしか、朝食を取る前にアビエルと剣術の鍛錬をすることが日課になった。夜明けとともに起き出して、アビエルとともに鍛錬場に向かう。そこからほぼ一日中ともに過ごす。
皇宮にいた時に比べ、アビエルは雄弁でよく笑うようになった。鍛錬の前後や食事時には、授業の課題についてや互いのクラスで起こったこと、他の生徒の噂話などなんでもよく話をした。時にはガウェインやアルフレッドも加わることがあり、充実した毎日だった。学院に冬の足音が聞こえる頃には、すっかり学院での生活に馴染んでいた。
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