表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
騎士と王冠<The Knight and the Crown>Ⅰ  作者: けもこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/30

27:レオノーラの想い

フロレンティアがレオノーラの部屋を訪ねて来たのは早朝のことだった。長い長い話し合いを終えようと言う頃には、気づけば窓の外は日が傾き始めていた。


誰も食事を取っていないことに気づき、食堂でパンとチーズをもらい、サイモンの部屋でお茶を飲みながら軽く腹を満たす。


アビエルからの提案に対して、サイモンが「明日までに自分もよく考えをまとめておく」と返事をし、いったん解散となった。フロレンティアは、話を聞きながら何度かうとうととしていた。レオノーラの部屋で少し寝たとはいえ、随分と泣いていたし、さぞ疲れているだろう。


「フロレンティア様、一緒に浴場に行きましょうか?」


そう誘うと、フロレンティアはこくりと頷いた。二人で風呂へ行き、眠気でふらふらするフロレンティアを部屋まで送り届けた。


レオノーラが自室に戻り、寝台に座り込んで今日の出来事を思い返していると、扉を叩く音がした。風呂上がりでまだ髪が濡れたままのアビエルが訪ねてきた。部屋へ招き入れてお茶を入れる。彼は緊張した様子で、小さな作業机の椅子に座り、何かを迷うように一呼吸おいて、こちらを見ずに言った。


「怒っているか?」


アビエルの方を見ると、その顔は目の前のティーカップを見つめたままだった。何のことかわからず、返答に困って黙っていると、どうやらそれを勘違いしたらしい。


「当然だな......すまない。言わなければと思いながら、どうしても口にすることができず 」


カップに手をつけず、静かに話し続ける。


「どう伝えればいいか......どう話せば自分の気持ちが誤解なく伝わるかわからなくて。話せば、この時間が終わってしまうと思うと、おまえに告げる勇気が出なかった 」


黙ったまま、どれのことだろうと考える。婚儀の日が公示されていたことだろうか? そのまま結婚するつもりだったことか? それともその両方か?


「結婚を......フロレンティアとの結婚は、避けられないと思っていた。婚約を破棄すれば彼女が困ることになるし、彼女の意思で破棄することはできない。グレゴールが破棄するはずもないしな 」


テーブルの上で手を組み、自分の拳を見つめながら、うなだれたようにして話を続ける。


「結婚後、タイミングの良い時に、白い結婚であったことを証明し、彼女に離婚の選択肢を与えようと思っていた。私が不能だということにすればいいと思って 」


白い結婚とは、夫婦が性交渉を持たない結婚のことだ。さすがに今の帝国ではほとんど見られないが、昔は貴族同士の政略結婚で、かなり幼い娘を娶ることもあった。そのため、夫の死後、幼い妻が残された時に、白い結婚が証明されれば妻の処女性が保たれ、再び良縁を探すことができた。


「自分の......レオニーへの気持ちは、ずっと心に持ち続けたまま生きていくつもりだった。こんなふうに、心を通わせることができるとは夢にも思っていなかったから。だから、あまりに幸せで、この時間を失うと思うと、どうしても......」


一向にこちらに顔を向けないアビエルを眺めながら、レオノーラは、さてどうしようか、と考えていた。自分が腹を立てているかというと、実は全くそうではない。


確かに、フロレンティアが結婚について告げ、それを全く知らなかったことには不快になった。

ほんの一瞬。

 

泣き疲れたフロレンティアを躊躇(ちゅうちょ)なく抱きかかえようとしたアビエルにも不快になった。

ほんの一瞬。


しかし、皇太子であるアビエルに婚約者がいていずれ結婚することは、レオノーラにとっても避けられない出来事だったので、今さら結婚式の日取りが決まったと言われても、正直「そうだったんですね」という程度でしかなかった。


「どうしても、婚儀の話をすることができなかった 」


沈黙が流れる。アビエルは、私の言葉を待っているのだろう。かすかに拳が震えている。


さて、どうしたものか。この状況で、「別に気にしていません」と言うのは、せっかくアビエルよりも優位に立てそうなのに、なんだかもったいない。ここ数日、好きなようにさせていたし、好きなようにされていたし、交流会の時の胃の痛みのお礼もまだだった。


「随分と都合の良い話ですよね 」


レオノーラがそう言うと、アビエルの肩がびくりと動く。


「結婚後、妻には手を出さず、他所では遊んでおいて、潔白であると証明するつもりだったんですか? もし、愛を求められたらどうするつもりだったんですか? そもそも後継者が必要とされるご結婚なのではないのですか? 子どもが欲しいと言われたら?」


「結婚期間中は誠意を見せるつもりだった。どこかで遊ぶなど、不誠実なことをするつもりは毛頭ない。愛は......愛は求められても返せないな。私の心は他にあるから。子どもについては、離婚後に好きな相手と作るように説得しようと思っていた 」


アビエルは目を(つむ)り、眉間に皺を寄せて(うつむ)いていた。そんなアビエルを見つめながら、レオノーラはさらに言葉を重ねた。


「結婚期間中、私は捨て置かれる予定だったわけですね。私とこうなってしまった以上、不能だなんてどうやって説得するんですか? 求めても応えてもらえない妻は、すごく悲しいでしょうね 」


彼が顔を上げないのをいいことに、厳しい口調を保ちながら、レオノーラは口元を(ゆる)めてニヤニヤしていた。


「レオニーとこうなってしまったことに、何一つ後悔はない。お、おまえは後悔しているかもしれないが......」


言葉の最後は自信なさげに、消え入るようだった。こんな自信なさげな彼の姿を見るのは初めてで、少しだけ心が痛む。


「おまえを捨てるなんて、想像もできない。そんなんじゃない。それに、今後、フロレンティアと私との間に愛が芽生えることがないのは、レオニーだってわかっているはずだ 」


最強の皇太子が、必死で言葉を募っている。


「そんなことは分かりませんよ。人の心は変わりますから。強くて優しくて、優秀で一途なアビエル様を知ったら、誰もが私のように愛してしまうかもしれません。そうなったらアビエル様だって、その愛に応えようと思われるでしょう 」


「私の心は変わらない。ずっとおまえを思い続けてきたんだ。ずっとだ。だからこそ、あまりにも幸せで。黙っていたことは恥ずべきことだと思っている。だが、どうか信じて欲しい。私がおまえ以外の思いに応えることは決してないんだ 」


そう言いながら、彼は顔を上げてレオノーラを見つめ、真剣な表情で訴えた。レオノーラはにやけた表情を隠すため、大げさに顔を覆ってみる。


「あぁ、レオニー、泣いているのか?」


椅子から立ち上がり、アビエルが近づいてくるのがわかる。どうしても笑いが抑えられないので、アビエルに背を向けた。肩に手をかけられる。


「どうか、放っておいてください。不能な殿下にこれ以上(もてあそ)ばれる気はありません 」


声が震えてしまう。泣いているように見えないだろうか。振り向かせようとする手を振りほどいて、顎を食いしばり、必死で言葉を出す。


「フロレンティア様も結婚した後で、アビエル様の素敵さに気づくかもしれません。そうなったら、私なんてあっという間に忘れ去られてしまうでしょうね。不遇ですね、私 」


「レオニー......何を言っているんだ。フロレンティアとの結婚についてはさっき話をしたじゃないか。私がおまえを捨てるなどあり得ない 」


(いぶか)しげなアビエルの声がする。肩を強く引かれ、振り向かされてしまった。じっと見つめられている。覆った指の隙間から覗くと、心配そうで不安げな顔をしている。


「私は、不能な皇太子に(もてあそ)ばれた不遇な自分を嘆いているんです 」


「不能な皇太子」というフレーズがなんだかおかしくて、わざと強調して言った。


(もてあそ)ぶなんて、そんな! そんなんじゃない。どれほど私が真剣におまえを思っているか、わかって欲しい 」


アビエルは必死で自分の思いを伝えようとしている。にやけた顔がバレないように、彼の胸に顔を埋めた。


「レオニー......許して欲しいなどと言える立場ではないのはわかっている。でも、おまえを思う気持ちに嘘偽りが無いことだけは信じてくれ 」


抱きしめられて、アビエルの匂いを吸いながら目を閉じる。


「今日は、いろいろあってとても疲れました。ゆっくり眠りたいので、もう休ませていただけますか?」


すると、アビエルが身を固くし、苦しげな表情で尋ねる。


「もう......もう、私を受け入れてくれる気はないのか?」


「だって、アビエル様は不能なんでしょう?」


答える声が笑いで震えてしまう。


「......レオニー?」


胸に頬を擦りつけて、顔を覗き込むアビエルから逃げようとするが、結局、顎に手を添えられ、無理やり顔を上げられてしまった。


「怒っていないのか?」


涙の痕が見えない顔をじっと見つめ、(いぶか)しげに問う。


「嘆いているのです。女たらしの不能な皇太子に翻弄され、すっかり愛に溺れてしまった自分が哀れで 」


そう言って、顎に添えられた手に軽く唇を寄せた。アビエルは震える手を背中に回し、大きなため息をつきながら強く抱きしめた。


「レオニー、レオニー......あぁ、まったく......もし今、愛想を尽かされたら、どうしたらいいのか分からなくて......許してくれるのか? こんなどうしようもない私を 」


震える声でそう言いながら、自分を掻き抱くアビエルが愛おしくてしょうがない。あぁ、もう、すっかりこの愛に溺れていると自覚する。顔を上げて見つめると、降るように口づけが降りてきた。次第に激しくなる口づけに「今日は、何もしないで寝ましょう、と言ったのは本気ですよ。さすがに疲れました 」そう牽制すると、再び深く口づけをした後、ふっと息を漏らしてアビエルが答えた。


「そうだな、今日は色々あった。ゆっくり眠ろう 」


そう言って、レオノーラを寝台に促す。上掛けを剥がして中に滑り込むと、アビエルも入り込んできた。あれ?という顔をするレオノーラに、


「大丈夫だ。私は不能だからな。」


ニヤリと口元を歪めてそう言い、レオノーラを抱きしめて横になった。互いの体温に安心して、二人はクスクスと笑い合いながらしだいに眠りに落ちていった。

もし、このお話を好きだ!と思ったらイイねやブックマークを!

気になる、気に入ったと思ったらコメントや評価☆☆☆☆☆,をお願いします。大変喜びます♪

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ