24:一つになる想い
頬を撫でる指の感覚に、うっすらと目を開けると、アビエルが肘をついてレオノーラの頬に触れていた。
「眠ってないの?」
思ったよりも掠れた声が出た。
「眠ってしまったら、これが夢になってしまいそうで怖いんだ。これも、いつもの夢なんだろうな。だから、できるだけ長く見ていたいと思って 」
アビエルは溶けそうな微笑みを浮かべ、レオノーラを見つめている。
「まだ朝まで時間があるから、もう少し眠ったほうがいい 」
「そんな顔で見られたら、眠れなくなってしまいました。アビエル様も、少しはお休みください 」
「愛し合う仲に‘様’は要らないだろう」
アビエルのその言葉に、レオノーラの白い肌がパッと赤みを帯びた。
「無理ですよ。うっかり外で呼んでしまったら大問題です。そんな器用にできませんから 」
「別に言い換えなくていい。ずっと名前で呼んでくれれば、それでいい 」
そう言いながら、アビエルはレオノーラを抱き寄せる。
「そんな問題じゃなくて、あの、ちょっと待って、アビエル様、あ‥‥」
「呼んで 」
アビエルは息ができなくなるほど、何度も繰り返しレオノーラの唇を奪う。
「はぁ......」
唇が離れると、レオノーラは息継ぎをするように火照った顔で粗い呼吸を繰り返した。
「呼んで 」
アビエルは顔をあげ、レオノーラの頬を両手で優しく撫でながら再び唇を寄せる。
「は......アビエル......」
まるで吐息のような声でそう呟くと、アビエルはそれに応えるように、深い口づけを落とし始めた。
◇◇◇
次に目を覚ました時には、外はすっかり明るくなっていた。
二人はまるで繭に包まれているかのように、丸くなって抱き合いながら眠っていた。アビエルの金色の髪はくしゃくしゃで、まるで赤ん坊のようだ。
レオノーラは彼の逞しい胸に顔を埋め、その匂いを深く吸い込む。思わず口元に笑みが浮かぶ。胸の奥から幸せが溢れ出して止まらない。胸に鼻を押し付けてクンクンと匂いを嗅いでいると、
「レオニー、くすぐったいんだが」
アビエルが目を閉じたまま口角を上げてレオノーラを抱きしめた。レオノーラは鼻を胸にこすりつけながら、くぐもった声で答えた。
「お日様の匂いがするなって思って」
「汗臭くないか?」
「全然臭くないわ。むしろいい匂い。大好きよ」
アビエルは、レオノーラの肩にかかった髪を優しく撫でながら大きなため息をついた。
「今の言葉で胸が詰まって、死ぬかと思った」
彼はレオノーラの顔を見つめながら、そっと唇を寄せる。そして、今度はお返しとばかりにレオノーラの胸の間に顔を埋め、鼻をクンクンと動かす。ふわふわの髪がレオノーラの顎をくすぐるように掠めるのが愛おしくて、彼の頭を胸に抱き寄せながら髪を梳いた。
「そうだな、このまま死んでもいいかもしれない」
アビエルが胸に鼻を擦り付けながら、物騒なことを言う。レオノーラは彼の頭を撫でながら、つむじに軽く口づけを落とした。
「死にたくなったら、まずは一緒に逃げましょう。世界中を逃げ回れば、そのうち誰も追いかけてこなくなるかも」
レオノーラはクスクスと笑い、彼のふわふわの髪をちょっとかじってみた。
「私はあなたを一生かけて守るって誓ってるから、死んでしまったら困るわ」
アビエルは体を起こし、レオノーラの顔を覗き込んで愛おしそうに見つめた。
「じゃあ、私も生涯をかけてレオニーを守ると誓おう。お互いを守り合えば、最強のチームだろ?」
彼はレオノーラの手の甲に優しく口づけをした。その瞬間、二人のお腹が同時にグゥ~と鳴った。あまりのタイミングの良さに、二人とも吹き出してしまった。
「朝ごはんはもう残っていないかもしれないが、食堂に行けば何かあるだろう。行こうか」
見下ろすと、レオノーラの豪奢なドレスはくしゃくしゃになっている。
「さすがに部屋に戻って着替えないと。でも、本当にこのドレス、いつから用意していたの?こんなに豪奢なものをすぐに用意できるなんて思えないんだけど」
そう問いかけると、アビエルはニヤリと笑って答えた。
「ちょうど一年前、帝都に戻った時に注文しておいたんだ。レオニーのサイズは甲冑を作るときに測ったし、素材も自分で選んだんだよ。素晴らしい出来だろ?」
ほどけたリボンベルトをうまく結べずにモタモタしていると、アビエルが背後に回って、レオノーラの髪をかき上げてリボンを結んでくれた。
「昨日、広間に入ってきた姿を見て、あまりの美しさに声を失ったよ。ずっとこの姿が見たくてたまらなかったのに、想像以上に美しくて、誰にも見せたくないと思ってしまった」
彼はレオノーラを後ろから抱きしめ、耳元で囁いた。彼が首筋に口づけを落とすと、レオノーラは横を向いて彼の頬に軽くキスをした。
再びキスの応酬が始まりかけたところで、レオノーラのお腹が再び大きな音を立てた。二人は一瞬動きを止めて、そして笑い出した。
「まずは、お腹の虫をしつけてからだな」
そう言って部屋の扉から廊下を伺い、誰もいないのを確認してからそそくさとレオノーラの部屋を目指した。
◇◇◇
その日から学院を離れるまでの間、二人は誰よりも幸せで、誰の目にも幸せそうに見えた。交流会の翌日、食堂に何か食べ物がないかと探しに行ったとき、ルートリヒトに出会った。「おはよう」と声をかけた瞬間、彼は目を細めて「へぇ~」という顔をした。
「アビエル、君は表情を隠すのがとても上手いけど、今はどうしようもなく色気が漏れて、何も隠せていないから 」
そう言って、ルートリヒトはクククと笑いながらアビエルの肩をポンポンと叩いた。アビエルはほんのり耳を赤くし、片眉を上げて黙っていた。
「僕は、来週の半ばにはこちらを立つ予定だ。離れる前に、幸せそうな君が見られてとても嬉しいよ 」
そう告げると、彼はレオノーラの方を向いて、口元を弓なりにしてニヤッと笑った。
「レオも同じくらい幸せそうだね。色々あるのは分かってる。でも、今は良かったねって言っておくよ 」
「そうか、来週か。寂しくなるな。帝都に来たら必ず声をかけてくれ 」
アビエルがそう言うと、ルートリヒトは「当たり前だよ。皇太子の友人なんて最強カードを使わないわけがない」と冗談めかして答えた。
――少しずつ皆が去っていく。レオノーラたちも出立の予定を、交流会から二週間後と決めていた。
コルネリアとルイーズが去るとき、二人は滂沱の涙を流して別れを惜しんだ。
「レオ様、この学校でレオ様に会えて本当に良かったです。どうか、これを受け取っていただけますか?」
コルネリアはライオンの刺繍が入ったハンカチをレオノーラに手渡した。
「これを見て私を思い出してくださいね 」
そして、去っていく馬車から身を乗り出すようにして、いつまでもいつまでも手を振っていた。
デイジーが立つとき、アルフレッドは離れがたそうにギュッ彼女を抱きしめていた。
「必ず毎冬、毎夏、帝都の別邸へ行くわ。アルも機会があればホールセンを訪れてね。約束よ。手紙を書くわ。絶対返事頂戴ね 」
一生懸命に言葉を紡ぐデイジーに対して、アルフレッドは立ち尽くしたまま、少しでも声を発したら耐えられなくなるかのように、ただ頷くだけだった。そして、デイジーの馬車が見えなくなっても、ずっとその先の木立を見つめ続けていた。
レオノーラとアビエルは、二人に許された時間を少しでも大事にしようと、ずっと一緒に過ごした。誰から見ても多くの問題を抱える二人だったが、周りの誰もそれを非難したり、否定したりしなかった。
◇◇◇
「みんな帰ってしまって、すっかり寂しくなったわね 」
人気のなくなった浴場で、ルグレンと二人、浴槽の淵に腰掛ける。三年生たちが去り、夏休みで他の学年も少なくなっているため、浴場は閑散としていた。
「ルグレン、明後日には立つのね。寂しくなるわ。ホールセンには護衛として行くことがあるかもしれないけど、辺境領は遠すぎるね 」
カトリーヌとオレインは、二日前に帰って行った。外交に出る主君に付き添ってホールセンの港に来ることがあれば、必ず会おうと約束した。
「そうね。私も帝都に行くことはほとんどないかもしれない。でも、必ず手紙を書くわ 」
「私も手紙を書くわ。結婚するときは絶対に連絡してね。帝都から贈り物を送るから。本当はお祝いに駆けつけたいけれど、働き始めたら難しいでしょうし 」
浴場の天井から、ぴちゃん、ぴちゃんと雫が落ちる音が静かに響く。
「ねぇ、レオ。あなたは今、すごく幸せそう。アビエルもよ。彼はずっと何かを耐え忍ぶ修行僧みたいだったから。あんなに華やかな見た目でしかも皇太子なのにね 」
ルグレンはふふふと笑い、少しためらいながら続けた。
「もし.......もし、レオがもう帝都で仕事ができないとか、帝都にはいられないというような事情ができたら、私を頼って。辺境領は、人が隠れ住むには最適だから 」
この学院で出会って親しくなった人たちは、皆、身分に関わらず自分に優しかった。学院に来て多くの学びを得たことが何よりの幸運だと思ったが、本当の宝は、たくさんの人との出会いだと気づく。
「ありがとう、ルグレン。その時は、何か素敵な新しい名前を私につけてね 」
涙目になりながら冗談めかして言うと、ルグレンの肩に自分の肩をつけて寄り添った。鼻をすすり始めたルグレンにつられ、レオノーラもせっかく堪えた涙がこぼれてしまい、結局二人は裸で抱き合って号泣した。
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