23:辿りついた思い
アビエルと一緒に広間に足を踏み入れると、今まで騒がしかった声が一瞬にして静まり、自分たちに注目する。大勢の視線が肌に刺さるのがわかった。
「良く似合っているな。良かった 」
アビエルが囁く。一瞬、なんのことかわからなかったが、あぁ、ドレスのことか、と思い至った。
「コルネリア様たちのおかげで、カカシにならずに済みました。素敵なドレスをありがとうございます 」
半分嫌味、半分お礼という感じで顔を見ずに答えた。静まりかえった広間に細く流れていた音楽が、一度止まり、ワルツを奏で始めた。
「では、ファーストダンスを 」
フロアの中央に導かれ、ワルツを踊り始める。誰も追随して来ないので、広いフロアに二人きりだ。
「私の鋼鉄の胃も、この状況で多少痛みました。こんなことだとは思ってもみなかったので 」
ひどい罰ゲームだ、と非難するつもりでそう漏らすと、
「そうだな。すごい破壊力だ 」
アビエルは、空色の瞳で微笑みながらじっと見つめている。
「いつから、このドレスを準備していたんですか?素晴らしい品であることは、ドレスに疎い私にもわかるのですが 」
「ん?さぁな。まぁ、いいじゃないか。私は用意周到な人間なんだよ 」
変わらない笑顔に何か含んだものが混じる。
「アビエル様は、本当に策士でいらっしゃる 」
ため息とともに吐き出す。音楽が終わり、互いに礼をして顔を上げると、何故か拍手が沸き起こっていた。どうも、いい余興であったようだ。
次の音楽までの間にガウェインがやってきて、次のダンスを申し込む。
「レオと踊る機会があるなら、貴重なそれを逃す手はないよね。次は、私と踊ってくれますか?」
一瞬、アビエルの手が、ギュッと自分の手を握りしめたが、添えられた手はガウェインに渡された。
「綺麗な顔立ちだとはわかっていたけど、まるで彫刻だね、レオは。人間離れしてると思うよ 」
踊りながら、ガウェインが困った顔をする。
「アビエルは、自分の策に自分ではまって、大変だろうな 」
「ガウェインは、帝都に戻ったらご父君について仕事を学びながら、文官として皇宮に入るの?」
交流会が終われば、三年生は少しずつ帰途の準備を始め、各々自分たちの土地へ帰っていく。卒業式的なものはないので、いわば、この交流会が最後のイベントだ。
「そうだね。いずれはアビエルの側近として宰相になりたいと思うけど、今はまだ嫌だな。もう少し、無責任にゆるゆるとこの時を楽しんでいたい。皇宮は魑魅魍魎がうじゃうじゃしてるから 」
「あなたは、政治的な駆け引きが得意そうに思うけど 」
「嫌いではないけど、政治や国のために色々なものを諦められるほど、まだ、大人にはなりきれないよ 」
そう言って口の端を上げてみせた。音楽が終わると、次々に、ダンスを申し込んでくる男性が押し寄せた。本当に、良い見せ物になったなと苦笑いが出る。
ドミニクも顔を真っ赤にして申し込んできた。
「すごくお綺麗です。本当に 」
北の貴族の正装である肩からかけた長い革のベストがさまになっている。
「お褒めに預かり光栄です。ドミニクさんもとても素敵ですよ 」
素直な褒め言葉に、大袈裟にお辞儀をして見せる。手を取って踊り始めると、大きな体で優雅に踊り始めた。
「レオさんは、強くて美しくて素晴らしい女性ですね。私の領地の山間部に『氷柱の女神像』という美しい像があるのですが、今のレオさんはその女神そのものです 」
「その女神は、国作りの神話とはまた別の女神ですか?」
「はい、北の方では、人民が加護を受けられる自然神の女神の話があるのです。全ての命に神が宿るという。それを束ね統率するのがその氷柱の女神なのです 」
そう言ってドミニクはレオノーラをうっとりと見つめていた。
ドミニクと踊った後も、男女問わず数人と踊り、その後、サークルダンスを踊って、交流会を最後まで楽しんだ。
三年生は、まだまだ興奮冷めやらぬようで、あちこちの部屋に入り込んで皆で騒いでいた。教授たちもそのあたりは見て見ぬふりをするようだ。
慣れない靴で踊ったレオノーラは、足が悲鳴をあげていて、これ以上立っているのは少々辛かった。
「じゃぁ、部屋でゆっくりお茶でも飲むか 」
アビエルがそう誘ってくれたので、二人で寮の部屋に戻ることにした。
「フラットシューズとはいえ、普段のブーツとは違うので、つま先が痛くてたまりません。これでさらに、ヒールで踊るなど、ご令嬢の鍛錬には頭が下がりますね 」
寮の部屋に向かい、二人で回廊を歩きながらそうこぼす。遠くからどこかの部屋で騒ぐ学生の声がする。
「もう、ダンスは終わったし、靴を脱いでも誰も見てないぞ 」
アビエルが、靴を脱いで部屋まで歩けばいい、と言ってくれた。
「では、お言葉に甘えて 」
柱に手をついて、一つずつ靴を脱ぐ。左足から靴を脱ぐ時に、足首につけていたアンクレットが揺れた。
「それ......着けていてくれたのか 」
アビエルがそれを見て、目を見開き、言葉を落とした。
「手首につけるものだとは思ったのですが、装具で傷がつくと嫌だったので、足にしてたんです。雑に扱ってませんよ?大事にしてますから 」
言い訳がましくそう言いながら、笑って顔を上げると、アビエルの目の奥がゆらゆらと揺れて、そこに笑みはなかった。そして、急に手首を掴むと、レオノーラを引っ張って寮に向かって歩き始めた。脱いだ靴が廊下に置きざりになる。
「あ、靴‥‥」
レオノーラの呟きを無視して、アビエルは早足で部屋に向かい、自室に入ると扉を閉めてレオノーラを壁に押し付け、両手で閉じ込めた。そして、貪るように口づけを落としてきた。
口づけをしながら、逃すまいとするように、体を押し付けてくる。レオノーラは、自分の手をどうしたらいいか分からず、アビエルの二の腕にそっと置いた。置いた手からアビエルの震えが伝わる。
「レオニー、レオニー‥‥」
唇を離すと、肩に額をつけて、離すまいとするようにレオノーラを抱きしめ、名前を呼び続けた。そして、苦しげに愛の言葉を告げた。
「......愛している。どうしようもないほど。」
回す腕にさらに力が加わる。
「忘れようと。こんな気持ちは無かったことにしようと何度も思った。傍にいてくれるだけでいいと、愛を告げなくても生きていけるはずだと、何度もそう自分に言い聞かせた 」
顔をあげて、潤んだ空色の目でレオノーラを見つめる。
「でも、無理だ。このままでは、私は壊れてしまう 」
見つめる瞳から雫がこぼれ落ちた。そしてまた、口づけを落とす。震えるアビエルの二の腕を、ゆっくりとさする。レオノーラの胸の奥からどうしようもない愛おしさが湧き出る。再び、顔をあげて額を寄せ、絞り出すようにアビエルが言葉を続ける。
「わかっている。おまえは私にずっと尽くしてくれる。こんな私の言葉も、ずっと心に秘めていてくれるだろう。それに甘えてこんなことを言っていることはわかっている。傲慢で我儘で独りよがりな話だとわかっている。でも、知っていて欲しかった」
レオノーラは静かに手をアビエルの頬に寄せて、顔をあげさせた。苦しげな表情の中にある、潤んだ空色の瞳を見つめて、そっとその唇に唇を寄せた。驚いたように目を見開いた後、アビエルはその口づけに応えた。静かに、何度も口づけを繰り返す。
いつの間にかレオノーラの手は、アビエルのうなじを掻き抱き、自らアビエルの唇を求めていた。
「私もあなたを愛しています。ずっと愛していましたよ 」
そう、耳元で囁く。
「それは、主君として、忠誠を誓う相手として従うというのとは違うのか?おまえは私に逆らわないだろう」
アビエルは、目を閉じたまま震える声で問う。
「そうですね。あなたは皇太子で、私の主君で、私が生涯の忠誠を誓った相手ですから 」
静かに告げると、アビエルがふぅとため息をつく。
「だから、その全てであるアビエル=ランドルフという人を、私はずっと愛し続けているのです。昔から、出会った頃からずっと 」
その言葉に、まるで箍が外れたようにアビエルが激しく唇を落とす。そのまま、レオノーラの腰を抱き上げ、寝台に運びそっとおろす。顔を寄せ、アビエルは愛を語り続けた。
「レオニー、レオニー。愛している。愛しい人。」
その言葉は、二人を包むシーツの中に静かに溶け込んでいった。
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