22:最後の交流会
浴場で疲れた体を癒しながら、レオノーラは思い悩んでいた。
さて、どうしたものか。約束だからドレスを着るのはいいだろう。先ほど、アビエルが嬉しそうに部屋に大きな箱を持ってきた。その蓋を開けると、シフォンを幾重にも重ねた豪奢な何かが入っていた。
しかし、取り出すことなくその蓋を再び閉め、まずは、風呂に入ることにした。心の準備が必要だ。
ドレスはいい。とりあえず身に纏えばそれで済む。だが、髪はどうする?顔は?靴は?どう想像しても、ふわふわのドレスを着た、まるでかかしのような不格好な自分の姿しか思い浮かばない。
女装くらい大したことではない、と思っていたが、思いのほかダメージがありそうだ。これはアビエルの渾身の意地悪なのだろうか。
「つらい......」
思わず声を漏らすと、隣にいたルグレンが、どうしたんだ、という顔をした。
「そんなに負けたことがショックなの?レオってそういうの、切り替えが早いと思ってたのに 」
「賭けに負けた代償が大きすぎて……今さらながら、こんな賭けをしなければよかったと後悔しているところ 」
そもそも、カードゲームでもなんでも、自分は策士に向いていなかったのではないか。そう思うと、うまく転がされた感があって、さらに負けたダメージが増す。
「え~!いいじゃない。結構みんなレオの女装を楽しみにしてるよ。なんでそんなに落ち込むのよ 」
ねぇ、と同意を求めるように、ルグレンが隣にいるオレインの方を向く。
「どう想像してもみっともない自分しか出てこなくて、気持ちが浮かばない...... 」
湯船の中で揺蕩う自分のささやかな胸と、ふしくれだったマメだらけの手を眺める。
「あら、意外に乙女 」
オレインがからかうように笑った。
「まぁまぁ、多分、すごく素敵だと思うよ?レオは素材がいいんだから 」
素材......。もう一度湯船の中を見る。どう考えても、この素材がドレス向きではない。
「さっき、休憩テントでレオの女装の話が盛り上がってたから、後で貴族科の誰かが来て準備を手伝ってくれるよ。んふ、私もすごく見たい 」
ふふふ、とオレインが怪しい笑みを浮かべた。
「他人事だと思って......。はぁ~仕方ない、遊んでいただいてありがたいと、腹を括ることにします。う......いや、やっぱりちょっと胃が痛いかも 」
「胃が痛いから交流会を休んで部屋で寝てるってのはダメ?」と聞くと、二人から「その鋼鉄の胃が痛くなることはない!」と断言された。本当にちょっと痛いのに......と、初めて心労で胃が痛むというのを実感した。
部屋に戻ると、コルネリアやルイーズたちが、自分たちの準備を終えて部屋の前で待っていた。
「レオ様、お着替えをお手伝いしますわ!」
ありがたいと思い、皆を部屋に通す。「キャァ、レオ様の部屋に入っちゃったわ!」と嬉しげな女性陣が、さぁ準備を始めようとして、ふと気づいた。
「あの、レオ様、姿見はないのですか?鏡台は?」
そう言われて、「鏡は、その洗面台のところに。鏡台はありません 」と、小さな丸い壁掛けの鏡を指差した。
一瞬、沈黙が走る。我に返ったコルネリアが皆に指示を出し始める。
「皆様、その衣装箱を私の部屋へ運びましょう。ここでは何のお支度もできませんわ。さぁ、急いで!」
レオノーラも背中を押され、回廊を女子寮に向かう。さすが侯爵令嬢、こうした統率力が高位貴族の特徴なのだとぼんやり思う。
コルネリアの部屋の壁一面を占める鏡台の前に、下着姿で立った。衣装箱からドレスを持ち上げた女生徒が、感嘆の声を漏らす。
「まぁ、素敵。今流行りのドレスだわ 」
チョーカータイプの襟元から胸にかけてレースがあしらわれ、ウエストは大きなリボンを幅広く結ぶようになっている。腰から下は細くストンと落ち、膝から下に幾重にも重ねられたレースが広がっている。後ろにはスリットが入り、その下からレースが見えるようにドレープを形作っていた。
「細身でないと着られませんわね 」
皆が、ドレスを身に纏ったレオノーラを見てため息をついた。
「さぁさぁ、皆様、時間がありませんわ。ルイーズは髪を、フロレンティアは顔をお願いします。」
いつの間にか、フロレンティアも集団の中にいた。
「レオ様はお肌が綺麗なので、浮いているそばかすを消す程度で大丈夫ですわ。眉は少し整えますね。じっとしていてください。」
そう言いながら、真剣な顔で何かを顔に塗ってくれている。誰かに背中から肩、肘、手の甲に香油を塗られ、なすがまま、言葉を発することもなく、ただ好きにされていると、「虚無とはこういうことだろうか」と、何かを悟りそうになっていた。
「できましたわ!」
最後まで「ああでもない、こうでもない」と髪に飾りをつけ直していたルイーズが、よし!と手を置いた。
鏡の中には、花飾りを編み込んだ髪を片側に流した、澄ました顔の女性が映っていた。よく見ようと目をすがめると、向こうも目をすがめて近づき、思わず「ウワッ」となった。
目を上げると、背後に陶然として鏡の中を見つめる女子生徒たちが見える。
「…...すごい、なんて素敵なの。」
皆、自分たちが作り上げた作品に満足して、ため息をついていた。
「レオ様、立って全身を見せていただけますか?」
コルネリアに促され、立ち上がって皆の方を振り向く。
「ほぉう…...」
全員が頬を染め、ため息とも呻きともつかない声を漏らした。レオノーラは、「良い作品が完成したようで何よりです…...」と胸の内で呟いた。
衣装箱の中に、ドレスと同じ色のフラットシューズが入っていた。もしヒールだったら、自分の足首に致命傷を与えるか、踊る相手の足の甲に致命傷を与えるかしか未来がないと思っていたので、ホッとした。
同じシフォンレースで作られた薄いケープを肩からかけ、コルネリアに裾の持ち方を教えてもらい、広間へ向かう。前後を歩く女子生徒たちは、花のように笑いながら、さっきまでの作業を振り返っておしゃべりをしていた。皆がとても楽しそうなので、レオノーラは「もうどうでもいいか」という気持ちに落ち着いていた。
広間の入り口に着くと、アビエルがガウェインと話をしているのが見えた。こちらに気づくと、
「レオニー、エスコートしてやろうと部屋に行ったらいないから......」
アビエルのかけてきた声は、後半が途切れてしまった。
「これは、これは......想像以上だね。」
ガウェインが、驚きの表情とともに感嘆の声を漏らした。
「素晴らしいでしょう?皆、仕上がりに大満足です。さぁ、フロアでレオ様を堪能しなくては!」
コルネリアが、アビエルの方へレオノーラを促した。
「き......れいだ......」
目をそらさず、アビエルが何事かを小さく呟いた。
一緒に来たコルネリアたちは、楽し気に笑いながら先に広間の中に入って行った。
アビエルがレオノーラの前へ進み出て、胸に手を当ててお辞儀をする。
「どうか、私めにエスコートをさせていただけませんか?」
そして、手を差し出す。手をその上に置くと、節のある剣だこだらけの自分の手が気になって一瞬眉間に皺が寄ったが、まぁ、余興だから、と気を取り直した。
「よろしくお願いします 」
殊更大げさに微笑んで、淑女風に膝を曲げて礼をする。アビエルは、目の端を少し赤くしてレオノーラの手を取り、肘にそっとかけた。
もし、このお話を好きだ!と思ったらイイねやブックマークを!
気になる、気に入ったと思ったらコメントや評価☆☆☆☆☆,をお願いします。大変喜びます♪




