21:最後の闘技大会2
アルフレッドは、「二人の女装ダンスを見るために頑張る」と豪語していたが、準決勝でレオノーラに敗れた。
地面を叩いて悔しがっていたものの、デイジーに「勢いのあるアルの剣が大好きよ。私にとってアルは、世界一の剣士なの。私を守ってくれる、たった一人の剣士よ」と慰められ、すっかり機嫌を直した様子だった。アルフレッドも、自分に劣らず単純な性格だと、レオノーラは思っている。
いよいよ決勝戦。アビエルとの最後の試合が始まる。
アビエルと剣を交えられる喜び。初めてこの舞台に立ったときに覚えたあの感動は、今でも身体の奥に刻まれている。彼をそっと見やる。今、彼は何を思っているのだろう。自分と同じ気持ちでいてくれたら……そう願わずにはいられなかった。
「はじめ!」
キィン――。剣が交差する高く澄んだ音が響く。二人とも軽くて丈夫な剣を使っているため、音色はまるで金属の歌のように透き通っていた。最初は呼吸を合わせるように、互いの剣が規則的にぶつかり合い、やがてリズムは崩れ、不規則な打ち合いへと変わっていく。
アビエルの剣は、まるでこちらを飲み込むような力強さを持っていた。レオノーラは逆らわず、その流れに身を委ねる。
間合いが一気に詰まり、ふたりの距離がぐっと近づいたとき、胸の奥から歓喜があふれ出した。それに応えるかのように、アビエルの剣が「もっと」と囁く。
この悦びを、もう少し引き延ばしたい。焦らすように剣を組み、また離れる。アビエルは、上下に大きく剣を振って揺さぶりをかけてくる。レオノーラはそれを受け流しながら横に身をかわし、再び剣を交えた。
剣が絡み、鈍く低い音が響く。観覧席は満員のはずなのに、歓声もどよめきも一切耳に入らない。
――今だけは、私だけが彼の世界にいる。
レオノーラの胸を、恍惚とした感覚が満たした。決して望んではいけない相手と、たった今この瞬間だけは一体になっているような気がする。彼もまた、同じように感じていることがわかる。
ずっとこうしていられたらいいのに――。
剣を交えながら、快感と幸福に身をゆだねる。そうしているうちに、次第に外の世界の音が戻ってきた。
『体力も、無尽蔵というわけではないしね……』
兜の中でひとりごち、皮肉気に笑った。
アビエルの隙のない動きを見ながら、レオノーラは決着の糸口を探っていた。
剣を横から押され、勢いで体勢を崩す。前が空かないよう、倒れそうになりながらも身体を前へと乗り出す。
押してくる力を一瞬抜いたそのタイミングで、体勢を立て直そうとした瞬間、アビエルがさらに力を加えて下に押さえ込んだ。そして剣が弾かれ、反対側からの打撃を受け、彼女の剣は宙を舞った。ほんの一瞬の出来事だった。
「勝者、アビエル=ランドルフ!」
大歓声が沸き起こり、会場が揺れる。
レオノーラは、ため息とも息切れともつかない息をひとつ、吐き出した。
「いい試合だったな」
剣を拾い、手渡してくれたアビエルが声をかける。
「終わっちゃいましたね」
剣を受け取り、握手を交わそうとしたその手を、アビエルが不意に引いた。そのまま抱き寄せられるような格好で、甲冑越しに肩をポンポンと優しく叩かれる。
そして、試合場を出ると、すぐに人の波に飲まれ、お互いの姿は見えなくなった。
◇◇◇
剣術の熱がようやく静まり、二人は控え室で体術用の装具を身につけていた。
「アビエル様、ご機嫌ですね」
「いや、別にそんなつもりはない」
いつものように無表情な彼だが、隣に座っていると、鼻歌が漏れてきそうなほどの上機嫌が身体全体から伝わってくる。
腑に落ちない。レオノーラの負けず嫌いの性分が奥底を揺さぶる。
「……もし、私が体術で勝ったら、アビエル様も女装してくれませんか?」
「構わないが、お前に勝算はあるのか? 勝ったときの賭けをするなら、負けたときの対価も必要だろう?」
悪戯っぽく微笑みながら放たれた正論に、レオノーラは思わず眉間にしわを寄せる。こういうところが、頭の回転が早い人の厄介な点だ。
「……いえ、やっぱり結構です。これ以上、負債を増やすのは得策ではありませんので」
「“負債”などと言うな。悪いようにはしない。交流会用のドレスも、私が用意してある」
「え?」
間の抜けた声が漏れた。革のグローブをはめようとしていた手が止まり、アビエルの顔を見つめる。
「黒いカラスみたいなドレスしかないと、前に言っていただろう? 夜会用の新しいドレスを用意しておいたんだ」
「……は?でも、サイズとか……というか、いつの間にそんなものを?女装にどれだけ情熱を注いでいらっしゃるんですか。もう、驚くというより感服します」
ため息をつきながら、装具の留め具をはめる。
「まあ、そう言うな。用意したからには、絶対に負けられないという気持ちもあったのだ。万が一負けても、ドレスがあると言えば、お前はきっと着てくれると思ったしな」
ニヤリと笑うその顔を見て、レオノーラは思う。自分はどうやら、かなり“チョロい”と思われているらしい。
「さて、さっさと勝って、交流会を楽しもうじゃないか」
アビエルは肩を回しながら、傲慢にそう言い放った。
年齢を重ねるにつれ、レオノーラは、鍛え上げた男子に体術で勝つことの難しさを実感していた。筋力をつけ、俊敏さで上回ろうと努力し、相手の力をいなす術を学んできたが、体格差という現実は覆せない。
自分の身長は、これ以上伸びることはない。どうがんばっても体の厚みも大きくはならないようだ。だから、ある時から「勝ち」に執着するのをやめた。それは、レオノーラらしい前向きな思考の一つだった。
実際、大男に襲われて組み敷かれるような事態になれば、下からナイフで刺せばよい――そう割り切ることにしたのだ。
訓練を受けていない相手に負けることはない。ただ、猛者と真っ向から体力だけで渡り合い、勝ちにこだわるのはやめたのだ。もちろん、闘技大会のトーナメントでは全力を尽くすつもりでいる。
「さて、どこまで行けるか。楽しみましょうか」
そう呟くと、自然と笑みがこぼれた。その笑顔を見て、アビエルもまた微笑み返してくれた。
レオノーラは二戦を勝ち抜いたが、三戦目で騎士科のコリンズに敗れた。授業では勝ったり負けたりを繰り返していた相手なだけに、悔しさは残った。
一方のアビエルは、順調に勝ち上がり、決勝でなんとドミニクと対戦することになった。
ここに来る前、兄のゴドリックに特訓を受けていたのだろう。「連覇を狙う」と宣言していただけのことはある。
背丈こそアビエルの方が高いが、ドミニクは体に厚みがあり、体幹も強そうだ。これからさらに成長し、三年後には兄のように「北のクマ」と呼ばれているかもしれない。
二人が組み合うと、腕の筋肉が張り合い、力のぶつかり合いが目に見えるようだった。
いつの間にか、アビエルは胸筋の張った逞しい体になっていた。
この学院に来たばかりの頃は、自分とあまり変わらなかったのに……とレオノーラは思う。
少年のような自分と、少年だったアビエル。そんな彼は、もう「男」になっていた。
彼をそばで支えると誓ったのに、自分は彼よりも弱い。そう思うと、女であることが恨めしくなる。
――今さら考えても仕方がないことを――
そう自嘲しながら、その思いを心の隅に押しやる。誓ったのだ。彼が望む限り、ずっと傍にいようと。
たとえ自分にできることが少なくても、今は彼の心の支えになれるのなら、それでいい。
試合はアビエル優勢で進んでいた。
力は互角に見えたが、やはり経験の差が勝敗を分ける。高い水準で競う世界では、気力と知力が勝負の鍵となる。勝つための我慢強さと、相手を見る冷静さ――その両方を、アビエルは備えていた。
彼はドミニクの左手の関節を締め、背後に回す。ドミニクは必死に体を回そうとするが、アビエルがさらに力を込めると、ついに地面をタップし、降参の意を示した。
「勝者、アビエル=ランドルフ!」
観客席から大きな歓声が湧き上がる。
アビエルがドミニクを立たせ、何やら言葉を交わしている。ドミニクは左肘をさすりながら、満足そうに頷いていた。彼にとっても、充実した試合だったのだろう。
この大会に、もう自分が参加することはないのだと思うと――過ぎゆく時間に抗えない寂しさが、静かに胸を締めつけた。
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