19:学院の日々11
闘技大会が近づくと、学院での生活も終盤に差し掛かっていることを実感する。同級生たちは皆、やり残したことがないか、学業でもそれ以外でも後悔しないように、忙しく過ごしているようだった。
レオノーラもレポート作成と並行して、語学の習得にさらに力を入れた。言語学の教授に師事を受けながら、外国語の原語について調べ、その派生の流れを追うことで、大抵の言葉の意味が理解できるようになった。世界中を旅することはできないにしても、言葉を知ることで、その国の文化や国民性がわかるような気がして楽しかった。
「もし、外国に隠密活動に出たら、私の語学はどのくらい通用するでしょうか?」
食後、回廊を歩きながらアビエルにそう問いかける。
「隠密活動をすることはないと思うが、レオニーの外国語は、かなり通用すると思うぞ。今度、宮廷に海外からの訪問があれば、通訳をしてみるといい 」
「そんな、宮廷には代々通詞として活躍している由緒正しい文官の方々がいらっしゃるのに、滅相もないですよ 」
「では、私が外遊する時についてくるといい 」
「どこかへ外遊の予定があるのですか?」
「レオニーは、どこか行きたい国があるか?」
「う〜ん」と考えてから、
「西共和国には行ってみたいですね。島ごとにいろいろな文化があるそうなので。アナン先生に聞いた話では、とある島では、6歳まで子どもはみんな男の子として育てられるそうです。神様が女の子を好むので連れて行かれないように、という理由だとか 」
「ははは、小さい頃のレオニーみたいな子がそこにいっぱいいるんだな 」
「そんな子たちが、大きくなったら私のようにはならないのか、気になりますね 」
「じゃあ、西共和国に行くことにしよう。島を巡るのもいいし、その後、南大陸の王国に訪問するのも面白そうだ 」
二人は、さまざまな国の名前を挙げながら、どう巡るかを考えた。いろいろな国を巡ることを想像するとなんだか無性に楽しくて笑みがこぼれる。それを見てアビエルも嬉しそうに笑う。
「きっと、フロレンティア様も楽しまれるでしょうね。アナン先生に他の国の話をたくさん聞かれていましたし 」
レオノーラは、自分がフロレンティア付きの護衛になることを想定してそう言ったが、アビエルは少し俯いて「…...そうだな」と短く答えるだけだった。
◇◇◇
今年の剣術トーナメントも、アビエルとレオノーラは決勝戦まで勝ち進まないと戦えないように組まれていた。負けるつもりは毛頭ないが、万が一にも途中で敗退しないようにと、変に緊張する。教授陣の見せ場を作ろうとしている作意に、ついつい眉間に皺が寄ってしまう。
夕食前に図書室で調べ物をして、出てきたところでドミニクと出会った。
「もうすぐ闘技大会ですね。兄から、アビエル殿下とレオさんは最強だと聞きました 」
「滅相もない。最強はアビエル様です。負けたくないので必死でくらいついていますが、もう体術では全然足元にも及びません 」
「いえいえ、その細さで体術もかなりお強いと聞いています。兄が絶賛していました。レオさんは努力の人だと 」
「お褒めにあずかり光栄です。ふふふ、むず痒くなりますね。私はゴドリックさんやドミニクさんのように太くて立派な筋肉が付きにくい体質のようで、すごく悩んだ時期があるんですよ。体を大きくしたくて、とにかくたくさん食べてみたりもしました。でも、結局、食べ過ぎてお腹を壊して、逆にげっそりしてしまったんですけどね」
ドミニクは、その話に豪快に笑い、その無邪気な笑顔にレオノーラも破顔する。
「確かにレオさんは胃袋も小さそうだ。もしかして、レオさんのご両親は北のご出身ではないですか?髪や目の色、顔立ちが北の女性の特徴によく似ています 」
「両親は......あ、祖父が北の騎馬民族に由縁があると聞いています。私と祖父はあまり似ていませんが、髪と目の色は同じですし、もしかしたら、そういうルーツはあるかもしれませんね 」
「馬に乗った姿もきっと美しいのでしょうね。絵になりそうです 」
ドミニクは目の端を赤くしながら、まだ幼さの残る顔で照れたように笑った。
「もし、よろしければ、今度、一緒に遠乗りに......」
そう彼が言葉を続けようとした時、
「レオニー、探していたぞ 」
アビエルが、広間へ続く角から大きな歩幅で現れた。
「アビエル様、何かお急ぎのことがありましたか?」
口調は穏やかだが、少しイライラしているように感じられる。
「先日話していた地政学のレポートの件でちょっと相談があって。あぁ、ドミニク、レオニーを連れて行っていいだろうか 」
「もちろんです。では、また、レオさん、アビエル殿下 」
ドミニクは、レオノーラを見つめて微笑み、去っていった。その後姿をじっと見つめながらこちらを向かずにアビエルが抑揚のない声で聞く。
「随分、親しくなったのだな 」
「先ほど図書室から出てきて偶然お会いしたんです。さすがゴドリックさんの弟君ですね。1年生とは思えないほど堂々として、しっかりとした方です 」
アビエルは特に何も返さず、大広間へと先を歩いていった。そして、一緒に夕食をとりながら、軍事上の地理的優位について話をした。普段通りの様子ではあったが、レオノーラには、アビエルがまだ何かにイライラしているように感じられてならなかった。
◇◇◇
闘技大会の前日、いつもの早朝の剣の鍛錬の後、アビエルが言った。
「この後、少し時間はあるか?今日は講義も少ないだろう。遠乗りに行かないか?」
鍛錬後に馬を走らせることはよくある。天気も良さそうだったので、レオノーラは「食堂からパンと林檎でも持って、外で食べましょうか」と提案し、湖の近くまで出かけることにした。
初夏の早朝の風が草原の小さな花を揺らしている。馬上で風を感じると、自然と一体になったようで、とても気持ちが良い。小高い丘を降り、湖が見える場所で馬から降りる。持ってきたパンと林檎を齧り、小瓶の水を二人で分けて飲んだ。
「いい季節だな。風が気持ちいい」
「雨も少ないですし、この時期は過ごしやすくていいですね」
レオノーラは、齧った林檎の果汁が垂れた顎を拭った。
「なぁ、今年こそ、ドレスでダンスしろよ」
アビエルはそう言って、食べ終わった林檎の芯をひょいと草むらに投げた。
「アビエル様は変わりませんね。そんなに私に女装させたいんですか?」
「させたいな。皆がさぞ喜ぶだろう。会場が湧くぞ 」
アビエルはニヤリと悪い顔をした。
「いいでしょう。では、私が万が一負けた場合は女装します。その代わり、私が勝ったらアビエル様が女装してくださいね 」
レオノーラも負けじと悪い顔で返す。
「お?…おぉ、い、いいだろう。受けて立つ。私の女装の美しさは、お前に引けを取らないと思うぞ 」
そして、二人は大笑いした。
「確かに絶対美しいと思いますよ。見たすぎて、勝つ気しかしませんね 」
「もし、二人とも途中で負けたら、二人で女装して交流会に出るか 」
お互いにくだらない賭け話が止まらず、「それ、誰が勝ちの罰ゲームですか」と突っ込んだ。二人でする女装ダンスを想像すると笑いが止まらなくなった。
「アビエル様のカーテシー、とても綺麗でした。私が女装する時は、あの綺麗なカーテシーの仕方を教えてくださいね 」
レオノーラは笑い泣きしながら目尻を拭った。
「あぁ、お前がやったらさぞ優雅だと思うぞ 」
「そうですか?ああいうのは、高貴さが滲み出るから優雅なのだと思いますよ。私のようなものには、到底出せない優雅さでしょう 」
笑いながら横を見ると、アビエルが静かに言った。
「高貴さ…か。身分とはなんだろうな。気高さとは、その家に生まれたから身につくものでもないだろう?」
草原を吹く風に、アビエルの金色の髪がそよぎ、まるで金鳳花の花のように見える。
「どうでしょうか。生まれ落ちた環境によって得られるものが違うなら、やはり高貴な家に生まれた方は、高貴な振る舞いが身につくと思いますが 」
レオノーラは、膝を抱え込むようにして座り、足の間に顎を置いた。
「お前は、自分の出自に疑問や不満を持ったことはないのか?」
アビエルが静かに問いかける。
「私は…驚くほど恵まれていますから。不満よりも、むしろ、こんなに恵まれていてどうしようと悩みました。本来ならばこんな教育を受けられる身分ではないのに、私なんかには勿体ないと。そういう意味では、身分というしがらみに随分ととらわれていたと思います」
「”とらわれていた”と言うことは、今はもう悩んでいないのか?」
レオノーラは、ふふふと笑みを浮かべてアビエルの方を見た。
「はい。アビエル様が、せっかく私を選んでここへ連れてきてくださったのに、『自分なんかが』と思うのは大変失礼なことだと気づきました。だから、甘んじてその恩恵を受けることに決めたのです。私は存外厚かましい人間だったようです 」
アビエルも柔らかい笑みを浮かべてレオノーラを見つめる。
「そうか。まぁ、お前はかなり厚かましい方だ。そこがいいんだ 」
「アビエル様は、私などには考えも及ばないほどの重い責務を背負っておられますから.......先日から何か心に抱えておられるでしょう?私に話すことで少し楽になったりしませんか?」
アビエルはじっと草原の揺れる草花を眺めている。
「望むことをすると、傷つく人がいる。私には、生まれた時から決まっていることが多すぎて、自分で何かを選ぶ選択肢はほとんどない。それが皇室に生まれた者の使命だ、そう割り切って生きてきたつもりだった......」
遠くでトンビがくるくると旋回している。
「割り切って、諦めたつもりのものが、どうしても手放せない。私がそれを諦めれば、他のすべてがうまくいくはずなのに、どうしても諦められないのだ 」
アビエルの視線は遠くを見たままだった。彼が生まれながらに背負った重い責任、その苦しさが痛みとして感じられ、レオノーラの胸が詰まった。
レオノーラは、地面についていたアビエルの手をギュッと握り、その手を握ったまま彼の正面に跪き、その甲に口づけをした。
「アビエル様、私はあなたに生涯の忠誠を誓います。何が起ころうとも、あなたを守り、あなたのために戦うことを誓います。どうか、ご自身の判断に憂い無きように。もしそれで傷つく者がいたとしても、私は決してあなたの傍を離れません 」
突然の忠誠に、アビエルは驚いて目を丸くした。
「は?え?お前…何を」
アビエルが手を引こうとしたので、レオノーラも力を込めて手を引かれまいとした。そしてさらに誓いを続けた。
「私は、あなたの重荷を分かち合うことはできません。しかし、あなたがこれから背負う責務の傍で、あなたを支え続けます。どうか少しでもそれがあなたの救いになるなら幸いです 」
そう言ってもう一度口づけをした。
「こ、これは騎士の忠誠か?」
「そうですよ。私はまだ騎士ではありませんが、あなたに忠誠を誓いました 」
「びっくりして悩みが吹っ飛んだな 」
手を握り合ったまま、二人はふっと笑い始め、笑いが止まらなくなった。
「全く、お前の行動は予想の斜め上だな 」
「冗談で言ったわけではありませんよ 」
微笑んでもう一度手の甲に口づけをしようとしたら、アビエルはその手を引っこ抜いた。
「これは女性にやるやつだろ。足元に口づけするものじゃないのか、私には 」
「一瞬どうしようかと思いましたが、アビエル様のブーツがさっきのぬかるみで少しアレだったので、こちらにしました 」
笑いながらアビエルを見ると、先ほどとは打って変わってすっきりした顔をしていた。
「レオニー…....誓いは絶対だな 」
アビエルが真剣な顔で言った。
「命をかけて誓います 」
レオノーラがそう告げると、アビエルの瞳がかすかに潤んだ。
気づけば、すっかり日が高くなっており、さすがに学院に戻らないとまずいのではと二人で慌てる。
「せっかくなら、アビエル様が女装している時にさっきのをやればよかったですね。勿体なかった 」
「勿体ないってなんだ。そもそも、私は女装する羽目にはならん 」
そんな掛け合いをしながら、二人は学院への帰路を急いだ。
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