12:学院の日々6
神聖祭について書いてみました。
帝国には、創世の神話がある。
かつて、この地は混沌に包まれていた。二柱の神、アソトラとエストラが泡立つ地面に種を落とし、その種から世界樹が芽吹いた。世界樹の根は混沌を鎮め、大地が生まれた。
世界樹の下で、二神は愛を育み、空を治めるエイヘル、大地を治めるクレイル、海を治めるソイレルという三神を生み出した。
大地の神クレイルは、世界樹の実を食べ、その種を吐き出して新たな生き物たちを創造した。数多くの生物を生んだ後、最後に自身に似た人の子、グルタを作り伴侶とした。クレイルとグルタは多くの子を成し、大地は豊かに繁栄した。
しかし、エイヘルとソイレルは、世界樹の恩恵を受けられないことに嫉妬し、天から雷を落としてグルタを打ち砕き、海から津波を起こしてそれを奪い去った。塵となったグルタのかけらは空に舞い羽あるものとなり、海に流れて鰭あるものとなった。
最愛の伴侶を失ったクレイルは深い悲しみに沈み、世界樹を打ち倒して枯らしてしまった。生まれ落ちた者たちの命は永遠ではなくなり、子孫を残し、限りある命を生きるようになった。
生き物たちが懸命に生と死を繰り返す姿を見て、エイヘルとソイレルは自分たちの過ちを悔い、クレイルに空も海も大地の糧となることを誓い、かすかに残ったグルタのかけらを返した。クレイルはそのかけらを飲み干すと、大地の一部としてその体を横たえ、グルタとともに世界を見守り続ける存在となった。
「クレイルが眠っているのが、この東の峰の山々であり、世界樹があった場所が帝都のあるゴルテナ平野とされています」
神聖祭の始まりには、必ず学院長がこの神話を語る。神聖祭とは、帝国の祖である神聖グルタを崇め、悲しみ怒る神の子クレイルを鎮めるための祭典である。冬の最も日の短い日に祝われ、ベリーの果汁を含んだ「グルタの涙」と呼ばれる赤い砂糖菓子を皆で食べる習慣がある。
神聖祭は、学院においても大事な息抜きの一つだ。礼拝堂でグルタへの祈りとクレイルへの慰めが司祭によって告げられた後、広間で神聖祭のための晩餐が行われ、交流会が催される。
入学して4か月ほどの1年生たちは、この時期に学院生活にも慣れ始め、少しずつ周囲が見えてくるころだ。
「初々しいね。去年の自分がどうだったか、もう忘れちゃったわ」
ルグレンがニヤニヤしながら、壁に張りついてダンスのタイミングを図る1年生たちを見つめている。彼らは上級生の動きを真似しようと必死だ。
「可愛いね」
その幼さに微笑みをこぼすと、
「レオ様、簡単に誰かを可愛いだなんておっしゃってはダメですよ!争いが起きますから」
いつの間にか傍に来ていたコルネリアが拗ねたように言った。そして、「さぁ、ファーストダンスを私と」とお願いされ、その手を取って広間の中央へ進んだ。
「レオ様、『グルタの涙』は喜びの涙なんですってよ。ご存じでした? クレイルが自分のかけらを飲み込んで一部にしたことを喜んで、クレイルの体から生えた植物の実がすべて赤くなったんですって」
「知りませんでした。てっきり、命を奪われた苦しみから出た、血の涙とばかり思っていました」
「神話って、いろいろと話が変わりますけど、私はできるだけいいお話だけを信じるようにしてますのよ」
そう言ってほほ笑むコルネリアの頬が、ダンスでうっすらと薔薇色に染まっている。その姿はまるで陶器の人形のようだ。
「素敵な心掛けですね。コルネリア様は、本当に美しいお心をお持ちで、お姿も陶器のお人形のようにお可愛らしいですし、素敵でいらっしゃる」
可愛いものが好きなレオノーラは、つい思ったままを口に出してしまう。言われたコルネリアは、顔を真っ赤にして、湯気が出そうなほどの勢いで、顔を伏せてしまった。
「い、いやですわ、レオ様…お戯れが過ぎます」
その様子に、会場からは黄色い悲鳴が上がり、男性陣からは嫉妬の視線が投げかけられた。
・・・・・・
「慣れたと思ったけど、お前のその顔はやっぱり凶器だな」
レオノーラがテラスに近い壁際でグラスを手に喉を潤していると、アルフレッドが寄ってきた。
「凶器ってどういう意味?」
「切れ味鋭いって意味だよ」
レオノーラは、さらに意味がわからなくなった。アルフレッドと並んで立つと、彼が来た頃よりもずいぶんと背が高くなっていることに気づく。
「身長、すごく伸びたのね。来た頃はそんなに変わらないと思ってたのに」
「あぁ、そうだな。レオも女にしては背が高い方だけど、まぁ、それよりは高くならないとな」
アルフレッドは、得意げに顎を上げた。
「やっぱり、体の作りが違うのね。鍛えた分だけ筋肉が見えるのも羨ましいよ。私は、見えるようにはつかないから」
レオノーラは上着を脱ぎ、シャツをまくって腕に力を入れる。二の腕から手首まで筋肉が浮き上がるが、太い筋肉は出ない。
アルフレッドが、同じように上着を脱ぎ、腕をまくって力を入れると、二の腕に力こぶが浮き上がった。
「いいなぁ、こういうのがつかないかなぁって思うよ、本当に」
レオノーラは羨ましそうにアルフレッドの筋肉をさする。アルフレッドはふふん、と得意げな顔をしたが、レオノーラの向こうに目をやった瞬間、急いで袖を戻し、上着を手に取った。
「あ、デイジーがそろそろ戻ってくるから、飲み物でも取ってくるよ」
じゃあな、レオ、アビエル、と慌ただしく去っていった。振り向くと、アビエルが静かに立っていた。
「学院長様とのお話は終わったのですか?」
「あぁ、来年の秋にフロレンティアがこちらに来る。それについてだ」
アビエルがレオノーラに肩を合わせるように壁にもたれる。儀礼服の下から覗く帯剣がレオノーラの太ももを撫でた。
「フロレンティア様、学院に入学されるのですか?それはお喜びでしょうね」
「あぁ、1年だけという約束で、あのグレゴールが渋々承知したらしい。新しい世代の皇后には、新しい教育が必要だ、と母上が骨を折ってくれたようだ」
「とはいえ1年だけですか。グレゴール様は厳しいですね」
「そうだな。優秀だが、少し柔軟性に欠けるところがある」
「フロレンティア様がこちらに来られたら、また一段と賑やかになりそうですね」
「あぁ、騒がしい奴だから、あちこちかき回しそうだ」
レオノーラはその姿を想像し、微笑んだ。
「そういえば、学院長様はアビエル様の叔父様、皇弟陛下なのですね。こちらに来るまで全く知りませんでした」
「私が生まれる前に学院に入学し、その後、研究者としてここに残ったから、私も滅多に会うことはなかった。研究者、教育者として生きると決め、皇位継承権も放棄しているからな」
エンリエル学院長は、学内を頻繁に歩き、生徒たちに声をかけている。アビエルと同じ金色の髪と空色の瞳をしている。顔つきは柔らかく、全体的に優しげな雰囲気の紳士だ。
「フロレンティアの件も含めて、少し用ができたので、来週から5日ほど帝都に戻る必要がある。護衛を頼みたい」
「もちろんです」
「馬車は出さずに馬で行くつもりだ。ちょうど神聖祭の後の休暇だから、授業はないし、いいだろうか?」
「はい、もちろんです。久しぶりの帝都ですね」
「特に懐かしくもないがな」
アビエルは、面倒くさそうに遠くを見やった。
・・・・・・
「デ、デイジ~~」
アルフレッドは、デイジーを見つけて縋るように抱きしめた。
「どうしたの?アル。額に汗かいてるわよ?」
「覇王の怒気に当てられて、怖かったんだよ~~」
「ハオウノドキ?ってなぁに?」
「可愛いデイジーは知らなくてもいいのかも。あぁ、デイジー、僕を慰めてくれる?」
「もちろんよ、アル。よくわからないけど、恐ろしいことがあったのね。 大丈夫よ、私がついてるわ」
そう言ってデイジーは、アルフレッドの頬を柔らかい手のひらで優しく撫でた。
アルフレッドは、デイジーの愛おしい仕草に癒されながら、先ほどのアビエルの恐ろしい表情を忘れようとした。
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