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騎士と王冠<The Knight and the Crown>Ⅰ  作者: けもこ


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12/30

12:学院の日々6

神聖祭について書いてみました。

 帝国には、創世の神話がある。


 かつて、この地は混沌に包まれていた。二柱の神、アソトラとエストラが泡立つ地面に種を落とし、その種から世界樹が芽吹いた。世界樹の根は混沌(こんとん)(しず)め、大地が生まれた。


 世界樹の下で、二神は愛を育み、空を治めるエイヘル、大地を治めるクレイル、海を治めるソイレルという三神を生み出した。


 大地の神クレイルは、世界樹の実を食べ、その種を吐き出して新たな生き物たちを創造した。数多くの生物を生んだ後、最後に自身に似た人の子、グルタを作り伴侶とした。クレイルとグルタは多くの子を成し、大地は豊かに繁栄した。


 しかし、エイヘルとソイレルは、世界樹の恩恵を受けられないことに嫉妬し、天から雷を落としてグルタを打ち砕き、海から津波を起こしてそれを奪い去った。(ちり)となったグルタのかけらは空に舞い羽あるものとなり、海に流れて(ひれ)あるものとなった。


 最愛の伴侶(はんりょ)を失ったクレイルは深い悲しみに沈み、世界樹を打ち倒して枯らしてしまった。生まれ落ちた者たちの命は永遠ではなくなり、子孫を残し、限りある命を生きるようになった。


 生き物たちが懸命(けんめい)に生と死を繰り返す姿を見て、エイヘルとソイレルは自分たちの過ちを()い、クレイルに空も海も大地の(かて)となることを誓い、かすかに残ったグルタのかけらを返した。クレイルはそのかけらを飲み干すと、大地の一部としてその体を横たえ、グルタとともに世界を見守り続ける存在となった。


「クレイルが眠っているのが、この東の峰の山々であり、世界樹があった場所が帝都のあるゴルテナ平野とされています」


 神聖祭の始まりには、必ず学院長がこの神話を語る。神聖祭とは、帝国の祖である神聖グルタを(あが)め、悲しみ怒る神の子クレイルを(しず)めるための祭典である。冬の最も日の短い日に祝われ、ベリーの果汁を含んだ「グルタの涙」と呼ばれる赤い砂糖菓子を皆で食べる習慣がある。


 神聖祭は、学院においても大事な息抜きの一つだ。礼拝堂でグルタへの祈りとクレイルへの(なぐさ)めが司祭によって告げられた後、広間で神聖祭のための晩餐が行われ、交流会が(もよお)される。


 入学して4か月ほどの1年生たちは、この時期に学院生活にも慣れ始め、少しずつ周囲が見えてくるころだ。


「初々しいね。去年の自分がどうだったか、もう忘れちゃったわ」


 ルグレンがニヤニヤしながら、壁に張りついてダンスのタイミングを図る1年生たちを見つめている。彼らは上級生の動きを真似しようと必死だ。


「可愛いね」


 その幼さに微笑みをこぼすと、


「レオ様、簡単に誰かを可愛いだなんておっしゃってはダメですよ!争いが起きますから」


 いつの間にか(そば)に来ていたコルネリアが()ねたように言った。そして、「さぁ、ファーストダンスを私と」とお願いされ、その手を取って広間の中央へ進んだ。


「レオ様、『グルタの涙』は喜びの涙なんですってよ。ご存じでした? クレイルが自分のかけらを飲み込んで一部にしたことを喜んで、クレイルの体から生えた植物の実がすべて赤くなったんですって」


「知りませんでした。てっきり、命を奪われた苦しみから出た、血の涙とばかり思っていました」


「神話って、いろいろと話が変わりますけど、私はできるだけいいお話だけを信じるようにしてますのよ」


 そう言ってほほ笑むコルネリアの頬が、ダンスでうっすらと薔薇色に染まっている。その姿はまるで陶器の人形のようだ。


「素敵な心掛けですね。コルネリア様は、本当に美しいお心をお持ちで、お姿も陶器のお人形のようにお可愛らしいですし、素敵でいらっしゃる」


 可愛いものが好きなレオノーラは、つい思ったままを口に出してしまう。言われたコルネリアは、顔を真っ赤にして、湯気が出そうなほどの勢いで、顔を伏せてしまった。


「い、いやですわ、レオ様…お(たわむ)れが過ぎます」


 その様子に、会場からは黄色い悲鳴が上がり、男性陣からは嫉妬の視線が投げかけられた。


 ・・・・・・


「慣れたと思ったけど、お前のその顔はやっぱり凶器だな」


 レオノーラがテラスに近い壁際でグラスを手に喉を潤していると、アルフレッドが寄ってきた。


「凶器ってどういう意味?」


「切れ味鋭いって意味だよ」


 レオノーラは、さらに意味がわからなくなった。アルフレッドと並んで立つと、彼が来た頃よりもずいぶんと背が高くなっていることに気づく。


「身長、すごく伸びたのね。来た頃はそんなに変わらないと思ってたのに」


「あぁ、そうだな。レオも女にしては背が高い方だけど、まぁ、それよりは高くならないとな」


 アルフレッドは、得意げに(あご)を上げた。


「やっぱり、体の作りが違うのね。(きた)えた分だけ筋肉が見えるのも(うらや)ましいよ。私は、見えるようにはつかないから」


 レオノーラは上着を脱ぎ、シャツをまくって腕に力を入れる。二の腕から手首まで筋肉が浮き上がるが、太い筋肉は出ない。


 アルフレッドが、同じように上着を脱ぎ、腕をまくって力を入れると、二の腕に力こぶが浮き上がった。


「いいなぁ、こういうのがつかないかなぁって思うよ、本当に」


 レオノーラは(うらやま)ましそうにアルフレッドの筋肉をさする。アルフレッドはふふん、と得意げな顔をしたが、レオノーラの向こうに目をやった瞬間、急いで袖を戻し、上着を手に取った。


「あ、デイジーがそろそろ戻ってくるから、飲み物でも取ってくるよ」


 じゃあな、レオ、アビエル、と(あわ)ただしく去っていった。振り向くと、アビエルが静かに立っていた。


「学院長様とのお話は終わったのですか?」


「あぁ、来年の秋にフロレンティアがこちらに来る。それについてだ」


アビエルがレオノーラに肩を合わせるように壁にもたれる。儀礼服の下から覗く帯剣がレオノーラの太ももを撫でた。


「フロレンティア様、学院に入学されるのですか?それはお喜びでしょうね」


「あぁ、1年だけという約束で、あのグレゴールが渋々承知したらしい。新しい世代の皇后には、新しい教育が必要だ、と母上が骨を折ってくれたようだ」


「とはいえ1年だけですか。グレゴール様は厳しいですね」


「そうだな。優秀だが、少し柔軟性に欠けるところがある」


「フロレンティア様がこちらに来られたら、また一段と(にぎ)やかになりそうですね」


「あぁ、(さわ)がしい奴だから、あちこちかき回しそうだ」


 レオノーラはその姿を想像し、微笑んだ。


「そういえば、学院長様はアビエル様の叔父様、皇弟陛下なのですね。こちらに来るまで全く知りませんでした」


「私が生まれる前に学院に入学し、その後、研究者としてここに残ったから、私も滅多に会うことはなかった。研究者、教育者として生きると決め、皇位継承権も放棄しているからな」


 エンリエル学院長は、学内を頻繁(ひんぱん)に歩き、生徒たちに声をかけている。アビエルと同じ金色の髪と空色の瞳をしている。顔つきは柔らかく、全体的に優しげな雰囲気の紳士だ。


「フロレンティアの件も含めて、少し用ができたので、来週から5日ほど帝都に戻る必要がある。護衛を頼みたい」


「もちろんです」


「馬車は出さずに馬で行くつもりだ。ちょうど神聖祭の後の休暇だから、授業はないし、いいだろうか?」


「はい、もちろんです。久しぶりの帝都ですね」


「特に懐かしくもないがな」


 アビエルは、面倒くさそうに遠くを見やった。


 ・・・・・・


「デ、デイジ~~」


 アルフレッドは、デイジーを見つけて縋るように抱きしめた。


「どうしたの?アル。額に汗かいてるわよ?」


「覇王の怒気に当てられて、怖かったんだよ~~」


「ハオウノドキ?ってなぁに?」


「可愛いデイジーは知らなくてもいいのかも。あぁ、デイジー、僕を(なぐさ)めてくれる?」


「もちろんよ、アル。よくわからないけど、恐ろしいことがあったのね。 大丈夫よ、私がついてるわ」


 そう言ってデイジーは、アルフレッドの(ほお)を柔らかい手のひらで優しく撫でた。


 アルフレッドは、デイジーの愛おしい仕草に(いや)されながら、先ほどのアビエルの恐ろしい表情を忘れようとした。

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