11:学院の日々5
学年が上がると、演習や実習の量が増え、初年度以上に忙しい日々が続いた。特に、雪中行軍の演習は入念な準備が必要で、多くの時間を費やした。
貴族科の次期領主候補が部隊の中心となり、行動計画や索敵手段の検討、野営準備の打ち合わせを何度も繰り返す。そして、神聖祭前の5日間、雪山での演習に挑むのだ。
この演習は騎士科にとって必修であり、他の科の学生は希望者のみが参加する。しかし、他の科の学生で領主候補以外でこの過酷な行軍に挑む者はほとんどいない。時間と手間がかかる上に、何より行軍そのものが非常に過酷だからだ。
「最初のルートは谷沿いに行こう。できれば谷底まで下りたいが、実際の雪の量を見て現地で判断すべきだ」
同じ部隊の4人で、講義室の大きなテーブルに広げた地図を見ながら最終確認を行っていた。レオノーラとアルフレッドは当然アビエルの部隊に配置され、そこに騎士科の学生クラーク=ロイドが加わっている。
「野営の準備は整った?」
レオノーラがアルフレッドに尋ねる。
「なるべく荷物を減らしたいが、まぁ、今のところ問題なさそうだ。現在のルートで進めば、渓谷の窪みを利用できるし、馬を置いていく場所からどのくらいの距離、荷物を背負っていくかは、状況次第で対応できるようにしている」
「炭の量はこれでいいかな? 今の計画では、中腹まで馬を連れて行くだろう? 水が足りなくなったら終わりだ。雪を溶かすために、もう少し炭を増やしておいた方がいいかもしれない」
クラークが尋ねる。
「いや、炭は最初の火力を上げるために使うだけで、あとは現地で小枝を拾って利用しよう。炭は重いし、荷物になる上、消火に時間がかかる 」
アビエルは、様々な状況に対応できる柔軟な計画を立てる。こうしたリーダーの存在が、部隊の信頼を高め、士気を向上させる。そして、士気の高い部隊は強い部隊になるのだ。
雪中行軍の目的は、雪山で(仮想)敵の攻撃拠点と本拠地を探し、それを図面に落とし、自陣(学院)に戻ること。拠点の数は不明で、自分たちが探しているものがいくつあるかは分からない。最大5日間での帰還が求められ、可能な限りは馬を使うことが許されている。馬を連れて行くと機動力は上がるが、中継地での管理に部隊員を1名を割かねばならず、ここでも戦術的な駆け引きが必要となる。
数日前から雪が降り続け、ようやく晴れ間が見えた日、雪中行軍が開始された。
レオノーラたちの部隊は、渓谷の入口までの2日間を馬で進み、渓谷を見下ろす位置にある砲台を4つ発見した。その後、渓谷の窪みにテントを設営し、2日分の補給物資を置いてから、クラークに馬を託し、雪深い山を進んだ。
「実戦では予定通りに帰れるとは限らないが、今はこれで十分だ」
アビエルがつぶやいた。その言葉にレオノーラは目線を上げて彼の思案深げな表情を覗き見た。
実際の戦になれば、馬のそばに残された者は、補給物資の管理をしながら部隊の帰りを待つ。もし部隊が決まった期日内に戻らない場合は、馬を連れて自陣に帰還しなくてはならない。もしその後、中継地点に部隊が戻れたとしても、馬なしで雪山から帰還することになり、非常に苦しい状態を強いられることになる。
渓谷の厳しい斜面に沿って進みながら、さらに3つの攻撃拠点を発見し、深い森の奥で本拠地となる要塞を見つけた。位置を確認し、帰路に着くが、雪が激しくなり、日も暮れてきたため、途中で見つけた洞穴で野営をすることにした。雪の下から比較的乾いた枯れ木を集め、焚き火を起こし、持参した干し肉を炙って夕飯とした。
「寒い‥‥冷たい‥‥」
アルフレッドが呻いた。長時間の雪中歩行で、足の感覚がほとんど失われている。
「濡れたものは脱いで乾かした方がいい」
アビエルがそう言い、ブーツを脱いで乾かした。レオノーラもそれに倣い、ブーツと重ね履きしていた靴下を脱ぎ、素足を敷布で包んで丸くなった。焚き火の火を見つめていると、いつの間にかうとうとしてしまった。アルフレッドはマントを体に巻きつけ、既に寝息を立てていた。
「火の番は私がするから、先に寝て 」
アビエルがそっと隣に座り、同じ敷布に足を入れ、焚き火の火を大きくした。寄り添う肩が触れた。
「帝国は長らく戦争をしていませんよね。一番古い戦争は30年前の北方民族との領土争いです。できれば、こんな行軍演習は役に立たない方がいいのですよね‥‥」
レオノーラは独り言のようにつぶやいた。
「そうだな。ただ、辺境では小さな衝突が今でも絶えない。戦う術を知っておくに越したことはない」
アビエルの言葉に、レオノーラは小さく頷いた。2人で肩を寄せ合い交互に火の番をして夜を過ごした。
翌朝、吹雪が止み、無事にクラークの待つ馬のところに辿り着いた。自分たちは、予定通りの日数で学院に帰還したが、他の部隊はまだ戻っていなかった。やはりなかなか計画通りには進んでいないようだ。
馬の手入れを終え、ようやく温かい風呂に浸かることができた。ルグレンとオレインの部隊はまだ戻っておらず、レオノーラの少し後に帰り着いたカトリーヌは、ささっと体を洗うと「とにかく早く眠りたい」と言ってふらふらとしながら部屋に戻っていった。
湯に浸かり、足の指を動かすと、雪山で凍えていた指が少しずつほぐれていくのが分かる。『良かった、指があって』そう思いながらレオノーラは、ふっと笑いを零した。雪山で足の指を無くすことは良くあることだと聞いた。下山の途中で足から先の感覚がほとんどなくなった時は、もしや、と一瞬ぞっとした。
『自分の体が欠けることを怖いと思うなんてね』
最近、色々と考え込むことが多くなった。
母も父も私を必要としなかった。顔さえ知らない。幼い頃、世話をしてくれた厩舎長の奥さん、メイベルさんが周りの心無い噂が耳に入るたび「お母さんは遠い国からあなたを産むために帰ってきたのよ。あなたは望まれて生まれてきたの」と両手で顔を挟んで言い聞かせてくれた。でも、母が自ら私の元を去ったのは事実だ。祖父は私を大切に育ててくれたが、自分のせいでしなくてもいい苦労をしたことも分かっている。
唯一、私を必要としてくれたのはアビエルだけだった。彼は私を傍に置き、ともに馬に乗り、ともに剣を振り、そして学院に導いてくれた。
今回の行軍で、彼の統率力と先見性の素晴らしさを改めて感じた。彼が皇帝になれば、この国はさらなる発展をするだろう。その時、私はどこにいるのだろうか。フロレンティア皇后の護衛として彼の傍にいるのだろうか。
いつまでも友人のように接していられるわけではないと、心の奥で分かっている。
『分かりきったことを、なぜこんなに考えてしまうのだろう‥‥』
膝を抱えてゴボゴボと浴槽に沈み目をあけると、水面に揺らぐ風景が見えた。昔見た小川の中と同じゆらめきだが、そこにあの時の少年の姿はなかった。
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