1:プロローグ
皇太子アビエルは、自分の傍にいつもいる『美しい少年』に対する気持ちを、友情だと思っていた。向こうは、皇太子である自分を主君だと思っているだろう。いつでも、呼べば何をおいてでも飛んできてくれるのだから。
彼の良いところは、侍従と違って「なんでもやってくれない」ところだ。馬の世話も道具の手入れも、一緒にはやるが、侍従のように取り上げたりはしないのだ。たまにその姿を侍従に咎められている時があるようだが、彼は気にしていないようだった。そこが何よりアビエルには好ましかった。
小川で遊んだ日、濡れた姿で目の前に立つ『美しい少年』が少年でないことに気づいたのは、その下半身に張り付く下着を見た時だった。ぺったり張り付いた下着には、あるはずのものが見つからなかった。布ごしだからよく分からないのかと一瞬思ったが、自分の履いているものより格段にくたびれて薄っぺらい下着は、ほとんど何も隠すことができていなかった。
「おまえ・・・女だったのか 」
思わずこぼれた言葉に、目の前の『美しい少年』だったはずの少女の白い肌が、パァっと薄桃色に変わった。それを目にした瞬間、アビエルの胸に鋭い痛みが走った。
無言で馬を並べて宮殿に帰る間、トクトクと聞こえる自分の心臓の音と背中から何かに掴まれたような胸の痛みに、アビエルはどう対処して良いか分からなかった。隣で馬を操る『少女』がこちらを気にしているようだったが、どう声をかけるべきかもわからなかった。
別れ際にいつものように「また、明日」と言うと、さっきまでの気遣うような伺うような表情が、弾けるような笑顔に変わった。
その後の家庭教師との授業の間も、母である皇后との晩餐の間も、頭にあるのは、あの時の濡れた様子と、弾けるような笑顔で『明日もお待ちしています』と言った姿だった。思い出す度に、胸がキュウキュウと締め付けられ、呼吸が妨げられる。
寝台に入り、眠る準備をして横になった。いくつも並べられている大きな枕の一つを抱きしめ、顔を埋めて名前を呼ぶ。
「レオ・・・」
呼吸が苦しくなった。そういえば、出会ってからちゃんと名前を聞いていなかった。『明日、名前を聞こう』そう心に決めた。
「レオ・・レオ・・」
何度も口に出し、その姿を思い出すとさっきまで苦しいような胸の締め付けが、暖かく気持ちの良い痛みに変わっていった。早く明日が来ないだろうか。枕に埋めた顔はいつの間にか大きな笑顔になっていて、胸の痛みはどうしようもない心地よさに変っていた。