昔の話をしよう
ここは北海道の小さな駅、長別。ここは90年余り前にできた駅で、とても歴史がある。かつては多くの人が行き交った駅だ。かつては行き違い設備があり、しっかりとしたホームがあった。だが今では、棒線駅になり、ホームは板張りになった。周りには何もなくて、鉄道ファンからは『秘境駅』と言われている。その為、たまに鉄道ファンが現れ、一夜を過ごすという。大晦日には、ここで年を越す鉄道ファンがやって来るという。それ以外は、ほとんど利用客がいない、あっても意味のない駅のようだ。廃駅のうわさはないものの、廃駅になるかもしれないと言われている。
そんな長別駅に、1台の軽自動車がやって来た。運転しているのは中年の女性で、助手席には制服姿の青年がいる。この近くの集落、菊別に住んでいる達生だ。達生は高校生で、長別駅から高校の最寄り駅に通学する。学校のある日は毎日ここから乗り降りしている。長別駅は停まらない普通列車もあって、終電が早い。なので、時間がなかなか取れないし、部活を最後までできない。だけど、苦しいと思った事は全くない。
軽自動車は長別駅の前に停まった。すると、達生は軽自動車から出た。
「じゃあ、行ってらっしゃい」
「行ってきます」
達生はドアを閉めた。軽自動車は駅を後にした。達生はホームに向かう。ここから通学してもう3年目だ。今年の春で卒業だ。卒業したら、東京に行こうと思っている。そして、東京で就職するつもりだ。故郷を離れるのは残念だけど、成長しなければならない。そして、親孝行をしなければならない。
達生はスマホを見た。そろそろ行きの普通列車が来る時間だ。だが、普通列車は見えない。今日は猛吹雪だ。それで遅れていると思われる。
「さてと、もうすぐだな」
達生は白い息を吐いた。今日もとても寒い。だけど、今日も高校に行かなければ。
「寒い・・・」
達生はレールの先を見た。だが、普通列車は来ない。寂しいホームで、達生は1人で待っていた。入学して以来、通勤風景はいつもこんな感じだ。菊別に学生は自分しかいない。若い者はみんな菊別を出て行った。
「まだかなまだかな」
「まだ乗る人がいるのかい?」
誰かの声を聞いて、達生は横を向いた。そこには老婆がいる。もう1人、普通列車を待っている人がいるとは。
「はい・・・。多分僕だけですけど」
「そうなんだね」
老婆は寂しそうだ。老婆は辺りを見渡している。辺りには雪原が広がるばかりだ。この辺りは田畑が広がるばかりだ。建物があった痕跡は全くない。
「どうしたんですか?」
「ここは昔、多くの人が住んでたんだよ」
達生は驚いた。こんな所に、多くの人が住んでいたとは。長別という名前は知っていても、集落があったとは。
「そうなんですか?」
「ああ。昔は賑やかだったのにね」
この辺りには、長別という集落があり、とても賑やかだった。多くの開拓民であふれ、まるで都会のようだった。だが、若者は厳しい環境の長別を離れていった。そして、長別は高齢者だけの集落になり、やがていなくなってしまった。そして、ただの田畑だけになってしまった。今となっては、集落があった痕跡は全くない。
「今では全く想像できない」
達生は全く想像できなかった。ここに集落があり、多くの人で賑わっていたとは。自分は東京に行こうと思っているけれど、そうなってしまったら菊別はどうなってしまうんだろう。少し不安になった。故郷を失いたくないのに。
「そうかい。残念だね。知ってほしいのに」
老婆は雪原をじっと見ている。この先には何も見えない。だけどそこには住宅があり、人の営みがあった。
「あそこには住宅が立ち並んでいた。だけど、人がいなくなって、ただの田畑になってしまった」
「そうなんですか・・・」
達生は菊別が消えたらどうなるんだろうと考えてしまった。その為には何をすればいいんだろう。自分は東京に行ってしまう。そして菊別は高齢者だけの集落になってしまう。そして、長別のように消えてしまう。それをなくすには、どうすればいいんだろう。全くわからない。
「若い人はみんな都会に行ってしまった。どうして若者は都会にあこがれるのかね」
「うーん・・・」
達生は何か、考え事をしている。老婆は気になった。何か言いたい事があるんだろうか? あったら、正直に行ってみなさい。
「どうしたんですか?」
「東京に行こうと思ってるんですけど、本当にいいんだろうかなと思って」
老婆は驚いた。この子も東京に行くとは。この子は、長別駅に乗り降りする最後の学生だろうか? もしそうなら、菊別は長別のようになくなってしまうのでは? だが、強くなるため、豊かになるためには行かなければならないだろう。止めはしない。頑張ってきなさい。
「好きにしなさい」
「うーん・・・」
だが、達生は考えている。この北海道の農村は、どうなってしまうんだろう。あちこちで過疎化、高齢化が進んでいる。それを食い止める手段はないんだろうか? このままでは、多くの集落が消え、思い出だけになってしまう。それを食い止めるためには、何をしなければならないんだろう。
「どうしたんだい?」
「僕の住んでる集落、どうなるんだろうと思って」
達生は下を向いた。不安で不安でしょうがない。故郷は失いたくないのに。
「どうして?」
「若い子は僕だけだから、僕が東京に行ったらどうなるんだろうと思って」
達生も雪原を見つめていた。菊別もああなるんだろうか?
「きっとああなるだろうね」
「そんな・・・」
と、汽笛が聞こえて、普通列車がやって来た。普通列車が定刻通りにやって来た。
「あっ、来た!」
普通列車がホームに着くと、ホームが開いた。達生は普通列車に乗った。普通列車の中はとても暖かい。今さっきの寒さを忘れるぐらいだ。だが、老婆は乗らなかった。向こうから来る普通列車に乗るんだろうか?
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
ドアが閉まり、普通列車は長別駅を後にした。老婆は普通列車を見つめている。
車内から達生は、雪原を見た。この辺りには、どんな集落が広がっていたんだろう。全く想像できない。だけど、ここに人々の営みがあったんだと、これから生まれてくる人々に伝えていきたいな。長別駅は廃駅になるかもしれない。だけど、ここの駅があった事も伝えていきたいな。