【閑話休題】Ⅲ 騎士の覚悟、往く先に
急げ、急げ、急げ‥‥‥
何度も打ちひしがれた
その一瞬の判断で
幾つ取り零したことだろう
守りたい命が確かにあった
守れなかった命が沢山あった
夢を語り合った仲間だった
笑い合った友人だった
今はもう遠い‥‥‥
哀しみの先へと思いを馳せる前に
“今”を救うために
“今”を生きるために
己を、仲間を鼓舞するのだ
時は、キユウがテイカ達のところに飛ぶところまで遡る。
キユウと同期であり、同じく黒曜の騎士団に所属しているユギ・エル・ウォーダン上級四等騎士は、その美しい顔を顰めて室内を警戒するように見渡す。
無理もないだろう。寝ているはずのキユウが忽然と姿を消したのだから。
動けるわけがない、そんな重傷を先の闘いで負った。体内の血液の20%が急速に失われると、出血性ショックになるといわれているが、その一歩手前まで出血していた。
だからこそ、緊急手術が行われて、輸血の投与が行われている筈‥‥‥だったのだが。
顔を真っ青にして倒れているヒキ皇女殿下とスイル皇女殿下、そしてサイドボードに残されたメモ。
『先に行く。後は頼んだ』
そうなると、取るべき行動はひとつしかない。通信機を装着すると、分団長にコールを鳴らす。
「“ウォーダンか”」
まるで、ユギから掛かってくることが判っていたかのように、直ぐに相手がコールに応えたことに、嫌な予感を覚えながら、口を開く。
「“ユギ・エル・ウォーダンです。隊長、火急の事態にて早急な対応お願いします ”」
「“ああ、判っている。雨が降りやがったからな”」
もう、意味が判らない。なぜ火急の事態と言って“雨が降っている”ことに繋がるのか。
ちなみに、今はもう雨が上がっており何なら空には綺麗な虹が掛かっている。
だが、ユギは知っている。分団長が無駄なことを言うような人物ではないことを。
もっと言えば、ロマンチックやらメルヘンやらとは対局の位置にいるような武人であることを、ユギは痛いほど知っている。
そして、一瞬の判断が命の危険に繋がることは、実体験として何度も戦場で経験してきた。だからこそ、ユギは敢えて詳細は聞かない。
今重要なことは、“恐らく分団長もこの状況を把握している”というその一点だけなのだから。
「“キユウが、病室から消えました。代わりに皇女殿下がいらっしゃいます。お二人に現在意識がないため、ベッドに移動しました。更に、書き置きに『先に行く。後は頼んだ』とあります”」
「“やっぱり、無駄だったでしゅね”」
通信機の向こう側から、分団長ではない可愛らしい声がため息交じりに応えた。更に、嫌な予感が膨れ上がる。
「“とにかく、ウォーダンは管制室に至急来るように。話はそれからだ”」
「“了解。殿下はどうしますか?”」
「“代わりの護衛をアーヴィン隊に頼んだ。こっちは総力戦になる。急げ”」
まさかの事態に驚きを隠せないユギだったが、分団長の落ち着いた声音に導かれるように、動揺する間もなく病室から駆け出した。
ユギが全力で向かった管制室には、既に分団の仲間が大集合していて騒然としている。
「こちら、管制室。アヴァターラ上級四等騎士からの信号を確認。転送します‥‥‥」
オペレーションの邪魔にならないよう、簡略の敬礼をしたのち足を踏み入れると、真っすぐに分団長のところへと急ぐ。
「遅くなりました。‥‥‥一体、何が起こっているのでしょうか?」
「テイカ皇子殿下とレンドル卿の御令孫が誘拐された‥‥‥」
「え!?」
「本当の狙いは、スイルだったでしゅ。だけど、それに気付いたテイカとヒキが、スイルを守るために行動を起こしたでしゅ。ただ、情報は掴んでいても、今の時点では証拠が足りなかったのでしゅ」
—— 既に、その動向がある怪しい人物には目を付けていた
だが、おいそれと手を出していい相手ではなかった。証拠を掴むまでは、公に取り調べることすらままならない‥‥‥そんな、大物がこの事件の黒幕であることを、カグは暗に仄めかす。
ちなみに、カグが皇族を呼び捨てにするのには皆慣れてしまっており、誰も諫めるような愚かな真似はしない。
「“誰が何を言っても、何を聞いても、絶対に動かないこと ”と、キユウには言っておいたのでしゅが、無駄になったでしゅ‥‥‥」
苛立ちを隠さずにそう言い放つカグに、泣き黒子が妙に色っぽい銀髪に群青色の瞳が印象的な美丈夫が応える。
「カグさん、今回は大目に見てやってください。あのスカポンタンが先走ったお陰で、テイカ皇子殿下達を襲って来たヤツ等の解析と、紫皇の騎士団のヴィーランド師団長が今回の黒幕だって証拠が揃ったんですから」
思わぬ名まえが飛び出したことで、一瞬のうちに管制室に緊張が走る。
「隊長!位置確定出来ました。グラン隊から通達。王都に残留している紫皇の騎士団内の協力者と思われる騎士も捕縛完了とのことです。移動、お願いします」
時が停まりかかった管制室に、オペレーターを務める緑髪の青年の声が響く。同時に時間が動き出した。
迷うな
悩むな
その一瞬の躊躇が明暗を分ける
誰もが経験していることだ。
悩むことも、後悔することも、後で存分にすればいい。
命があれば、何だってできるのだから。
ちなみに、ヴィーランド家は侯爵の地位を賜っており、皇国騎士団の副団長も務める国の要人だ。
カグが慎重にならざるを得なかったことも頷ける。
ちなみに、グラン隊も黒曜の騎士団の分団のひとつだ。今回の協力者でもある。
「待て」
さあ、行動を開始しようと動き出した騎士たちを、フウトが留めた。
「てめえらに確認だ」
何を、今更 ——‥‥‥
そんな無粋なことをいう騎士は、この場には誰一人としていはしない。
黙って次の言葉を待つ。
「今回、ここから目的地まで遠すぎるため、通常の手段は使わねえ‥‥‥但し、今回使う方法は皇国の機密事項に値する。機密事項に触れれば、後戻りは出来ねえ‥‥‥後悔したくなければ、ここで降りろ」
半ば、脅しのようなものだ。だがしかし、全員の表情が雄弁に語っている。
「よし、覚悟決めろ。テメエら‥‥‥行くぞ」
その分団長の言葉に、一糸乱れぬ敬礼でユギを含む騎士たちが応えたのだった。
【覚書:出てきた人物紹介】
アーヴィン隊・・・ユギ達を取りまとめる分団長が信頼しているおやっさんの小隊。特殊部隊第二小隊隊長
グラン隊・・・・・黒曜の騎士団の分団の一つ
ヴィーランド・・・皇国騎士団副団長にして、紫皇の騎士団師団長。侯爵家。今回の黒幕
レンドル卿・・・・ショウの祖父。実は国の偉い人