【閑話休題】Ⅱ 騎士の偶像、有象無象
誰よりも優しくて
誰よりも臆病で
誰よりも悼みを知っているから
上手に、上手に隠してしまう
—— 何でもない顔をして
微笑みの下に涙を隠してしまう
誰よりも強さを望み
誰よりも生を望み
誰よりも死を恐れるから
先へ、先へと駆け抜けて行ってしまう
—— その身を賭して
守ろうと駆け抜けて行ってしまう
そんな矛盾だらけの“彼”だから ——
共にありたいと望むのだ
キユウ・グレイス・アヴァターラは、文武両道、品行方正、冷静沈着、理想の騎士像を具現化した存在だと巷では騒がれる存在だ。
また、何事に対しても関心を持たない冷血漢とも囁かれている。
この噂を耳にして、キユウの人となりをよく知る人達は揃って首を傾げる。
文武両道ではある。それも、本人の努力の上に成り立っている結果なのだが、世間一般では“天賦の才能”の一言で片づけられてしまっているのだが。
品行方正というのは‥‥‥まあ、言い得て妙とも言えるだろう。
とにかく、自分よりも弱いものにめっぽう甘い。そこに性別の壁は存在しないため、助けられた何人かは新たな境地に達したとも言われている。
だがしかし、納得がいかなければ、例え目上の者であってもとことん反発する‥‥‥そう、無頓着に見えて、案外頑固な性格をしているのだ。
——前言撤回⋯⋯
礼儀正しいということに関しては、間違いない。だがしかし、品行方正というには、あまりにも頑固一徹で無鉄砲が過ぎるきらいがある。
冷静沈着とは、これいかに。
困っている人がいれば放っておけず、守る為なら“たとえ火の中水の中”を実際にやってのけるほどの熱血漢だ。仲間を助けるため命令違反を犯した回数など、もう十指に余る。
ただ、表情が変わらないうえ、感情表現に乏しいので、あまり熱血漢に見えないだけなのだ。
親しい者たちは知っている。キユウの表情筋は、ただちょっと仕事をさぼっているだけだと言うことを。更に言うと、口下手なのでほとんど話さない。
もっと言うと、「アンニュイなあの表情もステキ」と騒がれるときは、大抵の場合どうしようもないことを真剣に悩んでいるといった有様だ。
前に、難しい顔をして虚空を眺めているキユウに遭遇した仲間が「どうかしたのか」問いかけたことがある。
すると、大真面目にこうのたまったのだ。
『先ほどまで、何とも素晴らしい牛のような雲があって‥‥‥そうすると、今日の学食は、ハンバーグランチにしようかと思ったが、今朝から焼き魚定食にしようと思っていたのに、いきなり変えるのは手ひどい裏切りになるのではないかと』
—— 何に対する裏切りを気にしてるのか?
そんなツッコミを入れなかった自分を褒めてほしい‥‥‥と、後で仲間に愚痴った彼は悪くない。
誰が、昼ごはんのことでそこまで真剣に悩むだろう。
とにかく、キユウが思慮深く、情に脆く、少しおっとりしているという真の姿は、冷たい印象を受ける外見に隠されてしまっているわけなのだが、たちの悪いことに、キユウ本人は別に騙すつもりは全くない。
それでどころか、いつでもどこでも有りのままの姿でいるにも関わらず、有象無象が勝手に偶像を作り上げていってしまうのだ。
かといって、マイペースというわけでもない。
人の気持ちを慮るばかり、自分を蔑ろにしがちな面がある。
——⋯⋯のだが⋯⋯
(だからって、これは流石にないよね)
怒りを沈めようと、金糸の長髪を高いところで結わえた騎士は、深く、深く息を吐き出す。
誰が想像出来るだろう。
そんなに簡単に動ける傷ではなかったはずだ。
その傷だって、さっさと申告すれば軽傷で済んだものを、原因となった後輩が気に病んではいけないという気遣いの結果悪化したという経緯がある。
黙って淡々と任務をこなしていたかと思ったら、いきなり倒れたのだ。
驚くなと言う方が土台無理な話である。
結論から言うと、キユウは過剰出血による貧血を引き起こしたのだ。貧血状態で無理な運動は禁物だ。
さらに言うと、既に治療済みとはいえ、右脇腹から銃弾を摘出したばかりで。つまり、まだ、縫い合わされた傷は塞がってはいない。
—— だというのに⋯⋯
(俺が席外したの1時間だよ!?)
どれだけ阿呆なことをしたのか叱りつけ、同室のよしみで着替えを取りに帰ると、キユウの身を案じていた仲間に詰め寄られて現状説明をしてきた彼を待っていたのは、お互いを抱き締めるようにして眠るヒキ皇女殿下とスイル皇女殿下だ。
部屋にノックをしても返事がない。おかしいと思いつつ、もしかしたら寝ているだけかもという一縷の望みにかけて病室に足を踏み入れた瞬間、サーッと血の気が引いた。
—— なぜ、この部屋の主がいないのか
—— なぜ、床に両殿下が倒れているのか
まるで、力尽きたかのように⋯⋯それでも、お互いを抱き締め合うようにして倒れているコウジユ皇国の至宝の謳われる両殿下に慌てて駆け寄ると、まずは周囲を警戒する。しかし、特に何もおかしなことはない。
次にしたことは、ヒキとスキルの状態確認だ。
顔色は悪いものの、大きな怪我はなどは見当たらない。その事に安堵しつつ、1人ずつ抱えてベットの上に寝かせると、2人揃った瞬間またヒシッとお互いを抱き締め合った。その姿に苦笑を浮かべて一つため息を漏らすと、何が起こっているのか、何をすべきか思考を切り替える。
無理やり引き抜かれた点滴。
特に乱れていないベット。
部屋を荒らされた形跡もない。
かけていた制服がなくなっており、着ていたはずの患者衣は椅子に掛けられている。
つまり、襲撃にあった⋯⋯だとか、無理やり連れ去られたというわけではない、という事だ。
(まあ、いくら怪我してるからって言っても、キユウが負けるわけないか)
——では、どこに行ったのか?
ふと、サイドボードの上に走り書きを見付けた。
そこには、たったの一言。
『先に行く。後は頼んだ』
見た瞬間、騎士は長く深いため息を吐く。
先程までの怒りなど、どこかに吹き飛ぶ。
「頼んだ、ね⋯⋯」
一つだけ、何があっても違えないと違った思いがある。
頼ることを知らない相棒からの頼みは、何がなんでも必ず聞くと。
迷わず耳に通信機を装着する。
一度目を閉じてから、もう一度深く深呼吸をしてから眼前を見据えた。
「ユギ・エル・ウォーダンです。隊長、火急の事態にて早急な対応お願いします」
そこに居たのは、友人の身を案じる青年ではなく、黒曜の騎士団 実働部隊所属の上級四等騎士としてのユギだった。
【覚書:出てきた人物紹介】
ユギ(18歳)・・・キユウと同室の、上級四等騎士。黒曜の騎士団所属。金髪翠目。長いストレートを高いところで一本結びにしているが、いつもはキユウのお仕事。キユウが入院中は、別のオシャレリーダー的存在の先輩騎士に結んでもらっているが、いつ、巻き毛にするというイタズラが発動するのか、戦々恐々しているのはここだけの話。