⑥
—— 皇歴299年、忘れもしない‥‥‥
後に『十一月の戦禍』と呼ばれる初めて参加した戦線で
士官学校の同期だった友の命が散った
己の無力さに腹が立った
己の弱さが憎くて仕方がなかった
何が、守るだ‥‥‥
—— 何を守れるというのか‥‥‥
強さが欲しいと、心から願った
もう、何も奪わせない
もう、何も傷つけはさせない
—— だから、もう涙は流さないと
亡骸の眠らない、空虚な墓標に
そう、誓いを立てた ——‥‥‥
「ショウ!結界を張れッ!!」
キユウの言葉に弾かれたようにショウが詠唱する。
「この空間への干渉を拒絶するッ!!封印解除!!!」
その瞬間、何人たりとも‥‥‥キユウですら近づけない、絶対領域がショウを中心に構築された。
そのことを確認してから、キユウはゆっくりと動き出す。
「うっ‥‥‥うわああああ!!!!」
恐怖に耐えかねた騎士の一人が叫び声を上げながら攻撃を仕掛ける。
だがしかし、振りかざした剣は、下ろされることなく後ろに崩れ落ちた。キユウは、返り血を浴びても微動だにせず、ただゆっくりと前に進む。
ただ、抜き身の剣に滴る赤い雫だけが雄弁に現状を語っていた。
「次は誰だ‥‥‥」
ただ、静かに問う。それは、まるで死神のようで‥‥‥否、事実、相対する騎士たちにしてみれば、まごうことなき死神そのものだ。
「こ、こちらには数の利があるんだッ!一斉にかかれッ!!」
それがきっかけだった。一斉に斬りかかる。
「キユウッ!!!」
テイカが思わず飛び出そうになるのを、ショウが腕にしがみつくようにして必死に止めながら叫ぶ。
「ダメだ!!ここにいないと、俺たちが足手まといになったら意味ないだろ!?」
「ショウ、よくやった‥‥‥そのまま、殿下を頼む」
その声と、騎士たちが薙ぎ払われるのと、どちらが早かっただろうか。
まさに、紫電一閃。
何とか立ち上がった騎士たちがキユウに一太刀でも浴びせようと斬りかかるが、全て返り討ちにあっている。
—— と、その時‥‥‥
避けて
剣で受け止めて
流して
無駄の一切ない猛攻が続いていたが——‥‥‥
「これで、終わりだッ!」
言葉通り、決死の作戦だった。
己の腹部を貫くキユウの剣身を両手で強く握りしめる。
「もらった!!」
反対側から、別の騎士の剣がキユウを狙う。勝利を確信した騎士は、愉悦の笑みを思わず浮かべた。
思わずテイカとショウは目を逸らす。
だがしかし、キユウは全く動じない。自身の剣身を握りしめる騎士の剣のグリップを左手で握ると、そのまま鞘から引き抜きざまに、自分を狙う騎士を斬り伏せた。
「誰が、いつ、右利きだといった‥‥‥」
「‥‥‥剣鬼‥‥‥」
誰かが、ぼそりと畏怖と恐怖に染まった声音で呟くように言う。
—— 剣鬼‥‥‥
巷で囁かれる、キユウの二つ名だ。
(おかしい‥‥‥)
キユウは、取り巻く騎士たちに違和感を覚えていた。
いくら、裏切者がいたとしても、こんなに多くの騎士が寝返るだろうか。
いくら、騎士団に所属している者が多く、長く続く戦禍で人の入れ替わりが激しいとはいえ、ここまで知らない人間ばかりなんてことが、本当にあるのだろうか。
その違和感は、テイカとショウも感じているものだった。
「なあ、ショウ‥‥‥俺たちの護衛を装って来たのって‥‥‥こんなに沢山いたか?」
そのテイカの問いかけに、ショウは首を横に振る。
「いや、いくら何でも多すぎるよ‥‥‥せいぜい10人だったはず」
キユウの周りに転がる襲撃者は、優に10人を超えている。
だがしかし、キユウに考える間を与えることなく猛攻は続きている。斬っては払い、蹴り捨てては薙ぎ払う。
—— と、その時‥‥‥
不意に、キユウの身体が揺らぐ。
あわや倒れると思いきや、何とか踏ん張り体勢を整えた。
「‥‥‥テイカ、キユウさん‥‥‥怪我してるッ‥‥‥」
「なん、だと?」
「あそこッ‥‥‥」
ショウの指さす先にテイカは息を呑む。
ポタリ、ポタリと騎士団の制服から、赤い雫がこぼれ落ちる。
少なくとも、テイカとショウの目の前に現れてからの攻防戦で、キユウは傷ひとつ負っていない。
嫌な予感が、幼子の‥‥‥スイルの泣き声を運んでくる。
『そんなの、うそッ‥‥‥だいじょうぶだもん、ぜったい、へいきだもん!!』
そんな、まるで誰かが怪我を負ったことを否定したいと言わんばかりの叫び‥‥‥拭い切れぬ不安に呼応するかのように降りしきる雨。
—— つまり‥‥‥
思考を遮るように、銃弾がキユウを捉える。
間一髪、キユウはその銃弾を斬り伏せるが、その度に激しい攻防戦のせいで開いたと思われる傷口から、血が溢れ出ると、ここに来て初めてキユウの顔に苦悶の色が浮かんだ。
だがしかし、敵の猛攻は収まること知らない。
どこから湧いてくるのか、一向に数が減ることもなく‥‥‥優勢だったはずなのに、いつの間にか状況は逆転していた。
はたから見ていても、キユウの限界が近いことは一目瞭然だ。
「‥‥‥流石の剣鬼も、やっと底が見えてきましたね。作戦を変えて良かった‥‥‥あなたを消せば、コウジュ皇国の騎士団は戦力を半分失ったも同然ですから」
それまで、少し離れた場所で事の成り行きを静観していた今回の黒幕と思しき男が嬉しそうに弾む声音で言い放つ。
「狙いは、俺たち兄妹じゃなかったのかよッ!!」
テイカがたまらず声を上げれば、男はおかしそうにクスクス嗤う。
「もちろん、“神の愛し子”に、“神の庭”にお還りいただくこと、そして次代の愚王を葬ること‥‥‥これが、最大の目的です」
—— だが‥‥‥
「戦略というのは、二重にも三重にも張り巡らせるもの。裏の裏、その裏の真意まで読み解区必要があるのですよ」
そこまで言うと、勝ちを確信した男は笑みを深めた。
「さあ、これでおしまいです。‥‥‥あなたの亡骸は無駄にはしません。しっかりと、有効活用させていただきますよ」
言いながら、懐から徐に銃を取り出すと、銃口をキユウに向ける。
「‥‥‥ッ‥‥‥やめろッ‥‥‥、キユウ!!危ない、もうここはいいから逃げろッ!!」
テイカが必死に叫ぶ。
だがしかし、そんなテイカにキユウは安心させるように微笑を浮かべた。
「大丈夫だ、テイカ‥‥‥戦略というのは、信頼できる仲間がいてこそ、成り立つものだからな」
そんなキユウの言葉に応えるように、男の首筋にひたり、と後ろから刃が添えられる。
「‥‥‥あ、カグ、さん‥‥‥」
テイカが、詰めていた息を吐き出すと、心臓がバクバクとうるさく脈打っていることに、今更ながらに気が付いた。そんなことに気が付かないほど、緊張していたのだ。
「全く、話しを聞かない阿呆でしゅ。これはもう、つける薬がないでしゅ‥‥‥かと言って、お前ごときがどうこうしていい命じゃないけどな」
前半はいつも通り、何とも可愛らしい声音だったのだが、後半は聞き間違いだろうか?緊張のあまり、幻聴が聴こえたのだろうか。
えらく、低くドスの効いた声だった気がするのだが‥‥‥と、首を思わず傾げてしまうが、次の瞬間、眼前に広がったびっくり仰天な出来事に、そんな疑問はどこかに吹き飛んで行ってしまったのだった。
「この、ポヤンが!!生き急ぐんじゃないって、何回言えば判るんだよッ!!」
そんな声と共に、それまで立っていたキユウが勢いよく叩き伏せられたのだ。
倒れるキユウを足蹴にする金髪の騎士を中心に、数人の顔を見知った騎士たちがキユウを守るように敵対する騎士たちと睨み合う。
今度こそ、テイカとショウは心の底から安堵の溜息を吐いたのだった。
【覚書・新情報】
・レノスは、バリアも張れる
・キユウが傷を負ってることを知らなかったテイカとショウは、かなり驚いた
・キユウは両利き
・どこからともなく、仲間参戦して形勢逆転