【閑話休題】Ⅰナイショの、ナイショ
コウジュ皇国には言い伝えがある。
それは、太陽の王と月の女神になぞらえたもので
男女の二人は吉兆の顕れとされていた。
しかし、どうしたことか、同性の‥‥‥
特に男児の双子は凶兆の顕れだとされていた。
皇族にのみ伝わる、歪な風習である。
そんな風習から我が子を守るため、
賢王と名高い皇王ヒスイは、唯一にして最大の罪を犯した。
それは、我が子を守るためには仕方がないことだった。
こうして、太陽の王と月の女神の再来だと
国を上げて祝福された
テイカ皇子殿下とヒキ皇女殿下
相成ったのである
幼い妹に、『兄だけど、姉と思え』と言ったところで事情が判るわけがない。
そう判断したのは両親だけではなく当事者であるテイカとヒキ二人も同じだった。
だけど、スイルがやっと言葉を話せるようになった。物心が付いた頃、初めて疑問に思ったことは、自分の兄たちのことだった。
「にーちゃま、なんで、ねーちゃま?」
その言葉を聞いた瞬間、両親は真っ青になった。テイカも驚きで目を見開いていたのだが、ヒキだけはほんの少し、嬉しかった。
—— そう、嬉しかったのだ‥‥‥
時折、涙を浮かべて謝る両親。
偽られた自分の姿。
家族に愛されていることは充分わかっていた。
大切にされていることも。
守るためには、仕方がなかったということも理解している。
—— でも‥‥‥
それでも、どうしようもない寂寥感に苛まれた。
本当の“俺”は、‥‥‥男としての“ヒキ”は、いらない存在なのだろうか?
そんなことはないんだと、“この子”の前では、“兄”でいていいんだと‥‥‥
“兄”としての自分を見つけてくれた妹に、心の奥底で泣いている“男”の自分が救われた気がしたのだった。
だから、約束をした。
『スイルには、絶対にウソを吐かないって約束するね』
正しい姿でありたかった。
だから、スイルにはこう説明した。
『お姉ちゃまでもあり、お兄ちゃまでもある‥‥‥お得でしょう?わたしが、スイルのお兄ちゃまだってことは、ナイショの、ナイショ‥‥‥だよ?』
ヒキの説明に、素直にスイルは頷いた。
それから、数か月経ったある日のことだった。
スイルの首筋に“始祖の力”の徴が顕れたのは。
それは、人が集まるスイルが3歳になることを祝う、誕生祝賀パーティーでの出来事だった。
まるで流れ星が落ちてきたかのような錯覚を起こした。
本当に一瞬の出来事だったのだ。
まばゆいばかりの光がスイルめがけて天から降って来た次の瞬間には、スイルはそのまま光に包まれていた。
「スイルッ!!!」
母の悲鳴のような名を呼ぶ声が静まり返ったホールに響く。
そのままゆっくりと光はスイルを中心収束していき、ふっと倒れた小さな身体を難なくヒスイ皇王陛下が抱き留めた。
騒ぎは一気に広まった。
居合わせていたのは中流から上流貴族。その口を止める間もなく、瞬く間に噂が広まった。
—— 曰く‥‥‥
末の皇女殿下は、“月の女神の愛し子である”と。
ただの噂であってくれたなら、どんなに良かったことか。
だがしかし、それがまことしやかに囁かれる、ただの噂ではなく真実であると、スイルの首筋に顕れた聖痕が語っていた。
過ぎた力は禍を呼ぶ。
両親が下した決断は、スイルの御力を秘匿することだった。
聖痕については、知らぬ存ぜぬを貫くと決めた。
スイル皇女殿下の誕生祝賀パーティーでの起きた、不思議な出来事は箝口例が敷かれたおかげで、表立って騒ぐ者もすぐいなくなった。
だがしかし、それで安全になったわけではない。
どこにでもいるのだ。
力を求めて止まないものが。
過ぎる力に憧憬を抱くものが。
象徴となるべき人形を欲しているものが。
(ふざけやがって‥‥‥人の妹をなんだと思ってるんだ)
父母だけではない、テイカとヒキにとって、そして幼馴染としてスイルが生れた時から一緒に育ってきたショウにとって、スイルは聖痕を授かっていようと、御力があってもなくても、大切な妹で、ただの女の子なのだ。
—— ガタゴト‥‥‥
馬車は、舗装されていない道に出たらしく、大きく揺れながら進んでいた。
それでも、何も不安なんかない。
—— だって、テイカがいるから‥‥‥
—— ショウがいるから‥‥‥
ひとりじゃない、それの何と頼もしいことか。
「‥‥‥ヒキは、大丈夫だったかな」
声を潜めてそう問えば、テイカは不敵な笑みを浮かべて頷く。
「俺の自慢の弟だぞ?ヘマするわけがない」
その返答を肯定するようにショウも頷く。
「そうだね、ヒキだもんね‥‥‥」
お互い顔を見合わせて、鼓舞し合ってどちらからともなく頷いた瞬間。
それまでゆれていた馬車がぴたりと停まった。
心臓の音が、やけにうるさい。
テイカとショウは、大きく深呼吸をする。
と、まるでその呼吸に合わせるかのように、馬車の扉が開いた。
そこにいたのは、やはりというべきか、キユウの負傷の報せを届けに来た、そして馬車と護衛の手配を頼んだ使用人だった。
「さあ、みなさん‥‥‥到着しましたよ」
人好きのする笑顔だと感じていた使用人の顔が、今は不気味で仕方がない。
(震えるな、みっともない!約束しただろう、立派な王になるって!!)
竦みそうになる自身を叱咤して、テイカは挑発するような笑みを湛えると、敵意を隠さずに言い放つ。
「お前らの企みは、お見通しだ!!お前らの好きになると思うなよッ!!!」
今度は、使用人だった“何か”が、不気味な黒い笑顔でテイカに応えたのだった。
【覚書・新情報】
・テイカは喧嘩っ早い
・スイルの3歳の誕生日お祝いパーティーの時、聖痕が現れた
・キユウの怪我を知らせに来た使用人が黒幕(?)
※ 読んでも読まなくても良い‥‥‥ですが、少しでも覗いてみていただけると嬉しいです♪