【閑話休題】Ⅳ 騎士の決意と信念と
—— 走れ、走れと声がする
命ある限り走り抜けろと
—— 足掻き、もがけと声がする
その灯が消え失せるまで
―― 生きる……
それは、決して自身の為ではないという事を
“誰か”の為に足搔くのだという事を……
―― 悼みを胸に抱いて
悲しみを怒りに変えて……
―― 憎悪を闘志に変えて
自らの在るべき場所で、闘い抜く
「隊長、なんで上にあがるんですか。急がないと行けないのにッ‥‥‥」
焦燥感に駆られるまま、ユギが思わず声をあげた。
無理もないだろう。一刻を争う事態だというのに、なぜか今向かっているのは管制室の上にある展望室だ。
今は、話し合ってる場合ではない。
判っている。絶対の信頼を寄せる隊長の状況判断が間違ったことはないのだから、きっと意味があるのだろうと。
判っているのだ。だが、矛盾した行動に気は焦るばかりで‥‥‥
「ウォーダン、俺は聞いたはずだ。“皇国の機密事項を知る心算、背負う覚悟はあるのか”と」
―― つまり‥‥‥
「この先に、その機密事項が“ある”ってことですか?」
ユギの問いには応えず、隊長は前へと進みゆく。それが、答えだった。
「太陽の王の嘆きは世界の産声
月の女神の涙は恵みの慈雨
太陽の王の絶望を
月の女神の哀しみを
癒すは万象の御業なり」
突然、カグが歌うように紡ぐ。
それは、誰でも一度は耳にしたことのある“世界の起源”だ。
それが、今、どうして必要なのか‥‥‥だが、誰も口を開かない。
「その御業が引き継がれている一族がいるでしゅ。カグは、その一族の守護を主から仰せつかって、ここに“在る”のでしゅ」
なぜ、今こんな話しをし出すのか。
皆、容易に想像がついていた。これこそが、国家機密の一旦なのだと。
「そのうちのひとつの血族が、“コウジュ”でしゅ」
想像が出来ていても、実際に言葉という形になると、重みが違う。誰かがゴクリと生唾を呑み込む音が、やけに大きく響いた。
張り詰めた空気の中、カグは更に続けて言葉を紡ぐ。
「そして、今の時点で御業を使うことが出来る皇族は4人‥‥‥スイルのことは、もうみんな知ってましゅね」
まさか、与太話の延長線上だと思っていた噂が、本当だったなんて誰が思っていただろう。だがしかし、「知らなかった」なんていえる空気ではない。
「あと、3人がヒスイ、そしてテイカにヒキでしゅ」
現皇王に、第一皇子、第一皇女、そして第二皇女というまさかのロイヤルストレートフラッシュ状態に、騎士たちの心中は雨嵐だ。
それでも、歩みは止めない。もう何があっても進むと決意をしたのだから、止まる理由がない。
―― と、その時‥‥‥
先頭を歩いていた隊長が足を止めた。目の前には、展望室の扉だ。
「皇国騎士団 黒曜の騎士団 第三分団 分団長 フウト・ヴィ・レクコス以下10名、到着いたしました」
ノックを2回してから、分団長――‥‥‥フウト・ヴィ・レクコス上級二等騎士がそう告げると、中から「どうぞ」と返事が返ってくる。
その返事に応えるように、フウトが扉を開けば、そこにいたのはヒスイ皇王とルカ皇后だ。
いつも穏やかな笑みを浮かべて皆を迎えてくれるルカの瞳は不安に揺れていて顔色も真っ青だ。そんなルカを支えるようにしてフウトたちを迎え入れたヒスイの表情も暗い。
「座標がはっきりしました。ここにいる奴らは全員、覚悟を持って来ています。遠慮は無用です」
そんな言葉に、ヒスイは頭を深く下げた。ルカも遅れて頭を深く下げる。
「ヒスイッ‥‥‥ダメでしゅ!直ぐに頭を上げるでしゅッ!!一国の王が、臣下に頭を下げるだなんて‥‥‥在ってはならないことでしゅ」
カグが諫めても、頑として頭を上げようとしない。
「これは、私達のけじめだよ、カグ‥‥‥私たちの事情に‥‥‥危険に巻き込む形になってしまったこと、本当に申し訳ない」
「この秘密を知ることで、あなた方に危険が迫るかもしれません‥‥‥それでも、私はッ‥‥‥」
―― ああ‥‥‥
と、居合わせた騎士は納得してしまう。
ルカの途切れた声の先に続く言葉は、きっと「それでも、弟と子ども達を助けてほしい」だろう。口に出来ないのは、そうすることで騎士たちを死地に追いやることになることが判っているから。そして、国家機密を知るということは、それだけで身に迫る危険が増えるからだ。
どこまでもお人好しで、どこまでも人のことを優先して、自分たちのことを後回しにしてしまう。
それは、彼らの仲間の一人にそっくりで‥‥‥
(会いたいな‥‥‥待っててキユウ、今行くから)
ユギはそっと、心の中で相棒に告げる。
「皇王陛下、皇后陛下‥‥‥頭を上げてください。御心配には及びません。今、死地にて一人待っている仲間がいます。キユウ・グレイス・アヴァターラは、皇后陛下の弟君である前に、我々の仲間です‥‥‥仲間を助けられるのならば、危険なんてクソ喰らえだ‥‥‥」
フウトの言葉に、皆が頷く。更に、フウトが続ける。
「此度は、キユウ・グレイス・アヴァターラ上級四等騎士の幇助および、テイカ皇子殿下とレンドル卿の御令孫の守護のため、御力行使をご決断くださいましたこと、心より感謝申し上げます」
そして、最敬礼をすれば、一糸乱れぬ動きで騎士たちもそれに倣った。そんな騎士たちの応えに、とうとうルカの瞳から涙が零れ落ちた。
「ありがとうございます‥‥‥本当に、どうぞ‥‥‥私の弟を、子ども達を‥‥‥よろしくお願いいたします」
「ルカ、心配ないのでしゅ。帰ってきたら、何てお説教するのか考えていると良いのでしゅ。さあ、ヒスイ、もう時間がないのでしゅ。とっとと飛ばすのでしゅ!」
一人、通常運転のカグが「ちょっと石を投げ飛ばす」くらいの気軽さでヒスイにせっつけば、ヒスイは苦笑を浮かべた。
そして、ゆっくりと頷くと徐に両腕を掲げる。
—— そう‥‥‥
「それでは、どうか‥‥‥御武運を」
—— テイカとヒキだけではないのだ、“空間転移”が行使できるのは‥‥‥
「え、何だ‥‥‥これ‥‥‥」
周囲が光りに包まれる。僅かに動揺が走るが、「うるせえ」というフウトの一言で皆押し黙る。
「いいか、次に光りが収まった時には、もう戦場だと思え!!戦闘準備ッ!!」
フウトの飛ばした檄に応えるように、騎士たちが戦闘態勢に入ったその瞬間。
眩いばかりの光りが展望室を多い尽くした。
だがそれは一瞬の出来事で、光りが収まった後には、ヒスイとルカが佇んでいるだけだった。
ルカが、祈るように手を組む。
「どうか、御武運を‥‥‥」
その願いは、静謐な空間に静かに広がったのだった。
【覚書:出てきた人物紹介】
フウト(24歳)・・・上級二等騎士。泣き黒子が色っぽい、銀髪に群青の瞳の美丈夫。キユウとユギが所属している皇国騎士団 黒曜の騎士団 第三分団の分団長だが、「隊長」と呼ばれている。
ヒスイ(35歳)・・・皇王。黒髪に黒瞳。テイカ、ヒキ、スイルの父親。御力が使える。
ルカ(27歳)・・・・皇后。黒髪に黒瞳。テイカ、ヒキ、スイルの母親で、キユウの実姉。実は、フウト隊以外の騎士には、あまりキユウとの血縁関係は知られていない。




