①
わたしには、だいすきな にいさまがいる。
とってもかっこいい にいさま。
とっても きれいな にいさま。
とっても やさしい にいさま。
だけど、にいさまたちは、ヒミツがいっぱい‥‥‥ぜったいの、ぜったいにナイショだよって、いわれた。
だから、これは、ナイショの、ナイショのおはなし。
「スイル、静かに‥‥‥ね?」
シーッと綺麗に手入れされた人差し指を口に当てて、楽しそうに笑ってそう言えば、2歳年下の妹は、同じ濡羽色の瞳をキラキラと輝かせて、何度もコクコクと頷く。
くるんと同時に振り向いた先には、大樹の下で寝転んでいる兄の姿。
そおっと、
そおっと、
足音を忍ばせて近づいたつもり‥‥‥だったのだが。
「わっ!!」
後ろから思わぬ声を掛けられて、二人はお互いを抱きしめ合いながら振り返った。
そこには先ほどまで大樹の根元で寝ていたはずの、兄の姿があるではないか!
驚く二人に、兄である朱色の瞳の少年は満足げな笑みをニンマリ浮かべる。
直ぐに事情を把握したスイルは、怒るどころか更に目を輝かせて、兄に抱き着いた。
「テイカにいさま!」
妹を難なく抱き留めながら、テイカは笑みを深める。そんな2人を見ながら、苦笑を浮かべるのは、朱色の瞳以外そっくりな双子の片割れだ。
「ヒキ、まだまだ甘いな」
そう言われてヒキは、肩をすくめながら口を開く。
「ショウに手伝ってもらうなんて、反則‥‥‥」
その声をきっかけに、大樹の根元に寝転んでいたはずのテイカが、赤毛の猫に早変わりした。
更に、大樹の陰から茶色いくせ毛の少年がひょっこり顔をのぞかせる。
「そういうヒキだって、スイルと一緒にテイカを驚かせようってしてただろ?」
ショウの言葉に、ヒキが不機嫌そうに眉をしかめた。
「ショウ、呼び捨てとか‥‥‥不敬罪で捕まっても文句は言えないよ?」
瞬間‥‥‥まるで、その声に応えるかのごとく、一陣の風が絹糸のように艶のあるヒキとスイルの長い黒髪を撫でるように吹き抜ける。
その風に、スイルが満面の笑みを浮かべた。
「そこに、いたのね」
何もいないはずの空を見あげて、スイルが話す様は、事情を知らない人間から見ると奇妙な光景でしかないだろう。
だがしかし、これもまた彼らの日常の一部だ。
コウジュ皇国には、黒髪に赤い瞳のテイカ・シン・コウジュ殿下と黒髪に黒瞳のヒキ・ヒューバードコウジュ殿下の双子の殿下と、2歳年下のスイル・アルカヤ・コウジュ殿下という3人の殿下がいる。
それぞれが秘密を抱えているのだが、双子の殿下と同い年であり、左大臣の孫であるショウ・カーティアス・レンドルもまた特殊な事情を秘めている。
「レノスで空間隔離をしてるから、何言っても大丈夫!」
グッとサムズアップしてショウがそうのたまえば、まるで応えるかのようにドクンと周囲の景色が不自然に脈打った。
「‥‥‥能力の無駄使い‥‥‥」
口をとぎらせて、ぶすっと文句を零すヒキに、今度はテイカとショウが顔を見合わせてから笑う。
ショウには、生まれつきマリスという赤い猫と、レノスという烏が共にある。どういう原理かは誰にも判らない。だが、確かにその存在はそこにある。
更に、マリスには擬態する能力が、レノスには空間隔離の能力が備わっており、この能力ゆえに、両殿下の友人に選ばれたのだと言っても過言ではない。
—— そう‥‥‥
この能力こそが、ショウの最大の秘密なのだ。
「マリス、おいで」
スイルが呼ぶと、ニャアと一鳴きして赤毛の猫が足元にすり寄って来る。
「レノスも、ありがとう」
続けて言えば、もう一度‥‥‥今度は心なしか嬉しそうに周囲の景色がドクンと脈打つ。
「‥‥‥うん。スイルもね、うれしい‥‥‥あ、かぜの せいれいさん‥‥‥つちの せいれいさん も、ありがとう。‥‥‥え、そうなの?わあッ!!」
虚空を見つめたまま話続けていたスイルが、喜色満面の声をあげた。
テイカがそっと右手を包むように握りながら、スイルに問いかける。
「どうした?何か、いいことがあったのか?」
続いて、左手をヒキが優しく握れば、嬉しそうにテイカとヒキを交互に見つめて、スイルが大きく頷いた。
「あのね、もうすぐね、かえってくるの!!」
—— 誰が‥‥‥
なんて、聞かなくても、テイカ、ヒキ、ショウの3人には誰のことなのか判った。
だけど、次の瞬間、スイルの顔色が真っ青になる。
「え、そんなの、ウソ‥‥‥だって、きしさま は、とってもつよいの」
否定するように首を振る。その大きな漆黒の瞳いっぱいに、溢れんばかりの涙が溜まるのと、曇天が空を覆うのと、どちらが早かっただろうか?
「そんなの、うそッ‥‥‥だいじょうぶだもん、ぜったい、へいきだもん!!!」
とうとう、堰を切ったように涙がボロボロと零れ落ちると同時に、ザアッと雨が降り出した。
「スイル‥‥‥スイル、大丈夫‥‥‥大丈夫だから、落ち着いて‥‥‥」
ヒキがなだめるように屈んで、そっと抱き締めるのと同時に、ショウがそっと視線を大樹の先に向ける。
「‥‥‥テイカ、誰かが慌てて捜しに来てる。空間隔離、解除するよ?」
ショウがテイカを伺い見れば、ヒキと同様、屈んでスイルの背中をさすりながら、テイカは無言で頷く。次の瞬間には、まるでガラスで覆われていたかのように、パラパラと周囲の景色が落ちて行った。
同時に、慌てたような使用人が、4人の姿を見止めると走り寄ってくる。
「なんでこんなところにッ‥‥‥お風邪を召されます。早く室内に!!‥‥‥スイル様、非常時ゆえ失礼いたします」
そう一言声を掛けて、泣き崩れてしまってその場から動けそうになるスイルを抱き上げると、使用人は「こちらです」と、テイカ、ヒキ、ショウの三人を誘導しながら中庭から渡り廊下まで急いで移動する。だが、突然の豪雨に4人はずぶ濡れ状態で、使用人はただひたすら慌てるばかりだ。
「ああ、もうッ‥‥‥お風邪を召されたらどうなさるおつもりですか!レンドル殿も、なぜ一緒にいながら止めてくれなかったのですか!」
突然叱られて、一瞬戸惑うも、言われて仕方ない状態にショウはただ謝ることしかできない。
だが、頭を下げかかったショウを片手で制しながら、口を開いたのはテイカその人だった。
「俺の我がままに付き合わせたに過ぎない。レンドルを責めるな‥‥‥それより、何か火急の知らせがあるから、俺たちを探していたんじゃないのか?」
口調を改めて落ち着いた声音でそう言えば、使用人はハッとする‥‥‥も、ショウが一緒にいることで伝えても良いか考えあぐねてしまった。
「良い。レンドルは皇王陛下のお認めになった、俺の侍従だ。気にすることなく申せ」
8歳とは思えない物言いに、使用人は恭しく頭を下げると、そのまま口を開く。
「先ほど、北部戦線より電報が届きました。キユウ・グレイス・アヴァターラ上級四等騎士が重症とのことです。命に別状はないとのことですが、現在、統括庁科学開発部 医療部 特別治療室にて治療を受けております」
使用人の言葉が終わるか終わらないかというタイミングで、稲光が走る。
スイルの泣きじゃくる声と雨が、テイカとヒキ、そしてショウの不安を煽る。心臓の音が、耳元で鳴っているかのような感覚に襲われたのだった。
【覚書:出てきた人物紹介】
テイカ(8歳)・・・黒短髪、深紅の瞳。
ヒキ(8歳)・・・・黒長髪、黒瞳。
スイル(6歳)・・・黒長髪、黒瞳。テイカとヒキの妹
ショウ(8歳)・・・茶色のくせ毛、茶色の瞳。使い魔(?)に、赤い猫「マリス」、烏の「レノス」がいる。
キユウ ・・・・・・上級四等騎士 ※ 重症???
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