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音楽と貴方と生と死と。

作者: 七瀬涼夏

初めてこんな字数を執筆したので、設定がごちゃごちゃかもしれないです…。

完璧でないと意味が無いなんて、そんなこともなかったのかもしれない。

生きる理由を探す必要なんてないのかもしれない。貴方さえいれば、死ぬのが怖くなるくらいには、貴方のことがいつの間にか好きになっていたみたい。


***


「柚ちゃんは中学お受験するのかしら?」

友達のお母さんにそう問われた。

「はい。その予定です」

笑顔で答える。

「凄いわねぇ。ほら、柚ちゃんは頑張ってるんだから、香織、あんたも頑張らないと」

小さい頃から褒められては比べられていた。褒められて褒められて、私は育った。その頃から私は完璧でないと駄目だった。


中学3回目の試験の日、私は緊張で胃が痛くなった。試験中に御手洗に行くとそこで試験は終了とされる。試験時間は残り30分。私は手を挙げ、御手洗に行くことにした。

息苦しい。気持ち悪い。苦しい。身体がだるい。

試験が終わり、職員室に呼ばれた。そこにはお母さんもいて、空気はとてもいいものではなかった。

「柚葉さん、普段はとても優秀なのですが、ご家庭で何かありましたか?」

先生は心配そうに言った。私が発言できる空気ではなく、俯くことしかできなかった。

「柚葉の努力不足でしょう。」

お母さんはキッパリとそう言った。

「そうなの?柚葉さん、」

声は出ず、ただただ首を縦に振ることしかできなかった。何を言ってもお母さんには言い訳だと思われると思った。


その日、お母さんは先に帰ってしまった。私の家は母子家庭だ。私が小さい頃、離婚したらしい。お母さんは女手一つでも立派に育てることができると証明したいらしい。私はお母さんの道具に過ぎなかった。


今日も家に帰れば部屋に入れられ次の日の朝まで出してもらえない。お風呂は朝だ。ご飯は菓子パンが一つ部屋の前に置いてあるだけ。私はいつも通り、机に教科書を広げ、予習をする。黙々とペンを滑らす。お腹が空いたらいつも通り菓子パンを食べる。そして深夜三時になればいつも通り床で寝る。

目が覚めればお風呂に入って、食卓の上の菓子パンをテキトーに選んで食べる。

「柚葉、あたし今日家にいないから。」

「うん。わかった。」

お母さんは度々家を開けていた。私には関係ない事だから、理由は特に気にならなかった。じゃあ、と言い、お母さんは家を出ていった。その背中を追いかけるように私も家を出た。

この日、いつもより少し遅めに家に帰ることにした。今思えば、この日が私の人生の起点だろう。


「あー、君、大丈夫?」

貴方は急に現れ、私の手を掴んでいた。

「ほら、今信号赤だよ。」

私は確認するように信号機を見た。確かに赤のランプが光っていた。

「ありがとうございます。」

「なんか、中学生のくせに生意気だな」

この人は何を言っているのだろうか。生意気?私が?

「生意気な態度をとってしまったのであれば、すみません。では。」

そう言って腕を振り払おうとした。

「それだって、中学生のガキならガキなりにママに世話してもらえよ。こーんな時間になにしてんの」

ほら。と言ってスマホの画面を私に見せてくる。そこには21:24の文字。

「貴方には関係ないです。離してください。」

「わぁ、こわーい顔。」

笑いながらそう言う貴方。笑い事じゃない。既に心が壊れかかっているというのに。馬鹿にしているのか。こいつは。

「ねぇ、家に帰る気ないなら、うち来ない?」


***


「テキトーに座って」

その人の家の、とある部屋に上がるとそこは驚く程にコードが沢山あった。ギター…あれはベースだろうか、あっちのはキーボードだろう。あれは何だろう。初めて見た。私が知っているのは本に、小説に書いてあった楽器と教科書に載っている楽器だけだ。

「何、楽器見んの始めて?」

「はい。」

私の想像してたものよりもずっと、ずっと、夢が詰まっている。輝いて見える。

「弾いてみる?」

私は頷いて貴方が手渡すギターを受け取った。ギターは思っていたよりも難しくて、コードやストローク、たくさん覚えることがあるらしい。

「あ、俺の歌聞かせてあげるよ。感謝しろよ?」

そうして連れてこられたのは彼の住んでいるマンションの屋上だった。

「特別席だかんなー。こんな綺麗な星の下で、俺の近くで俺の歌聞けるとか、贅沢な奴だ」

また笑いながらそう言う。貴方の歌は私が思っている以上に素敵だった。綺麗な歌詞と歌声。心が洗われるようだった。空には綺麗な星が輝いていて、本当に特別で贅沢だと思った。

「柚葉ちゃん、だっけ、君さ、虐待受けてるんじゃない?」

なぜか聞く前に貴方はまた口を開いて、

「肌白いし、細すぎるし、それに初めて星見たでしょ?」

「俺、人の顔色見るの得意なんだよね」

人の感情分からないと曲なんて作れないし、お客さんの気持ちも分からないし、そう言った。

図星だった。いつもは日が落ちる前に家に帰って、そこから朝までずっと部屋に閉じ込められていたから。勉強しかしてこなかったから。人の温かさに触れたのも、久しぶりだった。

「えーすご、これ何、全部95点以上じゃん。やば」

「え?」

「なんか、逆に引くなーここまで完璧だと、まさか容姿端麗な上に勉強もできるとか、怖」

初めてだった。今までずっと羨ましがられるだけで、そんなことは言われたことがなかった。

それから私は貴方に心が揺らぎ始めた。

「音楽、私に教えてください。えっと…」

「智也。」

「智也…さん。」

「いいよ」


***


智也さんと出会ってから3ヶ月が経った。

「柚葉ちゃんさ、帰らなくていいの?さすがにお母さん心配してんじゃない?しらないけど」

「大丈夫ですよ。どうせ、私の事なんて忘れてますよ。今頃男連れ込んで……。」

そっかぁ、とまた笑いながら智也さんはそう言う。

「そういえば、これ。」

私は一枚のプリントを机の上に出した。

「何これ。来いって?」

「いえ、一応ですよ。」

「行かないよ。めんどくさい。てか俺25だよ?」

「知ってますよ。来なくてもいいです。一応なので。」

そのプリントは卒業式のご案内というプリントだった。

智也さんは何度も何度も私の親の事を気にかけていた。

高校は近くの進学校に通う事にした。受験も無事に終えている。

「卒業式って事は合唱とかすんの?」

「はい。私は伴奏ですけど。」

「お、やるじゃん。」

そう言いながら智也さんは私の頭に手を伸ばした。すると優しい手つきで頭を撫でられる。初めての感覚だった。


***


卒業式当日。智也さんは来てくれていた。気だるげに体育館の壁にもたれかかり、スマートフォンを私に向けていた。いつもブカブカのパーカーにボロボロのジャージを履いていた。ジャージは高校時代に着ていたものらしい。そんな智也さんがスーツを着ていて、少し感動した。色が白く、すらっとした手足に綺麗な顔立ちをした智也さんは絵画のように美しく、新鮮な気持ちになった。

「智也さん!!」

式が終わり、解散と同時に智也さんの元へ走っていった。

「卒業おめでと。」

目を逸らしながらまた私の頭を撫でた。

「ありがとうございます。私もう、高校生になっちゃいます。」

「そうだな、あ、柚葉ちゃん。卒業旅行とかどう?」

「行きたい、です!」

「じゃあ服買いに行こっか、柚葉ちゃん学校の服以外ないでしょ?」

智也さんは私の腕を引くと車に乗せた。

「どんな服が欲しい?」

「分からないです…お洒落した事ないので」

「じゃあ俺が柚葉ちゃんをもっと可愛くしてあげる」

お店に入ると小さい頃に読んだ絵本の中に迷い込んでしまったくらい、キラキラしていた。

「店員さん、この子に合う服なんでもいいから持ってきて」

智也さんは偉そうにそう指示していた。

数分後、私の目の前には服が山積みにされていた。

「じゃあこれ全部頂戴」

そんな夢のような事を言うとカード一枚で払ってしまった。

「智也さんって、魔法使いみたいですね。」

「お金があれば、魔法使いにもなれるさ」

本当に智也さんに出会ってから毎日毎日がキラキラしていて、プリンセスか何かになったような気分で、幸せだった。兄、いや、お父さんがまだ生きてたらこんな感じだったのかな。

お店を出てしばらく歩き、私は口を開いた。

「智也さん、私夢があるんですよ」

「ふーん。」

「プリンセスになりたいんです。シンデレラって知ってます?」

「もちろん。」

「家族から虐められていたシンデレラが最終的には王子様と仲良く暮らす。とてもいい話だと思いません?」

私はずっと、いつかシンデレラに出てくる魔法使いが来ることを信じながら生きてきた。だから全部耐えられた。

「私、智也さんに出会えて良かったです。」

「俺は君をプリンセスにはできないよ。」

智也さんは煙草に火をつけながらそう言う。

「私の魔法使いじゃないですか」

「ねぇ、柚葉ちゃん、やっぱり一旦帰ろう。柚葉ちゃんのお家に。」


***


俺はふとした瞬間、この子はよその子だという考えに陥ってしまった。これじゃ誘拐じゃないか。確かに柚葉ちゃんは俺の事を慕っているように見えるがこれは誘拐だ。

どうしようか、一旦返した方が、いや、でも、この子は虐待を受けてて、いや、誰かに見られていたらどうすれば、俺はシンガーソングライターで、この子はまだ中学校を卒業したばかりで、そうだ、ファン、ファンの奴らに見られたら。俺の人生はどうなる。俺ら(芸能人)なんてファンがいて支えられているようなものだ。1度炎上でもすれば…。

「智也さん…何言って……。」

「よく考えてみろよ、これは誘拐なんだよ。ただの。俺があの日お前を救ったとは言えどこれは誘拐、犯罪なんだよ。」

「でも、それで言ったら私のお母さんだって、虐待してるんですから、犯罪じゃないですか!」

「もう、捕まったら…こんな事になるなら…あの時死んでいれば…」

死んでしまいたい、と言おうとした時、左頬に痛みが走った。

「なんでそんな事言うんですか。私は智也さんに助けてもらえて嬉しかった。あの日私に歌を聞かせてくれて、嬉しかった。ギターやキーボードだって少しは弾けるようになって、今まで、夢かと思うくらい、楽しかったんですよ。犯罪?知りませんよそんなの、そんなに警察が怖いなら、私と一緒に死にましょうよ。心中ですよ心中自殺。」

心中自殺。急な言葉で我に返った。

「今日はやっぱ帰ろう…。柚葉ちゃんも一旦自分の家に帰りな、いつかまた俺の家に来たらいいから」

そう言って車を走らせた


***


智也さんの言う通り、私は自分の家に戻った。玄関には知らない男の靴があり、目を疑った。

「あれ、久しぶりね、もう死んでるかと思ったのにってそんな事より、今、青山さん来てるから部屋にいなさいよ。」

ほらね。智也さん、心配してないでしょう?ああ、早く明日になって欲しいな。私は息を殺して自分の部屋に閉じこもった。

結局不安で一睡も出来なかった。私は母が寝ていることを確認し、家をこっそりと出た。

私は無意識にあの日智也さんと会った踏切へと足を動かしていた。

「、、、あ、柚葉ちゃん。」

「早いですね、智也さんは」

「はは、柚葉ちゃんが心配だったって言ったら?」

「私からしたら智也さんが心配ですよ。」

今にも消えてしまうのではないか、と感じそう言ったが、相変わらず生意気だなという目で私を見られた。

「俺ん家来る?」

「……行きます。」

智也さんはごめんなと謝りながら私の頭を撫でた。あの日初めて頭を撫でられた時はあんなにも慣れてなさそうな手つきだったというのに、今となっては手馴れたような手つきで、少し寂しくなったということは言わないでおこう。


***


今日は何故か眠れない。枕元に置いてある薬がそこを尽きたからか、それとも柚葉ちゃんが居ないからか、人は1人では生きていけないというのはどうやら本当らしい。眠れない原因は前者だと思いたい。

時計を見るとまだ午前3時、ベッドにいても眠れないと感じ、デスクに向かったが、歌詞は書けない。何故か手が動かない。「智也さん、今日はギター教えてください」

なんて声が聞こえ振り向いてみたが案の定幻聴で、俺もここまで来てしまったかと少し気分が落ち込んだ。

たった数ヶ月、その数ヶ月でこんなにも愛着が湧くものか、しかも最近中学校を卒業した子供相手に。だせぇな俺は。

そして気付けば踏切にいて、死のうとしていた子供を助けたあの踏切にいて、あの日死ぬのが怖くて、でも今は死ぬのが怖くなくて、もはや死が美しい。

最近何もかも駄目で、曲だって伸びない。伸びない状態じゃライブもできない。SNSでは"落ちた作曲家"と呼ばれるようになった。お前らが勝手に天才だって決めつけてだだけだろ。とも思った。曲作るのだって精神力使うんだよ。どっかのバンドのボーカルは一瞬で作ってしまうらしいが、あれは"本物の"天才だろ。才能の上に努力が重なっている。俺は努力だけの人間だから、あんな奴に適うわけがないだろ。お前らに何がわかんだよ。元々俺を応援してくれてた奴らの期待に応えられないのが悔しくて、気づけば涙が頬をつたっていた。それに気づいたのと同時に、踏切は警報を鳴らしながら遮断棒が降りてきた。

暗くてよく見えなかったが、向かい側には小さな少女の姿が見えた。それは俺がよく知っている柚葉ちゃんの姿だった。いつの間にか寝室に居たはずの身体はこんなところまで来ていたのか。

「あ、、、柚葉ちゃん。」


***


智也さんの家に上がると、何かを思い出したように智也さんが口を開いた。

「、、、遅くなったけど、卒業式の時の伴奏、良かったよ。」

動画撮っとけばよかった、なんて呟く。

「緊張してペダル踏む足ガクガクでしたよ」

「はは、そこまで見てなかったな」

「智也さんと出会わなかったら伴奏なんて絶対してませんよ」

実際そうだった。私は楽器に興味があったものの、安いものではないので、買って貰えず、ずっと私の憧れだった。

私ができることは簡単な楽譜が読めるくらいで、両手でたくさんの音を操るなんて、夢のまた夢だと思っていた。

「私、本当に智也さんと出会えて良かったです。」

「卒業旅行だけどさ、オーケストラでも見に行く?」

かなり前の話のように思えるが、そういえば卒業旅行に行くとか言っていたな。

「本当ですか!?」

オーケストラ。音楽の授業の鑑賞でしか見たことがない。あんな素敵な舞台を私がみてもいいのだろうか。

「うん。偶然、ここにチケットが2枚あるんだよね。」

「本当に偶然なんですか。」

「さぁ。」

私はあまりにも嬉しくて、自然と笑顔になっていた。すると急に私の体は智也さんに包み込まれた。

「あんな無責任なこと言って本当にごめん。謝って済むことじゃないけど、柚葉ちゃんが無事でよかった。本当に。数分、いや、数秒遅ければ…。」

何を言い出したかと思うと、そんなことか。

「智也さんも、私が数秒遅ければ死んでたじゃないですか。おあいこです。」

智也さんはなんでいつも、自分が悪いみたいな言い方をするのだろう。そんなことないのに。私は智也さんに沢山のことを教えてもらったのに。

「じゃあ明日、これ行こう。」

「はい。」

次の日、以前智也さんが私に買ってくれた沢山のお洋服を悩みに悩んで選んだ。

「これはどうですか?」

「うん、似合ってる。」

「これは?」

「それもいいね。でもさっきの方が好きかも。」

なんていう会話は何度目だろうか、結局、綺麗なワンピースに身を包み、綺麗なアクセサリーを身にまとった。

「どうですか。」

少し、気まずい空気が流れる。

「とても似合ってる。このネックレスなんてとっても素敵だ。」

「これもそれも、全部、智也さんがプレゼントしてくれたんですよ。」

私がそう言うと優しく笑ってくれた。

「それは、いい買い物をしたな。」


***


オーケストラは私が想像していた以上に、素敵だった。それはもう、夢のように、あの場にいた全員が、あの人達の演奏を聞く為に、あの場にいた。あんなにも、音楽が、楽器が好きな人がいるんだ。私が思っている以上に、本当に、素敵だった。さっきまで夢を見ていたのではと錯覚するほど、身体がふわふわと浮いている様な感覚だった。釘付けになっていた。

「智也さん、本当にありがとうございました。本当に、本当に。」

「楽しかったか?」

「はい、これまでにないくらい、夢かと思いました。」

智也さんは私の頭に手を置いた。

「なら良かった。君だけでも楽しめたならね。」

遠くを見つめながらそう言った。


***


最近の智也さんはどこかおかしい。全く楽器を触っていない。楽器を触っている智也さんをここ最近見れていない。あんなに楽しそうにやっていたのに。あんなに楽しそうに教えてくれていたのに。

ずっと、ぼーっと外の景色を見ている智也さんを見るのは胸が苦しかった。その頃にはもう、智也さんは私に何も教えてくれなくなった。高校生になった私は軽音部にでも入ろうかと思ったが、私の想像していたものとは異なりすぎたから、結局帰宅部になった。でも、音楽が、楽器が好きなのは変わらなかった。家に帰っては楽器を練習して、作曲もしてみたりして、音楽を知れば知る程、難しくなっていった。でもそれ以上に楽しかった。

ある日、私はいつも通り防音室のキーボードで音を打ち込んでいた。

「聞かせてよ。」

「まだ、未完成ですよ。」

そう断ると少し強引に、

「いいから。」

なんて言われた。断ることも出来ず。結局私が作っていた曲を智也さんに聞いてもらった。

「…悪くないね。これ、貰っていい?」

少し驚いた。まさか強請られると思っていなかったから。でも、今までも、これからもお世話になると思えば、それくらい、大したことなかった。

「いいですよ。どうするつもりですか。」

「新曲にする。俺にはもう何も残っていないから、俺の全てを柚葉ちゃんに渡す。これから先、君が曲を作って、俺が歌う。奏すれば安定した収入を得られる。」

「何を言ってるか、わかってますか。」

「うん。」

「バレたら、どうなるかわかってますか。」

そう言い合っていると、インターホンが鳴り響いた。珍しいな。智也さんの家のインターホンの音を聞くのは初めてだった。智也さんはため息をひとつ吐き、玄関へと向かった。

「はいはい、今行きます。」

中々帰ってこない智也さんに疑問を抱きながら、私は1度頭を冷やそうと思い、リビングに向かった。

5分も経ったのに帰ってこない。私は少し心配になり、玄関に向かう。

「ほら、柚葉、そんな汚い生き方しかできない奴には近寄らないで。お家へ帰りましょう。」

玄関は一面真っ赤なカーペットを敷かれたかのように赤く、倒れた智也さんの腹にはナイフが刺さっていた。目の前には、見間違えかと、幻覚かと、何度も目を擦り、何度も確かめたが、悲しい事にこれは現実らしい。目の前にはたった1人の母が立っていた。それも、今まで見た事ない笑顔で、にっこりと唇で弧を描いていた。

急いで智也さんに駆け寄り、脈を測る。心做しか、少し頬が冷たい気がする。

お願い。生きて。そうだ、電話、救急車に、電話しないと、早く、早く、お願い。早く繋がって。お願い。

「何してるの、柚葉、誰に電話してるの。」

靴を真っ赤に染めた母が私にそう話しかけてくる。もう、母とすら呼びたくない。

「近寄らないで。お願い。」

「どうして?私は貴方の母親よ?」

「私の大切な物を全て奪って、今更母親面しないでよ。気持ち悪い。」

私は智也さんと携帯電話を持ったまま、防音室に逃げ込んだ。智也さんの家は、お風呂とトイレと防音室に鍵が着いている。たったその3つの部屋。この狭い防音室は私と智也さんの思い出が全て詰まっている部屋だ。

「事件です。東京都××市××町○○マンション709号室、お願いします。今すぐ警察と救急車を手配してください。」

必死に頭の中で文章を作り言葉にする。

何分か経つとサイレンの音がだんだん近づいて来た。ドアの前からは母の叫ぶ声が聞こえる。

沢山の足音が近づいて来ると、母の叫び声は次第に遠ざかっていき、母が無事に警察に連れていかれたのだと、一安心だった。少しドアを開け、誰もいないことを確認した私は、防音室から抜け出した。

それから3日が経った。この事件は大きなニュースとなり、毎日テレビに流れてくるくらいだ。今まで2人だったはずのこの広すぎるリビングは、1人減るだけでこんなにも、寒く、寂しく感じられるのか。玄関はもう既に綺麗に清掃されていた。ニュースを見ていて少し鼻につく言葉があった。

【«元»天才作曲家 同棲していた少女の母親に刺され死亡か】

元、ってなによ、智也さんは天才なんかじゃない。ただの努力家な男性だよ。何も知らないくせに。何よこの文章。住所も晒して、何よ。私たちのこと、全然知らない癖に。智也さんが残した携帯電話のSNSでエゴサーチをしてみると、私の事ばかり書かれていた。

【少女の母親って何。誘拐?】

【同棲ってどういうこと、プロ意識低い。】

【その少女もファンのこと考えろよ。】

なんて言葉が嫌でも目に入ってくる。私はどうすればいい、智也さん。私はどうすれば貴方に恩返しができるの。

「ギター、弾いてみる?教えてあげよっか。」

愛おしい声が聞こえ、私は思わず振り返る。

「抜け出してきちゃった。」

「嘘、、、そっくりさんとかじゃ、ないですよね。」

「うん、正真正銘俺だよ、智也だよ。」

本当に病院から抜け出してきたのだろう。車椅子の隣に、点滴を結びつけて来てくれたみたい。

「本当に、ごめんなさい。私のせいで、智也さんの人生が、滅茶苦茶になっちゃった。」

智也さんに駆け寄ると頭をふわりと撫でてくれた。もう一生感じることもないだろうと思っていた温かさをもう一度感じる事が出来て、今までにないくらい嬉しかった。

「いいよ、普通に働けばいい。君はまだ高校生だから、未来があるよ。俺はまだ貯金あるし、二人で支え合おう。」

私は頬を流れる止まることの知らない涙を何度も何度も拭き、智也さんを見上げた。

「そんなに泣かないでよ。俺も生きてる事にびっくりなんだからな。」

「死にかけた感覚、どうでしたか。」

目を合わせ、そう問いかける。

「生きたいと思ったね。柚葉ちゃんは、俺が居なくなって、どう思った。」




「一緒に生きていたいと思いました。死ぬ時は絶対二人がいいって思いました。死にたくないと、思いました。」

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。コメント下さると励みになりますのでよろしくお願いします。初心者なのでアドバイス等頂けると幸いです。

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