プロローグ
体がだるい。起きあがろうとすると、重力が邪魔してくる。
「また、あの夢ね……これで七回目か」
私、冰沢ちるるは、この一ヶ月間、ずっと変な夢を見ていた。
誰一人いない、暗い空間だった。かすかな光の粒が空に満遍なく散らばっている。
閉鎖的だ。気味悪い静けさだ。
そして見えない何かが体を貫通し、体が一瞬で強張った。
貫通されたあと、体の中にあるもの全てが吸い出されてゆく。中身が抜けてゆく。そんな感覚だった。
気がついたら、私は息を切らしてベッドから起き上がっていた。
ーー
高校生になって一ヶ月が経った。
大変だった。人見知りということもあって、新しい環境で居場所を確保するのが難しすぎるのだ。
昔から友達少なかったもんなあ。自分に嫌気がさすよ。
そんな私にも、幼馴染が一人いる。
名前は、水月結凪。
彼女は小さい頃、両親が事故で亡くなり、祖母の家に住んでいるらしい。それでも彼女は決して弱音を吐かずに生きてきた。
強い人だ。事情を知っていれば誰だってそう思うはずだ。
彼女と疎遠になったのはいつ頃だろうか。
中学校からなのかもしれない。いつしか、ゆなちゃんは私を避けるようになった。目線すら合わせられない。
そしてある日、彼女が不登校になった。
きっと何かあったと思う。そうじゃなきゃ彼女は決して学校を休まない。そういう人だ。
でも、私は、彼女のところに行かなかった。
落ち込んでいる時に、彼女はいつも喋らない。昔から一人でいたがる性格なんだよ。私と似すぎるくらいに。
彼女は強いのだから、きっとすぐ会えるよ。そう思った。
しかしいつまで経っても、彼女と会えなかった。
転校、だそうだ。せめて私に一言、別れを言って欲しかったなあ……
裏切られた気分だ。
でも、よく考えてみるとやはり納得いかない部分がある。
何かの事故に遭ったんじゃないか、と。
転校はただの嘘に過ぎないのではないか、と。
この何年間、ゆなちゃんがずっと気がかりだった。
会いたい。ちゃんと、話し合いたい。彼女を救ってやりたい。
けど、もう遅いよ。全て私のせい。
高校とか、友達とか、つまらない人間関係はもうどうでも良い。ゆなちゃんほどの親友の代わりになれる人など、いるわけないんだから。
心が痛くまで後悔しても、虚しくなるだけだ。わかってる。
でもこれくらいしか、つぐなう方法がないんだよ。
ーー
学校が終わり、帰宅。
私は一人暮らしの生活を送っている。
気が向いたら晩御飯を作るけど、やはり今日はそんな気分じゃない。あの気味悪い夢のせいだろうか。
やることもないから、スマホでニュースを確認する。
身体中に何故か寒気が走る。嫌な予感だ。
的中した。
開いた瞬間、私はありえないものを見た。
一瞬だった。
全身が震え始めて、めまいが激しくなる。
「あああああああああぁぁぁぁ…」
自分の喉から発せられるわけのない絶叫。
「嘘よ。全部嘘よ!!!」
死にたい。死にたい。
私が見た文字列はこんな感じだった。
「16歳の少女の遺体が発見されました。マンション三階の自室であることが推測されます。部屋のドアや窓は全て、内側から鍵がかかっており、他人が進出した痕跡は一切ない……」
私、その名前、知ってる。
「遺体は全身傷口や火傷が見られ、傷口全てがおかしな形状であるため、凶器は全く推測できません。ただし、部屋の遺品から名前が推測できました......」
脳裏に焼きついている、7つの音。
私がよく知っている、可愛らしい名前。
「ミナヅキ ユナグ」
視線に入ってるもの全てがどんどん遠ざかっていく。
どんどん暗闇に堕ちていく。
やがて私は、何も見えなくなった。
なんで、助けられなかった。
否。なんで、助けようとしなかったんだよ。
ああ、悲しい。悔しいよぉ。
もう一度やり直せれば。もう一度やり直せねば。
もう、どうでもいいや。
私は暗闇に身を委ねた。
閉鎖的で、気味悪い。
私は、私の全てを放り出した。