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田舎者の真面目なモブ令嬢はすごくすごく頑張ったのに…!

作者: 夕戸 蛍

ご覧いただきありがとうございます。

もう本当にゆるゆるな異世界設定です。

雰囲気で読んでいただけると助かります。

マリー・ベルジェールは男爵家に生まれた。

今は15歳。

自分で丁寧に手入れされている艶のある栗色の髪は、少しカーブががかっていて肩の下まで伸びている。

瞳の色は灰色がかった緑色。

よく育ったアスパラガスの穂先の色に似ている。



ベルジェール男爵家は貴族ではあるが、

治めている領地は小さく、別段貧しくも無いが金持ちでも無い、華やかさとはかけ離れた田舎の家であった。

ただ両親も弟妹もとても真面目で勤勉で、

マリーも色濃くその血を受け継いでいるようだ。


領地は小さいながらも和やかでいい所だ。

領主一家に似てしまうのか、領民性も真面目だった。


ベルジェール家の長女であるマリーはそんな領民達の役に立ちたいと、領地をもっと豊かにしたいと思っていた。

この土地では昔からマグワ(桑)が多く生息していて、それを食糧とする蚕を育て、絹糸を作っている。


マリーは小さい頃から絹糸ができていく様子を見ていたが、今が1番効率の良い生産方法だとは思えていなかった。

それほど多くない領民達は、昔からの方法に捉われる事なく、生産性を上げる試行錯誤を繰り返してはいるが、まだまだ効率を上げる余地はあるのではないか。

もっとベルジェール領産の絹糸の価値を上げられるのではないか。


例えば絹糸で終わらず、染めや織物にする技術をもっと領内で発展させられないか。とか。

クオリティの高い絹糸を欲している国に広めるには、または取引を円滑に進めるにはどうしたらいいのか。など。


この頃は常々、領地に引きこもっているだけでは吸収できない技術や知識を身に付けたいと思っていた。

王都に行けば最高の知識を得られるアカデミーがある。

かなり大きな王都のアカデミーは、蚕の生態を学べる生物学から織や染めが学べるテキスタイル学まで、マリーが欲した知識が全部手に入るであろう場所だった。


16歳で入学するためにマリーは必死で勉強した。

マリーには弟と妹がいる。

領地や男爵家からの出費は極力抑えたかった為、奨学金が支給される特待生を目指した。

それまでも物心ついた頃からずっと独学で勉強に励んでいたが、入学を目標にしてからは殊更だった。

勉強する事に体力と時間を惜しみなく使った。

得た知識は決して無駄にならないと信じて。



羽ペンが無くなった時は、自ら使われなくなった鳥の巣を探し漁ったし、インクが無くなれば暖炉に残った炭の粉と樹液を混ぜたりして、自分専用インクを作ったりもした。


領内の本屋では限界があったため、出荷用の荷馬車に乗って半日かかる隣街の図書館に通った。

借りた本を帰りの馬車の中で全部読んでしまい、次の日の朝にまた荷馬車に乗り同じ図書館に行く事もあった。


もちろん絹糸産業の手伝いも欠かさない。

これをおろそかにしてしまっては本末転倒なことはよくわかっていた。

もちろんこの時の本分は受験勉強であったが、領内の仕事からの学びも吸収しておきたかった。

蚕の養殖から絹糸の取引、計算や事務手続きまで全部の工程に関わることにより、それも全部マリーの豊かな知識となっていた。



マリーは長子であるが女子だ。

ベルジェール男爵家を継ぐのは弟だと決まっていた。

いずれマリーは嫁ぐ事になる。

相手が貴族である事に拘りはない。

マリー自身、平民になる事に嫌悪感は全くこれっぽっちもなかった。

今、候補として上がっているのは、領内で1番大きな市場と絹糸工場がある町の町長の息子、そしてベルジェール領の産業取引を1番多く担ってる商会長の息子。

どちらの青年も真面目で勤勉で優しい人である。

まだはっきりと決まったわけではないが、マリーはベルジェール領内でベルジェールを共に支えられる人と結婚するつもりでいる。




真面目なマリーは未来の旦那様をがっかりさせるわけにはいかないと思っていた。

誰と結婚するかは決まっていないが、いずれ嫁がなければいけない。

マリーは美容や身だしなみにも気を遣った。


そもそも絹産業を盛り上げようとしている領主の娘が、見窄らしい格好をしているわけにはいかない。

宣伝のためにも美しい絹のドレスを身に纏った。

隣町の図書館に行った時には必ず一冊ファッション誌を借りる事にしていたし、外仕事をする時や荷馬車に乗る時もソバカスや肝斑を作らないよう気をつけた。


美しい景色、美しい本の装丁、美しい衣装…なぜそれらが美しいのか、なぜそれらに目を留めて心を奪われるのか、マリーは美しいものへの探究や分析も怠らなかった。それは後に絹産業の拡大に大いに役立つ筈だ。



そう、マリーには無駄な時間がひとときもなかった。

そんなマリーの勤勉さが功を奏し、見事王都のアカデミーの特待生になる事ができた。



本番はここからであるが、マリーはさらに勉強の手を緩める事はなかった。

王都での勉強は単純に効率が良かった。

半日かけて図書館に通う必要も無いし、羽ペンやインクも支給される。求めなくても流行や美の要素が目に入ってくる。領内で手伝っていた仕事も今はしなくていい。



余った時間は気の合う友達と語り合ったりして楽しく過ごした。

真面目な性格のマリーと共に過ごす友達もまた、真面目な性格の令嬢が多かった。

友達は似たもの同士が集まる事が多いのかもしれない。

それぞれの領地や特産物の事、授業で興味が出た事引っかかった事などを語り合った。

時々まだ見ぬ結婚相手に思いを馳せて、恋愛話をする事もあった。



マリーは入学当時は次席だった。

とても悔しい思いをしたが、首席だったのがシビュルスキー公爵家のご嫡男のクロードだと聞いて納得がいった。

クロードの父、現シビュルスキー公爵はこの国の宰相でおられる。

きっと一流の家庭教師に、隣町の図書館よりも大きな図書室、エリートな客人、お屋敷にいながらマリーよりも質の高い努力をする環境が整えられている筈。


だが、アカデミーにいるうちはフェアな筈だ。

在学する3年の間に追い付き追い越したいと、マリーは輝かしい目標を胸にますます精進するのだった。



高位貴族の学生達が惰性的な夜会やお茶会をする間も猛勉強した。

もちろん絹の売り込みも大事であるから、アカデミーの公式な夜会やお茶会は参加した。

何枚か絹のハンカチを忍ばせ、食事周りをうろつき手を汚した令嬢や令息を見つけるとサッとハンカチを渡してアピールした。


いつしか『ハンカチ令嬢』と呼ばれるようにもなった。

もちろんダンスの合間に青いハンカチで額の汗をトントンするからではない。

やたら質のいい絹のハンカチを配り歩いてるからである。

なんなら、2枚持ってるご令嬢もいるとかいないとか。

『ハンカチ令嬢』

それを聞いたマリーは、

「うちの売りはハンカチでは無いのだから本当は『シルク令嬢』もしくは『蚕令嬢』がいいのだけれどね…」

と呟いたとかいないとか…。

蚕令嬢は虫であるからどうかと思う。



在学するはじめの2年間はクロード・シビュルスキーに敵わなかった。

だが努力の甲斐があって、マリーの成績はジワジワとクロードに近づいていた。


3年目の始めのテストで、10科目の内4つの科目で勝ち、1つの科目で同点だった。

あと少し。マリーは少し意地になっていた。

領地を発展させる知識量はきっともう十分についている。

これ以上アカデミーで得られる知識はほとんどないのではないだろうか。

それでも貪欲に貪欲に勉強した。



マリーはいつも自分で丁寧に手入れをした美しい絹のドレスを着ている。絹のタオルで手入れしている肌は絹のようだし、マグワの実を使ったトリートメントで髪もツヤツヤでいい香りがした。

成績は常に2番で、休みの日は控えめで穏やかな女子達と集って語り合っている。

幾人か貴族のご令息がマリーにアピールしたが、絆されることはなかった。



マリーはとても充実していた。

勉強も友達も大好きだった。

なんて大切で貴重な日々なのだろうと。


強いて言うならばクロードに勝てないことだけが引っかかっていた。

最終試験で首席を取れば、卒業式での代表挨拶に選ばれる。

たくさんの知識や友達に恵まれ、貴重な時間を過ごせたこのアカデミーの最後の挨拶が出来るなら、なんて幸せだろう。卒業式の代表挨拶がしたい。

このアカデミーに通えた幸せを代表挨拶という形で残したい。

そんな情熱をもとに益々勉強に励むのだった。




最後の試験の結果が発表された。

マリーはしばらく固まり動けなくなってしまった。

マリーが1位の文字を飾っているのである。

努力の成果が身を結び卒業式代表挨拶の座が決定した瞬間だった。



卒業式は半月後。

マリーは寝る間も惜しんで代表挨拶の言葉を考えた。

長年一緒に励まし合った友達も熱心にマリーに付き添ってくれた教師陣も一緒になって考えてくれた。

毎日毎日アカデミーの事を思い起こしながら大事な文章を綴っていった。




アカデミーの図書館で考えていると、手元にふと影が落ちた。

見上げるとそこにはクロードがいた。


「実はジワジワと上り詰めてくる君に興味があったんだよ。」

金髪で青い目をした美しい顔の彼はマリーに言った。

自分がこれだけ勉強できたのはマリーの存在のおかげだと言ってくれた。

噂に聞けば、クロードは父シビュルスキー公爵の仕事を手伝っていたと聞く。公爵家だ。きっと出席しなくてはいけない夜会も多くあっただろう。同じアカデミーに通う第三王子を支えているとも聞いた事がある。

マリーは入学当初、勉強における環境はフェアだと思っていたが、全然そんな事はなかった。


「シビュルスキー令息様のお心も必ず代表挨拶にのせますわ。あなたがいなければ今の私ではありませんでしたから。」


感謝の気持ちを伝え、少し絹糸産業の話もしてハンカチもお渡しした。

肌触りを大層気に入り「ハンカチは君の領地のものを使う事にするよ。」と言ってくれた。



代表挨拶の言葉がどんどん素敵なものになっていく。

文章はいろんな人々の色んな想いをのせて完成した。

アカデミー生活だけではない、長年毎日真面目に励んできた勉強生活の集大成。

この為に頑張ってきた、そんな気さえ起きていたくらいだった。

マリーは胸がいっぱいだった。





◇◇◇





「クロエ・ルメール侯爵令嬢!!

 貴様との婚約をこの場をもって破棄する!

 貴様の悪行は全て把握済みだ!!!」






「……は?」






思わず声が出てしまった。

空いた口が塞がらない。リアルに。

マリーが壇上に上がり、卒業の代表挨拶文を読もうと書いた用紙を広げた途端の出来事だった。



突然の第三王子のお出ましであった。

いるとは知っていたがクラスも違うしあまりにも遠い存在であった為意識した事がなかった。

自分の粗い息のせいでマリーの「……は?」の声は聞こえていないようである。



(え…?え?なに?これは…待った方がいいのかしら。

それとももう挨拶進めちゃった方がいいのかしら。

いやでも、せっかく半月寝る間も惜しんで、色んな方々に協力してもらいながら作った挨拶文だもの…こんな…劇団のBGMと化するのは悲しすぎるわ…)


マリーは壇上に上がっちゃってる。


第三王子の断罪劇はまだ続いていた。

第三王子の右腕にはピンクの髪の毛をした女の子がしなだれかかっている。

隣には、


(あら?あれはシビュルスキー令息様だわ?)


クロードが断罪劇団の一員に入っている。

チラッとマリーの方を見ると気まずそうな顔をした。


(あら、気まずいの、私のほうですけど?)


マリーは壇上に上がっちゃってる。

きっとマリーの人生1番のドヤ顔だったことだろう。


せめて、何故壇上に上がる前にその劇を始めなかったのかと、恨めしい気持ちでいっぱいになるマリーであった。


その時だ。

兵がなだれ込んできたのである。

第三王子もピンク色の髪の人もクロエ・ルメール侯爵令嬢も、あ、あとクロードもみんなとりあえず連れて行かれた。


壇上にいるマリーの目の前はポッカリと不自然な人集の穴があいていた。居た堪れない。


(壇上だと…第三王子の怒鳴り声しか聞こえなかったけど…どちらかが勝ったのかしら…)


またその時だ。

恰幅のいい学園長が走り込んできてそのポッカリ空いた人集の穴の真ん中で


「中止中止ー!!!

本日の卒業式は中止でーす!!!

ここは検証に使われますから、生徒は自分の部屋に帰ってくださーい!!!」




そうして、マリーのアカデミー生活は幕を閉じたのであった。




◇◇◇





おしまい





◇◇◇
















ごきげんよう。

『美しい生活はベルジェール産の美しい絹から』

でお馴染みにしたい(願望)ベルジェール男爵家の長女マリー・ベルジェールでございます。




あ、そうそう。

断罪劇の内容(あんまり聞こえなかったけど)は全て仕組まれた虚偽のため、第三王子とピンクの頭の人は謹慎処分を受けたみたいですよ。


私の挨拶文は写され卒業式書類の中に入っておりました。

読み上げられなかったのは残念ですが、物として形に残ったのは良かったのかもしれません。


そういえばクロード・シビュルスキー令息様は私に申し訳ない気持ちがあったのか、卒業後に大量注文をしていただきましたの。

シビュルスキー令息様は全く悪くなく、立場的に第三王子の隣にいらっしゃっただけですのに…。




何を大量に注文したかですって?

そりゃもちろんハンカチですわよ。



そのおかげで王都に絹ハンカチブームが来ておりまして、領地の経済はかなり潤っております。

まぁ、はい、3年間ね、たくさんの技術や知識をね、勉強して参りましてね、結局ハンカチなのかよってね、思わなくも無いわけでも無いわけでも…



そんなわけで、


今は我が領地は『ハンカチ領地』と呼ばれておりますわ。




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― 新着の感想 ―
[一言] 面白い内容なのに何か悲しい…
[良い点] とても良かったです。
[一言] うん、すごくいいと思います。 みだりに恋愛関係にならなかったところも、最後が卒爾読めなかったところも現実感あって。 絹産業ならそのうちにシーツなどリネン関係が充実していくと大口依頼が来るかも…
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