赤鬼の棲む家
我が家は古い家屋。
子供2人と私の3人暮らしだ。
古いといってもそれなりに不便なく暮らしている。死んだ祖父母の家を私が継いだのだ。
ある晴れた午後の日。
子供も学校に行っており家事を一通り済ませた私は居間で横になっていた。
暖かな日差しで微睡む。
疲れたな…眠い。
気持ちのいい眠気に襲われつつ、右の手が自然と自分の下半身へ向かう。
いいかな、たまには。
自分を慰める方法は知っている。
熱くなる自分自身を感じながら右手を動かす。夢現つのようにふわふわと感覚を味わいながらふと髪が引かれる感じがする。
何かに引っ掛けたかな。
引っ張られているようで何か感覚に拍車がかかる。
気持ちがいい。気持ちと同調して髪が引かれるのを強く感じる。何かそういうプレイをしているような気が…するが、おかしい。
これ本当に手で引っ張られていないか⁇
強く引かれてるわけではないが部分的に髪を引かれている。一瞬自分の左手で引っ張っているのかとも思ったが自分の左手は床に突っ伏している。
このまま気持ちの良さに流されてしまいたいが、違和感の方が勝った。
勢いよく両手をその違和感の方に向けた。
何かを掴んだ。
「ぅおりゃあーーーっ‼︎‼︎」
その掴んだものを思い切り引いてみた。
引っ張り出てきたものは腕だ。
逞しい筋肉質な腕。
家の壁の隙間からドゥルンっと出てきた。
真っ赤な…それはそれは真っ赤な身体。
男性的な腕、上半身が宙を舞う。
というか、ほぼ腕。申し訳程度に上半身がついてて腕が異常にでかい。
頭はついてない。
「なんじゃこりゃーーーー‼︎‼︎‼︎」
こわ‼︎腕‼︎ほぼ腕‼︎
昔話に出てくる赤鬼のようだ。
頭はないけど。
「なに‼︎これ‼︎なにこれ‼︎」
でかい腕はしばらく呆然と(してるように見えた)していたが、我に帰りワタワタと動き始める。
器用に腕で動いている。
「こわ‼︎やだ‼︎こっわ‼︎なにこれ!?」
私もパニック状態だ。
真っ赤な首なしの胴体がでかい腕2本で蜘蛛のように動いているなんて化け物じゃないか。
赤い腕はワタワタと動き、出てきた壁の境目に向かうとまた吸い込まれるように逃げていった。
「……は…」
なんだこれは。なんなんだ、今のは。
物凄い音で自分の心臓がバクバクと動いている。嫌な汗もかいた。
長年ここに住んでいるがこんなこと初めてだ。
何⁇新種の動物かなにか⁇
いや、壁に消えたんだから生き物のわけがない。じゃあ、なに⁇
妖怪の類い⁇
しばらく呆然と壁を見つめてしまった。
それからは異変もなく日常だった。
警戒もしたが、気のせいだったのではないかと思うほどに日常だ。
家の中に違和感もなにもない。
あれは…何だったんだろうか。
ふと、居間のテーブルに小さな花がポツンと置かれているのに気づいた。
小さな春の花。
「ねえー!?ここにお花置いたー⁇」
子供に問いかける。
「知らなーい」
見慣れない花だ。庭に咲いてる花じゃない。
なんだろ とは思ったが、小さな花瓶に水を入れ花を挿した。
それは連日続いた。
花がポツンと置かれているのだ。
なにもないテーブルに、ぱっと現れる花。
どれも可愛らしい花だった。毎日置かれる花に徐々に増えていく花瓶の花たち。
ある日、なにもないテーブルの上に残像を見た。赤い腕だ。
赤い腕の残像の後に花が現れた。
あの時の赤い腕が毎日花を置いていったのか。
何のために毎日…⁇
「まさか…」
あの時、私の愉しみを邪魔してしまったお詫び…とか⁇
そんなまさか。
とは思うが…。
シていることがシていることなので気恥ずかしいものがある。
それからも毎日花は置かれていた。
腕は残像ではなく、もう気にしないのか段々と見える速度で花を置くようになっていた。
ある時はテーブルに腕だけ生えてこちらに手を振ってくるのだ。
違和感しかない。
その日は台所仕事をしていて皿を洗い、片付けようとしていた。流れ作業の中、つい手が滑ってしまった。
皿が落ちる…瞬間に、ぱしっと床からあの赤い腕が生えて皿を掴んだ。
「ひっ…‼︎」
皿が落ちた恐怖なのか腕が出てきた恐怖なのか。ともあれ皿は無事だ。
「あ…りがと…」
恐る恐る皿を手に取る。赤い腕は親指を立てイイネをする。
なんだそりゃ。
それからはたまーに私の謂わゆる痒い所に手が届くというのか、何かしらの手助け的に赤い腕が現れるようになった。
探してたものがあらわれたり、子供の忘れ物を知らせたり。
不思議と子供たちには気づかれていない…もしかしたら見えていないのかもしれない。
大人にしか見えない座敷童子のようなものだろうか。
見た目は不気味なんだが、古い家屋に棲む座敷童子のような鬼だと思えば…いや、あまり納得できるものではないが。
もしかしたらずっとこの家に棲みついていたのかもしれない。
私の家には鬼がいる。
イタズラ好きな赤い鬼。