2021年12月10日――愛ちゃん、お父さんに八つ当たりする――
「流れ星に三回お願いすると、叶うんだって!」
愛ちゃんは、家に帰ってきたばかりのお父さんに、ものすごく怒った声で言いました。
「ああ! 頭にくる!!」
「うん。昔からそう言うね。」
と、お父さんがうなずきます。
「それで、愛は何をお願いしたいのかな?」
お父さんとしては、愛ちゃんがなぜ怒っているのかが分からなくて、少し探りを入れてみたのです。
すると愛ちゃんは
「あのね、お願いが叶うのかどうかを試したいんだよ。」
と答えました。
「なにをお願いしたいかじゃなくて!」
お父さんは
――おやおや! そういう事か。
と思いました。
お父さんも帰りの電車の中で、火球のニュースを読んでいたのです。
けれども
――これは難問だぞ……
とも考えたのです。
「いいかい。流れ星というのは、いつもお空で光っている星がビューンと動くんじゃなくて、たまたま宇宙のゴミが地球に向かって落ちて来て、空気に触れて燃えて光るものなんだ。」
と、お父さんは流れ星の説明をします。
「だから、いつ・どこで見られるのかは運次第だし、光っているのはアッという間だから、試してみるのは難しいんだ。」
「知ってるよ? お母さんが教えてくれたんだ。」
と愛ちゃんは、怒ったままの中にも、自信まんまんで答えます。
「だけど、火球っていう、大きな流れ星が飛ぶこともあるんだって! 火球だったら、お願い事を三回言えるんだって。」
◇ ◇ ◇
お母さんが火球を見たのは、お母さんがまだ中学生だったころの事です。
テンペル・タットル彗星という33年ごとに地球に近づいてくる”ほうき星”が起こす、『しし座流星群』の2001年の大出現の時でした。
その時の流星雨は、一晩中、空全体に星が流れ続けるという素晴らしいもので、明るい緑色に長く尾を引く火球も、いくつも見ることが出来たのでした。
保育園から帰って、愛ちゃんが流れ星の話をすると、お母さんは
「そうかぁ。そろそろ”ふたご座流星群”の季節だからねぇ。そんな事が保育園でも話題になるんだねぇ。」
と笑って、パソコンを立ち上げました。
「たしか”しし座”の大出現の動画が上がってたと思うんだけど。」
お母さんが再生してくれた動画を観て、愛ちゃんは
「お母さん?! これ、ホントに見たの?」
とビックリしました。
それほど流れ星がたくさんだったのです。
「見た、見た。」
とお母さんは笑います。
「だけど、お願いするのは忘れちゃったなぁ。それくらい、空が、星がすごかったのよ。もう、見ているだけで大満足で。」
◇ ◇ ◇
それが2021年12月10日の、夕方6時ごろのことでした。
そしておよそ1時間後――愛ちゃんはお風呂に入っていて見逃しましたが――7時くらいに”ふたご座群”のハシリの大火球が飛び、日本各地で大さわぎになったのでした。
9時ごろ帰って来たお父さんに、火球を見逃してしまった愛ちゃんは
「流れ星にお願いしたい」と、八つ当たりで駄々を捏ねはじめたのでした。
◇ ◇ ◇
「なんだ、そういう事か。」
愛ちゃんが眠ってしまったあと、お父さんはお母さんから愛ちゃんが怒っていた理由を聞き、笑いました。
「よく分からなくてね、反抗期が始まったのかとビックリしたよ。」
そして「本番は14日ごろだから、愛を連れて公園で空を見てみるかな。」とビールを飲みました。
お母さんは「14日ごろには寒波が来るらしいから、どうかしら?」と首をひねりました。
「コロナは落ち着いているけど、風邪をひいたらタイヘンでしょう。」
「厚着をして、懐炉を入れていたら良いさ。」
とお父さんが言います。
「寒いからね、愛もそんなに長くは粘れないだろう。適当なところで連れて帰るよ。」
◇ ◇ ◇
12月14日は、朝からとても寒い一日でした。
横浜などでは初雪も降ったようです。
モコモコに着ぶくれた愛ちゃんに、お父さんは「懐炉をもう一つ、お腹の前に貼っておきなさい。」とアドバイスしました。
「お腹をあっためておくと、全身に暖かさが回るんだよ。」
公園の、街灯から離れた暗い場所に、お父さんが
「ここにしようか。」
とダンボールを敷きます。
「さあ、懐中電灯を消すよ。」
ダンボールに座って「どっちを見てたらいいの?」と愛ちゃんが質問します。
「どこでも良いんだよ。飛び出してくる中心は”ふたご座”の方なんだけど、どこで光り出すのかは分からないんだから。」
お父さんは質問に答えてから、魔法瓶のココアをコップに注ぎます。
「さ、熱いうちに飲みなさい。熱いものを飲むと、15分間は体温が上がる。」
愛ちゃんはココアを飲みながら、空を見上げました。
夜の12時を過ぎていますが、夕方にしっかりと昼寝(?)をがんばったので、まだまだ元気です。
こんな時間まで待ったのは、日が暮れてすぐだと、月の光が邪魔だからなのだ、とお父さんが教えてくれました。「火球だったら、月が明るくても見えるんだけど、普通の流れ星だと紛れちゃうんだよ。」
愛ちゃんはココアを飲み終わってからも、目を皿のようにして空を見上げ続けました。
うす~い雲が、そこここに流れているようで、星が出たり隠れたりしています。
雲に隠れていた星が、きらり、と姿を見せるたび、愛ちゃんはドキリとしてしまうのでした。
お父さんが「で、願いが叶うかどうか実験するのに、試しに何のお願いをすることにしたのかな?」とたずねてきました。
愛ちゃんは「あのねぇ」とお父さんに答えます。
「2034年の”しし座流星雨”の夜を、良い天気にしてください、ってお願いすることにしたの。」
13年先の話です。今5歳の愛ちゃんは18歳になっています。
お父さんは
――「××くんのお嫁さんになる。」みたいなお願いでなくて、良かったなぁ!
と思いましたが
――愛も13年後は18か……。彼氏くらいは出来ているかもなぁ。
とも考えました。
その時です。
「流れ星?!」
と愛ちゃんが指差しました。
お父さんがそちらの方に目をこらすと、小さな光が光ったり消えたりしながら、ゆっくり西の方へ動いています。
「……んー。飛行機だね。ナイトフライトの貨物機かなぁ。」
とお父さんは判断します。
「ときどき長く消えるのは、低い雲に隠れてるんだろう。」
愛ちゃんは「なあんだ。」とガッカリし、次第に寒さを感じてきました。
ココアの効果が薄れてきたのです。
お父さんが「今日はもう帰ろうか。」と言い、愛ちゃんは「うん。」と答えました。
お父さんは敷物にしたダンボールをたたむと、懐中電灯を点け
「今日は火球が飛ばなくて、良かったねぇ!」
と言いました。
愛ちゃんが
「えー! なんでぇ?!」
とプンスカ怒ると、お父さんはアッハッハッハと笑いました。
「だって愛、考えてごらん? 愛は流れ星に、『2034年の”しし座の流星雨”が見たい!』って、お願いするつもりだったんだろぅ?」
お父さんが言う事に、愛ちゃんは「そうだけど?」と口を尖らせます。
「そんな事したら、カストルとポルックスの二人は面白くないだろうね。ほら”ふたご座”になった二人だよ。だから”ふたご座”って名前が付いているんだからね。」
愛ちゃんは「あー……」と、お父さんの言葉に納得しました。
『”ふたご座”の大火球を見せて!』と願うのなら、がんばってみる気も起きるかも知れませんが、『”ふたご座”はどうでもいいから、”しし座”の流星雨をヨロシク!』では気分が悪くなるでしょう。
「ふたごが怒って、えいっ! っと隕石落としてきちゃうかもねぇ。メテオの魔法で。」
「カストルとポルックスも、そこまでヒマとは思わないけど、去年の7月には隕石が千葉のマンションに落ちたからねぇ。」
お父さんが言っているのは2020年7月2日に、千葉県習志野市のマンションと、千葉県船橋市の家で破片が見つかった習志野隕石のことです。
幸いケガ人は出ませんでしたが、船橋のほうは屋根に穴が開いてしまいました。
「そう考えると、愛がヘンテコなお願いを出来なくて良かったよ!」
お父さんは、口ではそんな言を話していたのですが、頭の中では
――2034年に、愛がヘンテコなボーイフレンドを連れて来たらどうしよう?
と、今から悩んでいたのでした。
おしまい
■ ■ ■ ■ ■
さて童話はここまで。
ここから先は、蛇足というか余談です。
流れ星というと、2001年の獅子座流星雨と、2010年6月13日の『はやぶさ初号機』の大気圏再突入とが、僕の中での双璧の出来事です。
獅子座流星雨は肉眼で見て感動しましたが、火球が飛んでもその度に
「おおーっ! でかいっ。」
とか騒いでいて、一晩中騒いでいたにも関わらず”お願い”する余裕はありませんでしたねぇ。
思えば、ずいぶんとモッタイナイことをしたものです。
一方で初号機のほうは、落とした場所がオーストラリアの砂漠だったこともあり、テレビで観ただけです。
現地では、満月の倍の明るさで輝いたそうですね。
だから日本では誰も見ることは出来なかったわけですが、初号機の偉業を称える沢山のショート・ショートが――漫画も含めて――ネットに投稿されました。
今読んでもムネアツな作品が多くて、冬童話の参考にでも、とネットの海の底から探してみたりもしたのですが
「ああ、これを超える作品は、僕には書けない。」
と初号機を題材にするのは諦めざるを得ませんでした! (我ながら無能かつヘタレですなぁ)
流れ星を題材とした”はやぶさ初号機SS群”に匹敵するリリカルな短編小説だと、ブラッドベリ御大の金字塔『万華鏡』がありますね。
僕はその『万華鏡』が収録されている短編集を、映画『原子怪獣現る』の元ネタとされている『霧笛』が読みたくて手に取ったのですが、お目当ての短編よりも『万華鏡』でやられてしまいました。
うん。泣いてしまうわ、こんなん読んでもぅたら。
未読の方は、是非ぜひ。
星が落っこちて来る系の作品としては映画『メテオ』や『アルマゲドン』など、「じゃあ、星の方をぶっ壊してやろうぜ!」的なものが多いのですが……
「地球の方を動かそう!」
というメチャメチャ気宇壮大な映画もあります。
東宝の『妖星ゴラス』ですねえ。
南極に、海中の重水素・三重水素を燃料とする推力66億メガトンのジェットパイプ群を建設し、衝突軌道から地球を退避させるのですよ。いや、着想がスゴ過ぎ!
円谷特技監督の精緻なミニチュア特撮とも相まって、地球が動き出すと拍手が出てしまいますわ。
落ちて来た『星』に、変なモノが乗っていた系の作品では――有名どころが様々いますが――ウェルズの『宇宙戦争』とウィンダムの『海竜めざめる』でしょうか。
キングギドラや宇宙大怪獣ドゴラもそうですね。
洋物だと『マックイーンの絶体の危機』の通称”人喰いアメーバ”が有名かな?
この”人喰いアメーバ”、リメイク版の『ブロブ』では、宇宙から来たと思われていたけど実は……な、オチに半捻りが加えられていたりします。
さてさて、日本では火球のことをアマツキツネと呼んでいたことがあるようです。
都の空を東から西へ轟音を立てて流れた、と日本書紀にあるもので637年のこと。
この場合の都とは平城京より古い都で、636年に飛鳥岡本宮が焼けたあとの田中宮(橿原市)って事になります。京都とは違うのだよ、京都とは! 京都ばかりが古都って威張るな、なんだぜぇ?
それはさておき――
人々が火球に驚いたところ、魏の曹植の末裔と言われている旻という坊さんが
「流れ星ちゃうで。アマツキツネはんが吠えたんや!」
と皆を鎮めたのだとか。
いや、そっちの方が怖エエだろうがよ! と思わずツッコミを入れたくなりますが、当時の人はそれで納得したのか知らん?
いや、火球豆知識でした。 お後が宜しいようで。