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第03話 釈然としない清々しい朝

 窓からカーテン越しに太陽のやわらかい光が差し込んでくる。

 長年使われていなかったとはいえ、さすがは貴族の別宅。

 少し手を入れるだけでそこらの宿屋よりも過ごしやすいってのが驚きだ。

 ちゅん、ちゅん、と聞こえる小鳥の(さえず)りも心地良い。

 ぐっすり眠ってしまったようだ。

 いつになく頭がスッキリしてる。

 希望に満ちた朝って感じだ。


「おはようございます。こんなにも素晴らしい朝を迎えるのも、お寝坊するのも初めてです。寝顔かわいかったですよ」


「おはよう、イイ朝だな。………………お前が隣で寝てなけりゃあな」


 よし、思い出した。

 俺はなんてことをしてしまったのか……いや、待て、俺はされたほうじゃなかったか?

 契約書はとうに燃え尽きて(ちり)も残ってない。

 残ってるのはテーブルに置いてある大金貨が入った革袋と、入念に準備した無駄の塊たち。

 それと赤いシーツだな……はぁ。

 軽く自己嫌悪するが、誰が魔術で束縛してまで逆アプローチしてくると思うよ?

 アクティブすぎんだろ。

 こら、首元でスンスンするな。

 加齢臭がキツイとか言われたらショックだ。


「とっても落ち着きます。もう少し嗅がせてください」


 変わってるなぁ。

 あれか、臭いとわかっててもつい嗅いでしまうやつか。

 落ち着くならいいんだが……、いいのか?

 今まで感じたことのない甘い香りに包まれて、俺は今後を考えることにした。



 ◆――――――◆――――――◆――――――◆――――――◆



 まずは落ち着くためにも飯を食う。

 とっくに朝食の時間ではなくなったが、食べることは大切だ。

 頭に栄養がいかないと考えもまとまらないしな。

 わりと出血してたから無理にでも食べさせなければ。

 一応ポーションは飲ませたが不安だ。

 しかし、聖女が自分で料理をするとは思わなかった。

 教会での教えでは、高位の者は下位の者に身の回りの世話をさせるはずだ。

 好きでやってたんだろうか。

 ……もう聖女じゃなかったな。

 名前はルーナだったか。

 月みたいにキレイな顔で朗らかに笑ってる。

 何の憂いもなく、本当に幸せそうに鼻歌まで歌いながら野菜を切っている。

 強がりなんかじゃなく、演技でもなく、ただただ機嫌がいい。

 なぜだ?

 ジーっと観察しているうちに、ルーナはトントントンっと調理を進めていく。

 実に手際がいい。

 しかもウマそうだ。

 まだ気怠いだろうに無理をしてほしくないんだが……


「心配してくれるだけで、嬉しくて幸せすぎて倒れてしまいそうです。怪我でも病気でもないんですから大丈夫ですよ。それに私が作ったものを食べてほしいんです」


 いい子すぎないか?

 天使か?

 聡明な子だから、自分を攫った集団と俺の関係性には気づいているはずなのに、どうして俺の世話を焼くのか。

 そもそもなんで昨夜にアクションを起こしたのか。

 身を守るために逃げ出すのが普通だろう。

 教会に戻りたくない?

 聖女を辞めたい気持ちがあった?

 もっと別の何かがあった?

 それにしたって俺に身を委ねる必要はなかった。

 わからん。


「ふふ、どうしたんですか?百面相してますよ」


 数年もすれば間違いなく美人になる笑顔は本当に花が咲いたようだった。

 雑草の俺とは違う。

 言えた義理じゃないが、この笑顔は守ってやりたい。

 そのためにも雑念は追いやって、まずはプラン通りに安全確保からだな。


「聖女の役割が受け継がれたことはもう周知されてる頃だ。猶予があると言われたが、早めにここを離れた方がいい。飯が終わったら準備してさっさと転移するぞ」


「わかりました。ソルさんもシャワー浴びてくださいね。自分では気づきにくいのですが、その、昨晩の残り香が……」


「お、おぅ、お前の後で浴びとく」


「一緒でもいいんですよ?」


 それはダメだろ。

 クスクスと笑いながら俺を見つめるルーナ。

 俺の方が子どもじゃないか。

 泣ける。

 メシは普通にウマかった。

 安宿で食うより全然ウマかった。

 たった1食で胃袋が掴まれかかっている。

 早いとこ離れないと依存してしまいそうで怖い。

 ルーナが身を清めているうちに、俺は部屋で準備を進める。

 準備と言っても、あらかじめまとめてしまっているのでもう手持無沙汰だ。

 自然と目が行くのはやはり赤い染みだ。

 依頼を遂行するためとはいえ、聖女の力を失わせるためとはいえ、やっちまった感じが否めない。

 痛かったはずだ。

 それもわかったうえで行動したはずだ。

 俺よりも頭の回る子だ。

 いろいろと言葉を交わしてハッキリとさせたほうがいいだろう。

 転移先の街でルーナが独りでも暮らせるようになったら立ち去ることも伝えよう。

 ルーナには未来がある。

 人生を折り返した俺とは違う。 

 彼女が幸せになるためなら、俺の安っぽい命を投げ出してもいいとすら考えてる。

 自分はもっと薄情だと思ってたんだけどな。

 娘を大切に想う父親はこんな気持ちなんだろうか。

 まぁ、娘に手を出す親なんていないだろうが……やべぇ、ヘコむ。




 ルーナが部屋に戻ってきてから、俺もシャワーを浴びた。

 頭も心も少しだけスッキリした。

 使われてなくてもお湯が出るってすごいな。

 魔導具が使えたことだけは貴族に感謝だ、ありがとう。

 部屋に戻ってから最後の準備を整える。

 俺の頭をタオルで拭かなくてもいいぞ、ルーナ。

 ホント甲斐甲斐しいな。

 転移するための陣を敷くのはそれほど難しいことじゃないんだが、今回は時間が掛かってしまった。

 なにせ俺の10年分の稼ぎと同じ額だからな。

 暗殺組織のボスであるポラールにも呆れられた。


「キミが10年働いて稼いだ大金をそうやって使うとはね。実に予想外で、実にキミらしい」


 そりゃそうなんだが、今は昔ほど焦ってないからな。

 がむしゃらに生きてた頃の俺が、今の俺を見たら卒倒するだろう。

 培った経験と、積み上げた実績と、それなりの自信がバックボーンになってくれてる。

 おっさんになったからこその余裕だな、これは。

 呪いを受けたり、命を失う覚悟をしていたからって理由もあって、けっこう散財した。

 特に実害はなかったんだが、本当にないのかね?

 結果的に散財した分以上の大金貨を手に入れてしまって、ちょっと落ち着かない。

 全部ルーナに使うか。


「それじゃ行くぞ。忘れ物は……あるわけないか」


 転移先は教会の息のかかっていない都市のひとつだ。

 教会からは邪教だの穢れた地だの言われてるが、俺は混沌として楽しい街だと思ってる。

 そもそも一神教でもないしな、あそこは。


「ちょっとだけ時間をもらってもいいですか?このまま転移したら痕跡が残ってしまいます。追われることはないと思いますけど、念のため手がかりが残らないように細工しますね」


 ルーナが方陣の外側に何かを書き足したり、小さな石を配置したりしているが、俺には何が何だかさっぱりだ。

 任せてしまおう。

 今さら警戒する必要もないし、仮に裏切られたところでひどいことをしたのはこっちなんだ。

 3分ほどで小細工とやらは終わった。


「こんな高価な方陣を使っていただいてありがとうございます」


「元々使うつもりで用意してたんだ。気にするな。この大金貨も持ち逃げされてもいいと思ってた。お前はもっと欲張りになっていいんじゃないか」


「私は強欲ですよ。でも、欲しいのはお金じゃありませんし……」


 俯きながら言ったせいか語尾が聞き取れなかった。

 少し顔も赤い。

 疲れが出たのかもしれない。

 裸の時間が多かったから風邪でも引いたか?

 それだけのことをしたんだ、さっさと移動して宿を取ることにしよう。

 指先を針で刺して血を(したた)らせると、俺たちは青い光に包まれて輝き、忽然と消えた。



 ◆――――――◆――――――◆――――――◆――――――◆



 一部の神官しか立ち入ることのできない聖堂の奥で1人の少女が笑う。

 聖女には似つかわしくない高い声で笑う。

 整った顔を歪ませて笑い続ける。


「あははははははは、ようやく、ようやくよ。あんな下賤な血しか持たない女が聖女なんてあり得なかったの。あの女のせいで私の計画が狂わされた。なんて腹立たしい。処女を散らされて役目を終えて、きっと今頃は泥だらけで泣いてるわ。いい気味よ。これからは私が崇められる。ふふふ、なんて気持ちがいいのかしら」


 少女は踊る。

 教皇の孫娘は舞いながら喜びを表現する。

 これで聖女だ。

 自分の価値が上がる。

 誰もが認める存在になれる。

 箔が付いた分だけ高望みができる。

 教皇の血筋と聖女の肩書きがあれば、皇太子とも釣り合う。

 婚約者はいるようだが、そんなものは関係ない。

 奪い取ることは身分の高い者の特権だ。

 必ず自分のモノにする。

 いずれは王妃に、そして国の最上位に。

 カタチだけの聖女は笑いながら自分のことだけを考える。

 大貴族の裏から指示をして暗殺組織に依頼をした張本人は自分の幸せだけを望み見る。

 王国の現状を表からしか知りえない少女は黒い夢に向かって羽ばたいた。

今回の物語では不必要に伏線を張らないようにしなければ……

と思いながらすでにちょっと張りつつある自分がいる。

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