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第01話 ベッドに縛り付けられた聖女

 38年の人生のなかで、俺は今一番激しく後悔してる。

 傭兵として初めて任務に失敗した時よりも深く悔いている。

 戦争で初めて敵兵の命を奪った時ぐらい落ち込んでるかもしれない。

 とんでもない依頼を引き受けちまった。

 ちょっと枯れかけてる俺の精神が、立っていられないほどグラつくには充分すぎるほどアホな内容の依頼だった。

 依頼主は大貴族だったが、どうにもきな臭い。

 本当の依頼主は教会のお偉いさんだと俺は睨んでる。

 神官や神様を信仰する人たち全員を否定することはないが、上層部はけっこう腐ってるからな。マジで。

 領民に重税を課す貴族も罪深いが、お偉いさん方も大概だ。

 もう教会も神様も信じたくない。

 ドス黒いメニューで無理やり腹いっぱいにされて胃もたれしそうだ。

 できればリバースして見なかったことにしたい。マジで。

 どうしてかって?

 そりゃあ、目の前に聖女が転がってるからだ。

 頭の上で手首を封呪の帯で結ばれてベッドに固定されてる。

 目隠しもされてるし、猿轡(さるぐつわ)もされてる。

 どこからどう見ても拉致監禁だよ、畜生。

 しかも、ここは森の中。

 10年以上前に廃嫡された貴族の別荘ということもあり、周りに人がいるワケもない。

 大声で泣き叫んでもモンスターが寄ってくるだけだ。

 当然だが建物内には俺と聖女しかいない。

 身じろぎしているから彼女に意識はあるだろうが、思うように身体は動かせず、周りは見えず、言葉を話せない状況は恐怖でしかないはずだ。

 見た感じ10歳ぐらいの少女に耐えられるものではない。

 孤児院で世話をしていた子くらいだぞ。

 胸糞悪い。

 こんな状況で俺は依頼を遂行しなければならない。

 目の前のこんな状態の娘を傷つけなければならない。

 心も体もだ。

 聖女と呼ばれちゃいるが、親と子ほど年の離れてるただの小娘を、だ。

 誰だって憂鬱になるだろ?

 枯れてかけてるって言っても、俺も男だ。

 無理やり自分のモノにしたいって欲がゼロじゃない。

 だがな、コレはないわ。

 後味が悪すぎる。

 なによりも、俺はロリコンじゃねぇ!

 ………どうしてこうなった。



 ◆――――――◆――――――◆――――――◆――――――◆



 元々孤児だった俺は生きるために傭兵になった。

 もう26年も前の話だ。

 同じ境遇で冒険者になるヤツもいたが、生存率が低いうえに成功する人数が少なすぎる業界だ。

 師と仰げる者や身内がいなければ生き残るのはかなり厳しい。

 ロマンがあると言えば聞こえはいいが、未知に挑戦するのも危険だし、格上のモンスターと戦うことだってザラにある。

 崖から落ちることもあれば、植物の毒にやられることもあるし、水分不足や塩分不足で倒れることもある。

 自己責任にしちゃ重すぎる。

 人脈づくりも面倒だ。

 それに俺は孤児院にいる頃に痛感したことがあった。

 一番恐ろしいのは自分たちと同じカタチをした人間だってことだ。

 モンスターみたいにわかりやすくないから厄介なことこの上ない。

 悪意のある人間はガチで恐ろしい。

 騙してくる。

 金を奪ってくる。

 カンタンに裏切ってくる。

 権力で強引に無実の罪を着せてくる。

 戯れに奴隷に堕としてくる。

 邪魔だからという理由で殺してくる。

 どれもこれも日常茶飯事で笑えない。

 そのことを知っていたからこそ身体を鍛えて傭兵に志願した。

 領地のためや国のためってワケじゃない。

 比較的安全な環境に身を置くことを最優先に考えただけだ。

 安全が確保できたら次は知識だ。

 生きていくためには、少なくとも文字ぐらい読めなくては話にならない。

 あっという間に騙されて何もかも奪われてしまう。

 冒険者であっても傭兵であってもそこは同じだ。

 剣術や槍術なんかを学ぶのはそのあとでいい。

 優先順位を間違えるとあっという間に狩られる世界だ。

 少なくともこの国はそうだった。

 10歳で孤児院を出て、12歳で傭兵見習いになり、14歳を迎える頃に何とか一人前になれた。

 傭兵団のなかでも醜い人間をたくさん見た。

 うまいこと金を横領したヤツが次の日に連行された。

 友人が盗賊団の襲撃で帰らぬ人となった時は泣いた。

 正義感から圧政をしている貴族へ反抗した男がその場で殺された。

 いつも()(へつら)ってた団長が気まぐれに左遷された。

 身分の高いヤツらには逆らえなかった。

 無意味に死にたくなかった。

 逆らう強さが欲しかった。

 強くなれると信じてた。

 だから生き続けた。

 暴動を制圧する命令を果たしながら、冒険者のようにダンジョン制圧に駆り出されながら、賄賂(わいろ)を渡してる商人を見て見ぬふりをしながら、後輩を育てながら、暗殺組織と合同の任務をこなしながら、辺境で村を興すために傭兵を辞するものを見送りながら、戦争に参加しながら……。

 ただ生きた。

 気が付けば副団長の補佐になっていた。

 同時に市民権を得た。

 金もそれなりに貯まった。

 それでも貴族のヤツらからすれば俺なんて鼻くそみたいなもんだ。

 生きることに少し余裕ができてしまった。

 考える時間が増えてしまった。

 本を読むことで知識を増やす時間ができてしまった。

 38歳になった。

 ふと思う。


「俺はまだ強くなれるのか?」


「俺は何のために生きてるんだ?」


 結局、腕力も並で、素早さも並で、耐久が少し高くて、攻撃を受け流すのだけは妙に上達した1人の傭兵にしかなれなかった。

 戦争で生き残ったのもたまたまだ。

 攻撃を防ぐ術が他のヤツらよりも高かっただけだ。

 だが、極限の状態だからこそ「生きている」と強く感じたのも事実だ。

 その代わり帰還した後の反動はすごかった。

 脱力感が襲ってくるんだ。

 命を懸けないと生きている実感が湧かない状態に近かった。

 戦場を体験した者にはよくあることだ。

 せめて、信じるモノがあれば良かった。

 守るべき家族がいればよかった。

 国に対する忠誠心があればよかった。

 俺には何もなかった。

 育った孤児院も戦争で跡形もなくなって、いよいよ何で生きてるのかわからなくなってきた。


「生きるために傭兵になったというのに、今更すぎる疑問ではないかね、ソル?次に何かと戦うことになれば、あっさりと死にかねないと思うね、私は。どうかな、暗殺者になってみないかね?工作員でも構わないが……、どこかの街で静かに暮らしながらバックアップに徹するのもいいと思ったんだが。キミは自分で考えているよりも貴重な存在なんだよ。私にとっては数少ない信頼できる人間だ」


 暗殺組織のトップと酒を交わしたときにスカウトされた。

 認められたようでうれしかった。

 それもいいかもしれないと思った。

 もう俺が傭兵として学ぶことも、できることもない。

 上と下を繋ぐ調整役なんて誰だってできる。

 相談に乗れるベテランもたくさんいる。

 補佐になれるヤツなんて腐るほどいる。

 すでに和平が締結されている今、そうそう戦争も起きない。

 戦争が終わったことで、人口が減った分、食糧がまわるようになった。

 復興のための労働力が必要になり、スラムの人間すら駆り出された。

 戦争孤児のための教育機関や将来の職業斡旋を事業として進めているとも聞いた。

 金食い虫の傭兵は縮小傾向だ。

 街の巡回をするだけの毎日なんてつまらない。

 ちゃちな賄賂をもらって牢屋に行くのもまっぴらだ。

 明日にでも辞表を出そうかという時、暗殺組織のナンバー2から依頼を受けてほしいと頼まれた。

 非常に珍しいことだ。

 本名は知らないし、もしかしたら素顔すらダミーかもしれない。

 そんな男は一枚の契約書を渡してきた。

 読んだ瞬間、冗談かと思った。


 1つ。依頼の内容を口外することはできない。


 2つ。依頼を破棄することはできない。


 3つ。対価は全額前金で大金貨50枚。


 4つ。上記を了承したうえで初めて依頼の内容を確認することができる。


 5つ。依頼の達成と同時に契約書は術式で自動的に焼却される。


 普通ならあり得ない、暗殺組織が提示する内容とは思えない契約書だ。

 依頼内容を口外しないのは当然だし、破棄できないこともあるが、肝心の内容が契約されてから知らされるというのはどう考えてもおかしい。

 仮に依頼内容が「自らの命を差し出すこと」だったりすれば、報酬がいくら高くても無意味だ。

 あるいは受けた後で依頼内容を変更することだってできる。

 ぶっちゃけ何でもありすぎて誰もサインなどしないだろう。

 契約書として成り立っていない。

 しかも全額前金の依頼なんて聞いたこともない。

 依頼を破棄しなくとも、継続中という形で持ち逃げすることが可能だからだ。

 大金貨50枚も法外だ。

 極めつけは達成と同時に依頼書が自動的に焼失するところだ。

 普通は控えまで用意して証拠として残す。

 つまりこれは、極めて危険で、秘匿する前提で、証拠を残したくない案件だ。

 ついでにこの金額からして大物が絡んでる。

 貴族の中でも国に対して発言権があるぐらいは高位のはずだ。

 胡散臭ぇ。


「ボスが信頼してるお前に頼みたいんだが、命の保証はできなくてな。興味がないなら今すぐ断ってくれればいい。知らなかったことにしてくれ。ちなみにお前だったら失敗する可能性は限りなくゼロに近いと踏んでる。他には適任者がいなくてな……、失敗するだけならいいんだが、組織に不利益を持ち込みそうなヤツらばっかりなんだ。間違いなく人を選ぶ依頼なうえに、これをきっかけに世の中が流動するような案件だ」


 いつも無口な男が珍しい。

 傭兵団や冒険者組合以上に、暗殺組織は信用が命だ。

 受けた以上は必ず遂行する。

 依頼自体が虚偽だった場合は、依頼主が殺される。

 独自のルートで精査もされているから見落としも少ない。

 それだけ吟味してもこれだけボカす表現しかできなかったのか。

 危なすぎる。


「大貴族の後継者を亡き者にするのか、王城に忍びこむのか、まともな依頼じゃなさそうだな」


「まともじゃないのは確かだが、依頼の内容自体は単純だ。誰でも出来る。……出来るんだが、ただの悪党だとおそらく務まらない」


「俺も悪党だと思うんだけどな」


「お前みたいな悪党がいてたまるかよ、ソル」


「そうか?まぁいいか。……この件、ポラールは知ってるのか?」


「ボスには伝えてない。きっと悩ませることになる。そういうのは自分の役割だ」


 こいつも苦労性だな。

 本当にトップ2人に支えられてる組織だよ。

 いなくなったらスグに瓦解しそうだ。


「生きてる意味を見失いかけてるところだ。ちょうどいい、受けよう。命懸けで心労を減らしてやるよ」


「………………すまん、恩に着る。もし生き残ったら、いつでも最大限の後ろ盾になることを約束する」


 とんでもないことを言いやがった。

 軽々しくそんな約束するってことは、それだけの仕事ってことなんだろうが、誰でも出来る難易度とも言っていた。

 目の前の男は義理堅い。

 断っていいとも言ってる。

 短くない付き合いだが、金に汚いわけでもない。

 むしろこの組織の中で最も清廉潔白と言ってもいい。

 そんな男がこれほど言うのだ。

 無気力気味な自分に喝を入れるためというのは建前で、この依頼を受けた大きな理由は単純な好奇心だった。



 ◆――――――◆――――――◆――――――◆――――――◆



 依頼内容は確かにシンプルだった。

 胸糞は悪いが、一見して誰でも出来るような内容だ。

 ただ、俺に回してきた理由もなんとなくわかった。

 根っからの悪党ではもしかしたら失敗するかもしれない。




『旧ペルドン伯の第3別邸にて、聖女ルーナ・シエロ・カテドラールの貞操あるいは命を奪うこと』




 アホかと。

 誰だって思うだろ?

 非常に納得できないし許容できない。

 やろうと思えば……やりたくはないが……飢えた男たちのところへ放り込めば終了する依頼だ。

 ただの女ならそれで終わる。

 だが、聖女が相手だとそうはいかない。

 今までも不埒なことを考えたクソ野郎たちは、その(ことごと)くが不幸に見舞われている。

 命を奪おうと画策した者は、協力者もろとも事故で亡くなった。

 押し倒そうとした者は心臓発作で、夜這いをしようとした者も心臓発作で、悪意を持って傷つけようとした者は脳溢血で倒れ、毒を盛ろうとした者は逆に毒蛇に咬まれた。

 他にも表沙汰になっていないだけでまだ事例は多くありそうだ。

 だが、聖女に汚点があるわけではない。

 不治の病を癒し、重傷者を助け、懺悔を聞き、身分に関係なく人々に希望を与える少女は、まさに聖女であった。

 神様と並んで名を呼ばれるほどに尊ばれている。

 下手をすれば教皇を超えるほど民から信頼を集めていた。

 俺も聖女の奇跡を見たが、ペテンにかけてる様子はなかった。

 俺自身が人生で驚いたトップ3に入る出来事だったからな。

 そんな奇跡を平然と行うのだ。

 非常識すぎる。

 それを良しと思わない人物もそりゃいるだろうな。

 無償で民を癒すことで教会の収入は減り、お布施も減ったらしい。

 裏で貴族と繋がっている者は分け隔てなく接する彼女を邪魔だと感じるはずだ。

 治癒魔法が使えるものはその才能に嫉妬したことだろう。

 最終的に上層部の総意で依頼されたのかもしれない。

 もしかしたら実は聖女が悪女って可能性がなくもないが、実物を目にしてその魔力に触れれば鈍い俺でもわかる。

 悪事を働く者にこの神聖さは決して出すことはできない。

 悪人にとってはさぞ居心地の悪い空間だったことだろう。

 聖女を運び込んだ者も拘束したヤツらも「手ぇ出したら呪われるってウワサ本当だったのかよ!」「ひっ……ひぃ、呪われちまった。まっ……まだ死にたくない!」「死ぬなら心臓発作だ、お前はまだ大丈夫だ!」と、慌てて都市へと走り去っていった。

 どうやら背負われてる男が不埒なことをしようとして呪われたらしい。

 自業自得だろ。

 それにしても聖女に呪われるとか、まるで魔女のように言うもんだ。

 俺への依頼を鑑みるに、彼らもこの件を口外することはできないはずだ。

 最悪、命を奪われて証拠隠滅されるんだろうな。

 碌でもない人間ばかりでげんなりする。

 まぁ、俺もそんなろくでなしの一員なワケだが、どうするかね。

 クイーンサイズはあろうかというベッドに腰を下ろすとギシッと沈んだ。

 新しいのはシーツだけで、中身は放置されたままのようだ。

 臭くないだけマシか。

 聖女がビクリと身を(よじ)る。

 怖いのだろう、当たり前だ。

 俺だって同じ立場だったら怖い。


「質問をする。肯定なら首を縦に、否定なら横に振れ」


 コクリ。

 1秒も経たずに縦に振ったな。

 冷静で頭の良い子だ。


「目隠しを外しても慌てないか?」


 コクリ。

 ヒステリーを興されても時間の無駄だからな。

 この子の場合はそんなことはない気がするが。

 とんでもなく固く縛ってやがるな。

 血行が悪くなったらどうすんだ。

 不器用にも時間をかけてしまったが、何とか解けた。

 (あら)わになった翠眼はジッとこちらを見つめていた。

 不安だったろうに充血している様子もなく、涙の跡もなかった。

 存外強い子だな。


「猿轡も外すが、騒がずに俺の話が聞けるか?」


 コクリ。

 ……ただ能天気なだけじゃねぇだろうな。

 ちゃんと考えてるんだよな。

 タイムラグがなさすぎて不安になるぞ。

 (よだれ)がビロンと伸びても動かず、喋らずってすげぇな。せめて拭いてやるか。

 聖女なら魔術の1つも使えそうだが詠唱する気配もない。

 スグに止められることがわかってるからか?


「手首の拘束も解いてやる。そうしたら最後の質問をする。声を出して答えるんだ」


 コクリ。

 質問をしていないからまだ声を出さないのか。

 随分と律儀だな。

 顔貌が整いすぎていて人形みたいだ。

 成長すれば間違いなく美人になるだろう。

 なるべくドスの効いた声で問いかける。

 俺の顔は脅すのに向いてないって自覚があるからな。

 しまったな、目隠しはそのままのほうが良かったか。

 まぁいいか、ちょっと睨みを効かしたらいいだろ。

 この娘の度胸ならたぶん大丈夫だ。

 今さら優しくするのも違うしな。  

 呪われるくらいは何とかなるが、心臓が止まる前に終わらせられるか?

 やってみないとわからんか。

 はー…、やるか。




「……犯されたいか?……殺されたいか?……選ばせてやる」

今回ちょっとカチカチですが、もうちょっとしたらはっちゃけ始めます。

えぇ、はっちゃけると思います。

もうちょっとでキャラたちが自分の足で動く予感がするので。

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