閑話 緊急記者会見
夏が明けたがまだ暑さがしっかりと残っている9月1日の昼。
首相官邸の一室には大勢の報道関係者が詰め掛けており、警備も物々しい雰囲気である。
記者たちは本日の午後1時から始まる政府発表の緊急記者会見をニュースとするために集まっていたのだった。
ネットでの大勢を占める予想としては概ねがダンジョン及びステータス関連のことだろうと予測されている。
つい先日も“魔法関連基本法”と名付けられた新たな法律が制定、施行されたことによりニュースを賑わせたが、今回はそれよりもインパクトのあるものだろうと、日本国内の報道陣だけでなく、海外からの報道陣も集まっている。
なお、その魔法関連基本法については今の所魔法の無断使用に対して刑事罰を適用することと、魔法の無断使用の禁止とうことを中心に盛り込んだ比較的シンプルな法律である。その特異性を無視すればの話ではあるが。
午後1時になり、政府関係者が記者会見の場に入場してきた。
待っていましたとばかりに、多くのカメラがフラッシュをたき、シャッター音が連続する。
「えー、それでは只今より政府による緊急記者会見を始めさせて頂きます」
司会進行の男がそう告げるとあれ程ざわめいていた会場は一気に静まり返る。
「えー、尚質問に関してですがそれは会見の最後にまとめてお聞き致しますので会見中の質問はお控え頂くようお願い申し上げます。····それでは羽黒官房長官、お願い致します」
「皆様こんにちは。官房長官の羽黒です。本日は暑い中お集まり頂きありがとうございます。それでは早速ですが今回緊急記者会見を開かせていただいたその内容についてお話申し上げたいと思います」
壇上に上がった官房長官の羽黒恒明は丁寧に話し始めた。
「えー、すでに皆様もご存知かとは思いますが、今年の8月1日に謎のウィンドウ····ネットではステータスと呼ばれるものですね。それとスキル。関連して現れた謎の洞窟これらに関係することです。早くもネット上ではその日のことをD−dayと呼称されているようですね」
ここで一拍おいた。
「さて、今回お話したいのは自衛隊による謎の洞窟の調査報告と今後についてです。自衛隊の調査活動は以前から公にしていましたね。まずはこのことからご報告いたします」
「えー、調査活動の内容については洞窟内の生態調査、及び物質的調査。また大気調査が主な活動内容となっております。ここまでは以前にもお伝えいたしました。自衛隊からの報告を完結にお話いたしますと、今回の報告では新宿に出現した洞窟についてですね。まず、洞窟の入り口ですが入って数メートルするとすぐにこのような階段がありました」
ここでプロジェクターの画像にダンジョンの入り口と階段が表示される。
「見ての通り、階段の幅は洞窟の入り口よりも広く、また洞窟内の空間も洞窟の外見とは釣り合っていないようです。この階段は洞窟の地下に繋がっているようですが、洞窟が出現した位置の真下は調査した結果空洞らしきものはありませんでした。然らば、この洞窟内部の空間は外部とは切り離されていると考えるのが妥当でしょう。信じ難いですが····」
会場内に僅かに驚きの声が上がる。
「続けます。階段を一番下まで降りると次にこのような巨大な扉が現れました」
スクリーンには精巧な装飾がびっしりと施された巨大な扉が映し出される。
一段とフラッシュが増えた。
「驚くべきことに、この扉はどう考えても自動ドアでは無さそうなのですが、隊員が扉から凡そ3メートルの位置に近付くと独りでに開いたのです。こちらは動画が御座います」
程なくして撮影された映像が始まる。音声付きで、隊員達の驚きと推測の声が聞こえる。
映像の中では隊員の一人が扉に近づき、本当に独りでに巨大な扉が開いた。
「えー、それから隊員たちは扉の内部へと調査の足を進めました。簡潔に結果だけを述べますと、内部ではこのような生物が存在しました」
新たに画像が表示される。そこには低身長で汚い腰巻きを巻いただけ緑色の皮膚をした生物がいた。
今度こそ会場内はどよめきで満たされる。
「この生物は身長は凡そ80センチ、推定体重は20キロと思われます。また非常に獰猛であり、調査していた自衛隊員にいきなり襲い掛かったと聞いていますが、幸いにも隊員に怪我はなく無事撃退できたそうです」
「その生物からは通常の生物には見られないこのような結晶が発見されました」
そしてスクリーンに映し出されたのは魔核である。
「この結晶は驚くべき性質を持っていることが今回の調査で判明しました。それは、この結晶が微弱ながら電力を産出しているということです。更に、常に一定のエネルギーを発生させており、それは何時間、何日間も続き今現在も衰えてはいません。識者の方々によれば恐らく半永久的に電力を産出するものであり、驚くべき物質とのことです」
会場内は先程以上のどよめきと驚愕に満たされ、暫し会場内は収集のつかない事態となった。
暫くしてようやく落ち着きを取り戻し、羽黒官房長官は続ける。
「今回の調査では以上の事柄が判明したわけです。また、芸術分野のサブカルチャー····所謂アニメーション等ですね。それらの関係者が言うにはこの緑の皮膚をした生物は『ゴブリン』と言うそうです。また、洞窟に関してはダンジョン若しくは迷宮、それに準ずるものではとの声もありました。何れにせよこれからも調査は続けていきますし、その過程で呼称も決定したいと思います」
「以上で調査報告を終わります。次は今後についてです。勿論この今後というのは洞窟に関してのことです。実は先程申し上げたダンジョンや迷宮というのはあながち間違いでも無いとの結論はすでに出ています。あの日現れたステータスやスキルというもの。また、関連して現れた魔法を使える人間。どれも非現実的です。それに電力をほぼ永久的に生産する結晶。その価値は計り知れません。現在は政府の手によってのみ調査活動が行われておりますが、ゆくゆくは何らかの形で民間にも参画してもらおうと考えています。ですから、今後の方針としてはこの洞窟―――――仮にダンジョンと呼称しますがそれの調査の続行。その調査への民間団体の参画。最終的には一般開放も視野に入れています。以上で私からの報告は終わりとさせていただきます。ご清聴ありがとうございます」
一礼して官房長官は壇を降りた。
「えー、それでは只今より質疑応答を行いたいと思います。質問は各社一つに絞らせていただきますがご了承ください」
司会者がそう言うと、会場内のほぼすべての記者が一斉に手を上げた。
「えー、では○○新聞社さん」
「はい。官房長官にお伺い致しますが、一般開放とは具体的にどのようなことを考えているのでしょうか?」
「えー、そうですね。洞窟内部の安全を確保でき次第、また今の所は全く未定ですが、洞窟内部を一般人の方々に対しての開放を考えています」
「····ありがとうございます」
質問した記者が座るとまた新たに手が挙がる。
「えー、テレビ△△さん」
「官房長官にお伺い致しますが、今後の調査はどのように行っていくのでしょう?」
「そうですね····自衛隊による最新の報告ではその洞窟の最奥部には入り口と同様の扉があったそうです。直近ではその扉内部の捜査。長期ではなぜ洞窟が各地にいきなり出現したのかの調査を進めたいと考えています」
「ありがとうございます」
「□□新聞社さん」
「官房長官にお伺いいたします。――――――――――――――」
その後も質疑応答が続き、官房長官の話は深く掘られてゆく。だが、その質疑応答では何か革新的な部分は隠されているような感じがする。それは多くの人が感じたことだった。
この記者会見後の世間の反応は凄まじく、早くも一般開放へ期待する旨の投稿や、ゴブリンに関する考察、魔核に関する考察、書き込みがネット上では後を絶たない。
また、日本政府が積極的な調査を続けると旗幟を鮮明にしたことにより、僅かながら政権支持率が上昇。
D−day以降低迷していた政権支持率が僅かながら持ち直した。
一部界隈ではこの洞窟が異世界の産物だとか、世界の破滅が近付いているとか根拠もない話が流布したが、一般にそうした意見は受け容れられていない。
未だD−dayの出来事は謎に包まれている。