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  作者: 中村文音
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あかね

明くる朝、まだ暗いうちに、おかみさんは再び井戸端で身体を浄め、解いて洗った髪を小さな髷に結わえると、坊を背負ってお社へ急ぎました。


「神様、どうか漆闇を助けておくんなされ。また飼い葉をもりもり食べて、たんと働けるよう、元気にしておくんなされ」

 

おかみさんは手を併せて祈っては、お百度の石まで戻ることを百回繰り返しました。坊を負ぶってのことなので、馬飼いのした時よりずっと長い時間がかかって、お参りが終わったときには、もう日がすっかり暮れておりました。


「神様、お百度参り、無事終わらせておくんなさって、ありがたいありがたい。どうか漆闇のこと、くれぐれもよろしくお頼み申します」

 

 おかみさんは最後に神様にお礼を言うと、ほっとして坊やを揺すり上げ揺すり上げ、帰っていきました。


 

 同じ日、馬飼いは昼過ぎに使いを終えて、珍しくその後何も頼まれず、茜を連れて自分の村へと向かっておりました。

 うららかに火の照る春の山道を、馬飼いは茜を引いてぽくりぽくりと蹄の音を聞きながら歩いていました。

 まだ色濃くない木々の葉を透して、日の光が青い林の中で、遠くに鳥の啼く声がしていました。

 林を通り小川を渡り森を抜け、ちょうど茜を見つけた火の山に近づいたときです。

 おとなしかった茜が、急に手綱を振り切って駆け出しました。


「おーい、茜、どうしたー。戻ってこーい」 


 馬飼いは茜の後を追って走り出しました。

 ばたばたと走っていくと、少し先に茜が立ち止って馬飼いを待っています。

 茜は馬飼いの来たのをみると、またくるりと後ろを向いて駆け出します。


「茜、そっち行くな。そっちは火の山だ。戻れーっ」

 

 茜は馬飼いの声など聞こえないように、カッカッと高い蹄の音をたてて走り去ります。

 そうして馬飼いが追い付くのを認めると、また前を向いて先へ先へと走ってゆくのです。

 こうして馬飼いは、まるで茜に導かれるように、息を切らしながらだんだんに火の山を登ってゆきました。

 

 荒い息を吐いて茜を追いかける馬飼いの胸は、まるで早打ちのように鳴り、視界は湯だったようにくらくらかすみました。

 息も絶え絶えになった馬飼いが火口の近くの赤い穂の原まで辿りついたとき。

 突然、山全体が大きくひと揺れすると、山の底から轟くような響きが、足の裏から腹へと伝わってきたではありませんか。

 馬飼いは肝をつぶしました。


「山が…、山が火を吹く…」

 

 ぐうらりぐうらりを揺れる地を、馬飼いはよろよろと歩みながら、赤い穂の群れの中に茜の姿を探しました。

 その間に山の底はがんがらがんがらいい始め、まるで地の中で割れ鐘を叩いているようです。

 ふと見ると、火の口からどろどろとした熱いものが流れ出ようとしています。


「大変だ…」

 

 馬飼いはすぐさま逃げようとしましたが、足ががくがく震えて走ることができません。

 そのとき。今までどこにいたのか、茜が穂の間から走り出てくると、首を延べて頭で馬飼いを宙に掬いあげました。

 馬飼いがぽうんと宙を舞ってすとんと茜の背に納まるやいなや、茜は凄い勢いで山を駆けおり始めました。

 火の川が見る見るうちに近づいてくる中を、茜は馬飼いを乗せて走って走って走り続けました。


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