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  作者: 中村文音
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 一人の馬飼いが、おかみさんと一人息子と一緒に火の山と呼ばれる山の麓の村に暮らしておりました。

 馬飼いはいつも一人で一匹きりの馬をひいて、旅人を隣村まで乗せたり、その帰りに大きい重い荷物を自分の村まで運んだり、同じ村のお百姓さんに頼まれて田や畑を鋤いたりして働いておりました。

 馬飼いの子供はまだ三つで、おかみさんが傍らで面倒を見ていなければならないほど小さく、仕事を教えるには早過ぎたからです。

 

 馬飼いの馬は黒馬で、それこそ月も星もない真っ暗闇の夜のようでしたので、馬飼いはこの馬に「漆闇(うるしやみ)」という名を付けておりました。漆闇はおとなしい気性をしていましたが、力も強く辛抱も強くて、一匹で三匹分くらいの働きをしました。

 

 ところがある時、その漆闇が、突然えさを食べないようになり、元気を失くし、日に日に弱っていったのです。

 田畑を数歩耕しただけでふらついてよろけたり、そう重くない荷物を載せて少し歩いただけでふうふうと息を切らしてだらだらと汗をかくようになりました。

 馬飼いは心配して、仕事を早く切り上げてよく休ませたり、上等の飼い葉をやったり、精の付くものを探したりしましたが、もとより食べないのですからどう面倒を見てもよくなりようがありません。


「困っただ。このままでは漆闇は死んでしまう。どうしたらよか。思いつく限りのことはみんなやっただ…」

 

 馬飼いがつましい夕餉のあと、囲炉裏端でため息を吐くと、茶を淹れていたおかみさんがぽつりといいました。


「そりゃ、おめえさま、人間の力で及ばないもんは、神様のお力をお借りするよりほかはなか」

 

 それを聞くと馬飼いは急に目の前が開けたような気がしました。


「んだな。神様はいつもおらたちを護ってくださってるもんな。こういうときこそ頼らなけりゃ」


「そうだよ。神様は人に頼られるのが嬉しいというよ。

 おらは晴れた日にはいつも坊を連れて、毎日いい案配で暮らさせて頂いてありがとうごぜえますって、畑でできたもんを持ってお参りしているだよ。

 だから、きっと助けてくださるだよ」

 

 おかみさんは、すやすや眠る坊を腕の中で揺りながらゆったりと言いました。

 

 それで馬飼いは、あくる日の朝、まだ夜が明けきらないうちに、村のはずれの小さな神社でお百度を踏むことにしたのです。

 

 お百度を踏むというのは、お百度参りとも言いますが、神社やお寺に百日間毎日参拝するか、人目につかない時間に白装束ではだしになって、入り口のお百度参りの石から始めて本殿にお参りして、また入り口の石のところまで戻ることをその日のうちに百回繰り返すことを言うのです。

 

 馬飼いはその日その日を暮すのが精いっぱいで白装束まで用意することができませんでしたので、代わりに体をよく浄めて、洗いたての着物を身に付けました。そして白装束でないことを神様によくよくお詫びした上で、「漆闇を元のように元気にしてください」と祈りました。

 そしてはだしの足をぺたぺたいわせながらお百度の石まで戻ることを百回繰り返しました。

 

 初めのうちは不安で重苦しかった心が、だんだん晴れて軽くなっていくうちに世も白々と明けていき、「大丈夫だべ。漆闇はきっと助けて頂けるべ」と勇気が自然に満ち溢れてきた頃、お百度参りは終わりました。

 

 境内に静かな朝がやって来ていました。

 馬飼いは、お百度参りを無事やり遂げさせて頂いたお礼を神様に申し上げて、なんだか安心して家路に着きました。



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