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真夜中の訪問者と発熱

 

 シンと静まり返った光荘の管理人室で、十史は帳簿をつけていた。

 管理人室の小窓のカーテンは開いていて、そこから見える玄関も開いている。管理人室の東側の窓と北側の窓にはカーテンが引かれ、小窓から入る玄関灯りが薄らと室内を照らしていた。

 十史はその小窓のすぐ下に打ち付けられた小さめのカウンターで、玄関灯りと小さなランプを頼りにノートに細かい数字を書き入れている。

 十史が腰掛けている背の高い丸椅子は、畳が痛まない様にと厚手の小さいマットの上に置かれていた。


 十史は一通り書き終えてペンを置いた。

 カウンターに置かれた時計を見ると、あと五分で午前一時だ。終電が最寄駅に着くまであと十分。


「あと三十分で閉められるなー」


 グイッと腕を上げて伸びをした十史はそう呟く。


「精が出るね」


「っ!」


 突然背後からかけられた声に、十史は声もなく驚き振り返った。


「やぁ、こんばんは」


 そこには、真っ黒いローブを纏いフードを目深に被った子供程の背丈のモノが床から六十センチほどのところで浮いていた。

 ローブが大きいのか足も手も見えない。


「日々頑張っている様で何よりだ」


 その背丈に合った少年の様な声で少年には似合わない口調でローブのモノが十史にそう告げた。


「あんたなぁ、来るなら来るって事前に伝えてくれ。ビビる」


 そう言った十史に、ローブのモノはその大きなローブを揺らして静かに笑った。


「それはすまなかったね」


「で?ただ驚かせに来た訳じゃ無いんだろ?」


「ボクもそこまで暇じゃ無いよ」


 フードで影になっている奥からふふっと声が漏れる。


「君が助けた少年について話しに来たんだよ」


「え……?」


 困惑した様子の十史をよそに、ローブのモノは続ける。


「まず、今回の行いについて、王は大変お喜びになり、良くやったとのお言葉を頂戴した」


「は?」


「つまり、物凄く良い事をしたってことさ。君の長いときがほんの少し短くなるくらいにはね」


 その言葉に十史は眉根を寄せた。


「そんな顔しないでよ。良かったじゃない。ねぇ?」


 ローブのモノの声音から、そのフードの奥では自分が嫌いな顔で笑っているのだろうと確信する十史は彼から顔を逸らした。


「拗ねないでおくれよ。話はこれからなんだから」


 くすくすと耳障りに笑うモノに十史は無言で先を促した。


「あの少年はね、本来なら自殺する様な子じゃなかったんだ」


 その言葉に十史は目を見開きローブのモノを見る。ローブのモノは黒い手帳を開いていた。

 十史の視線に、そのモノは手帳をひらひらさせて「機密事項」と悪戯っぽく言った。


「少年……常盤翔は、資産家の次男で一流企業の重役に若くして就いた父と、その会社の社長の娘である母との間に生まれた一人息子。所謂、政略結婚ってやつだったんだけど、両親の仲は別に悪くはなかった。母親は身体が弱く、常盤少年が一歳になって間もなく病気で入院。三ヶ月後に他界した。半年後に父親は再婚。さらに半年後に弟が生まれた。それからーー」


「ちょっと待った!」


「ん?」


 ローブのモノがツラツラと手帳を見ながら個人情報の漏洩を始め、十史はしかし、特に咎める事もなく聞いていたのだが、始まってすぐに疑問が生じる言葉が飛び出したので慌ててストップをかけた。


「再婚後半年で出産?」


「うん」


「つまりそれってさ、翔の母親が亡くなって……約二ヶ月後に、そのぉ……作ったって事、だよな?」


 十史が指折り数えつつ引き攣った顔で言った。


「あー、長くなるから省いたけど、政略結婚前から付き合ってたみたいだよ」


「うわぁ……そんなこと現実であるんだ……」


「続けても?」


 十史が顔を痙攣らせたまま呟くと、ローブのモノは特に気にした様子もなく十史に尋ねた。


「どうぞ」


 十史の言葉にローブのモノはコホンと一つ咳払いをして続ける。


「それから常盤一家は家族四人で暮らしていくことになったんだけどーー」


「新しい母親は、付き合ってた人をった女の子供を愛せなかった?」


「……そういうこと。後妻が産んだ子も男の子だった為ーー」


「父親も翔を蔑ろにし始めた?」


「……そういうことなんだけどさ」


 ローブのモノは大きく溜め息を吐いた。


「え、何?結構酷いの?虐待?」


「違う。君さ、少しは黙って話を聞けないのかな?」


「ん?」


「良いから、僕が良しと言うまで、黙って聞きなさい」


 少し低くなったローブの奥の声に十史は黙って頷いた。


「続けます。このまま家庭環境について話してたらが明けるので省きます。彼にとって味方のいない家庭での居心地は最悪と言える。しかし、学校が始まれば友人も出来、有意義と言える学校生活を送っていた。ほんの一、二ヶ月は。彼は勉強も出来、人当たりも良い。それが気に入らなかった者から嫌がらせを受け始めたのが一学期期末試験前。それが虐めに発展したのが二学期始まってすぐ。友人は離れ、成績は徐々に落ちていった。それでも彼は学校に通い続けた。休む事なんて許されなかったし、彼自身、家も学校も同じなら学校で学び、将来の糧を得る方がまだ有意義だと思っていた。苦しくても痛くても、いつかはそれらと離れることが出来るから、と。さて、気付いたとは思うけど、彼、元はかなりメンタル強い子だよ。それがどうして今回の様に自殺未遂なんてものを起こしたかというと、なんと、外的要因があった事が判明しました」


「外的要因?」


 思わず繰り返した十史にローブのモノは咎める事なく頷いた。


「どうやら、『回収屋』が動いているみたいなんだ」


「回収屋?」


 首を傾げた十史に「しー」とローブのモノは人差し指を陰っている唇に当てた。十史は黙ってお口チャックの動作をする。それに対しローブのモノは気にした様子も見せずコホンと咳払いをした。


「回収屋とは、魂を勝手に回収して裏ルートで売買する輩でね。『蒐集家』とか『ハイエナ』とかとも呼ばれてる。彼らは主に、自殺してそこから動けなくなった魂を捕まえて闇市で売り飛ばし利益を得ている。稀に寿命を全うした魂を誑かして連れてったりもするけどそれはほとんどない。何故なら、自殺した魂の方が未練だったり恨み辛みが多くて高値が付くから」


 そこで、十史が手を挙げる。


「どうぞ」


 ローブのモノが許可を出すと、十史はお口のチャックを開けた。


「それいちいちいる?」


「それって、アンタらでなんとか出来ないのか?」


 ローブのモノの言葉を気にせず十史が言った。「無視か」とローブの少年はぼやきつつ十史の疑問に答えた。


「残念ながら、僕らの管轄の仕事ではないから逮捕権はない。そもそも現行犯じゃないと捕まえられない」


「でも魂の管理はアンタらの仕事なんだろ?」


「こっちに来る前の魂の世話までは出来ない。さ、この話は元々の話から論点がズレるからここまで。続けます」


 不満そうな十史を横目にローブのモノは再び口を開いた。


「常盤少年は、その回収屋に目を付けられた。弱った心に漬け込み、本来なら耐えられたはずの心の柱に傷を付けていった。本人も気付かない内に、徐々に徐々に、心を侵食し自分達の思うままに動かせる様にしていった。そうして自殺に追い込み、彼らにとって極上となった魂を回収しようとしていた。と、推測されてる」


「推測?」


「そう。確証は得られてないが、ほぼ間違いない。常盤少年が自殺を図った線路の周囲に彼らがいた形跡がみられたと報告があった。故に、君は素晴らしい働きをしたという事だ」


 よくやった、とローブのモノは十史に言った。


「確証を得るためには?」


 ローブのモノの褒め言葉を無視して十史が訊く。


「んー、現れてくれるのを待つしかないかな」


「現れる?」


「そう。常盤少年の負の感情が蓄積された魂は、彼らが育てた様なもんなんだ。大事に育てたモノが横から奪われた。黙っている訳がないだろ?だから必ず現れる。彼らの呪縛はそう簡単には解けないからそれを追ってここに来る」


「呪縛?」


「少年と会ってから彼が変だと思った瞬間があっただろ?」


 ローブのモノにそう言われ、十史はハッとした。

 昼間、「まだ死にたいか、生きていたくないか」と翔に尋ねたとき、途中から目が虚になり、譫言うわごとの様に「死にたかった、そうだそうだ」と繰り返していた。


「気を付けていた方が良いよ。ちょっと目を離しただけで死んでるなんて、よくある話だ」


 十史の反応にローブのモノは少し愉しそうにそう言った。


「アンタなーー」


「僕は、君に忠告をしに来てあげたんだ。感謝こそされ文句を言われる筋合いはないな」


「……」


 何も言わず睨んで来る十史にローブのモノは肩を竦めた。


「随分と常盤少年が気に入った様だね」


「そんなんじゃない」


「ふーん。あぁ、彼ら『自殺させ屋』だから、彼らが原因で常盤少年が病気で死ぬ事はないよ。もし風邪とか引いてもちゃんと看病すれば死んだりしないからね」


「はぁ?」


「あと、回収屋だけど、この建物には僕が張ってる結界があるから、今まで通り君が招かない限り入って来られない」


「え、宅配便の格好で来られたらアウトじゃんか」


「呪縛は結界では消せないから自殺しない様に見張ってること」


「え、」


「外の方が呪縛が強く作用するからやたらめったら連れ出さないでね。回収屋が近くにいるだろうからバンバン死のうとするよ」


「は?」


「銭湯に行った時も行きで二回銭湯で一回帰りに三回死のうとしたから」


「それは初耳」


「あ、あと、昼間連続で『通路』を使った事は許してあげる。常盤少年に免じてね」


「おい、」


「はい。常盤少年の件はこれで以上。質問、反論等は許しません。最後に君に質問」


 ローブのモノは十史の声を全て無視し、更には彼が聞きたい事なども聞かずに無視して、会う時はいつも最後に尋ねる事をいつも通りに訊く。


「大家さんもだいぶ板に付いてきたけど、君の望みは?」


「……変わってると思ってんのか?」


 十史が不満げに言った瞬間、ローブのモノの真っ黒いローブがバサリと揺れた。空間が真っ黒い闇に包まれる。

 華奢な白い手が何も見えない世界で十史の首に当てがわれた。

 そして、低く冷たい声が十史の耳元で囁く。


「僕は、君を殺すすべを持ってる」


 十史がゴクリと喉を鳴らした。

 スッと首から手が離れる。


「ぁ……」


 離れていく白い手に縋る様に十史が前のめる。何か言おうと開かれた唇に、白く幼い人差し指がツッと当てられ、十史は口を噤む。


「シー……」


 何処か愉しそうに黒い世界が静かにしろと空気を洩す。

 次いで少年特有の高い声が、流れる様に空間を満たした。


「好きなだけ逆らえば良い。好きなだけ生意気を言えば良い。何もかも自由だ。それが君に与えられた権利であり義務だ。しかし、立場を忘れては駄目だ。そうだろ?君の望みを僕が訊いている。このまま訊き出しても構わないけど、後が辛いのは君が一番分かってるはずだ。ほら、頑張って。理性を総動員させて、僕のじゅつから逃れろ」


 次の瞬間、白い腕は弾かれ、黒が消え去る。小窓から玄関の明かりが漏れ込む部屋で、肩で息をする十史と、その目の前でローブを靡かせフードの奥でクスクスと笑うモノが「良く出来ました」と愉しそうに囁いた。

 十史が息を整えながらローブのモノを睨め付ける。


「そんな目で見ないでよ」


 フワフワと浮かびながら、同じ様にフワフワとした調子でローブのモノが嗤う。


「っ……ふざけるなよ……」


「ふざけてないよ」


「っ」


 ローブのモノの声音が変わった。十史は身構えるがローブのモノは何もせず同じ質問を繰り返した。


「さぁ、答えろ。君の、望みは?」


「っ……」


 逆らえないのも自由ではないのもこれが義務なのも分かっている。ここで答えなければ、どうなるのかも十史は身をもって知っている。この永遠とも思える時間を終わらせるには、自分が自分の望みを口にするだけだ。


「ーーーー」


 十史は望みを口にした。


 瞬間、空気が軽くなった。

 重くなっていた自覚もなかったのだが、確かに纏う空気が軽い。

 背の高い丸椅子に座ったまま、十史は深く深く息を吸い混み、大きく吐き出した。

 目の前にローブのモノはおらず、玄関からの明かりでぼんやりと自分の部屋が浮かび上がっているだけだ。


 カチリ


 時計の針が動いた。秒針がカチカチと規則正しく響いていく。

 十史は恐る恐るカウンターの上の時計に目をやった。時刻は午前零時五十六分。


「やっぱり……」


 損した気分だ。

 あんなに嫌な思いをしたというのに、大して時間が経っていないどころか、良くて数十秒だ。なんせようやっと長針が一つ進んだのだから。


「はぁ」


 十史は溜め息を吐く。

 十史が望みを口にした時、空気が、空間が戻る直前、ローブのモノが消える刹那、彼は小さく呟いた。「君は、変わらないね」と。何処か寂しそうな、悲しそうな声音で。

 その声を思い出し、申し訳ない様な、情けない様な、なんとも言えない想いに苛まれていると、扉がノックされ、郁弥が顔を覗かせた。


「とー兄?」


「どうした?」


 十史は居住まいを正し、夜中の訪問を訝しんだ。


「翔の様子が……」


「え?」


 十史はすぐに郁弥の部屋にしている隣の103号室に向かった。そこには、郁弥の布団の隣に翔用に布団をしていたのだが、そこで眠る翔の様子が確かにおかしい。


「ぅ……うぅ……っ……ぅ……」


「うなされてるから起そうと思ったんだけど起きなくて……」


 不安そうにそう言う郁弥の頭を撫でて、翔の枕元に膝をつく。額に手を当て更に手首で脈を測る。


「……熱がありそだな。救急箱持ってきて」


「分かった」


 世のお母さんの様に額に手を当てても十史には熱があるかどうかは分からない。脈が早く、発汗もある為、発熱だろうと考えた。


「持ってきた」


 管理人室にある救急箱を持って、郁弥が戻ってきた。


「ありがとう。かなり高そうだから、氷嚢と氷枕作ってきてくれるか?あと、ひびきに電話して、熱さまシート買って来る様に言ってくれ」


「分かった」


 郁弥がパタパタと台所に行く背に、


「響君には僕から連絡するよ」


 と、部屋から出てきた斎藤が声をかけ、携帯ですぐに連絡をし、用件を伝えながら廊下の電気をつける。


「あ、ありがとうございます、斎藤さん。すみません、起こしてしまいました?」


「いや、仕事してて、起きてたから気にしないで。汗拭く用にタオル持ってくるね。あ、吐きそうなら洗面器も持ってくるけど」


「ありがとうございます。起きないんでなんとも言えないんですけど、一応お願いします」


 斎藤は頷き洗面所へ、十史は翔の熱を測り、郁弥は氷枕と氷嚢を持って来た。


「翔の様子どう?」


「結構高いな」


 翔は三十九度近い高熱で、郁弥から氷枕を受け取り、翔の頭の下へ。


「大丈夫かな?」


「明日、医師せんせいに来てもらうから大丈夫だ」


「……うん」


 斎藤がタオルと新聞紙が入った洗面器を持ってきた。


「どうだい?」


「かなりありますね」


 斎藤から礼を言ってタオルを受け取り、翔の汗をサッと拭く。洗面器は枕元に置き、氷嚢を郁弥から受け取って、苦しそうに歪む額に乗せた。少しだけ表情が和らぐ。


「風邪かな?」


 斎藤が小声で訊く。


「んー、俺にはなんとも……。晩飯もちゃんと食べてましたし。まぁ、汗かいてるし、熱は上がり切ってると思うんで、このまま冷やして様子見ておきます。お騒がせしてすみません」


「いやいや。呼吸も少し落ち着いたみたいだし、大事にならなくて良かったよ」


 斎藤はそう言うと、不安そうに翔の様子を窺う郁弥に声をかけた。


「郁弥君は取り敢えず今日は別の部屋で寝た方が良いね。布団運ぶの手伝おうか?」


「え?」


「そうだな。もし風邪だったら感染るかもだし、取り敢えず今日は俺の部屋で寝な」


「えぇー、なら102号室開けてよ」


「我儘言うなよ。すみません斎藤さん、布団は自分で運ばせますんで、もう休んでください。色々ありがとうございます」


「そう?それじゃあ、おやすみ」


「おやすみなさい」


「おやすみなさい、斎藤さん。響君に連絡してくれてありがとう」


「どういたしまして」


 斎藤は微笑して自分の部屋に戻っていった。


「郁弥も布団運んで、もう寝ろ」


「でも……」


 翔の様子を窺い口籠る郁弥に、十史はフッと息を漏らすように笑う。


「俺が看てるから大丈夫だよ。それよりもお前が寝不足で具合悪くなったら翔が気にするだろ?」


「……わかった」


 郁弥は渋々といった様子で返事をすると、自分の布団を三つ折りし、隣の管理人室に持っていく。


「とー兄」


 布団を敷いた郁弥が入り口から顔を出した。


「どうした?」


 十史が振り返り入り口を見る。


「……翔のことよろしくね。おやすみ」


「あぁ。おやすみ」


 ホッとしとように笑みを零して、郁弥は顔を引っ込めた。

 銭湯から戻ってきたら、二人とも君付けから呼び捨てにするほど仲良くなっていて、今の様子は上辺だけじゃないなと十史は安心した。

 そこに、


「ただいまー。あれ?郁弥起きてるじゃん。じゃぁ風邪ひいたのって誰?」


 玄関先から小声で喋る声聞こえた。

 郁弥が管理人室に入る前に、どうやら光荘最後の帰宅者が玄関を潜ったようだ。


「お帰り、響君。熱さまシート必要なのは僕の友達」


「え?」


 郁弥からの意外な言葉に帰宅者が驚いてると、


「お帰り響。郁弥は早く寝ろー」


 十史が103号室から出てきた。


「はーい。おやすみ、響君」


 郁弥はひらりと手を振って管理人室に入っていった。


「あぁ、おやすみ。大家さん、ただいまっす。これ……」


 205号室の住人ーー都辻つつじひびきが熱さまシートの入ったビニール袋を差し出した。


「ありがとうな。レシートは?」


「袋の中っす」


 ガサリと袋を漁り、レシートを確認する。


「ちょっと待ってな?」


 十史はそう言うと、管理人室の小窓を開けてカウンターの隅に置いてあるがま口を取って小銭を抜き取る。


「はい。疲れてるとこ悪かったな」


 小銭を渡しながら労うと、響はニコニコしながら首を振った。


「これくらいどってことないですって。それより、大丈夫っすか?郁弥の友達」


 ニコニコ顔から眉をしゅんと下げて響が訊く。


「あぁ、今のところはな」


 十史は答えながら、がま口を戻し、小窓のカーテンを閉めて小窓を閉めた。


「なら良かった。にしても珍しいっすね、郁弥が友達とお泊まり会なんて。今まで友達が遊びにきた事もなかったのに」


 響の疑問に笑って誤魔化し、十史は話題を変える。


「明日は?」


 話題の転換を気にした風もなく響は伸びをしながら「休みっすー」と笑顔で答えた。


「了解。んじゃ、ゆっくり休んでくれ」


「うっす。おやすみなさい」


 響はそう言うと時折軋む階段を静かに登っていった。

 十史はその後ろ姿を見送り、廊下の電気を消し、翔のもとに戻った。

 翔の額から氷嚢を下ろして額をタオルで拭い、熱さまシートを貼る。ついでに首回りの汗も拭いてやり、氷嚢の方が冷たいだろうが、冷た過ぎて痛かったら嫌だしなぁ、なんて思いながら氷嚢片手に台所に向かった。

 氷嚢を片し、明日の朝、翔にカレーはキツいだろうと思いながら、冷蔵庫を覗く。卵の他に梅干しもあるし、好みは翔が起きたら訊くかな〜とのほほんと考えながら冷蔵庫を閉めた。

 インスタントコーヒーを入れて、103号室に戻る。翔が暑そうに身を捩っていた。


「足出させて良いのかな?」


 カップを床に置くと、十史はそっと足先まで覆っている布団を足首が出るくらいまで折り上げる。汗を拭ってやり、壁に背を預けて座りコーヒーを一口。ホッと息を吐き、ハッと吸い込んだ。


「玄関開けっ放しだ」


 十史は急ぎ玄関に向かい、静かに引き戸を閉めると鍵をかけ、玄関の灯りを落とした。

 闇が空間を包む。

 真っ暗なシンと静まり返った廊下の向こうから、台所の掛け時計の音が小さく響いてきた。その音に無意識に詰めていた息を吐き出す。

 脳裏にチラつく闇色のローブを頭を振って追い出した。

 気を取り直し、十史は103号室に戻ると、腰を下ろし、コーヒーを一口。今度こそはようやっと人心地ついたのだった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

かっぱ太郎です。


拙い文章なのに登場人物が増えてしまいました……

徐々にアパートの住人を出していきたいと思いますので、今後もお付き合い頂けたら幸いです。

よろしくお願いいたします!

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