夏の始まり
【夏の入口】
蒸し暑い夏の中、人々は歩みを止める事なく道を進んでいた。
期待とは裏腹に吹き付ける生暖かい風。それは外を歩く人々に少しの不快感を与えながら絶えることなく吹き付けるのだ。
世間は夏休み間近なので、少しはしゃぎ気味な学生が多い。午前授業が終わり、午後は部活に勤しむ者もいればショッピングモールに行く者もいる。
そんな中ただ1人、喫茶店やファストフード店にゲームセンターやカラオケボックスに入ることなく、とあるビルに入る女子高生がいた。
朱色を水で少し薄めた様な色をした髪をサイドテールで結ったその女子高生は、いかにも不良をしていますと言う見た目とは裏腹に、ビルの中にある図書館へと足を運んだ。
「こんにちは。予約をしていました、初月 立夏です。」
カウンターにいた案内係の女性にそう伝えると「あぁ、お待ちしておりました。」と言われ鍵を渡された。
「5時には閉館しますので、それまでに退室して下さい。」
そう言うと案内係の女性は再びカウンターの内側の椅子に座り書類をまとめ始めた。
初月 立夏と言う少女は夏休みの課題の1つである自由研究を進める為に図書館へ来たのだ。
この図書館には自習室があり、全て個室となっている。その為、事前に予約をしなくてはいけなかった。
立夏は参考書を3冊程鞄から取り出し、自由研究のまとめ用紙とシャープペンを持って暫く何も書かれていない真っ白な用紙とにらめっこをしていた。
正直、自由研究など何をテーマに進めるかなど立夏は何も考えていなかった。ただ、楽そうだからと思って選択したがすぐにテーマが浮かぶことはなかった。
結局時間だけが過ぎていき、最終的に何冊か参考になる本だけ借りて自習室をさるのだった。
自習室の予約をした意味がない.......。
そんな風に思いながらそれでも、課題のテーマはどうしようかと頭で考えを巡らせていると、図書館の出入口の右側にある暗い通路が目に付いた。
立夏はふと好奇心に駆られ、そちらの通路へ進んで行った。
閉館時間まであと30分。ちょっと行ってみるだけ.......。
特に立入禁止にもなっていないので普通に通れるらしい通路は、暫く歩くと行き止まりになってしまった。
仕方なく引き返すか.......そう思った時、暗いが微かに見える目の前の壁に絵が描かれているのが見えた。
目を凝らしてもちゃんと絵が見える訳もなく、手持ちのスマートフォンのライトを着けて壁を照らしてみた。
「.......これ、風景画?壁に直接彫って絵にしたんだ.......凄い。」
立夏は壁に描かれてる絵に触れてみた。
木々が描かれていて、見たこともないような果実や植物が壁一面に描かれていた。
絵のことに詳しい訳では無い。寧ろ絵心などない立夏だが、この絵には何か心を引き寄せられるような何かがあるような気がした。
立夏はこの場所がとても居心地が良くて、ずっとここにいたいと思い始めた。
ふと、絵に触れていた手を見てみると何故か絵の中に入っているのだ。いや、吸い込まれていると表現した方が正しいだろう。
あまりの出来事に驚いた立夏だが、全て遅かった。
立夏の身体は絵の中に完全に吸い込まれてしまったのだ。
夏が連れてきた不思議な出来事が、初月 立夏という少女を巻き込んで幕を開けるのだ。