第三話 バケーションの始まりは、新たなる人生の始まり
第三話 バケーションの始まりは、新たなる人生の始まり
(・・・お帰りなさい・・・)
(誰か・・・いる・・・のか・・・?)
「・・・!」
次に目覚めたのはログハウスのベットの上だった。
誰かいる気配はない。
誰かに声を掛けられた気がするんだが、あれは夢だったか・・・。
起きようとすると何故か頭が引っ張られ枕に戻される。
もう一度やってみるも同じだった。どういうことかと考えると同じことが事があったことを思い出す。
たしか髪が長いと背中に挟まれて頭だけ先に起こそうとするとこうなるんだったか。
以前仕事で姿をシェアして女性の影武者をしたことを思い出していた。
ん・・・?おいおい、まさか・・・と思って自分の手を見ると小さい。
おいおい、じじぃ・・・。やりやがったのか?と横に転がるように起き上がり全裸の体を見る。
「―――――!」
あるはずのものがない。そして微妙ではあるが、ないものがある。
つまりそう性別をかえられた。
とりあえず、裸でログハウスを歩き回り鏡を探し覗いてみる。
かなり若返させられていると考えていいようだ。だが基本は "形成因子" は俺のものらしい。このウェーブのかかった天然パーマもそうだが、
何より大きな傷がそのまま残っている。それも一か所ではない。腕から胸につながる切り傷のあとに、右額の傷。
匣の力には、生命力の向上と最適化能力があるので傷なんて古くても綺麗にきえるのだが魂まで響いた傷だけは残る。
それがきっちりこの体には残ってる。おそらくは形成因子に深く根付いていて簡単に消せなかったんだろう。
はぁ・・・起きてしまった事は嘆いても仕方ない。この体でどうにかしよう。別に体が変わるのなんて仕事ではあったしな。
それに若いの女の体みて喜んだり恥ずかしがったりする歳でもない。生前は彼女がいた事もあったし、それなりに若いときは色々遊んだ。
体が小さい分、色々と不都合はあるだろうがそれに合わせて動きを変化させればいいだけで、あとは慣れてしまえばどうということはない。
とりあえずログハウスの部屋を見て回りながら服を探す。男であろうが女であろうが裸族ではないのでいつまでも裸ってのはなどうもいただけない。
クローゼットにいくつか服がかかっていたので動きやすそうなのワンピースを着る。他にもあったが今はよしとしておく。
そして部屋を歩き回ってる間に気になった木製のデスクに置かれてるメガネと指輪と封筒を確認する。
指輪は、よく見るとデザインされたアルファベットで、グリモワール7とレゲメトンの文字が彫られている。
左人差し指にぴったりはまりそうだったので不用心ではあるがつけることにした。
メガネは、アンダーフレームでどこか試作品のARメガネを彷彿させる。試しにそのまま掛けてみると視界に
"所有者確認"
"グリモワール7正常起動確認"
そうメガネのレンズに出て消えた。指輪はどうやら彫られている文字通りの使い方ができると考えていいだろうか?
そして机の上の封筒を開き確認すると綺麗な手書きの字で日本語が書かれていた。
ようこそ。コーカダースの世界に。私は君がこの世界に来た時に困らぬようにと世話を任された者だ。
残念ながら君が起きる頃には私はいないだろう。割と忙しくてね。
さて、君はもう既に指輪とメガネを手に取ったであろうか?とっていないなら是非身に着けてくれたまえ。
かつて君が身に着けていた物とは別物となってしまっているがきっと気に入るはずだ。指輪には翻訳機能もあるので損はないだろう。
このノートが置かれていた机の引き出しに、この世界で暮らしていくのに必要な身分証とポシェットも入れておいた。それも確認してほしい。
悪いが君の名前はこちらで勝手に決めさせてもらった。あちらの世界の名前だと目立ちすぎるし何より性別も変わってしまっているようだからね。
君はエージェントだったと聞いている。偽名くらい問題ないだろう?
ポシェットのほうは、指輪とメガネにリンクしている、四次元ポシェットだ。ポケットではないぞ、ポシェットだ。
どうしてもポケットと呼びたいのなら前をかえて超時空ポケットにしてくれ。これは大人の事情だ。
どちらもロボットつながりだとかはうっかりでも思わないように。使い方は指輪とメガネでセットとして使えば君ならすぐ理解できるはずだ。
ちなみにポシェットの中身は私は用意してない事を先に報告しておこう。
私の計算が間違ってなければ君が起きてから4日後にこのログハウスは消える。このログハウスはある意味で異空間でもあるからね。維持が大変なんだ。
だから4日で色々準備してほしい。必要そうな知識は本棚の本から得てくれ。食料も多少はある。必要であればここにある道具は持ち出してもらって構わない。時間内に外に持ち出したままにすれば消失はしないようになっている。逆に持ち出さないとどんな物も消失するから気を付けてくれ。
そうそう、君の体と同じくしてあるものが一緒に来ていた。隣の部屋に置いてあるから確認してくれ。
おそらく君にとって、とても関係があるものなのだろう。
それではこの辺で失礼する。
よいバケーションを。
ふむ。どうやら色々と気を使ってもらえてるようで有り難い話である。内容からするとどうやら向こうの世界の事をよく知っているようだが・・・。
とりあえず机の引き出しを開けると身分証明書と思われる物が入っている。
なぜだろう?はっきり分からないが何となく古い物の様に思える。ただ見たことのない材質なのでもしかするとそういう物なのかもしれない。
材質はガラス?いや透明度が低い代わりに、光を当てると中で有色の煌めがあり、ガラスよりも硬度は高いように思える。
どちらかといえばオパールに近い感じのする材質で出来たカードに文字が彫りこまれている。これが普通に出回っているのならばかなりの技術を持つ世界だろう。
そんな事を感じながら彫られた文字をよく見るとメガネに翻訳された日本語が表示される。メガネの自動翻訳が起動したようだ。
"名前:プロテノア・スパングル"
スパングル・・・確か日本語でクロアゲハか。
プロテノアってのは、呼びにくそうだが愛称でノアにでもすれば何とかなりそうだな。
ノアか。なんだろう、この懐かしい感じがするのは?
そんな名前の古い友人でもいたのだろうか?いや、全く記憶にない。
うーん、まぁいいか。よし、今日から俺・・・いや、私か?
はて、この世界で使う言語はどうなんだろうな?
日本語みたく一人称が沢山あり立場や性別によって変わる形式なのか、英語のように種類が少ない言語なのか?
かなり少ない方ならば "俺" でも "私" でもどちらを翻訳されても同じ単語にしかならないから問題ないが。
ふむ、わからんし変に悪目立ちもしたくないから容姿に合わせて念の為に "私" として今から意識しておこう。
そして、これが問題にされたポシェット。別に名前なんてどうでもいいけどな。ただ単に担当者はそういうのが好きなのだろう。
入れ物部分はポシェットというよりは、どちらかというとトレーディングカードゲーム等の束を入れておくようなケースに近い。
ベルトは調整すれば肩にかけたり、太もも等に隠し持つことができそうなオプションパーツもついている。
説明すればするほどポシェットとは程遠い形状だが大丈夫だろうか?
送り主がポシェットといっているので、まぁこの際それでいいだろう。
ぺろっと蓋をあけると一見、空っぽにみえるがメガネにゲームのようなアイテムのアイコンが映し出されている。
指でさすと名前がポップアップされた。入ってるものは装備品ではあるが・・・。
なるほどノートを書いた人物がとりあえず犯行を先に否定したくなるような物ばかりだった。
・いつかつかうであろうヒラヒラメイド服 (破壊不可・破棄不可・紛失不可)
・仕事で多分つかうよ?セクシーネグリジェ(破壊不可・破棄不可・紛失不可)
・やっぱバケーションは海でしょ?セクシー水着(破壊不可・破棄不可・紛失不可)
・紳士殺しの悩殺スク水(破壊不可・破棄不可・紛失不可)
・こんなこともあろうかと女王様ボディスーツ(破壊不可・破棄不可・紛失不可)
・・・ぉぅぉぅぉぅぉぅ・・・馬鹿なのか? (なんとなく犯人が限定的に絞られるのだが・・・。あのじじぃはただのエロじじぃなのか!?)
しかも、なんだこの(破壊不可・破棄不可・紛失不可)って。まぁつまりそうなんだろうけど。
とりあえず本当に入れられてるのか試しに指でメイド服のアイコンを押すと本当に出てきた。
サイズもそれっぽい。多分本当に壊れないんだろうな。ある意味で最強の防具なきもするがどうであろうか。
とりあえず溜息をつきながら丸めてポシェットに入れてみると口のサイズを無視して入った。こいつらはポシェットの奥底に封印しておこう。
さて次に気になるのは隣の部屋の何かだな。
そう思い隣の部屋を覗くと畳の部屋になっていて見覚えのある刀が一振り、刀掛けに掛けられている。
「―――――!」
これは驚いた。そして懐かしい。かつて俺・・・ああ、私だな。私が匣の試練で平安時代に飛ばされた時に共に旅した一振りだ。
旅の最期に光となって消えてしまったが、自分の体の中に入っていたのだろうか?
ゆっくり近づき打ち刀の拵えになっているかつての相棒を手に取ってみる。
ああ、間違いないこの感覚 "光切兼忠" だ。あの頃は魔術だの魔法具だのさっぱりわからずに振っていたが、今なら分かる。
これはある種の "ヒヒイロカネ" とか "オリハルコン" とか呼ばれる神代の金属が混じった、"刃物で切る" という概念が込められている一振りだと。
しかし、また私の手に戻ってくるとはなんと嬉しいことか。なんだか出だしから散々な気もしたがこれなら異世界の旅も面白いかもしれないとそんな希望が持てる。
よし、まず今日は情報収集に努めよう。この先方針を決めるにもこの世界をある程度理解しなければ話は進まないであろう。
というわけで、本棚にある本をいくつか読み漁る事にする。
・コーカダースの歩き方
・世界魔物図鑑
・世界植物図鑑
・初級錬金術
・コーカダース地図決定版
・魔術とスキルとその理論
・神々の黄昏と世界の宗教
・世界の一般マナーと違い
・愛らしく見える淑女の礼作法
などなど様々な本が本棚には並んでいる。
いくつかタイトルを絞って流し読みをしていく。"持ち去ってもいい" という事なので使えそうな本はポシェットに入れて持ち去るつもりでもいる。
とりあえずの知識を入れるだけ入れて3日間の予定を決める事としよう。そして明々後日の朝にここを出る。
ベッドに据え付けられている時計にこの部屋の存在期限がカウントされているので計算ミスで慌てることはないだろう。
とりあえず、今日は本を読むだけ読んで一日を過ごす。
・・・そうして3日後。
気が付けば旅の準備期間の3日間はすぐに終わった。結局、詰めておきたい基本情報が多すぎて殆どの時間を本を読書に費やしてしまった。
後はぶっつけ本番で学ぶしかない。服装もなんとかクローゼットに入っていたまともな物にする。
どちらかというとカワイイ系が多かったが、まあそれでも今の姿なら丁度いいだろう。とはいえさすがにポシェットに入ってるのは却下だ。
それに本を見る限り美的感覚は日本や欧米諸国と変わらないようだ。この容姿を上手く使って世間を渡る方法も取れるだろう。
せっかくのバケーションだ魔物がいる世界とはいえ切った張ったばかりのの殺伐な日々に必要以上に身を落とす必要はないだろう。
使えるものは造られた物とはいえ容姿でも使ってやるのが私の流儀である。
それに今まで長いこと助ける側だったから助けられる側を演じるのもいいだろう。なんだか楽しくなってきた気がするぞ。
最後に額の傷が隠れるように髪型を決めて、姿を確認してからログハウスを意気揚々と後にした。