第一話 とあるエージェントの終わりと始まり
第一話 とあるエージェントの終わりと始まり
「よっ、久しぶりだな」
「・・・・」
「やれやれ、相変わらず無口だな。せっかくのメガネ美人が台無しだぜ?」
ドラマで見るような薄暗い取調室に入ると俺の顔をにらみつけるような眼で存在を確認する女。
だが、どの問いかけにも女は無言で返される。
「・・・」
「日本政府とこちらの結社 "ニュクスの灯" は良好な関係を保っているんだ。ビジネスライクでも普通は愛想くらい振り撒くモノだろう?」
「・・・関係ないわ。無駄話をしている暇はないの。報告をお願い」
そういうと女は視線を机に置いている空白の多い書類に戻す。
「はいはい。じゃ、お仕事始めましょうかね。さて、どこから報告したものか・・・ああ、恐らくあの電話が全ての始まりだろう」
そう言うと俺はゆっくりと記憶を呼び覚まし、全ての回想を言葉にする。
あの時は・・・そう平成が終わり令和の時代が始まると世間が騒いでいた、春眠が暁を覚えないお昼過ぎ。
俺はある事件の解決と弟子の育成の為に故郷でもある街に事務所を構え長期滞在をしていた。
するとデスクの上に置かれた携帯電話が振動し、画面にはCALLという大きな文字の上に「極東支部局長 ヤスベ ハルアキ」と表示している。
ふぅ、と一息ついて俺は出たくもない電話を矮小な覚悟を決めて出る。
「やぁ、お疲れ様。忙し中悪いね。調子はどうかな?」
電話を取ると同時にテンション高めの軽い口調が寝ぼけた頭に響く。
「・・・お疲れ様です。ええ、調子はぼちぼちですね。」
目上の人間ではあるが気にせず少し気だるげにいつもの質問にいつもの答えで返す。
「いやぁー、今日連絡したのはちょっとしたお願い事があってね。」
次に聞いたのは局長のお決まりのセリフ。面倒事を押し付けるときの必殺技 "ちょっとしたお願い" である。
「"お願い"ですか?」
「急ではあるんだけれどもどうしても匣の力が使えるエージェントが必要な案件が発生してね。ただ、困ったことに今すぐ動けて近くにいるのが "渡辺 謙二" 君、君しかいなかったんだ」
相変わらず回りくどい言い方をする男である。
「はぁ、まぁ仕事なので、そう言われると断れませんが・・・」
事実これが自分の仕事であり、日本で一番偉い局長からの依頼なのでそう易々とは断れない。
だが、ここであえて "喜んで受けます" なんて返答をすれば今後、どんな "ちょっとしたお願いを言われるか分からない。"
そうなれば命や体がいくらあっても足りなくなるので、あえてやる気のない言い方で答えるのがこの世界を生き延びる知恵ってやつである。
「いやいや、そう言ってもらえると助かるよ。こちらも君が担当している "御幸町のブラックドッグの怪" が中々に大変なのはわかってはいるんだけれどもね」
こっちのやる気のない返答を完全に無視してマイペースな答えが返ってくる。
さすがというか相変わらずというか、まぁそれぐらいでないと偏屈者の集団をまとめる長などやっていられないのであろう。
「で、どんな案件なんです?」
「うん、Aクラス案件でおなじみの "古代巨兵" の無力化だ。」
突然声のトーンが下がり先ほどのおちゃらけた雰囲気が消える。
「・・・そうですか」
S級エージェントを指定してる時点で予想は出来ていたが、あえて少し間を置いて重めに答える。
「すまないがよろしく頼む。日本政府および、自衛隊への協力要請は既に済んでいる。細かい情報はいつも通りに送っているので君の端末に登録されている電子生命体を通して確認してくれ」
「了解」
「作戦開始時間は、明日の01:00だから大至急でよろしく!それでは、作戦の成功を祈っているよ」
そう最後に最初のテンションに戻った声で一方的に電話を切られてしまった。
俺は一息ついて椅子にだらしなく座ると携帯をデスクに置き、長い瞬きをして最初にすべきことを決める。
「"グリモワール7" 起動」
俺は、先ほどまで会話をしていた携帯電話を机に置いてからにそう声を掛ける。
すると携帯機の画面が一転してかわり、スマートフォン型の魔術兵装 "グリモワール7" 、通称"グリフォン" へとモードチェンジする。
「認証しました。お疲れ様です、マスター・ケンジ」
そうスマホが答えると同時に、画面が変わり人型ロボットの顔面が映し出される。
こいつは "フルカス・レポリナ" 現代のAIなんかをはるかに超えた電子生命体とでもいった存在だ。
かつて地球に存在した超古代文明とか神代とかと言われる時代に作られた "神域の法具" らしい。
大元の母体は結社のメインコンピュータにいるが、彼女が生み出した子体が結社 "ニュクスの灯" のエージェント端末にサポートして存在している。
実体はなく電脳にいるので超高性能AIのようではあるが、一部の生命対象とした "匣の能力" に引っかかるので生命体という枠組みになっている。
「・・・ ・・・ 確認しました。先ほど極東支部から届きましたデータの件でよろしいでしょうか?」
さすが古代文明のAI。何も言わずに今の状況からこちらのオーダーを的確に当てて確認してくる。
「ああ、ARグラスの方で確認する。そっちに映像を飛ばしてくれ」
「かしこまりました」
そういうと "拡張現実" を可能にするウェアラブルデバイス、ARメガネをかける。
子供頃に見たSF映画の世界が目の前にあるというのはオッサンには堪らなくつい無駄に使いまくってしまう。
"男の子" というのは大概そういう物が大好きなのだ。"男の子" ではなくただのおっさんだって?
まぁ確かにそうだが、匣の力のせいで肉体的な老化は激しく緩やかになり見た目は12年前と変わっていないし、そもそも"匣の試練"で過去に飛ばされ一年以上ほど "平安時代" で暮らしていた。
なのに戻ってきてみれば飛ばされた日から1日しか経っていないとかで、自分でも年齢をどう数えていいかいまだによくわからない。
生きている歴でいえば39年といったところか。
そんなこんなで一通り資料を読み通すと、ディサイプル(弟子)随伴も許可されていたので勉強とサポートをさせる為に彼女を連れていくことを決める。
書類を一通り終わらせると、グリモワール7にインストールされているアプリ "レメゲトン" を起動する。
そうこの "レメゲトン" こそがこのスマートフォンを"グリモワール(魔導書)"と呼ばれる魔術兵装とまで昇格させた至高の発明品である。
コイツは魔術を演算させ発動させるだけではなく、編集からデバッグまでしてくれるというトンデモガジェットである。
そしてこの兵装は、あることを証明した。それは魔術とは科学で制御できる物だと。もっともウチの技術部は相当昔からそう考えていたようだが。
そんなこんなで、レメゲトンで今日つかう魔術を確認し調整し終わる頃には15時を過ぎていた。
そろそろ美衣菜が帰ってくるころか。
その予想通りに事務所兼自宅のドアが開く。
「ミーナ、ただいま帰りました」
「ああ、おかえり」
彼女は、"市橋 美衣菜"。現在、小学5年生の住み込みのディサイプル(弟子)だ。なんでこんな年端もない子が弟子かって?
最大の理由は彼女が "神域の法具" に認められてしまった事と両親が亡くなってしまった事に関係がある。
俺は弟子を過去に2人既に卒業させているが彼女はその中でも最年少だ。
出会った頃は色々あってどうしたものかと思っていたが、今では、明るく素直でいい子に育ってくれている。
見た目も一般的に見てもかわいい方だろう。
ん?いや、俺は別にロリコンとかそういうのじゃないからな。俺も40間近だし生き方が違えばこのくらいの子供がいたっておかしくはない。
それに、ロリコンっていうのは、こいつが持ってる "神域の法具" をつくった奴のことをいうんだぞ。
何せ年端もいかぬ少女を変身させて莫大な力を与えるのだからな。いわゆる魔法少女って奴を量産しようとした変態だ。
「あ、あの・・・マスター!」
「うん?どうした?」
いつになく美衣菜が気合をいれて話しかけてくる。どこか恥ずかしそうにも見えなくもない。
「こ、これを!来月、授業参観があるんです。良ければマスターに来てもらえないかな・・・と」
そういいながらプリントを渡してくる。授業参観の案内状だ。
「わかった。未来の事は保証できないが、できる限りの予定を開けておこう」
そういうと、美衣菜はヤッターとすごく嬉しそうにしている。
やれやれ、そんな事で喜ぶとはな。しかし彼女が嬉しそうにしているのは和むな。
だがその反面これから伝えることを考えると心が痛む。こんな純粋な少女を戦場に連れていくというのだから。
だが彼女がこれから生きていくには沢山の事を知り、戦う術を身につけなければいけないのも事実なのだ。
少しやるせない気持ちを抱えながら目をそらすと4人の笑顔が写った写真立てが目に入る。
何を思ったのか先月の俺の誕生日に弟子共3人が集まって祝ってくれた時の写真だ。
俺と美衣菜に卒業した二人。
「なぁ美衣菜、いつか兄妹弟子みんなでお前の体育祭とか文化祭に行けたら楽しそうだな」
そうポツリとつぶやくと、美衣菜が目を大きくしてびっくりしている。まぁそりゃそうか、そんなこという柄ではないしな。
「はい!いつか絶対きて欲しいです!」
そう答える彼女はすごく嬉しそうだった。
「だが、その為には仕事をして生き延びなきゃならん」
唐突に厳しい現実を突きつける。
「はい。メール見ました。美衣菜はいつでも行けます!」
そういうと変身しだした。やる気があるのはいいことだがここで変身してもしかたないだろう。
同日 23:00 自衛隊東富士演習場
あれから俺達は、時間まで準備を進め用意された車に乗り御殿場にある自衛隊演習場のプレハブ小屋で待機していた。
「お久しぶりです。先生」
そう声をかけてきたのは眼鏡が良く似合う黒髪の女性だった。
「そうか? 先月、俺の誕生会であったばかりだと思ったが」
「あら、もう1ヵ月近くも前のことですよ?私がまだ先生のディサイプルだった時は、毎日顔会わせていたというのに・・・悲しいです」
どこまで本気なのか分からない返答をするのは俺の一番最初のディサイプル、一番弟子の "高山 紗彩" だ。
「ふむ・・・」
「あ、本気で言ってないと思ってますね? 構いませんよ。先生の匣の力 "共有" で心や記憶を共有してもらっても」
「そんな事でわざわざ匣の力なんぞつかうかよ。確かにアレは何の制限もないけどな」
そう俺の匣の力は "共有" だ。生きてる物の何かなら、何でも共有できてしまう。記憶でも姿かたちでも特殊能力でも制限はほぼない。
理屈や理論を飛び越えて制限がないというトンデモ能力だが、"匣の力" シリーズは "完全覚醒" さえすればみんなそうだ。
「残念です」
本気で残念そうにしている。やれやれ、そんなんだから怖くて確認などできるわけない。
「で、ここにいるってことは、今日のナビゲーターは紗彩か?」
「はい、全力で先生とミーナちゃんをサポートさせていただきます」
「なんだ、せっかくだから一緒に前にでればいいのに。紗彩なら本気だせば古代巨兵くらいいけるだろ?」
「冗談じゃないです。今回のは、D-1型ですよ。機動性能は大したことはありませんが、最高クラスの防御力に超火力です。あんなもの匣の力以外で倒せる可能性があるエージェントなんて片手で数えるくらいしか知りませんよ」
「そりゃ、外から真面目に壊そうとするからだろ?ちょっとひねって中から壊すか、手順を踏んで順番に分解すればどうにかなるだろ?」
「そう簡単にいくなら、先生をわざわざ呼ぶ必要はないですけどね。それにアレはすぐ自爆して地図をかえますからね」
そう、あいつらの一番厄介な点は強さよりも、勝てなくなるとすぐ自爆して地形を変えてしまう事だ。
「ま、今回は火力ごり押しでいくけどな」
「あら、珍しいですね?ああ、なるほどミーナちゃんに見せるんですね。時には "剛よく柔を断つ" ってやつを」
「ああ、お前にも教えた通り俺は最初にいわゆる "柔" の戦い方を教えるからな。それもそろそろ終わりで今度は "剛" の戦い方も時には必要で今までとは真逆の戦い方がある事を覚えていかなければいけない」
そう言いながら椅子を並べてすやすやと寝ている美衣菜の頭をなでると、優しい笑顔で紗彩が美衣菜を見つめる。
「そうですね。だけど、はぁ・・・こんな幼い可愛い子が戦いにかりだされなきゃいけない現実って、切ないですよね」
「そうだな。だが世の中、悪党って奴らは多いからな。アニメや漫画の魔法少女みたく敵が一つならいいが、現実じゃそれ以外の欲にまみれた人間達が狙っている。そもそもにしてお前も同じだからな、俺の元に来たときは中学生だったろ?」
「あはは、そうでしたね。懐かしい話です。私、本当に先生には感謝してるんですよ。何も知らなく、ただ恐怖に怯えてワガママばかり言っていた小娘に根を上げずに親でもないのに育ててくれたのを」
「仕事だったし、放っても置けなかったからな。まぁ恩を感じるならその恩はお前が今後救わなきゃいけなくなったソイツに返せ。それでいい」
「はい。ああ、そろそろ時間ですね」
「美衣菜、起きろ。そろそろ支度していくぞ」
「んーーー・・・・」
むくっと起きた美衣菜は寝起きでぼんやりしている頭を掻きながら、周りを確認すると紗彩おねーちゃんと声をあげながら抱き着くのだった。
自衛隊東富士演習場内 作戦開始10分前。
俺たちは演習場内の深夜の原っぱのど真ん中にいた。
美衣菜はピンクと白の服の変身姿にAR機能がついた透明なバイザー。
俺は製造方法からしたら真っ当な打ち刀とはいえないが、それと認識できる一振りの刀を左の腰に差し、
これまた真っ当ではない材料でつくられた、ごついバレルのリボルバー式の拳銃を右の腰に携えている。
そして 全身は "ニュクスの灯" 正式採用の戦闘用ボディスーツ。頭にはAR付き軽量型ヘッドギア装備している。
ヘッドギアのを通して映し出される作戦状況。視界の左上には結界起動完了の文字。
既に別チームによる魔術結界は貼られ、ここ一体は外からでは視認できなくなっている。
例え遥か宇宙にある最新鋭の人工衛星ですらここの映像を撮ることはできない。
右上にはこちらへの古代巨兵の転送予定時間までがカウントされていてヘッドギアから管制室にいる紗彩の声が5分前、3分前と聞こえてくる。
俺は3分前のコールを聴くと匣の力を開放する。一部の情報を美衣菜と紗彩に共有し、さらに美衣菜の持つ莫大な魔素も共有する。
そうして魔術を起動のさせるのに必要な音声をレゲメトンに入力する。
「フライト」
すると、魔術が起動して俺の体が宙に浮く。
借り物の魔素を魔力に変換させ飛翔魔術をレゲメトンで再現し自在に飛ぶ。それが俺の魔術の使い方である。
悲し事に一般人以下の魔素しか持たない俺は、匣の力で誰かと共有しなければレメゲトンを使ってもちょっとした火を発生させるくらいしかできない。
有り難いことに魔法少女に選ばれる子供達の持つ魔素量は規格外だ。俺が使えるくらいの量を共有して消費したところで何の問題もない。
上空10mあたりで右の腰に携えたリボルバーを抜き、視界に映し出されている250m先の古代巨兵転送予定地点に銃口を向け演算された魔力をリボルバーに流す。
するとバレルにある細い溝が青白く発光現象を引き起こす。
「今回はあえて力押しで目標を破壊する。正しく現代の科学と魔術を理解し併用すれば "古代の神具" に匹敵するほどの強力な術が使える事を覚えるんだ」
「はい。マスター」
その素直な良い返事を聞くと、俺は青白い光の魔法陣を銃口から着弾地点にむけて7枚展開させる。
その魔法陣有様は、さながらで魔術で延長した銃のバレルといったところだろうか。。
この大技は膨大な魔力を必要とする純粋な魔術や、古代兵器の魔弾、魔銃の類を少しの魔力で再現させようとした魔術と科学の合体技だ。
基礎理論はそう難しくない。打ち出された特殊な銃弾を魔術で超加速するようにしておく。
特殊相対性理論が示す通りに加速する弾丸の質量は増大して行くと、いずれ弾丸は質量が増大した為にエネルギー不足で遅くなる。
だが、それを魔術の超加速は無視させる。
弾丸は常に超加速して質量はいずれ光を放ち高質量のビームとなって目標に衝突し破壊エネルギーへと変わる。
と、まぁこれは大雑把な理論上の話なので実際その通りに行かない事もあり、やり方は少々違ったりもする。
どちらにしてもその現象を起こすために銃弾の通り道を真空にしたり、衝撃やら何やらを漏らさないように色々な術を展開しなくてはいけないので非常に難しい。
その人間には非常に難しい所をカバーするのが至高なる現代のデジタル魔術書レメゲトンである。
だが、いくらデジタル魔術書レメゲトンが高速演算するといっても大技になれば時間がそこそこにかかる。
この術も同じで時間という制限上、万能さはあまりないが準備ができた状態からの遠距離強襲をする分には中々の効果を発揮する。
そうこうしているうちに視界に映り続けるタイマーが一分を切り、全ての術式がオールクリアと表示される。
あとは最期に術を名前を音声入力し引き金を引くだけですべてが発動する。
カウントダウンを聞きながら宙に浮いている美衣菜を見ると、目が合いお互いに頷く。
「3、2、1、0」
0を聞くと同時に目標地点が光り輝く。俺は古代巨兵を目視で確認すると音声入力として魔術の名を唱える。
「人智の魔弾!」
唱えると同時に引き金を引く。
瞬く間に術式は開放され弾丸が飛ぶ、一瞬で弾丸は一筋のまばゆい煌めきにかわり古代巨兵に命中する。
激しい衝撃音とは対称的にダメージはさほど入ってはいないようだ。ただし目標は完全にバランスを失い倒れそうになっている。
「古の神の杖よ、我が祈りを聞きその力を開放し給へ。我は願う、彼の者の大地の呪縛からの開放を! レヴィテーション!!!」
俺は美衣菜の魔術により宙に浮き上がる古代巨兵の足元に急接近し、古代巨兵の最大破壊兵装を共有する。
「自分の自身の力で跡形もなく消えろ」
その言葉を放つと同時に巨大な光の柱を漆黒の空に向けて放つ。
「------!!」
声なのか音なのか理解不明な振動を古代巨兵が出すと同じ光を放ち返す。
同等の力が激しくぶつかり合い、その衝撃で無防備に飛んでいた美衣菜はどこかに吹き飛ばされたようだ。
僅かに聞こえた「きゃぁ」という可愛らしい叫びが遠くへと行く。
結界内が昼間よりも遥かにまばゆい光で満たされ、最後にはただ真っ白いだけの世界に変わる。
今は俺と古代巨兵だけでひたすら力の押し合いをしているだけだが全く問題ない。このまま古代巨兵のエネルギーを使い切らすのが今回の作戦だからだ。
エネルギーがあるうちに奴を壊そうとすると自爆する。だから先ずはそのエネルギーを空っぽにさせる。
そして、このエネルギーの押し合いになれば途中でどちらも引き返せない。引き返せばそれに直撃して消え去るだけだからだ。
だが俺が共有でこの力を使っている限り、こちらが先にエネルギー切れを起こすことはない。
何故ならエネルギー源も古代巨兵から引っ張っているからだ。
つまり負けると言うことはないはずだった。当初の予定では。
「・・・?」
少ししてこの時初めて異変に気が付いた。俺も奴もじりじりと体が消失し始めてるのだ。
これはどういうことか?
その理由を探っているうちに原因は古代巨兵にあると判明した。
結論から言うと、この古代巨兵は完全に復活しきれていなかったのだ。
今使っている奴の兵装は古代巨兵の最大最強のエネルギ―砲であり、その分反動も大きい。
もちろんコイツを作った奴も馬鹿じゃないからそこら辺はしっかり設計してあり、そんな事では消滅しないように出来ているハズだった。
だが数千年の眠りのせいか、過去の戦いでぶっ壊れてしまったのかは知らないが、現在はその攻撃の反動に耐えられるほど強度が足りていない状態だ。
そしてその兵装と共に強度も "共有" した俺も同じである。つまり、お互い引くことができ無いのに引かなければ体が勝手に崩壊していくのだ。
俺は生き延びるために、今より強度がありそうな生命体か、その生命体の術がないか、探すが見つからない。
美衣菜の術自体の発生源は "美衣菜" ではなく "杖" なので共有して使うことができない。
レメゲトンの魔術で先ほどから体の強度を上げているがいうほど効果がない。
紗彩のリアンシエント因子を使って神兵の力を引き出し、強度と共に再生能力を上げるがそれでも間に合わない。
体が消えるのが先かエネルギーが尽きるのが先か・・・。
嗚呼、どうにもこれはダメっぽい。まぁせめても救いはコイツだけは確実に殺せるところだろうか。
そう考えると俺は今、"死" そのものを共有させた。これで、俺が死ねば向こう死ぬし、向こうが死ななければ俺も死なないという究極の最終手段だ。
しかし、最悪でも相打ちという破格な能力を今日この時に使うとは思ってなかったな。いつかは使うと思ってはいたが。
・・・全てなくなるまでには時間がありそうだ。せめて遺言くらいは残そうか。
(あー。美衣菜、紗彩。スマンしくじったわ。)
共有の力を使って言いたい事と自分の現状を美衣菜と紗彩の思考に飛ばす。
その頃にはすっかり皮膚なんかはほとんど消失している。
(マスター!?)
(先生!)
(わりぃ、紗彩あとは頼むな。お前はもう十分マスターになれる。大変かもしれんが俺ができたんだ心配すんな。あと美衣菜のこと頼むな)
(ちょっと待ってください。何言ってるんですか!? 対生命体最強と謳われる先生がこんな事で負けるなんて変な事いわないでください)
(戦いなんぞ、油断と不運で最強であろうがなかろうが負けるときは負ける。それに丁度いいんじゃないか?お前もちゃんと俺から卒業するにはさ)
(なにが丁度いいのですか・・・!私はまだ先生から学ぶことが沢山あるんです!)
(あと美衣菜、お前にはまだまだ教えなきゃいけないこともあったが後は紗彩や隆に教われ。二人とも、俺が育てたとは思えないほどよくできた弟子だ)
(そ・・・んな、マスターァーーー!)
いろいろ崩壊してなんか音も聞こえなくなってきたな。視界はさっきから真っ白だしよくわからん。
(嗚呼・・・美衣菜ごめんな。授業参観いけなくなっちまった。あと運動会とかもさ・・・。二人とも・・・元気で・・な・・・)
これがこの時、生きてた時の最後の記憶だ。