日本人は眠らない
日本人はエコノミックゾンビのチートを手に入れたんだ。
とは、どこの誰が最初に言い出したのか。
日本人にのみ不思議な病気が流行りだした。
眠らなくても活動し続けられる病気だ。
最初は日本の首都東京で発症したらしい。
過労で倒れる寸前の人が、気絶するように10分程度寝ると、今までの疲労が嘘のように消えたのだ。
それからは眠らなくても頭が疲れなくなった。
体の疲労は今まで通りあるが、ちょっと体を休めると短時間で全快する。眠る必要はなかった。
『これでパソコン仕事ぐらいならずっと続けられるw
うちの会社長時間労働でブラックだけど残業代はちゃんと出るから勝つるw』
『寝なくていいなら働け言われたブラック藁』
『車の運転も何時間でもばっちりだわ。今月の給料楽しみ』
『仕事の指示出し続けられる』
『休みの日も寝ないで24時間遊べるから
とりま新しい趣味始めた
夜間のイラスト専門学校楽しすぎる』
とは病気の流行初期にネットに書き込まれた文だ。
この病気の流行初期には、実に日本人らしい病気が流行り始めた、と世界中で微笑ましく見守ったものだった。
しかし、この病気が日本全土で広がり流行り始めると状況が変わってきた。
日本人口はざっくり言って総人口一億二千万人だ。
その中でも過労になりそうな人からこの病気にかかる。
すると、バリバリと働く人の休息時間平均7時間くらいが浮くことになる。
あっという間に労働人口の減少問題は解消された。
逆に不思議な事だが、乳幼児や老人は寝だめをするようによく寝るようになった。
労働人口が利用しなくなった宿泊施設は、乳幼児や老人の社会保障に使われるようになる。
保育士や介護士も寝ないで済むようになったため、人員は足りていた。
この時点で、日本に出稼ぎに来ていた外国人労働者は日本から逃げるように出て行った。
入れ替わりのように取引する外国人は日本に入ってきた。
寝ない日本人をフォローするために人員を増やしてだ。
日本の経済活動が世界の誰にも追いつけない速度で活発化していった。
『今までずっと家で寝ないでゲームしてたけど、あまりにも暇だから仕事始めたったw
銀行の残高増やすゲーム楽しすぎるw』
『皆、時間に余裕あるから優しい
良い世界になったなぁ』
『空いてる時間で嫁との時間増やしたら子供出来たわ』
『夜間に始めたイラストが会社の広告に採用された
臨時収入!とりま金は俺もちで今日は合コンだわ
深夜の2時から』
とは病気が蔓延した頃のネットの書き込みだ。
日本は経済大国ランキングの1位に躍り出た。
あまりにも膨れ上がった貿易黒字を抑えるかのように、原料や食料を世界から買いあさった。
労働人口が起きている時間分、加工する原料や消費する食料を求めた為だ。
少子化が徐々に解消されたのも大きな要因だった。
また、日本では経済だけでなく、スポーツや科学研究、文化活動の何もかもで世界のトップに立つ。
簡単な例として、スポーツ選手は寝て休む必要がなく、少し休めば体の疲労が全快する。
早々に世界大会とは別で日本大会が頻繁に開催される。
世界大会で勝たなくとも、日本大会で1位になれば世界一という事になったからだ。
しかし、皮肉なことだが病気のおかげで24時間体制で研究しても、日本人だけの眠らない病気の謎は解明できなかった。
世界が日本人特有の病気を求めて日本人との子を作るかと思われたが、結婚という意味では生活が合わない。
国際結婚はほぼなくなった。
代理母等で日本人と外国人の子が生まれたが、子は外国には定着しなかった。
何かに呼ばれるように日本に行き、24時間眠らない者同士楽しく暮らすだけだった。
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と、ここまでアンネはネットでの誰かのまとめを読んだ。
良い面しか書いていない。
外国人視点を装った日本人かもしれない。
憂鬱な気分だった。
夜にも関わらず、薄暗い明りしか付けられない室内のようだ。
日本人は眠らない。
まとめでは「病気」と言っていたが、解明されていない遺伝子変異なのかもしれないし、まだ発見されていない神秘的な存在による力かもしれない。
この病気は日本人のみとても安らかで楽しい現象だった。
しかし、外国から見たら滅びの始まりだった。
経済活動を続ける日本人に対して、外国人は強制的に休まなくてはならない。
毎日毎日寝るたびに日本人に置いて行かれていた。
それでも日本人は取引相手として外国人を見てくれ、寝てしまう取引先を待ってくれる。
なんといっても日本では寝る人間は、乳幼児と老人だけだ。
ちょっと前に、寝ている外国人を微笑ましい顔で眺める日本人の動画が話題になった。
すごい勢いでバッド評価が付いていたが。
日本人は優しいが経済の暴力で、世界を殴り続けている。
金や食料、様々な原料が日本に吸い取られ続けている。
日本は世界で一番美味しいものを食べ、一番美しいものを身に着け、時間の余裕でもって誰しもが笑顔だ。
そしてその天国には日本人以外は馴染まない。
対して外国は、いつもすべての物資も精神もぎりぎりだった。
治安も悪化し続けている。
まとめには書いていなかったが、外国は結束して日本に戦争をしかけようとしたことがある。
日本さえ消えたら、また世界は前のように落ち着くからだ。
しかし、必ず結束が綻んだ。
日本と取引をして何とか経済を保っている所が多いからだ。
結果、日本が経済大国第一位になってから、戦争は発生していない。
戦争は。
パリーン!
どこかでガラスが割れる音がした。
同時に乱暴な足音がする。
「どこもかしこもなんもねえ家だな、おい!」
「女はいるだろ女は!」
アンネはパソコンの光を落として、傍らの銃を持つ。
強盗だ。結局、外国人は残された富を奪い合うしかできない。
なるべく足音を抑えて奥の部屋に下がった。
両親がついこの前死んでしまってから、女一人で過ごしてきた。
どこから漏れたんだろう。
近所の人か。
それとも………。
心臓の音がうるさい。
冷静であるつもりだったけど、無理だったようだ。
持っている銃を汗で取り落としそうになる。
「奥の部屋にいるんじゃねぇのか!」
ドアが開いたら撃つ。
アンネはそう決めて力を込めて銃を構えた。
その時、
「おい、お前らそこまでだ! 武器を捨てて手を上げろ!」
やけに滑らかでやけにゆっくりな英語が聞こえた。
………ああ、動画で聞いたことがある。
これは日本人がしゃべる英語だ。
…
……
………
「お嬢さん、大丈夫でしたか?」
「はい、ありがとうございました」
全てのごたごたが済んだ頃、アンネが潜んでいた部屋のドアが無防備に開けられた。
誰がドアを開けたのかわかっていたが、アンネは一瞬銃を撃とうかと思った。
そこに居たのは、ヒーローのように現れた日本人だった。
Japanと書かれたパスポートと特別警察の手帳を誇らしげに掲げている。
助かった思いと、妬みや嫉妬にも似た真っ黒な思いが胸に渦巻く。
最近、日本人は悪化し続ける海外の治安を心配して下さって、余った労働人員を海外に派遣してくれていた。
そして、ユウトと名乗った日本人は、慈愛に満ちた眼差しをこちらに向けてくる。
日本人にとっては外国人は赤ちゃんか老人なのだ。
………、あの強盗に入られた騒動の後、ユウトは何かとアンネを心配してくれた。
同僚に止められるにも関わらず、カフェだの買い物だのにアンネを連れ出して楽しませようとしてくれる。
とても健全な付き合いだった。
世界が日本に吸い取られた健全さだった。
その内に、アンネの何が気に入ったのか、日本人にない金髪と青い目なのか、
「アンネさん、付き合ってください」
と告白してきた。
ユウトはとても純粋な目をしていた。
「はい、喜んで」
アンネはにっこりとほほ笑んだ。
こいつぶっ殺してやろうか、アンネはそう思った。