第八話 パーティー結成
そして、そのまま彼の足が向かったのは群衆の奥、依頼書の打ち付けられた掲示板。立ち見る人間が多いとはいえ、依頼を確認し次第掃けるため人の回転は速く、然程依頼との間に立ち塞がる壁に悩まされる訳では無い。
ドラガセスはその壁の穴を補填するかのように人の隙間を縫い、掲示板へと詰め寄る。
(かなりあるんだな。イジシカに言われた手前、出来れば護衛とかが望ましいのだが……)
掲示物には文盲者への配慮か大まかな絵が描かれており、内容が理解できず苦しむことは無い。報酬に関しては依頼書の下部に文字と数字として表れているが、ドラガセスは文字の理由と思われる貨幣の種類と、それが如何程の価値を持つのかを知り得ない。
そんな中でドラガセスは馬車が描かれた絵を見出し、見失わないように指差しながら報酬の桁数を数える。
(これだな。しかし……何かの貨幣が何枚か、なのか? 更に別の種類の貨幣が何枚か?……よく分からんな)
依頼書を睥睨し、どれ程の価値なのか思考を巡らせていると、
「おじさんもその依頼受けるの?」
「お、おじさん!?」
そう呼びかけられた名称の意外性にドラガセスの声が上擦る。そしてその顔は反射的に音源の方へと向き合う。その両眼に映るのは一組の若い男女だった。
男の方は幼さの強く残る丸顔で、その表情には人懐っこさを窺わせる。身体にはレザーアーマー、そしてその背には彼の背丈程あるロングボウを背負っている。
女の方は釣り目がちの気の強そうな顔付きをしており、それは強ち間違いでは無いだろう。神官なのか、その身には純白の祭服を纏うのみで武装は無い。
「その依頼受けるんだろ、なら俺たちと一緒にやらないか?」
「え!? あ、あぁ、構わないぞ」
(いいのか!? めっっっちゃくちゃ嬉しいな!)
突然の同伴の要望に綻びそうになる口を、必死に気合で縫い付ける。誰かと共に依頼をこなすことは既に彼の頭には無かった。
気が付けば漂う酒気や響き渡る喧騒すら心地よく思えている。それ程、嬉しかったのだ。
「なら、決まりな!」
「あぁ、だが何故私なのだ?」
はにかみながら右手を差し出す男に不躾な問い。本音では感涙していたとは言えドラガセスに抜け目は無い。
「俺は弓使いだし、こいつは魔術職だから前衛がいないんだ。でもおっさんは見たところ前衛っぽいからパーティー組んだら丁度いいと思って」
(パーティー? おそらく、共に依頼をこなす集団の事か。……にしても私が前衛っぽい、か……)
男は一度手を下ろし、理由を述べる。
確かに男の装備はレザーアーマーにロングボウ、女に関しては白い祭服しか身に着けていない。それに対し金属のラメラーアーマーを身に着け盾を手に持つ者がいれば誰でも前衛と考える。
しかしドラガセスの冒険者になる以前であれば、前衛と呼称されることなど有り得ないことである。されどドラガセスは男の判断を適当であると思量した。
「そうであるか。ならば此方からも宜しく頼む」
今度はドラガセスから拳を前に突き出す。男女は一度互いを見合うが、すぐに顔を戻す。
「よろしくな」「よろしくね」
当たる三つの拳はそれ程強くはない。されど小さな、こんっという音が、喧騒の中確かに聞こえた気がした。
「じゃあ依頼を受けに行こうぜ」
仲間を得た事に気を良くしたのか、男は快活に歩き出し、後を追う形で神官の女とドラガセスは受付へと向かった。
「すいません」
「はい、何でしょう?」
男が話し掛けたのは先程ドラガセスが冒険者登録をした犬耳受付嬢の2席横、可愛らしい顔立ちをした人間の受付嬢だった。
「明日、二十五日の28番を受けに来ました」
(二十五日は日付だろうな。28番は……依頼の番号か)
「わかりました。少々お待ちくださいね」
そう言い残し、受付嬢は艶やかな髪を揺らしながら奥の扉へと消えて行く。
(先程の受付嬢も入っていたが、あの扉の奥には恐らく依頼に関する書類や記録が保管されているのだろうな)
ちらと横を見遣れば犬耳の受付嬢は未だに書類と格闘を続けている。ドラガセスと目が合う事は無く、彼も求めていないのか、すぐに顔を奥の扉へと戻した。すると人族の受付嬢は丁度扉を開き、三人の元へと戻って来た。
「こちらの依頼、人数の上限が4人までとなっております。問題御座いませんでしょうか?」
「私達三人ですから、大丈夫です」
「かしこまりました。では等級の制限は有りませんのでこのまま受諾となります。可能性は低いですが、もしかしたら他の冒険者の方が来るかもしれませんので、その点は留意しておいて下さい」
「わかりました」
「よし! なら、サイーダ、おっさん。明日の作戦会議しようぜ」
「あぁ」
男はそのままギルド内に据え置かれた長机へと向かい、引っ張られるかのように二人はその後を付いて行った。
長机へと向かうその後ろ姿を見て、犬耳の受付は口に笑みを零していた、がその事にドラガセスが気付く事は無かった。
「自己紹介がまだだったね。私はサイーダ」
白い祭服に身を包む女はそう名乗る。
「俺はニールだ」
ロングボウを背負った男はその弓の位置を調整しながら横目に名乗る。それは坐したことによって長大な弓が床に擦れるからである。
「我はドラガセスである」
「さっきから思ってたけど、貴族の方ですか?」
最大限の目上への配慮かサイーダの言葉遣いが丁寧になる。
しかし上手く使えてはおらず、ドラガセスとしてもこれから仲間になる者に振舞いの良し悪しを求めてはいない。
「まぁそんなところである。しかし要らぬ気を使わなくてもよいぞ」
(昔の地位などこの世界で意味を持たないしな)
「ありがとうドラガセス」
「気にするでない、それより明日はいつ集合すればよいのだ?」
弓の位置調整が上手くいったのかニールはようやく身体を元に戻し、質問に返答する。
「9時の鐘が鳴る時に商人さんが出るらしいからその30分くらい前に西門の馬車待合所でいいんじゃないか」
「わかったわ」
「把握した……のだが、ここ最近帝都に来たのだ。すまぬが、何時鐘が鳴るのか教えてもらっても良いか」
「大きな鐘は朝の6時から三時間おき、でも実際は一時間おきに小さな鐘が鳴ってるよ……って言っても俺も帝都に来たのはつい最近なんだけどね、はは」
ニールは頬を掻き、少し照れ臭そうに微笑んだ。
「あぁ、そうであったのか。何か夢でも?」
年若い青少年が都会に来る目的など粗方の推測は着く。出稼ぎ、放浪、そして立身出世。彼の希望と活気に満ち溢れた表情を見る限り、前者二つは考え難かった。
「やっぱ分かる? ドラガセスって鋭いな、はは」
「何も照れる事では無いだろう。是非聞かせて欲しい」
(目標から文化の特徴が掴めるかもしれないしな)
子供達の夢という物は世相を顕著に反映する。社会が活き活きとすれば夢は膨らみ、社会が低迷を続ければ夢は萎み、地を見ざるを得なくなる。彼は異世界を知る指標の一つとしてニールの夢を尋ねた。
「……その、俺実は……英雄になりたいんだ。子供の頃、神殿の司祭様が読んでくれた本の中に出て来た英雄に憧れて……それで、弓の腕だけはあったから、村から冒険者になりに帝都に来たんだよ」
「いつまで経っても子供っぽいわね」
「うるさいなサイーダ、いいだろ夢の一つや二つ」
「別に悪いとは言ってないわよ。でも、どんどん依頼をこなさないとすぐに遠ざかって行っちゃうわよ」
「サイーダの言う通りだニール。如何な英雄とて初めからそうだった訳では無い。故に明日の依頼を立派にこなそうではないか」
「それはそうなんだけど……それなら尚更、ドラガセスはその盾、大丈夫?」
ニールの指先に向けられるアイロン型の盾、オーガの一撃によってその膨らみを逆張りにされたが、新左衛門達があらまし治してはいた。しかし所々に残る凹みがその寿命の長くないことを語り、ドラガセスとしても欲を言えばきちんと修繕するか別の盾に買い替えたい所であろう。
「仕方ない」
(何とかしたくはあるんだが、新左衛門に貰った分しか持っていないし、まだお金はあまり使いたくないな……)
その言葉は懸念を二人に与えたかもしれないが、財布事情以上に見栄を張っても仕方がない。そのことをドラガセスが正直に伝えようとした時――
「おや、どうしたんだい?」
横から、煌びやかな男が凛とした声を投げ掛ける。ドラガセスにその声は、他の者への呼び掛けかと思われ、彼は一度ちらと横目に確認した。
そこにいるのは三人の男性、二人は取り巻きと思われ彼はあまり気を遣らなかったが、最も先頭の一人は彼の関心を大きく惹いた。
その流した目に映る男は壮麗だった。
高くよく通る鼻筋に切れ長の瞳。やんわりとした菜の花色の髪は整えられ、自信の表れか表情には余裕が湧き出ている。
着付けた銀白色の光沢を生じるプレートアーマーは薄暗いこの空間でこそその輝きを十全に発揮し、表面に彫られたいくつもの花形は明暗のコントラストを味わい深いものにしている。右肩付け根の花飾りや、ベルトの装飾がその豪奢さを増し、鎧だけでいくつかこの者の性分を浮かび上がらせるには十分足るものだ。
そしてドラガセスの期待を裏切るようにその双眸は彼らを捉えていた。
「特には……」
「え!? もしかして『偽りの女郎花』のウェインさんですか!?」
この手の輩に対しては関わらないのが最善手であるということをドラガセスは重々承知しており、否定の刃で繋がりを断とうとする。しかしサイーダは憧憬の眼差しを送り、一驚と共におもむろに席を立ち上がる。
「『偽りの女郎花』?……なんなのだそれは」
「知らないのか。帝国最強の一角と謳われる冒険者クランだよ」
「ほう」
「ウェインさんはそこの団長なんだぞ」
「君らは見る目が高いな。金貨を一枚」
ニールの賛辞にウェインは綺麗な花を一括りに纏めたかのような笑みをこぼし、声高な響きを発する。そして、同時に取り巻きの一人から金貨を受取り、机の上に空気を弾く甲高な音を鳴らした。
「その盾、これで治すといい」
「いいのか?」
「構わないよ。商人って単語も聞こえてきたし、君達の活躍を期待してるだけさ」
そうはにかむ笑顔は差し詰め貴族の優男のよう、ウェインはその地位に相応しい振舞をしているに過ぎないのかも知れない。
(態度は鼻につくが存外良い奴なのかもしれないな)
「有難く受け取っておこう」
「あぁ、それよりどこまで行くんだい?」
「ライヒンガム村までです!」
サイーダは鼻息荒く、胸前に握り込んだ拳が小刻みに震えている。その姿には先程から動揺を一切隠せていない。
「ふむ、あの辺りの街道には魔王軍の手下がよく出るらしいから気を付けるんだよ」
そう言い、ウェインは優美な微笑と甘美な香りの残滓をそのままに背を向けて去って行く。薄暗さの中煌めく背中、その光は決して鎧の輝きだけではない。
英雄―――そう呼称される者の燈火だった。