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第六話 路地

「ドラガセス殿」


 玄関を開き路地へと足を踏み入れたドラガセスに、新左衛門は掌に上に載せられた麻の巾着袋を呈する。


「此れは……?」


 ドラガセスは振り向き様に疑問を投げる。しかし彼とてその巾着袋の内容物が分からぬ訳では無い。分かっているからこそ疑問を拾い、答えという明確な形で返して欲しかったのだ。


「金子じゃ、持って行け。必要じゃろう」

「命を救われ、その上に鎧まで修繕して貰ったのだ、これ以上施しは受けられぬ」


 やんわりと右手を横に振るドラガセスは既に鎧を身に纏っている。服は縫うのに時間がかかる為、彼は折襟の上衣にズボンという出で立ちのままだが、その上に着付ける鎧は彼が起きる頃には既に繕われ、彼が再度手にする際には以前と比しても遜色の無い姿を取り戻していた。

 更に剣や盾でさえも、満足とは言い難いが修理されており、無一文のドラガセスにとっては、感謝よりも申し訳無さがより多く声帯を支配していた。


「はぁ……難儀じゃな」


 新左衛門は溜息をつく。

 そして、心底面倒そうに巾着袋を投じた。


「……おわっと!」


 放られ空を舞う巾着袋、ドラガセスは反射的にそれを慌ただしく掴み取った。


「はは、ではな」


 その様子を見届けた新左衛門は愛嬌のある笑みを浮かべ、閉扉した。そして御丁寧に閂まで降ろす音を、敢えて大仰に鳴らし、ドラガセスを完全に放った。


(彼なりの優しさか……気を使わせて申し訳無いが、金が無いのも事実だ。ここは甘んじて受けるとしよう。しかし、まずはどうするべきか……)


 巾着袋の紐を不器用な指捌きでベルトに引き括りつつ、これからの選択を頭に浮かび上がらせる。

 飲食物を買い求める、宿を探す、盾を新調する、彼の脳裏に様々な考えがよぎるが――


(……まぁ嘘ついた手前、冒険者にでもなるか)


 ドラガセスの選択は至極当然なものであった。


 これからを見据え辺りを見遣れば、彼の周囲にはみっちりと敷き詰められた家屋。大半は二階建てないし三階建てであり、鉄色の切妻屋根にベージュ色をした漆喰の壁、壁の角や表面には故意に見せる為であろう直線の木柱が走り、格子状の模様を作り出している。中には白い漆喰の壁や赤い屋根を敷いた家も点在し、一見した街並みは典雅である。


(とりあえず、目指すは大通りだな)


 街行く市民、それに道を尋ねもせず彼は舗装された石畳の地面を歩き出す。何故なら目標の方向は概ね掴めている、まるで豆を煎るかのような喧騒が聞こえてくるからだ。


(しかし、かなりの深手を負ったと思うんだがよくもこんなに動けるな)


 多少の倦怠感はあれども基本的に身体に異常は無い、寧ろその事自体が異常であろう。


(これが、魔術、か。あんな化け物もいたんだ、今更信じられなくも無い)


 そうこう考えているうちに、彼の視覚は大通りの様子を訴えてきた。

 立ち並ぶ商店、往来は多い。しかし多少眺め入るだけでもその人々の異様さが垣間見える。それは驚愕と同時に異世界という存在への実感をドラガセスへ与える。

 まずは耳が細く尖った女、端正な顔立ちに透き通るような髪、その美貌だけで国が傾くほどの美しさだ。

 次に犬のような耳と尾を持つ男、それは装飾の類でなく、その耳や尾は横を歩く女性との会話に応じて微細に動きを見せる。

 そして小さな背丈に丸々とした体格、それはこの男だけの身体的特徴であるかも知れない。しかしその所見を打ち砕くかのように横に歩く男も似通った風貌をしている。

 それだけなら彼には気にならなかった、だが決してドラガセスに忘れることの出来ない物が頭を掻き回す、樽のような体格をした彼らの頭に巻かれた布、そうターバンが。


(ッ! まさか、あれはトゥルバンツ! いや待て、落ち着け、ここは異世界だ)


 衝撃に一瞬足が止まるが、冷静な頭が身体を再び動かす。


(そう、あれはただの装身具だ、落ち着け。それにムスリム共にもあんな体型のやつらはいない……はずだ)


 どれだけ合理的に考えても眉間が狭くなる、進む足には力が籠もる。

 ドラガセスは必死に精神の安定を図っていたが、気が付くとその両脚は既に大通りの入り口を越していた。


(大丈夫、なはずだ……よしっ!)


「おい、すまぬが冒険者になる為には何処に向かえばよいのだ?」


 震える魂を必死に理性で抑えつけ一人の男へ声を飛ばす、ターバンを身につけた男へと。


「ん? あぁ冒険者ギルドか。この大通りを真っ直ぐ行って左にあるぞ。剣と盾の紋章がそうだ」

「有難い」


 当初の目的地を男に問う、しかし既にそれ以上の重要な質問をドラガセスは見つけていた。


「其の、頭のは何か目的があるのだろうか? どうも世事には疎くてな」

「あぁ、お前知らないのか? 俺たちはドワーフは元々荒野か地下に住んでてな、これは荒野にいた奴らの名残だよ」

「そうであったか。すまなかったな」


 感謝ではなく、それは心からの謝罪だった。


「世間知らずなのは構わないが、ここにはお前の田舎と違って悪い奴もいるから気をつけろよ」


 善意からの忠告、そのドワーフは手を振り、徐々に人混みの中へと溶けていく。

 何故かドラガセスの身体は動かず、漫然とその様子を眺めていた。


(そうか、名残か……)


 肩に圧し掛かった重荷が外れる感覚、同時にどこか物寂しさが襲い掛かる。しかし様々な想いをその場に残したまま、再度目的地へと石畳を踏み始めた。

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