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第五話 魔王の存在

「ハァー、ソウデアッタカー。」


 頭を殴られたかのような現実の衝撃に、ドラガセスの言葉の抑揚が失われた。


「変なおやじじゃな。帝都と言えばこん大陸中皆同じことを思い浮かべるぞ」

「いや、確認だ確認。ほら、大怪我の後だ、記憶が確かかわ分からぬであろう」


 ドラガセスは怪しまれないように言い訳を取り繕うが、冷や汗を流す顔や上下に動く開かれた手の平は、猜疑を募らせるには十分足るものだ。しかし如何にもな言動に別段触れられることは無かった


「はー。まぁ無事で何よりじゃ。……そういえばドラガセス殿ん住処はどこなんじゃ?」

「すっ、住処か! そ、その、あれだ! 丁度ここに越して来たのだ」

(家がどこにあるかこっちが知りたいわ)

「そ、その為に森を通っていたんですか?」

「うむ。そんなところであるな」

「す、すごいですね」

「その方が近いのでな」


 あまりにも見苦しい言い訳を並べ立てる。もしドラガセスを知る人間がその様子を見れば平静を保つのは不可能だろう。


「家はもうきまっちょるんか?」

「いやまだである」

(この家に厄介になるのもなんだか悪いし、食い扶持が見つかるまで教会にでも頼るか……いや、そもそも教会はあるのか?)

「なら、暫くはおっても構わんぞ」

「ほっ、本当であるか!?」


 ドラガセスは新左衛門の顔に向き直り、口角を上げる。

 喜びにその心が高揚するが、直前に申し訳なさを感じていたのを想起し、再び静穏が心を覆った。


「本当なら神殿に行ってもらうんじゃが今は流石に無理じゃからな」


 新左衛門の顔が曇る。その様態から思案する可能性について一つとして喜々としたものは現れないだろう。


「何かあったのであろうか?」

「そ、その、魔王が帝都へ出入りする農民や商人なんかを襲わせているんですよ。それで……」


 イジシカは水差しを胸に抱え俯いてしまう、がシンザエモンが言葉を繋げる。


「守ろうとした冒険者が次々と手傷を負っている。しかもそん中でも回復魔術ん使える冒険者ばかりが襲われちょるから神殿も手が回らんのじゃ」


(回復魔術!?)


 唐突に俄かには信じ難い言葉がドラガセスの耳に届く、がそれをおくびにも出さないように平静を装う。


(しかし、そんな背景があったのか……。ん?)


 彼の頭に何かが引っかかった。

 大半は疑問、しかしその疑いこそが古今東西、知性の有り方を示唆して来た、だからこそ消化せずにはいられない。


「そうであったか……。しかし妙ではなかろうか?」

「なにがじゃ?」

「何故回復……魔術?の使えるものばかりが襲われておるのだ?」

「魔王が大将としてまとめちょるからな、それで重点的に襲うようにいっちょるんじゃないんか?」

「そうであるか……」


 まだ思考の川で可能性の岩に引っかかった疑問が離れない、がそれは彼の頭の片隅へと追いやられた。


「あ、あの! ドラガセスさんも冒険者でしたら、ぜ、是非、手伝ってほしいんです。の、農家さんや商人さんは、し、品物を届けないと困っちゃいます。だ、だから……」


 イジシカは小さい、されどその心を包む優しさの大きさだけなら誰にも負けないかも知れない。


(優しい子だな……)

(確かに地位への誇りや神への信仰を大義に戦った、それらも間違いでは無い。だが何のために剣を取った? 何のために王座に座ったのだ?モレアを繰り返さない為、二度とあんな光景を背に逃げたくなかったからじゃないか)


 ドラガセスの頭に想起されるのは街に覆い尽くし立ち並ぶ火、耳に響くのは悲鳴と笑声、鼻には血と煤が織り交ざる、紛う事無き凄惨な光景。


(だから最後まで都に残ったのだろう、死すら恐れずに)


「あぁ、余に任せておくといい」


 ドラガセスは物腰柔らかに亜麻色の髪を優しく撫でる。それによって大きな蒼の瞳が彼に潤いを伴い向けられる。


(よく私も母上にこうされったけな……)


 軽くなった腰を上げ新左衛門へと問い掛ける。


「シンザエモン。余の装備は?」


 その言葉を最後に、彼は部屋の扉を開いた。

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