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第十二話 ドラガセスの馬車

 馬車は前方だけで無く上下にもその動きを見せる。街道に身体が揺られる度、ドラガセスは帝都の石畳を恋しく思う。

 景色はあれから左程変化無く、左手に鬱蒼と茂る森林と右手に延々と広がる平原、所々地より生える巨岩が唯一の差異を与える。


「シンザエモンという男に聞いたのだが、帝国軍が動くかも知れないそうだな」


 ドラガセスは問いか確認か、言の葉を空に放つ。御者席に腰掛けた彼は地平線を眺めていた為、それが誰へ向けものなのかは計り知れない。


「シ、シンザエモンさん!? ドラガセス、シンザエモンさんの知り合いなの!?」


 馬車の木枠に軽く背を預けていたサイーダが飛び起きる。

 ドラガセスにとっては何気無い人物の名であるが、サイーダにとってはそうでは無いらしい。


「あぁ、まぁ。奴は有名なのか?」


 ドラガセスは貨物車の方へと振り返る。


「勿論よ! なんたって銀布帛の冒険者にして、昨日お会いした『偽りの女郎花』のメンバーなのよ!」


 (昨日のウェインの仲間だったのか)


「そう言えばリーダーが帝国の執政官と交渉、とか申していたな。もしかすると……」

「それウェインさんの事よ!」


 (つまりシンザエモン達はウェインの仲間で、そのウェインが帝国の執政官と交渉しているのか)


「ウェインは本当にすごい人物だったのだな」

「昨日、俺が言っただろ」


 ニールはサイーダのように興奮はしておらず、ドラガセスには呆れている。


「てかドラガセス。シンザエモンさんが何するとか聞いてない?」


 遂にサイーダは貨物車から半身を御者台へと乗り出す。


「我等と同じくして商人の護衛と言っていたな」

「本当!? 運命感じる~」


 サイーダは上げたばかりの腰を下ろし優越に浸る。誰の目から見てもその感情の起伏は激しい。


 (にしても国家と交渉をするような一団がたった二人で商人の護衛か……)


 ドラガセスが思案する最中、小石によってか馬車は大きく跳ねる。彼は幾度目か数え切れない石畳への恋慕を募らせた。


 皮膚に染渡るような暖かな日差しと涼やかな微風。長閑な光景が、意識に睡魔を刷り込んでいく。

 あれから馬車は延々と変わり映えのしない街道を突き進んだ。日は既に高く、4人の頭上で輝きを放つ。それ故か腰を落ち着ける為にも一度馬車から降り、原野で昼餉の為に憩う。


「そういえば聞いていなかったが、サイーダは斯様な魔術が使えるのだ?」


 ドラガセスは言葉と共に袋よりパンと、薄く割られ過ぎたエールの入った小樽を出す。


「え? この白い祭服見てわかんないの?」


 サイーダは呆けた顔で祭服の腹部を指先で摘まむ。


「……あぁ」


 ドラガセスに、正直に言うべきか否か一瞬葛藤が襲い来るが、冒険者登録の際の記憶が彼を廉直な人間に仕立て上げる。


「……ほんっと、どこ出身よ。私は創造神様の御使いだから俗に言う聖属性の魔術よ」


 サイーダは呆れ果てるが、質問には律儀にも答える。


「神官ってのは信仰している神様によって祭服の色も違えば、与えられる魔術も異なるのさ。サイーダは白い祭服、だから創造神様、それで回復とか光とか出せるんだよ」


 ニールは干し肉を噛みつつサイーダの言葉を補足する。しかし、その補足こそがドラガセスに確固たる違和感を与える。


 (信仰してる神によって……?)


「……神とは複数なのか?」

「「「ぶっ!!!」」」


 ドラガセスの言葉に静観していた商人までもが吹き出す。


「何言ってんだ。当たり前だろ」


 (オリンポス12神の様なものか)


「……ドラガセスさんは評議国の出身でございますか?」


 商人は手を止め、訝し気な瞳でドラガセスの顔を捉える。


 (評議国? そこでは一神教なのか? いや……この老人の態度から察するに神さえ信じていないやもしれんな)


「……いや。そんな国の名は耳にした試しは無い」

「……そうですか。もうこの時代にアコス教徒では無い者など少ないですからね」


 商人はその両眼を昼飯へと戻す。


「そうであるか。理解する努力はしよう」

「いやー。でも帝国でさえこんな変な人がいるんだから世界は面白いな」


 ニールは雰囲気を和やかなものにしようと明朗にそう語り始める。


「なぁドラガセス。この仕事が終わったら色々とドラガセスの価値観とか教えてくれよ」


 ニールは手を自身の頭の後ろに回し、ドラガセスへ青年ゆえの素朴さが残る笑みを飛ばす。


「あぁ、勿論構わん」


 ついドラガセスはその純真さに口が綻ぶ。


「二人だけで約束しないでよ。私はシンザエモンさん達に会わせてよねドラガセス」


 サイーダは頬を膨らませ、飛び交う言葉に割り込む。


「それも構わぬ」

「じゃあその代わりと言っては何だけど、簡単な魔術くらいは教えてあげるわ」

「魔術とは神官以外も使えるのか?」

「ええ、流石に本職ほどではないけどね」


 サイーダは得意げに鼻を鳴らす。それは神官としての自信の表れだろう。


「ずるいぞ。俺にも教えて……」

 

 ニールが教授を乞う瞬間――

 幾本かの矢が風と共に彼らの間を突き抜ける。

 一本だけ商人に刺さった矢を除いて。


「ぐが……っ!」

「大丈夫であるか!?」


 ドラガセスは咄嗟に左手で盾を構えつつ、商人を抱き起こす。しかし矢は商人の喉を確実に捉え、その息の根が長くない事を伝える。


 (穿通はしていない、しかしこれはもう……。いや、あの状況から私を救った回復魔術とやらなら可能性はある……!)


「UGAAA!!」


 遥か左方、森の方から歓喜の声が響き渡る。

 声の主は十数匹はいるゴブリン。しかし彼らはその傍に狼を侍らせており、手駒であろう狼の用途はゴブリンのその体躯から概ね察する事が出来る。


「サイーダ、馬車に乗って回復魔術の用意! ニール応戦だ!」

「ああ!」「わかったわ」


 突然の驚愕に動けない二人の足にドラガセスは指示という燃料を注し入れる。

 ドラガセスは商人の肩に腕を回し、萎えたその身体を馬車まで連れ行く。ニールは貨物車を盾に半身を出し弓を引き絞り、サイーダは貨物車へと飛び乗り詠唱を経始する。

 そんなドラガセス達に呼応するかのようにゴブリンは狼へと跨る。


 (これは……まずいな)


「ニール! 我は馬を走らす!」


 馬車へと辿り着いたドラガセスは商人の上体を貨物車後部の木枠に掛け、御者台へと駆ける。ニールは商人の両脚を抱えその身体を無理くり貨物車へと押し入れ、息も絶え絶えにそのまま自身も飛び乗る。


「良いか!?」


 腰を下ろし手綱を把持するドラガセスは声を荒げる。


「行ってくれ!」


 ニールの声を背にドラガセスはその両腕を天へと掲げ――

 勢いよく振り下ろす。

 衝撃に番いの馬は声高く嘶き、その8脚で大地を削る。


「向かうは帝都だ! ニール、其奴の矢を抜け!」


 ニールは首の脇を抑え矢を掴む。しかし、中々に彼の左手は動かない。


「早くしろ!」


 前方では声を荒げ真剣に手綱を握るドラガセス。


「……世に絶える事無く慈愛を施され、恩恵を与え続けられる寛大な創造神様……」


 傍らには眼を閉じ両手を握り合わせるサイーダ。


「……お、俺だってええ!!」


 サイーダはその左手で勢い良く引き抜く。

 それにより傷口は捲れ上がり、未熟な花弁が咲く。更に小輪から飛沫する紅が彼の左半身を染める。


「かの身を癒し給え」


 サイーダはその両掌を仰臥する身体へと向ける。

 それと同時に淡黄の光が咽喉を包み込む。その光は花弁を蕾へと恢復する。


「ふぅ……」


 サイーダの腰はすとん、と落ちる。

 商人の傷は癒えていた、しかし出血が多かったのか目は覚めない。


「気を付けろ! 来るぞ!」


 ドラガセスの言葉と共に矢が木枠に突き刺さる。既に馬車のすぐ後方には、ゴブリンを乗せた狼が走る。


 (このままでは追いつかれる……っ。どうすればいい? 何をすればいい?)


 ドラガセスはその頭に張り巡らせられた幾多もの可能性の糸を手繰り寄せる。


「サイーダ、貨物を捨てろ! ニール、反撃だ!」


 サイーダは強く首肯し、貨物を次々投げ捨て始める。

 ニールは弓を手に取り矢を矢筒から抜く。しかし激しい揺動の中立つことさえままならない、膝立ちで放とうにもそのロングボウ長さ故に床に阻まれる。それは当然だったのか、ニールは遂に貨物車内で転んでしまった。


「これで全部よドラガセス!」


 サイーダは貨物を全て放した事を告げる。しかし彼我の距離は離れない。


 (……駄目だ、仕方ない。神よお許しください……)


「ニール、サイーダ! その男を馬車から降ろせ!」


 ドラガセスは苦虫を噛み潰したような表情で命じる、その顔は一切振り向けずに。


「何言ってるの!? ふざけないでドラガセス!」


 サイーダは貨物車の床を叩き、激昂する。ドラガセスの方へと顔を向けるが、その背中しか瞳には映らない。


「重しが減れば速くなる! それに……、それに其奴の身体に釣られるかも知れぬであろうが!」

「出来るわけないでしょ! この人は依頼者で……」

「早くしろ!! このままでは皆死ぬぞ!」

「無理って言ってるでしょ! 私は創造神様の神官なのよ!」


 二人の口論は烈しくなる。

 ニールはその間も命令に背き必死で弓を引き絞るが、力が上手く入らず真っ直ぐ矢は飛ばない。


 (ふざけるな! 何が創造神だ……神は、神は……)


「神は個物を認識などしない! 我々を助ける事など無いのだ!」


 それはドラガセスにとっても決して口に出したいような言葉では無かった。

 揺れる馬車の中、神の使徒であるはずの神官がいて尚、危機は迫る。彼は現状に神の意志が介在しない事を理解していたが、同時に神官にその事を問う無意味さも理解していた。しかし時に苛立ちは口を支配する。詰まる所、彼は詮無き事実を口走っていた。


「ドラガ……」

「サイーダ!」


 ドラガセスに憤怒し立ち上がろうとするサイーダにニールが声を掛けるも時既に遅く、サイーダの身体に槍が刺さる――馬車へと追いついたゴブリンによって。


「おらあぁぁ!」


 ニールは木枠に半身を乗り出すゴブリンの顔面へとその拳を放つ。それは見事に命中し、ゴブリンは馬車から落ちる、が矢庭に2匹目が乗り込んで来た。


「ぁ、ぁ……」


 馬車にゴブリンが乗り込む音と同時に、サイーダの身体は派手な音を立てて床板に崩れ落ちた。


「うおぉお!!」


 ニールはサイーダを守る為にも2匹目に掴み掛かり、ナイフを持つゴブリンの右手と胴体を抑え込む。そのまま腰からナイフを抜こうとするが、揺れる馬車の中、足掻くゴブリンの身体を抑え込まなければならず中々に上手くいかない。

 そうこうしている間にも3匹目が入り、サイーダの足を持ち、馬車から引き摺り下ろそうとする。


「ニール!」


 ドラガセスは手綱を片手に鞄からナイフを取り出し、ニールの手元へと投じた。


「ありがと!」


 ニールはそれを奪われぬようすばやく右手で掴み、高く掲げる。ゴブリンは必死に抵抗しようと空いている左手を伸ばすが、その長さは人には遠く及ばない。

 ニールは一気にナイフを振り下ろし、ゴブリンの眉間に突き刺す。


「これで! どうだ!」


 3回程右手は振り下ろされる。

 しかしゴブリンの腕が力を失いだらしなく垂れる頃には、サイーダの下半身は既に木枠から引っ張り出されていた。


「サイーダ!」


 間一髪、ニールはサイーダの腕を掴み取った。されどサイーダの身は既に狼に跨る数匹のゴブリン達によって馬車から飛び出していた。ニールは木枠に膝を押し当て必死に粘るが、掴んでいるのを悟ったのか、サイーダを保持したまま狼は馬車から離れだす。


「ドラガセス! 助けてよドラガセス!」

「……」


 ニールが如何程声を張ろうがドラガセスは首を一切動かさない。黙々と手綱を振り下ろすその動作を睨みながら、ニールの足は徐々に伸びきってゆく。


「ドラガセス、約束しただろ! サイーダとシンザエモンさんを会わすって! なぁドラガセス!!」

「……手を放せニール」


 ドラガセスは決して振り向かない、しかしその両肩が小刻みに震える。それは馬車の揺れのせいではないはずだ。


「出来るわけないだろ! 仲間なんだ!」

「……」

「頼む、頼むよぉ……」


 ニールの瞳は潤いを含み始めた。既に彼の腰は上がり切り、長く持ち堪える事は叶わない。


「……」


 ドラガセスは何も語らず、ニールはその手を離さず。

 結果として、ニールの身体は放り出された――


「ドラガセスううぅぅ!!」


 背後から悲鳴が響く。しかし叫びは進めば進む程徐々に小さくなる。

 疲れたのか、はたまた獲物を2匹手に入れた事に満足したのか、それ以降ゴブリンは馬車を追い掛けては来なかった。

 静謐さを残し貨物車の中はほぼ全て失われた、得たものと言えば撒き散らされた紅と紫の染料。その惨状に置き捨てられたロングボウだけが何かを語っていた。

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