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第十一話 依頼日

 柔らかな射光が間隙から漏れ出し、暗澹とした部屋に暖色を与え、甲高い小鳥の囀りが静けさを切り裂く。そして鐘がその唸りを響かせ、街の瞼を開かせる。


 (もう朝か……? よく寝れたな。……よしっ)


 意識がドラガセスの身体を引き起こす。寝台がその別れを惜しむように、軋みという愛執故の嬌声を漏らす。

 されど幸か不幸かその慰留の念は届かなかった。


 ◇◇◇


 ドラガセスは黒パンを口に放りつつ、目的地へと石畳を踏む。踵の音を踏み鳴らす帝都は既に喧騒と共にあり、その市や人々は魔王という響きを払拭するかのような活況を呈している。

 ドラガセスは目的地へは直行せず、その道すがらいくつかの店へと足を踏み入れた。しかし刻限が有る為それ程時間は掛けず、道具を仕舞う鞄、一日分の食料、小さなナイフ等を購入し軒先を出た。

 彼が大通りへと復する頃には先刻よりも人混みはその密度を一層濃いものにしており、待合所へと向かう彼の横顔に、その雑踏の内より聞き覚えのある声が徹った。


「ドラガセス殿!」


 声に顔を引き寄せられ、足が歩みを止める。

 ドラガセスの視線の先にいるのは彼の背丈を遥かに超す大弓を肩に担ぐ甲冑姿の新左衛門と、控えめだが薄黄色の肌理細やかな装飾を施された純白の祭服を纏うイジシカだった。


 (ロングボウが盛んとは言われたが、なんだあの馬鹿でかい弓は)


 新左衛門の担ぐ弓は遥かに2mを越す代物。確かに新左衛門の背丈は170cm程度あり、街行く人族の成人男性よりも少しばかり高いが、それを加味してなおその長大さは有り余るものだ。

 弓という物は長くなれば長くなる程威力が高まる、あの弓丈ならばさぞ強い矢を放てるであろう。しかし幾らロングボウが盛んとは言えここまで長い弓は街中には無く、ドラガセスは新左衛門の出で立ちも含め、それを彼独自のものとして捉えた。


 (イジシカが慈愛に溢れていたのは聖職者であるからか?)


 聖職者なら服装も武具の少なさも強ち頷けないものでは無い。

 しかし祭服のまま、というのはどうにも気がかりだ。ドラガセスは聖職者が祭服で戦う合理的な理由を思案するが、最終的には宗教と魔術の癒着であると論決した。

 二人を考察するドラガセスに対し、二人は人混みを掻き分け近寄る。


「シンザエモン、イジシカ、貴殿等も務めであるか?」

「は、はい」

「そうじゃ」


 ドラガセスの元へと辿り着いた新左衛門はイジシカを人混みに飲まれない様にドラガセスとの間に挟み込む。


「シンザエモンは兎も角、イジシカはまだ幼子だというのに……大変だな」

「そ、そんな事ありませんよ、わ、私も冒険者の一人ですし。そ、それに、もう幼子では……」


 イジシカの言葉は尻すぼみになる。それを補足するかのように、


「イジシカ殿は既に大人じゃぞ。プーミリアという身体の小さき種なんじゃ」

「えっ! あっそうであったのか、それは大変申し訳無い」


 (そうなると街中ですれ違った子供達の中にも、私が子供と思い込んだだけで本当は大人だった者もいるのだろうな)


 エルフやドワーフ、獣人といった明らかに人の範疇を超えた存在をも見慣れた彼は冗談に聞こえそうな事実さえすんなりと飲み込んだ。今の彼ならば途方も無い虚言であっても信じ込ませる事は容易いだろう。


「い、いえ、気にしないでください。ご、極稀に間違われるので……」

「すまないな。所で、二人して如何な務めなのだ?」

「商人ん護衛じゃ。なっ」


 新左衛門はイジシカへと喜色を向ける。


「は、はい」


 昨日の会話があった為かイジシカは気恥ずかしそうだ。


「此度は組頭に頼まれてな。他ん連中が二手に分かれて魍魎共ん本拠を探す故、肝要な物資の護衛に人手が足りぬらしい」

「例の魔王軍か?」

「ど、どうやらリーダーが帝国の執政官の方との交渉に成功したそうなので、そ、その、本拠地さえ分かれば軍が動かされるらしいんです」

「此れまで動かされなかったのか?」

「み、南にある王国との関係があまりよくないので……」


 (魔王とかいう化け物の首領さえ出ているのに人は纏まれないのだな。……仕方ないか、人とはその程度の生き物だ)


「まぁ見つからば、さぶらいと冒険者ん区別無く攻め込む手筈じゃ。さすれば一気に片が付くじゃろ」


 ドラガセスの心の奥底には疑問や可能性が渦巻く。しかしそれを新左衛門やイジシカに語るのは詮無き事であり、彼は不安をそっと仕舞った。


 ◇◇◇

 

 二人と別れたドラガセスは早足に歩を進める。

 角を曲がれば帝都西門馬車待合所――既にそこには3人の姿があった。

 ロングボウを携えた皮鎧の男、ニール。

 白い祭服に身を包んだ女、サイーダ。

 平服の初老男性、おそらくは依頼主の商人。


「待ったか?」

「いえいえ、まだ刻限までは時間もありますし構いませんて」


 ドラガセスの労りに商人は腰を低く返事する。


「そうであるか」


 停留する馬車は2頭立て。四輪貨物車には天蓋が備え付けられ、乗り込む為か別れた布の合間からは、積載された売品が多分に目に映る。

「にしても商人さんも良くこんな状況で商売するよな」

 ニールが言う事も尤もだ。魔王軍による襲撃の事例が相次ぎ、その矛先が何時この商人に向いてもおかしくは無い。


「農民は戦があろうとも鍬を離しません、商人にとってはそれが商品なのですよ。それにこのような状況でも龍の卵の取引をする、という噂が立つ商会まであります、私も負けていられませんよ」


 (龍の卵!? そんな物があるのか!?)


 ドラガセスは聞き慣れない単語に動揺する。しかし、誰一人として眉一つ動かさない為に心の奥へと仕舞った。


「……そう言われたら少し理解できたよ。俺、農家出身だから」


 ニールは鼻の下をこすり、素朴な笑みを浮かべる。


「有難うございます。ささ、時間より早いですが、全員集まったことですし発ちますかな」


 商人はその曲がった腰を御者台へと乗せ始めた。その遅緩な所作の中には滑らかな慣習を覗かせる。


「では我が御者席に坐そう」

「頼んだぜ」「頼んだよ」


 一人と増えるその重みが加えられる度、地との距離が近くなる。それがどこまで沈む行くものなのかはこの場にいる誰も分からない。

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