第十話 三人目
「ふぁ……それにしても疲れたなぁ」
男は欠伸を漏らしつつ伸びる。そのせいか掛けていた毛布が滑り、逞しい肌色が露わになる。
「……もう、今日出立なのに寝かせてくれないからからよ」
男と寝台を共にする妖艶な女性が、彼の横で嘆息した。
それなりに伸ばされた栗色の髪に、良く焼けた艶めかしい小麦色の肌。すらりとした肉体にくっきりとした顔立ち。その覚醒に伴う一挙手一投足でさえ男を惑わす色香を放っている。
「いいじゃないかパメラ。あんなに頑張ったんだから」
「私の身体はご褒美じゃないわよ、ガスパール」
パメラと呼ばれた女性はするっと毛布からその四肢を滑るかのように出し、寝台から立ち上がる。
「確かに。君はご褒美じゃなくて神様からの僕への贈り物だね」
「あら、言うじゃない」
ガスパールと呼ばれた男性は坐した体勢のまま屹立したパメラへと寝台上を動く。
「でもベッドの上なら君への賛辞をもっと言えるんだけど……ねっ!」
ガスパールはパメラを背後より抱き締め、寝台へと引き摺り込んだ。
「きゃあ! ちょっと何するのよガスパール」
「朝食前の運動なんてどうだい?」
「……今日は出るのが早いから、ダメよ」
「そうか。ならしょうがないな」
ガスパールはその腕を解き寝台から立ち上がった。
「仕方ないでしょ」
「構わないさ。その代わり着いてからの楽しみが増えたから」
「……もう」
そう零すパメラの手にはシーツが掴まれていた。
「おはよう」
「うぃーす」「おはようございます」「押忍」
衣服を纏ったガスパールとパメラの足を運ぶ食卓には既に仲間の姿があった。
小麦色の肌に栗色の短髪、更にそのかんばせからパメラの姉妹であることが窺い知れる少女。
白い小袖に朱色の袴を着、二本の木の棒で朝食を口へと運ぶ狐人。
そしてほぼ全裸姿に腕輪や首飾りを着けただけの蜥蜴人。
「ガスパールさんとお姉ちゃんの声めっちゃ響いてましたよ」
「パオラちゃん、それ本当?」
「マジですね」
不満気な顔で答えるパオラと呼ばれた少女の眼の下はほんのりと黒色を帯びている。
「じゃあ今度は響かせる側になる?」
びゅん、とパオラはフォークを投げる。それは狙ったのか、外してしまったのかガスパールの頬を掠める。
「ガスパールさんみたいな軽薄なカスは趣味じゃないんで」
「ははは、酷い言われようだな」
「当然! 軟弱な雄の末路だ」
蜥蜴人は言葉とは反対に喜々としてスープを啜る。その姿に椀が小さいのかと一瞬錯覚を感じるが、それは蜥蜴人という種族の体格の良さがもたらした結果だとガスパールは判断する。
実際蜥蜴人の背丈は2m程、体重は200kgを越し人間との圧倒的乖離が垣間見える。常人なら驚愕によって心を支配されそうなものだが、二人の関係の中にはそれを遥かに上回る信頼があった。
「そんなボネミンさんまで……。あやちゃーん助けてよ」
「私は男々しい方が好みですので。控えめに言ってガスパールさんの事は嫌いですね」
「全然控えめじゃない気がするけど……」
嘆きながらもガスパールは腰を下ろす。
あやと呼ばれた狐人はその様子を歯牙にもかけず箸を進める。程よく白い肌に透き通るような黄金の髪、悠然と雅致のある佇まいは一朝一夕で放ち得るものでは無い。
「それより向こうで何する?」
そんなあやにパオラは口を開き、絡む。
「パメラさん、遊山の類ではありませんよ」
「わかってるわよあやちゃん。でも終わったら少しはいいでしょ」
「まぁ……」
「それにあやちゃんだって色々見て回りたいでしょ」
「……」
パメラはしなやかな腕をあやの肩へと伸ばす。押し黙るが、拒絶しないのは肯定の表れか。
「手前も誘ってくれ」
ボネミンはそう言いつつ空となった器を下ろす。
「もちろん。二人も一緒に行くよね」
パメラはガスパールとパオラの方へも耽美な微笑を向ける。
「あぁ、是非」
「行きますよ。ガスパールさんがいなければ最高ですけど」
「決まりね」
「そうだな。じゃあいっちょ仕事をしに行くか――帝都まで」
彼等はその手に弩を、弓を、盾を、そして杖を持つ。
率いる者の名はガスパール・デ・アリアガ・サラザール。
またの名を火煙の勇者と言う。