第1話:野良猫
リハビリ兼ねての試作です
20XX年アメリカ東海岸の都市エディア。
降水量が多く、一年の半分以上が雨や雪、曇りとなる街だ。かつては港町として栄え、現在では貿易や金融の中心地として栄えるこの街は、発展と栄華の代償にそれなりに高い犯罪率と、スラム街を抱え込んだ特筆する所のない先進国特有の大都市である。
その郊外、高級住宅地からも外れ、中産階級の家々やちょっとした商店が並ぶアリア地区と呼ばれる場所に会計事務所がひっそりと佇んでいた。
深夜、降りしきる雨が窓を叩く音が事務所に響く中デスクに座り帳簿を前に長髪の片側だけを三つ編みにした男がペンを走らせる、この事務所の主であるアルフレッド・スチュワートという男だ。黙々と作業を続けているとふと窓から雨音に混じって悲鳴が聞こえてくる。どうやら裏手の駐車場らしい、職場兼自宅の敷地から聞こえる悲鳴を無視は出来ず、仕方なく立ち上がり愛用の傘を持ち事務所を出る。
ザーザーと降り続く雨の中傘を差して駐車場へ出る。アスファルトの地面に血まみれで横たわる少女が一人、それを取り囲んでガラの悪そうな黒服の男達が4人。面倒な事になったとため息を吐くと三歩踏み出し男達へ話しかける。
「ここは俺の家の敷地だ、さっさと出て行くか警察呼ぶ事になるが」
男達の視線がこちらを向く、そのどれもが突然の闖入者に戸惑う訳でもなく冷静にこちらを見据えている、懐にはそれぞれ膨らみが見て取れる。大きさからそこまで大型の拳銃では無いことがわかった。黒服のうち二人が懐に手を入れる、それを見たアルフレッドは思わず顔を顰める。
「ああ、待て。 懐の物騒な物は仕舞っておいた方がいい、大ごとにする気は無いんだ。 何処の連中だ? 顔からして全員ロシア系だろう、イヴァンの所か? それともエリセイ? まぁどうでもいいんだが」
男達は懐から拳銃を抜くとアルフレッドへ向ける。
「おっと、そういう物騒なのは勘弁だ」
心底嫌そうな顔をして傘を畳むアルフレッド、傘を畳むとそっと地面に置くと男達へ近づく。銃を向けられているにしては冷静なその様子、挙げられた名前からやけに裏の事情に詳しい様子がわかり、アルフレッドという男への警戒心を募らせていた。
「まぁ少し落ち着いたらどうだ? 珈琲一杯ぐらいなら出せるぜ?」
両手を上げ、降伏のポーズを取りながら近づく。最も手前の一人に近づいた瞬間に、銃を構える腕を取り、もう一方の拳で腕を叩き折る。男のが取り落とした銃を掴み取ると、銃床で頭をかち割らん勢いで振り下ろす。一人が無力化されると驚いた残り三人が発砲しようとする、しかしアルフレッドは無力化された男を盾にし一瞬の隙を生むと、銃を3発残りの男達へ撃ち放つ。
それぞれ心臓へ1発ずつ向けられた銃弾が正しく目標へ当たったのは二つ、それらは確実なショックを与え、男達を無力化するが1つは男の一人が咄嗟に体を逸らした事により致命傷には至らなかった。それを視認するとアルフレッドは倒れ込んだ最後の一人に近寄るとその眉間に銃口を向ける。
「お前さんら、ラーリャの所の人間か。 新品のマカロフを構成員に卸したのは最近じゃ、あそこだけだ。 スーツも既製品だが良いのを使ってる。何が目的で此処に来た?」
「何も……知らない、ただアレを連れて来いとしか……」
震える手で倒れた男は少女を指差す。 アルフレッドは少女をちらりと見る、白いワンピースが所々泥と血で汚れており、体にも小さな傷がちらほらと見られた。 恐らく逃げている時に転んで付いたものだろう、靴も履いておらず足の裏はアスファルトで傷ついていた。彼女は怯えた目でアルフレッドを見つめている、まぁ即座に銃を持った男四人を殺傷した時点で仕方のない事だとため息を吐く。
「そうかい」
眉間に1発、正確に銃弾を撃ち込む。銃を捨てると地面に置いた傘を広い、もう一度差し、ポケットから携帯を取り出し何処かにかけ始める。
「……あぁアルフレッドだ、アルフレッド・スチュワート。 今事務所なんだが、掃除を4人分頼む金は口座から勝手に引いといてくれ。 ああ、駐車場な」
電話を切るとアルフレッドは少女の手を取り、傘を渡す。
「事務所に来い、このまま座り込まれても迷惑だ」
事務所のドアを開け、彼女を中に招き入れるとタオルとTシャツとズボンを手渡す。
「シャワー浴びて来い、浴室は二階だ。服は前の女の忘れ物だが我慢してくれ」
少女は渡された物を持ってポカンと呆けたまま玄関に立ち尽くす。 怪訝に思ったアルフレッドは彼女の額を軽く小突く。
「どうした嬢ちゃん? 早く行きな」
「あ、あの、すいませんちょっと何が何だかわからなくて……」
少女の戸惑いの声を聞きながら雨に濡れたスーツを脱ぎ捨て、カゴに入れながらアルフレッドは煙草に火をつける。クリスタルガラスの灰皿に吸い殻を捨てながらデスク脇の戸棚を開けると中から小型の拳銃、ワルサーPPK、22口径弾モデル取り出し少女に手渡す。
「俺が不安ならこれを持っておけ、俺がお前に何かする様なら撃っていい」
「えっ!?」
突然の言葉にさらに動揺する少女、狼狽える彼女を放って置いてアルフレッドは髪を解き、タオルで雨水を拭き取ると、帳簿の検証作業に戻る。明日の朝までの仕事だ、邪魔が入ったがもう1時間程で終わるだろうと見積もって、8時まで6時間は寝れそうだと算段をつけた。
「いや、あのー!? ど、どうしようこれ……?」
紫煙を燻らせながら仕事に集中するアルフレッドに少女の声は聞こえていない。諦めた彼女は大人しくシャワーを浴びるために二階の浴室へ向かう。暫くアルフレッドが作業を進めていると、漸く作業が終わったのか席を立ち、戸棚からウイスキーとグラスを取り出しソファに座り飲み始める。
そうしているとシャワーを浴び、着替えた少女が二階から降りてくる。彼女の体にはあちこち擦り傷や切り傷がまだかなり残っている。それを見たアルフレッドはグラスを置き、席を立つと救急箱を何処からか持ちだし、少女をソファに座らせると簡単な手当てを始める。
「あの……どうしてここまでしてくれるんですか?」
少女はテキパキと包帯を巻くアルフレッドを見ながらそう言った。 見ず知らずの人間、しかも明らかに厄介ごとを抱える人間を何故介抱するのか、という率直な疑問であった。
「……野良猫」
「え?」
「家の前にボロボロの野良猫がいて放っておくほど薄情でもないだけの話だ。 明日になったら警察にでも何処へでも連れて行く」
淡々とアルフレッドは応急処置を終わらせると少女を二階へ行くように促す。
「二階のベッドは使っていい、俺はソファで寝る」
「あ、あのっ!」
「なんだ」
「私をここに置いてくれませんか!」
「やだ」
アルフレッドは面倒そうな顔をして、ソファに寝転がるとにべもなくそれを断る。見捨てるほど薄情でもないが、わざわざ進んで面倒ごとを抱え込むほどのお人好しでもないのである。
「うぅ……そんなぁ……じゃあせめて、私を買ってください……」
「なんだと?」
「警察に行っても、私殺されます……お願いです……なんでもします、今私にできることはこれぐらいしかないですけど……!」
震える手でシャツを掴むと上半身裸になってアルフレッドに迫る少女、震えを抑えようと握りしめた手は真っ白になる。アルフレッドは暫し目を瞑ると、諦めた様にため息をつく。
「はぁ……服を着ろ、風邪引くぞ。 わかった事情は明日聞く、もし居座るならうちで働け」
「……へ?」
「お前みたいなガキンチョを買うほど女に困ってない。 居座りたきゃ掃除でもしてろ、俺は寝る、明日仕事だ」
ソファに倒れこむと眠り始めるアルフレッド、困惑する少女の声の一切を思考から遮断して、彼はこれから舞い込むであろう面倒ごとの数々に思いを馳せ憂鬱になりそうな気持ちを切り捨ててさっさと眠りについた。