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8 実技試験と黒筋

 実技試験が始まった。


 運の悪い事に、私は午前中のグループの一番最後だったみたい。

 集合時間よりかなり早めに来ていたせいで、いい加減待つのにも飽きてきた。

 兄上がもうちょっと、話相手をしていてくれれば良かったのに、妹の扱いが以前よりぞんざいじゃありません?

 集合時間の10分程前に長吉ニーナも来たから、やっぱり一緒に来れば良かったなと後悔した。


 順番が分からないように生き物もOKな複数の個室型の収納魔法(ポケ〇ンボールかよ!)が使える偉い先生に魔法をかけて貰い、呼ばれた順に解放されて、私達は試験に臨んでいた。

 面接みたいに大部屋で待たされて、誰が何番目に試験を受けたか分かると都合が悪いみたい、誰が上手くいったとか駄目だったとかが知られると、貴族間では色々と噂になるものなのかもね。

 終了後も魔法で出来た通路を通らされて、全然バラバラの位置で解放されるって聞いたし、徹底してるわ。


 やっと解放されて名前を呼ばれ、試験会場に入ると、そこはゲームで見たのと同じ、床も壁も天井も真っ白な、まるで体育館の様に大きな部屋だった。


「それでは、何でも構いません、何か一つ『召喚』して見せて下さい。」


 はい、キタコレ!

 この試験はゲームの内容と全く同じだ。


 召喚する物は、本当に何でも構わないらしい。

 入学前の私達では呼べる物の範囲も狭く、例え広くてもこの学園の敷地内程度だから、殆ど大した物は来ないらしいけど。

 位置が遠くて重たい物になる程、余程魔法のレベルが高くないと失敗しやすくなるので、大体は一番最初の集合場所に預けておいた自分の持ち物の中の軽い物、寮の部屋にある私物やここで飼う為に連れて来た小さなペット等、ささやかな物が中心らしい。

 ちょっとレベルの高い人は小鳥や小動物などの野生の生き物を呼べたりするけれど、そう言う時は送還魔法が使える先生が元の場所に戻してやるそうだ。

 なんで『召喚』は大抵の人が使えるのに『送還』は難しいんだろう? メンドクサイ仕組みだな。

 ちなみに、物凄くレベルの高い人だと遠くから妖精や精霊を呼び出して、そのまま自分の守護として契約する事さえできるみたい。

 上手くやれば泥棒や誘拐に使えそうだと思うけれど、物の場合は持ち主以外には反応せず、生き物の場合は(よこしま)な気配を感じて召喚に応じず、振り切って逃げれば失敗に終わるそうだ。

 悪い事を考えながら魔法を使えば魔力が汚れて、すぐ分かるらしいからね。

「悪いけど、ちょっと来てくれないかな?」と「おじさんは怖くないんだよ~、ウヘヘ、さぁおいで。」じゃ全然違うもんね。


 ちなみに、この話はこの前長吉(ニーナ)が私の部屋に来た時に実技試験の話になり、上手く会話を誘導して、数年前にあった同じ試験の内容を長吉ニーナから聞き出したものだ。

 ゲームの中では同学年の攻略対象者の内の一名と、長吉ニーナと、後は自分自身の召喚物だけしか分からなかったから、結構聞いていて面白かったな。

 流石私専用のアドバイザーだ! 情報通でありがたいぜ。


 ちなみに何も呼び出せなくても、その場で三~四回の再チャレンジが認められているし、本当に何も来ない場合でも、下のクラスに入れられるだけで入学取り消しなんて事にはならないって言ってたな。

 貴族の名誉を下手に傷つけると、物凄く面倒臭い事になるからだろうなぁ。


 さて、試験に集中集中っと。

 ゲームではリデルの召喚と共に柔らかな光が溢れ、聖なる守護獣の影が一瞬ハッキリ表れてすぐに消えた筈だ。

 先生達はそれを見て、リデルの優れた才能の片鱗に気づくのだ。


 ……そう言えば、聖なる守護獣ってどんなんだったっけ?

 全然覚えてないや、まぁこれから会うんだし、忘れていても問題無いだろう。


「用意は良いですか? 召喚の言葉が先生方にきちんと聞こえる様に、大きな声ではっきりと唱えて下さいね。では、始めて下さい。」


 試験官の先生の一人が、私に試験を始めるよう促した。

 ……あ、沢山の先生が並んでるから気付かなかったけど、後ろの方にエロ教師が居やがる。


 この世界の魔法の発動には特に決まった呪文等は無い。

 自分の心の赴くままに紡ぎだす魔力が、言葉となって口から発せられるのだ。


 えーと、ゲームの中でリデルは何て言ってたっけ?


『明りよ、我が召喚に応じたまえ』的な事を言っていた気がするけど、そんなに勇ましく無かったか?

 まあいいや、と私は自分の心が赴くままに召喚の言葉を大きな声で口にした。



「ヘイカモン!」



 唱えた途端に凄まじい煙と硫黄の匂いが辺りに充満した。


 煙の向こうから現れたのは、聖なる守護獣とは似ても似つかない、重厚な筋肉の鎧をまとった全身真っ黒の、背中に巨大な蝙蝠の羽と長い鞭のような尻尾を持った、身長2m以上ありそうな得体の知れない人型の怪物だった。



「魔翼種だ――――――!!!」



 先生達の誰かが叫び、辺りは騒然となった

……が、物凄い騒ぎの中、私は自分の思考に没頭していた。


(まぁ! 久しぶりの筋肉だわ! 中々良い肉体美してるじゃない! ……でも、悪いけれど総合評価は70点って所ね。顔が不細工なのも減点だけれど、毛が生えてなくてツルツルなのもね。やっぱり人類であって欲しかったな、人種差別(?)はしてはいけない事なんだけど…… )


「リデル・ポルポンヌ下がりなさい、危険だ!」

 試験官の先生の一人に腕を掴まれて、私はやっと正気に返った。

 うう、ずっと筋肉に飢えていたが為に、皆からあんまり良く思われていないチョイ悪な筋肉を呼び出してしまったみたい。


 真っ黒な筋肉、略して『黒筋(くろきん)』はバサリと大きく翼を広げ私の方に向くと、サイド・チェストのポージングを取りながら、何やら全く聞き取れない早口言葉みたいなのをつぶやき始めた。

 お、サービスしてくれているみたい、他のポージングも見たいな。

 何だ、良い奴じゃない。


「送還に応じず押し返せない、魔力が強すぎる!」

「応援を呼んでくれ!」


 辺りの騒ぎは大きくなる一方で、流石にどうしようかと悩み始めた時にそれは起こった。


 黒筋の足元に円形の光る模様が現れたかと思うと、凄まじい光がその模様から溢れ始めたのだ。


 全てが一瞬でカメラのフラッシュの様に真っ白に染まり、暫く目がチカチカして何も見えなかったけど、やっと視界が戻って来た時には黒筋はもう立っていた場所から居なくなっていた。


 あー……、騒ぎになっちゃったから気を使って自力で帰ってくれたのか、悪い事したな。

 ありがとう黒筋、私に筋肉を見せにわざわざ来てくれて。

 サービスしてくれたし、5点プラスして75点にしておくからね。


 くそ、向こうの方でエロ教師が腹抱えて笑っていやがる、覚えてろ ……ああっ! 床に円の形の変な焦げ跡が付いてる!


 先生方、何とか! 何とか説教で許しては頂けないでしょうか! 両親呼び出しだけは勘弁して!

 お説教だけならなんと! 今なら兄も付けちゃいます、先生方、お買い得でしょう?!

 兄上は優しいから私と一緒に叱られてくれるだろうし、母みたいに怒んないもんね。


 一体何をしたと数人の先生に詰め寄られそうになったけど、一番偉い先生が間に立ってくれて、追って沙汰(さた)すると会場から放り出された。





「リデルー!」

 試験会場からかなり遠くで解放されて、なんとなく寮に帰りたくなかったし、時間をかけて遠回りしながらトボトボと歩いていると、向こうの方から長吉ニーナが走ってきた。

「大丈夫だった? 探していたのよ! 何か、今日の午前中の試験の最中に事故があったって噂になっているんだけど。午後からの試験は急に中止だって指示が出されたのよ。」

 噂の広がり具合が早いな、誰が漏らしたんだ? 私の事まで知られて無いだろうな。

「わ……私、知らない。多分最初の方だったし。」

 私は嘘つきです、ごめんなさい。

「そう、それなら良かった! リデルに何事も無くて。私は多分中程だったから、良くは知らなかったのよ。 ……それにしても凄いわ、数日前にリデルが予想した通りの試験内容が来たじゃない、当たったね。」

「まぐれよ、たまたまよ。」

 嘘です、知ってました。

「リデルは何を召喚したの? 私は黄色い小鳥を呼んだわ。」

 それも知っています、ゲームのスチルで見ましたから。

 何を召喚したかと聞かれてもあんな事言えません。

「……私は寮の部屋に置いておいたマキンタさんに来て貰ったわ、もう先生に部屋に返して頂いたから今は持って無いけど。」

「ああ、あの可愛いぬいぐるみさんね。」

 相変わらず性格が良いな長吉ニーナよ、あんなブサぬいを褒めてくれるなんて。


 お喋りしている間に寮に着いたので、長吉ニーナと別れて自分の部屋に入ると、そこには黒筋以上のドス黒さのオーラが充満していた。

 ……その中心で佇むのは、一見いつも通りの笑顔の我が家のメイドさん、ルミナだった。


「お嬢様お帰りなさいませ、ところで本日、実技試験会場で何かあったようですが。」


 情報が早いな! メイドさん達の間の噂話は一瞬で千里を駆けるのか?

「一つだけお答え下さいませ、お嬢様は今日の試験で一体何を召喚なさいましたか?」

 ……怖い、黒筋には感じなかった恐怖をルミナからはビンビン感じる。

「わ……私は、マキンタさんに来て頂きましたわ。」

 冷や汗を掻きながら長吉ニーナと同じ嘘をルミナについた。

「マキンタさんなら、ずっとここに居ましたよ。で、本当は何を召喚なさったんですか?」

 うっっ……しまった!!

 ルミナは私の言葉にニコニコとした表情を崩さないまま、オーラを益々強くして私に告げた。

「お嬢様、どうぞ真実のみをお話下さいませ。」


 ……逃げられない。


 結局すべてを吐かされた私は、入学式までの数日間、針のムシロの上に座って過ごす事になったのだった。





「前代未聞の事態ですな。」

 苦り切った顔で年老いた教授はため息を吐いた。

「魔族を呼び出すなんて一体全体どう言う方法を使ったんだか。」

「本人自身にも予想外の出来事だったのでは? 呆然として固まっていましたが。」

 高齢の女性教授が言った。

「しかし、召喚するものに対しての想いが無いと、呼び出す事はできませんよ、召喚の言葉にも問題があったようですし。」

 イライラしながら壮年の男性教諭が発言した。

「あんな変な召喚の言葉、聞いた事ございませんよ。」

 年嵩の女性教諭が首を振りながら口にすると、隣の男性教諭がそれに答えた。

「緊張の為か奇妙な発音ではありましたが、『塀か? 門か?』と言っている様に聞こえました。出入り口の無い『塀』か招かれる為の『門』かどちらを選ぶのか、と召喚対象に問いかけていたのでしょう。」

「……まぁ、それなら言葉の意味は分かりはしましたが、彼女がやった事の問題は解決できませんよ。」

 疲れた顔の男性助教授が渋い顔で言った。

「一旦入学を認めた者を取り消した例は、今まではありませんでしたが……」

 痩せた教頭が小さな声で言った時、扉が空き一人の人物が入って来た。


「遅れて来て見れば、面倒事を回避するご相談ですか?」


 ミュール・シグマは全体を見回すと、空いている席に腰かけた。

「魔族を呼び出す程の実力を持った存在を、外に野放しにするおつもりで?」

 一瞬全員が息を飲んだが、すぐに年若い男性教諭が声を上げた。

「シグマ教授、どれだけ能力が高かろうが、私はあんな子の担任なんて御免ですよ! 貴方が面倒を見るとでも言うのですか?!」

 ミュールは持っていた本を開いた。

「確かにあの子があの存在を呼んだのは間違いないでしょう。しかし、あの時現れた光の奔流(ほんりゅう)に流されて生きていられる程の力を持った存在には到底見えませんでしたけれどね。」

「……あの光に何か心当たりでも?」

 若い女性教諭が訪ねると、ミュールは本をバサリと机の上に置き、そのページを全員に指し示した。

「試験会場の床に残った跡を調べた所、該当するものがありました。」

 ページには円形の中に聖なる者を表す複雑な文様が描かれていた。


「あの紋は400年前に失われた筈の聖獣、サンエストラのものです。」





※ゲーム内での情報:正しい召喚の言葉 「私に宿る(ともしび)よ、友来たる道を照らしたまえ。」



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