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2 混乱


 苦しい

 苦しい

 苦しい

 苦しい


 私はあの方に恋してしまった

 でも夜空の星が私に告げたの

 私とあの方は結ばれる事の無い運命だと





衛生兵(メディック)! 衛ー生ー兵――――(メディ―――ッック)!!」

 汗だくになって叫びながら飛び起きた私は、自分の体がどこも痛くもなければ何の不自由もない事にすぐに気が付いた。


――――――良かった!!! 夢だったか……。


 大声で叫んでしまったが、あんなにハッキリとした悪夢を見たのなら仕方がない。

 車と自分が一緒に焦げていく悪臭も、ガソリンだか血だかよく分からない地面を流れる液体も、泣き叫ぶ妹も全部夢だったんだ……。

 もうじきパジャマ姿のままの妹が隣の自分の部屋から

「お姉ちゃんうるさい!」

とプンスコしながら苦情を申し立てに来るだろう、夢の中で命懸けでお前を助けてやったのだ、ありがたく思え!


「……お、お嬢様?!」


 しかし、私に声をかけたのは妹では無かった。

最初から私の部屋の中に居たらしいその人は、黒のシンプルなワンピースの上にレースの飾りが付けられた白いエプロン、頭には名称の分からないヒラヒラの飾りのあるヘアバンドを付けた、いわゆる典型的なメイドさん衣装を着た可愛らしい若い女性だった。

 何故か腰を抜かしたように尻もちをついた格好のままではあったが

「良かった……、お気が付かれたのですね!」

と泣き笑いの表情で嬉しそうに言ったのだった。

「覚えておいでですか? お嬢様は庭先で滑って転んで敷石に頭をぶつけられたまま、二日間ずっと眠っていらっしゃったんですよ。」

 ……? そんな覚えは欠片も無いんだけど。

 大体家は道路に面した築二十六年の小さな賃貸マンションで庭なんて無いのですが?

 そこまで考えた時、今まで寝ていたベッドがいつも自分が使っている物と全く違っている事に気が付いた、拘って買ったミントグリーンの葉模様のカバーの掛かった羽根布団の筈が、暗めの臙脂色の重たい物になっている……しかもベッドの四方からは柱が伸び、それが屋根と重厚なカーテンを支えていた。

 私のベッドに屋根なんて付いて無かったぞ! そんな物付いてて堪るか!

 ……これはいわゆる漫画や海外ドラマで見た事のある、ハイソなお貴族様のご寝所(しんじょ)にある筈の『天蓋(てんがい)』と言う物ではないだろうか?

「ああ、すぐにご両親様をお呼び致しましょうね、本当に物凄くご心配なされていたのですよ。」

 アタフタと可愛いメイドさんが出て行った後、私はそっとベッドから起きだして辺りを見回した。

 部屋の中は記憶よりもずっと広くて見覚えの無い家具ばかり、着ている物はいつものクマ柄のパジャマではなく真っ白で長いワンピース状の寝間着、ベッドの隅に並べられたぬいぐるみは見た事の無い動物ばかりで、机に飾られた花は空色のバラだった。

 部屋の壁に掛けられた鏡を見つけた時、自分の中の誰かが「見てはいけない」と言った気がしたが軽い混乱の中、恐る恐る私はそれに近づいて行った。


 鏡の中に居たのは「私」とは似ても似つかない、薄い茶色の癖のある髪に綺麗な青紫色の目をした痩せた女の子だった。


 悲鳴を上げて卒倒した私が倒れる瞬間に思ったのは

「どうせ別人になるんだったら、洋ゲーのゴリラ顔ヒロインみたいなセクシー美女になりたかったな。」

という自分の身に起こった出来事に対して大変呑気なものだった。



 幸いな事に、気付けの薬を鼻先で嗅がされると私はすぐに目を覚ました。

 心配して騒ぐ大人達をよそに、私は先程鏡の中で見た人物に物凄く心当たりがある事を必死で脳内で訂正しようと頑張っていた。

 最悪だ……、現実に思考が追い付いて来ない、あの顔は妹のお勧めゲーム『黄昏のリトルスター』の主人公『リデル・ポルポンヌ』にそっくりだったのだ。

 勿論イラスト通りでは無く、現実世界の人間として無理の無い顔立ちになってはいたが、十中八九間違い無いだろう……。


 神様の馬鹿―――――――! なんで好きでも無いゲームのしかも主人公にならなきゃならないのよ!

 どうせなら散々やり込んだ好きなBLゲームで役割くれたら良かったのに。


いや……流石にBL好きとは言え急に男にされても困るか、知識はあっても実技は無理だし。


 欲しいのは傍観者としてニヨニヨとヲチりながら皆の恋を応援する立場! そう、例えば大ファンの大江戸珍言斎(おおえどちんげんさい)先生のシナリオだったら

 妹キャラのお(りん)ちゃんや真鶴姫(まなづるひめ)、くノ一の潮路(しおじ)一膳飯屋(いちぜんめしや)のお糸さんなんかが最高のポジションだったのに……。

 もうこの際、噂好きの長屋のおタネ婆さんや遣り手婆(やりてばばあ)のお紺さんでも大満足! 裏庭で飼われてるポチでも日向で寝てばっかりいるミケでも、長屋の天井裏に住んでるネズミでも桶の中で泡吐いてる出目金でも文句は言わないから!

 今からでも良いからそっちで目覚めさせて――――――


 ―――――っつーか! そんな冗談言ってる場合じゃ無かった! 妹はどうなった?! 無事なのか? 一番最後の記憶では泣き喚いていたから生きているのは確かだと思うけど、怪我は? 私が急に居なくなって今どうしているんだ? ちゃんとご飯食べてる? 学校行ってる? 両親に連絡は? あの子一人じゃ何にも出来ないのに! 帰らなきゃ! 早く帰ってやらなくちゃ! どうしよう!どうすれば良い?


誰か教えて!!

 

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