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1 妹

  

 この子は星だ

 黄昏の中最初に光る

 気高き星そのものだ

 ほら

 やがて来る宵闇を写す瞳の奥に

 小さな光が宿っている


 光れ

 光れ

 小さな星よ

 悲しき闇を

 照らし出せ




 昔から妹には弱かった。

 小さい頃から両親よりも常に私について回っていた甘え上手な妹は、いつでも可愛くて仕方がない存在だった。

 ついつい甘やかし、両親に叱られても近所の悪ガキに虐められても必死に庇ったおかげか、妹は健やかにのびのびと少々脳味噌の辺りが痛々しくも元気に育って行った。

 仲良し姉妹で長年過ごし、私が就職の為に一人暮らしを始めると妹も大学進学の為という名目で当然のごとく私のマイホームに押しかけてきて一緒に暮らし始めた。

……流石にいくら可愛いとは言え最近は少々目障りになり始めたのだが。


「おね~ちゃ~ん! ねぇねぇコ・レ・このゲームやってみてよ、本当に最高なんだから~! シナリオも最高だし~キャラデザも最高だし~とにかくラストが最高なの~! ね、やってみてぇ~そして語り合お~!」

 妹のボキャブラリーの貧困さに頭痛を覚えながら、それでも何とか冷静に会話を試みた。

「あ~最高なのね~、一言の内に最高という言葉を四回も使うほど最高なのね~、でもお姉ちゃんゲームよりも、もうちょっとお勉強の方をしっかりして欲しいな~って思ってるんだけど……。」

 折角私と違って綺麗で恵まれた容姿をしているんだから、もうちょっと中身にも磨きをかけてくれ。

「え~、そういう事言いだすのはババァの始まりなんだよ。もっと若々しく生きなきゃ一生彼氏できないよ。」

 余計なお世話だ! 大体最初はバイト代で光熱費だけでも折半して払うって約束した癖に全てゲーム関連につぎ込みやがって!

 しかも私と趣味の合わない乙女ゲーム? とかいうジャンルで、何が楽しいのかさっぱり理解できないし。

「お姉ちゃんがこの前勧めたゲームはやらなかった癖に。」

「何のこと? オーワタシニポンゴワカリマセーン。」

……そろそろ殴ろうか?

私がこの前お勧めしたゲーム、この子ったらチラ見しただけで後ろ向きのままゴミ箱に放って華麗に3Pシュート決めやがったのよね。

 確かにジャンルはBLだったけど、あれこそ最高傑作だったのにな。


『薔薇柄ふんどし御庭番 ~御屋形様への桃色恋文~(18禁)』


 筋肉質で脳筋な毛だらけ髭だらけの男達の恋愛バトルが熱い名作なのに。

 三角四角五角関係ネトラレリバース下剋上当たり前の、今までにないダイナミックなシナリオが物凄くお勧めだったのに、何が気に入らなかったんだか?

 色々と思い返してたら何だか無性に腹が立ったので、力いっぱい奴の顔面に利き手でアイアンクローをかけておいた。

 凄まじい悲鳴を上げていたが知るものか! 姉の愛を思い知れ。


 それでも可愛い妹のおすすめと言う事で仕事が忙しい中、睡眠時間を削りながらも発泡酒とスルメの足をお供にその最高ゲーとやらを進め始めたのだが、何というか微妙にモダモダする話だった。

 タイトルは『黄昏のリトルスター』とか言う、それから内容が読み取れる訳でも無い、特に何の面白みもインパクトも無い物だった。

 内容はいわゆる異世界の学園もので、聖なる守護獣の加護を受けた身分低めだが健気で可愛い主人公が、その国の王子様&その他諸々のイケメンに共に見初められ、美しきライバル達や嫉妬して意地悪してくる女生徒達の妨害を受けながらも、持ち前の優しさと天賦(てんぷ)の魔法の才能で様々な障害を乗り越えて、最終的には恋する相手と永遠の愛で結ばれるって感じのありがちなストーリーだった。

 画面の中では昔の少女漫画チックなお耽美でキラキラとした夢の世界が繰り広げられていて、いつもやるゲームとの違いに頭がグラグラした。

 まぁ確かにイラストは非常に綺麗で良かったのだけど……。

 シナリオは悪くはないが別に良くもなく、甘ったれでつまらない事でいつまでもグズグズ悩む主人公も、下らない虐めをする女生徒達も、胸毛も脛毛も生えてなさそうな、肝心な所で全く役立たずのお綺麗な王子&その他諸々の野郎共も

「どいつもこいつもナヨナヨしやがって! お前ら今すぐ全員そこに整列しろ! 端からビンタくれてやる!」

と心の中で密かに思う程度にはイライラした。

 まぁ、最大のライバルである高貴なお嬢様はきっちりと自分の筋を通していたのでビンタから見逃してやっても良いかも知れないが。

 あのお嬢様、ちょっと顔立ちが妹に似てるんだよね、妹もあんな風にシャキッとしてたらもう少し賢そうに見えるのに。


 毎晩噛み締めまくったスルメで顎を痛めつつ、それでも一通りのグッドエンドをちゃんと見てから妹に返したのだが、奴ときたら

「え~、まだそれやってたの? そんなのよりこっち! こっちのゲームやってよ、今度のは本当に最高なんだから~。」

と似たような別のゲームを差し出しながら、ふざけた事を抜かしやがったので、今度は両手で力任せのアイアンクローをダブルで食らわせておいた。


 久しぶりに……キレちまったよ……。


 次の日、大学の授業の関係で遅くなった妹と偶々(たまたま)早めに帰れた私は久しぶりに夕飯を外食にしようと待ち合わせをする事になった。

 下らない事でケンカになってもやっぱり仲良しな姉妹なので、次の日まで(わだかま)りを残す事は大抵の場合皆無なのだ、あの子アホだし。

「コッテリした物が良いな、カツ丼とか天ぷらとか。」

と言う妹を尻目に、無理やりオーガニックで野菜だらけなシャレオツなイタリアンに入ってやった。

 お前のクソゲ…… お勧めゲームを消化する為に、最近毎晩発泡酒を(あお)っていたせいで私の体重は現在危険がピンチで大変ヤバいのだ!

 いくら食っても痩せてて可愛いお前とは私は人種が違うのだよ、金を出すのはこっちなんだからグズグズ言うな!

 妹はブーブー言いつつもチーズたっぷりのピザを頬張る内にご機嫌になり、店を出る時には酒を飲んだ訳でもないのにテンション高く歌いながらスキップしていた。

 夜も更けあまり人通りも無いから良い物の、その年齢でこの状態はかなり痛々しいぞ妹よ。

 お姉ちゃんはお前の将来が心配です。


 車の通りが少ない直線道路の歩道をのんびりと歩きながら、ふと妹が口ずさんでいる歌が最近ずっと聞いていた曲だと言う事に気が付いた

 腐る程聞いたので既に聞き飽きたあのキラキラ世界の主題歌だ。

「それ、もう飽きちゃったゲームの曲でしょ?」

「え~、まぁ別の作品に浮気はしてたけど~、今日の午前中に一番お気に入りのルートをちょっとだけやり直したら、やっぱり良いな~って思ったりして。」

「今日の午前中は授業があった筈……サボりはギルティだね、両親に報告して来月の小遣い減額、又はトイレ掃除一ヵ月どっちか選べ!」

「きゅ……休講! 急に休講のメールが来たの! 本当に本当だから!」

 妹からスマホを取り上げ確認すると、確かに一・二限の先生からのメールが入っていた。

 命拾いしたな! 高校の頃なら多少大目に見た事でも、もういい年齢だし少々厳しくする事に決めたのだ!

 社会人になってから簡単に心が折れてニートにでもなった日には目も当てられないし、これも愛情だ。

「ねーねー、お姉ちゃんは誰が一番良かった? 皆それぞれ個性的で素敵なキャラばっかりだったでしょ?」

「えーと……そうだなぁ……」

 ハッキリ言うと全員私の好みからは外れているんだよね、殿方は大柄で汗臭く毛だらけで筋肉質な熊やゴリラが一番美しいと思う。

「アンタはどの人が一番好きなの?」

 それを言って機嫌を損ねられても面倒なので、ごまかす為に妹に振る事にした。

「え~、私はね~……」

 妹が言いかけた時、向こうから猛スピードで一台の車が蛇行しながらこちらへ向かって来るのに気が付いた。

 車のバンパーは酷く凹み片方のライトが壊れて消えているのが見て取れた、どこかで事故を起こしてパニックになった運転手がアクセルを踏み込んで現場から逃げ出して来た……とか…………?

 思考が纏まる時間も無いまま、車が歩道を乗り上げて此方に突っ込んで来る瞬間、固まった妹を咄嗟(とっさ)に突飛ばせたのは私にとって何よりの幸いだった。




「お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん…」

 焦げ臭い匂いが充満する車体の下、指一本動かせずに妹の激しい泣き声を聞きながら、私の意識は次第に遠退いていった。


初投稿になります。

のんびりと投稿して行きたいです。

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