第八話
時間がかかってしまった。
〆切はないけれど、も少しペース上げたいなぁ
ヨウは分かっていた。
ナナの話が一段落したところで、ティータイムにしましょうとヨウがテーブルの上に出したのは、一人ずつガラスのカップに色々なものが盛り合わさっているスイーツである。
盛り合わせは幾つかの層に分かれていて、一番下はチョコレート色のスポンジケーキ、その上にカスタード、イチゴジャム、生クリームの順番に重ねられ、何種類かのベリーがトッピングされている。
「綺麗なお菓子ですね。先輩が作ったんですか」
「ええ、私、趣味がお菓子作りなの。これはトライフル。イギリスの駄菓子ね」
「え、これが駄菓子?」
日本で見られる駄菓子と言えば、お米を水飴で固めた「おこし」や水飴を練って食べる「練り飴」ぐらいしかココノは知らない。こんなカラフルなものが駄菓子とは、イギリスという国はどうなっているのだろうか。
「元々は残り物を雑多に盛り合わせただけのお気軽スイーツなのよ。一応基本形はあるけど決まったレシピもないの。イギリスだと定番のお茶請けらしいわよ」
らしいというのはミイ先輩あたりから利いた話ということだろう。それより出されたトライフルの数を見て、ココノは不思議に思った。部屋には今4人しか居ないが、トライフルは5つある。その理由を聞く前にノックの音がした。
入って来たのはムウである。ムウは挨拶もそこそこに、さも当然と言った体でヨウの隣に座った。なるほどね、とココノは思った。
「顔合わせの時は披露しなかったけど、私の能力のこと覚えてる?」
「えっと、確か水の中でも息ができると聞いたと思います」
「そう。でも実際は私の能力じゃなくて魔物の能力なんだけど、魔物は酸素呼吸しないでしょ。本当の能力は水中呼吸じゃないのよ」
「それはフウ先輩が空を飛ぶのは実は物を圧す能力で、その反発力を応用している結果、みたいなことですか」
「うん。そう。じぁ、私の本当の能力が何か分かるかしら」
「えっ?えっと、水の中から酸素を得るにはエラ呼吸。って、呼吸は関係ないのか。あ、そうか、電気分解ですね」
「まあ正解。私の中の魔物は分子結合をほどくことができるの」
「分子結合をほどく?普通の電気分解とは違うんですか」
「そう。水の電気分解ってだけならムウ先輩の放電でもできるでしょ。私の場合は水だけじゃなくて、空気中の二酸化炭素からでも酸素を取り出したり、色んな毒を解毒したりできるの。私は海に潜るのが好きで、いつも手伝ってもらうの」
「手伝ってもらう?」
「そう。本当は私の能力じゃなくて、やってくれるのは魔物さんだからね」
「ヨウ先輩の魔物もしっぽナみたいに自己主張してくるみたいなことですか」
「私のはしっぽナみたいに表に出てくることないけどね。私とは別の意識として居るのは分かるわよ。能力も私の意思で勝手に何でもはできないの。魔物さんが必要だと思わないとやってくれないのよね。彼がその気になれば錆びた鉄を元に戻すとか染み抜きするとか、デモンストレーションもできるんだけど、気難しいところがあって、そういう見せ物になるのは嫌いなのよ」
サキ先輩やフウ先輩などは全く自分の意思で能力を使いこなしているように見えたが、それは魔物が素直に従ってくれているかららしい。ナナやヨウが顔合わせの時にパフォーマンスを見せなかったのは一重に魔物の性格ゆえということか。
「学年ごとに魔物の性格がきつくなってるのよ。サキ先輩たちのはまるきり人間に従ってくれてるし、ムウ先輩たちのも対等の存在として基本協力的に動いてくれるじゃないですか。でも私とナナは魔物のほうが主導権を持ってるって感じでしょ。私が水中で息ができるって言っても、本当は魔物さんが、私が死んだら困るから、仕方なく息ができるようサポートしてくれるようなものだもの」
「性格がきついだけじゃなくて、それだけの実力もあるのよ。強いというか格が高いというか」
ムウがそう付け加えたが、ココノは納得できなかった。ヨウの能力は実際を見ていないし、ナナの能力は凄いとは思うが、どちらも戦闘向きの能力とは思えない。ケンカになったらサキ先輩やイツキ先輩のほうが勝ちそうな気がする。
「あ、ココノ、私たちのほうが強いって信じていないでしょ。私たちの能力は地味だと思ってるでしょ」
「え、ヨウ先輩も心の声とか聞こえるんですか」
「聞こえないわよ。そんなの聞こえなくても顔に書いてあるもの、分かるわよ」
「か、顔に…。すみません」
「人間として私たちのほうが強いとか偉いとかって話じゃなくて、あくまで魔物さんの同士の力関係があるってこと。例えばイツキ先輩がその気になればサキ先輩たちの能力を止めることができるけと、しっぽなナや私の魔物さんは止められない。逆にしっぽナの幻術はイツキ先輩にも通じる。勿論私も騙されるけれど、私の魔物さんはそれを無効化できたりするの」
「逆にいうと、魔物の力が弱い人ほどチーム内での立場は上になってるってこと。能力のないレイ司令を含めてね」
ムウが補足するのを聞いて、それは面白いなと思った。ココノは下剋上という言葉も知らないが、普通は力の強い者が上に立って弱い者を下に従えるものだと思っていた。弱い者が力を付けるとそれまで上にいた人を倒して自分が上に立とうとする。それは当然なことかも知れないが悲しいことだと思っていた。だから「強い者が弱い者のために行動する」ということが、とても平和で気持ち良いもののように感じたのかも知れない。
上になるほど柔らかくなっていたトライフルは既に腹の中に入ってしまったが、このお菓子も演出の一部なんだと気が付いた。しかし、自分が独り最下級生、つまりはチーム最強の存在であることには気が付かなかった。
ヨウの紹介というより、9人全体に関わるネタバレ話になってしまいました。
次話予告
ココノの紹介。というより、やっぱり全体のネタバレの続きという感じになります。