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第八二話 元・《魔王》様、高位貴族と顔を合わせる


 ラーヴィルとアサイラスの国境沿いには複数の砦が存在する。

 我々が飛んだ先は、もっとも堅牢な場所であった。

 周辺の地形関係などから、極めて攻めやすい環境にあるため、必然、駐屯する兵の数や防衛設備の質は高くなる。


 だが……

 どうやら敵方は、この砦の防衛能力をなんとも思っていなかったらしい。

 あるいは、砦に関する情報収集のためだろうか?

 俺達が色々とやっている間に、敵軍の襲撃があったようだ。


 砦の内部に転移した瞬間、我々は傷付いた兵士達を目撃する。

 戦を終えたばかりといった姿の彼等は、心を昂ぶらせており、突如現れた俺達に鋭い殺気を向けてきた。


「なんだ、こいつら!?」

「また敵襲かッ!?」


 オーク兵のときとは違い、反応が荒々しい。

 とはいえ、彼等の殺気はすぐさま消失する。


「お、おい。あの坊主……じゃなくて、あの坊ちゃんは……ミシェル様じゃねぇか?」

「ジニー様もいらっしゃるぞ……!?」


 二人の姿を確認したことで、こちらを味方と判断したらしい。

 そうした彼等に、ジニーが堂々とした様子で前へと出て、口を開いた。


「どうやら一仕事終えたようで。皆様、本当にお疲れさまでした。私達もまた、ついさきほど任務を完了したところです。アサイラスの野蛮人達を、街から一掃いたしましたわ」


 さも自分の手柄のように語るジニー。

 本当は俺のおかげであるということを強く主張したかったのだろうが……

 彼女は実に聡く、大人である。

 こういうとき、見知らぬ少年の手柄を主張するよりも、見知った貴族が手柄を主張したほうがわかりやすい。

 そのわかりやすさが、兵士の士気を向上させるのだ。


「おぉッ! さすがサルヴァンのご令嬢ッ!」

「スペンサーのご子息共々、若くして将の器を持っておられるとは!」

「俺達の生活も、安泰ってもんだな!」


 ジニーやミシェル、そしてエラルドは兵士達にとって、将来の主人。

 その有能性を証明することもまた、士気向上に繋がる要因となる。

 将来有望な主人。そして将来安泰な生まれ故郷。それらを守ろうと、必死になるのだ。


「……ごめんなさい、アード君。手柄を横取りするようなことをして」

「いいえ。気にするようなことはありません。むしろ堂々と胸を張りなさい。貴方の判断は大正解です」


 心身共に傷付き、俯いていた兵士達が、今や意気軒昂としている。

 これならば次、どのような襲撃があっても勇敢に戦うことが出来るだろう。


「……さて。ではジニーさん。そしてミシェルさん。貴方達のご両親に、戦勝報告をいたしましょうか」

「えぇ、ミシェル様の父君、ジェラルド様。そして……私の母、シャロン。お二方はきっと、兵舎にて軍議の最中かと。そちらへご案内いたしますわ」


 ジニーは落ち着いた様子であったが……ミシェルは、ガタガタと震えて、冷や汗を掻いていた。


「うぅ……やだなぁ……父上になんか、会いたくないなぁ……」


 この反応からして、公爵殿がどういった人物であるか想像がつく。

 ともすれば、ヒリつくような展開がやってくるやもしれん。

 そう思い、肩を竦めながら、俺は皆と共に歩いた。

 そして、ジニーの案内のもと、一際大きく作られた兵舎の中へ。

 すれ違う兵士達から敬礼されつつ進み、会議室と銘打たれた部屋の前に到着した。

 どうやらジニーが予想したとおり、室内では侃々諤々とした軍議が展開されているようだ。

 ドアの前から漏れ出て来る声を聞きながら、ジニーはミシェルに目をやって、


「ミシェル様。ノックを」

「えっ。い、いや、でも」

「私は貴方様の御家、スペンサーの家来。それが主人を差し置いて先頭に立つなど、あってはなりません。さぁ、お早く」

「うぅ……! わ、わかりました……!」


 注目されることを極度に嫌っているのだろうな。その気持ちはなんとなしにわかる。

 彼は子犬のようにプルプルと震えながら、ドアをノックして、意を決したように叫んだ。


「ジェラルド公の次男! ミシェル! 報告に参りました!」


 すると次の瞬間、室内から漏れていた声がピタリと止まった。

 前後して、厳かな声が飛んでくる。


「入ってよし」


 腹の底に響くような重低音は、おそらくエラルドやミシェルの父、ジェラルドのものだろう。

 その声にビクビクと怯えながら、ミシェルはドアを開け、会議室へ入った。

 我々もそれに続く形で、足を踏み入れる。

 会議室には無駄な飾り気など皆無。中央に円卓が置かれ、それを囲むように複数の男女が座っている。

 軍議を行うためだけの空間といった室内には、やはり独特の緊張感が漂っていた。

 それは重大な将来決定の場であるから、というだけでなく……

 一人の男が放つ、強烈なプレッシャーも要因であろう。


「報告せよ」


 短い言葉を放ったあの男が、ジェラルド公か。

 なるほど、絵に描いたような、「恐ろしい武人」だな。

 エラルドやミシェルの生家、スペンサーは、古くから続く武門の一族だ。

 ジェラルドの面貌は、それを象徴するようなものだった。

 屈強な強面に、無数の傷跡が刻まれている。それはまさに戦士の面構えである。

 あの顔面で睨まれようものなら、泣き喚く子供さえ黙りこくってしまうだろう。

 そんな彼に対し、ミシェルはおどおどしながらも、口を開いた。


「サ、サミュエルにおける鎮圧作業! 並びに、占領された砦の奪還! 両任務を今し方、完了いたしました!」


 この報告に、円卓を囲む者達が僅かながら表情を緩めた。


「なんと……! まだ出陣してより一〇日と経っておらぬというのに……!」

「スペンサーの子息は、こうでなければならぬ」

「サルヴァンのご令嬢もなかなかの器量を有しておられるようですな」


 一人の老将が、ある女の顔を見る。

 それはジェラルドの隣に座った、美しきサキュバスであった。

 桃色の髪と、垂れ目気味な瞳。穏やかな風貌。

 そうした特徴は、ジニーと一致する。

 彼女は間違いなく、ジニーの母君であろう。


 そんな彼女は娘に微笑むのみで、一言も発することはなかった。現場の空気や、自らの立場などを考えたうえでの判断であろうな。 ……その横で、ジェラルドは戦勝報告に対し、ニコリともしなかった。

 厳めしい顔でミシェルを見据えながら、やはり短い言葉を放つ。


「詳細を述べよ」


 ここで、ミシェルの貴族としての手腕が試される。

 現在に至るまでの内容を馬鹿正直に話そうものなら、三流以下だ。

 ここは事実を湾曲し、あくまでも自分や兄の手柄であると主張したうえで、さりげなくジニーの手柄もアピールしておく。

 それが正解……だったのだが。


「あ、兄上様と、ジ、ジニーさんは、立派に戦われました! し、しかし、《竜人》種の乱入により、私とジニーさんは囚われの身となり――」


 どうやらこの坊やは、貴族としての才覚がこれっぽっちもなかったようだ。

 ありのままの事実を、湾曲することなく口にした。

 それが大失敗であることは、貴族の子供であるイリーナやジニーは当然のこと、あのシルフィーでさえ理解している。

 皆一様に、「あちゃ~。やっちゃったよ、この子」みたいな反応だった。

 そして。

 そんな報告を聞かされた面々もまた、苦渋を顔に浮かべている。


「そ、そして、アード・メテオールさんのご活躍により、全ては――」

「ミシェル」


 報告の最中、ジェラルドが額に青筋を浮かべ、息子の名を呼んだ。

 ただでさえ恐ろしい風貌の男が、怒気を放っているのだ。

 それはもう、ミシェルにとっては、石化してしまうほどの恐怖であろう。

 そしてジェラルドは、静かに、それでいて確かな怒りを感じさせる声で、言った。


「出て行け」


 拒絶を許さぬ調子で放たれた命令に、ミシェルは「ひゃいっ!」と叫びながら、逃げるように部屋から出て行った。

 その後、ジェラルドは俺の方を見て、


「息子が、世話になったな。ミシェルと、そして……エラルド。貴様は当家と、ある程度の縁を持っているらしい」


 その言葉は感謝の念から来るもの、ではない。

 むしろ逆。

 こちらのことを、心底から不快に思っていると、そういわんばかりの目つきであった。


 どうやらこの男、典型的な「お貴族様」であるらしい。

 平民を見下し、徹頭徹尾、同じ人間として捉えてはいない。

 そして、自分の価値観を絶対のものと信じている。

 ……この手の類いは、相手にするのが実に面倒である。

 適当に受け流すのが得策か。


「私のような卑しき平民が、公爵家との縁など、とてもとても……」


 畏れ敬う調子で口にしたが、それはそれで腹立たしかったのか、ジェラルドは怒気を強めた。

 あぁ、やっぱりめんどくさいな。こういうタイプの人間は、何を言っても怒るのだ。

 だからもう、本当なら関わり合いになりたくない。

 しかし現状、そういった選択は出来ぬ。

 おそらくこの戦、俺が加わらねば早期収束は望めまい。

 ゆえにこの場では、後の面倒ごとを覚悟して振る舞おう。


「畏れながら、ジェラルド様。今は非常事態にございます。少なくとも、平民如きにかまけていられるような状況ではありません。よってすぐさま、軍議の続きを。そして、我々もそこに同席させていただきたく存じます」


 少々、あけすけな物言いであったことは自覚している。

 ジェラルドを始め、場に座る者達のおおよそが、不快感を示していた。

 平民の分際で生意気な。そんな考えが面に出ている。

 さて、この貴族主義者共をどのように納得させるかな。

 そう考えた、矢先のことだった。


「そいつらも軍議に加えてやれ」


 ドアが開けられ、そして、一人の少年が入室する。

 エラルドであった。

 彼は一瞬、ジニーと目を合わせたことで、バツの悪そうな顔をする。

 ジニーもまた、複雑げな表情で俯いた。

 そうした彼女から目を逸らし、どこか淀んだ空気を放つエラルド。

 その気分を別方向に逸らすため、俺は問いを投げた。


「随分とお早いご到着ではありませんか。貴方と別れてより、まだ一時間と経ってはおりませんのに」

「そりゃアレだ。オメーが見せた転移の魔法な。その術式をコピーして、オレでも使えるようにアレンジしたんだよ」

「……ほう」


 かつて皆は、エラルドのことを神童と呼んでいた。

 当時は現代の常識を知らなかったがため、俺は彼のことを無能と判断していたのだが……常識を備えた今、評価は真逆となっている。

 古代の連中に比べれば劣るとはいえ、現代生まれとしては、まさに神童と呼ぶに相応しい。術式のコピーにアレンジ。いずれも現代生まれが易々と出来る代物ではない。


「まぁ、オリジナルに比べると微妙だけどな。目的地に到着するまで、何度も中継を挟まにゃなんねぇし」

「それでも素晴らしい技量にございます。さすがと言うべきでしょうか」

「よせやい。オメーの褒め言葉は皮肉と表裏一体だっての」


 肩を竦めてみせるエラルド。

 どうやら淀んだ気分は消えたようだな。

 彼は改めて、父・ジェラルドに向き合うと、


「親父も知っての通り、アード・メテオールは大魔導士の息子だ。んで、ここにいるエルフは、イリーナ・リッツ・ド・オールハイド。英雄男爵の娘だ。で、こっちの紅髪は……」


 シルフィーは「むふんっ」と、なぜだか得意げな顔となって胸を張る。

 だが、エラルドは額に脂汗を浮かべて、


「え~~~~~っと……………………誰?」

「だわっ!?」


 この言葉に、シルフィーがずっこけた。

 まぁ、致し方あるまい。この場にて、現代での肩書きを持たぬ、唯一の存在だからな。

《激動の勇者》その人であると言ったところで、誰も信じはすまい。

 シルフィーもこれまでの経験から、そのように判断したらしい。


「なんだか最近、アタシだけ扱いが酷いような気がするのだわ……」


 ふて腐れた様子で、唇を尖らせるのみだった。


「とにかく。アードとイリーナを軍議に加えれば、二人の両親による加勢も期待出来るぅてことだ。オメー等も、かの大英雄の力は知ってんだろ?」


 強面な大人達に臆することなく、むしろ睨みを利かせながら言葉を紡ぐ。

 その堂々とした振る舞いは、公爵家長男として相応しいものだった。

 彼の父、ジェラルドもまた、同意見だったのか。

 不満を抱えつつも、納得はしたらしい。


「……全員、座れ」


 そして、軍議が再開される。

 まず口を開いたのは、エラルドであった。


「どうやらオレ達がサミュエルに行ってる間、襲撃があったみてぇだが。軍の現状はどうなってんだ?」


 この問いかけに、参加している将の全てが沈黙した。

 重苦しい空気を纏う彼等に変わり、ジニーの母……シャロンが答えを紡ぎ出す。


「先ほどの一戦、どうにか撃退は叶いましたが、結果として多くの兵を失いました。将官の戦死者は皆無ですが、しかし」

「歩兵の多くをやられたってわけか。チッ、最悪だな」


 ゆえに現状、この砦がもっとも手薄となっているようだ。

 そう、最大の守りを固めねばならぬこの地が今、一番危うい状況となっている。

 ならば当然、真っ先に考えるのは――


「他の砦から、人を集めた方がいいんじゃないの?」


 イリーナが言う通り、人をかき集めるというのが一番手っ取り早い。

 だが、それは難しかろう。


「アサイラスの兵はまず、物量的に優れていると聞きます。そのうえ精強であるとか。よって全ての砦に対し、波状攻撃を仕掛けることが出来る。となれば」

「あ~、そっか。じゃあ人を集めるのはダメね。ここを守ることが出来ても、他の砦が落ちちゃうし……」


 そうだ。人を集めれば必然、この場以外の要所が手薄となる。

 守るべきはこの砦だけではない。国境より先に侵入させぬことが、最重要ミッションとなる。そのため、他の場所から人員をかき集めるといった手段は不可能。

 それならば――


「周辺の貴族達に助力を願い出ればいいのだわ」


 シルフィーの発言も、一つの正解ではある。

 けれども、そのような考えは当然、この場に座る誰もが脳裏に浮かべ、そして不可能と判断した内容であろう。

 それを証明するように、エラルドがため息を吐いた。


「貴族ってのは実にアホらしい連中でな。嫉妬心も強けりゃ、プライドも高い。それらが連鎖しまくった結果……ウチの家はまぁ~、クッソ面倒なことになってんのさ」


 エラルドは言う。彼等の血族はこの国が生誕して以来続く、公爵家の一族であると。

 長年の歴史を有し、国家繁栄にもっとも尽力したという自負があると。

 だが、それゆえに。

 スペンサーは代々、他の貴族達に高圧的な態度を取り続けてきた。


「さっきも言った通り、貴族ってのはプライドの塊みてぇなところがある。だからな、上位者を素直に敬うなんて考えはこれっぽっちもねぇ。心に在るのは、上の立場に居る連中への嫉妬心と、下克上の意思だけだ」


 頭のいい家であれば、そうした連中を手練手管を尽くして籠絡し、自勢力として取り込むもの。だが、よく言えば誇り高い武門、悪く言えば脳筋馬鹿の集まりであるスペンサーは、それを潔しとしなかった。

 むしろ小賢しいと一蹴し、絶対強者としての高圧的な態度による支配のみを行ってきたという。

 そしてエラルドは頬杖をつき、ため息を漏らしながら言った。


「ウチは代々、外交がヘッタクソだ。そのせいで周辺貴族にゃ敵しかいねぇ。そいつらに兵を寄越せなんて言っても、アレコレ言い訳して応じるわけがねぇ。……はぁ。人望も友情もねぇから、こういうときにピンチになる。この状況はオレとあんた、両方の責任だぜ親父。今後はもうちょっと、友達作る努力をした方がいいんじゃねぇの」


 批難めいた視線に、ジェラルドは「ふん」と鼻息を鳴らして一蹴する。


「賢しさなど不要。我等は常に、武力で以て道を切り拓いてきた。それは今後も変わらん」

「今後があればの話だがな。……シャロン卿。敵の第二波はいつ来るのか、予想は立ってんの?」


 エラルドの問いに、シャロンは苦々しい顔で頷いた。


「内偵による情報が正しければ……およそ一〇日後、けっこうな数を集めて、一気にこの砦を突破すると、そのような戦略が立てられているとのことです」


 風の噂であるが、シャロンやジニーの家、サルヴァンは代々、諜報活動を得意としているという。

 サキュバスという種族が有する特性の一つ、魅了(チャーム)。これを用いることで対象を骨抜きにして、情報を引き出す。

 どのような拷問にも屈しない戦士であろうと、彼女等の特性にかかれば、すぐさま奴隷も同然になってしまうのだとか。

 そのため、もたらされた情報には信憑性が高い。


「……なるほど。つまり状況をまとめると、こんなところか? 一〇日以内に敵の大軍が攻めてくる。それに対し、こっちは最低限の頭数も揃えらんねぇ。寡兵で精強極まりないアサイラスの軍勢を相手取らにゃならん、と」


 ハッキリ言って、絶望的な状況である。敗北は濃厚であろう。

 だからこそ皆、さっきから俺やイリーナにちょくちょく視線を送ってくるのだ。

 口にはしないが、多くの者がこう思っている。

 我々の親、即ち、大英雄の助力さえあれば、と。

 何せ彼等は、弱体化していたとはいえ、復活した《邪神》をも打倒するほどの存在だ。

 その力量はまさに一騎当千。彼等が加われば、勝ち筋も見えてくる。

 しかし……


「我が父母、そして英雄男爵殿が戦列に加わることはありません。このアード・メテオールが、此度の戦を勝利に導きましょう」


 この宣言に、イリーナやジニー、シルフィーとエラルドの四名は「まぁ、そうなるだろうな」という確信を抱いた様子で頷いた。

 だが、俺の力を噂程度にしか知らぬ者達は懐疑的な目を向けてくる。

 特に、ジェラルドは忌々しげにこちらを睨み、


「大言壮語を吐くな、小僧。貴様などに何が出来るというのだ」

「先刻申し上げた通り……勝利の栄光を、皆様に」


 ジェラルドの眉間に寄った皺が、ますます深いものとなる。

 だがとりあえず、こちらの手腕を見ようという考えにはなったらしい。

 沈黙し、先を促すように見据えてくるジェラルド。俺は彼を始め、全員の顔を見回しながら問い尋ねた。


「兵を失ってより、どれほどの時が経ちましたか?」


 答えを送ってきたのは、シャロンであった。


「およそ、三日は過ぎているかと」


 ふむ。ならば、失った兵士を蘇生させて戦力補給というわけにはいかんか。

 三日経てば霊体は冥府へと移り、死者の蘇生は永遠に不可能となる。

 もっとも、これは想定の範疇。

 頭数などなくとも、戦に勝利することは出来る。

 まずは陣地の設営だな。

 おあつらえむきに、円卓のうえには国境周辺の地図が広げられていた。

 俺は魔法によって長めの指揮棒を作り出すと、それで地図の一点を突き、


「相手方はこちらの現状を知り、大軍で以て攻め潰して来る……といった結論は、あまりにも短慮が過ぎます。相手方は間抜けな脳筋集団ではない。戦上手のアサイラス。であれば、姑息な策を用いてくる可能性が高いとみるべきでしょう」


 この言葉に、老将の一人が口を開いた。


「姑息な策? あの蛮族共が、賢しい戦術を用いると?」


 懐疑的な目線に、俺は肩を竦めた。


「多くの国々が、アサイラスを蛮族国家と呼ぶ。そのように侮蔑することは別段、問題ではありませんが、しかし……相手方を侮るというのは、いかがなものかと」


 アサイラスは野蛮人の集まりで、敵勢力を陵辱することのみを楽しみに生きているような連中だ。それは間違いない。

 だが、その歴史を紐解いてみると……

 ただ野蛮な、愚者の集団ではないことが理解出来るはずだ。


「数年前、現在の国主たるドレッド・ベン・ハーが国を統一するまで、アサイラスは常に内戦を繰り返していました。そう、アサイラスの歴史は戦の歴史。ゆえに、我々よりも圧倒的に経験豊富です」


 そして、俺は断言する。


「彼等はこと戦において、我々よりも遙か上を行く。まずはそれを認めるところから始めましょう。そうした認識がなかったがために、我々はこうした窮地に陥っているのです」


 この言葉に、老将は沈黙した。

 俺は脱線した話を元に戻す。


「我々の現在地が、ここ。そして、敵軍が陣営を張っている場所は……おそらく、ここではありませんか?」


 シャロンへ問うてみると、首肯が帰ってきた。


「ならば間違いなく、私の言った通りになります。彼等は我々の思考をコントロールすべく、あえてこの場所に陣営を作ったのでしょう。即ち、なんの小細工もせず、まっすぐに突進し、パワープレイで以てッゲーム()を終わらせる、と。こちらにそのような考えを抱かせるような場所だ。ここは」


 起伏もなく、完全に穏やかな平野。ここから我々の砦へ向かうルートは、常識的(、、、)に考えれば一本しかない。

 即ち、真っ直ぐに突っ込んで攻め滅ぼす、と。そのように宣言するような設営地点となっている。


「それに対し、我々はどう動くべきか。そこが肝要でありますが……ここはあえて、悪手を打とうと思います」


 俺の考えを理解出来ている人間は、今のところ一人もいない。

 イリーナ達でさえ、困惑したような顔をしている。

 そんな彼等を前にして、俺は指揮棒である場所を指した。


「まず、この場に急行し、陣営を築きます。ここはアサイラス軍が確実に通る場所であり、こちらにとってはもっとも攻めやすい」


 砦前の地形は、丘陵地帯となっている。起伏が激しく、それゆえに要所も多い。

 戦場における要所とは即ち、高い場所を指す。そうした場より相手を見下ろし、魔法など打ち下ろしていけば、容易に相手方を壊滅出来よう。

 また、高い場所に陣取れば必然、敵軍の動向を全て把握出来る。


「相手方よりも先に要所の全てを押さえておけば、地の利は我々が握ったも同然。先の襲撃で情報を把握されたであろう砦に籠城するよりも、こちらのほうがずっと勝算が高い」


 こうした説明に、将官の一人が首を傾げながら問うてきた。


「これのどこが悪手なのだ? 至極まっとうな方針に思えるが」


 俺は首を横に振りながら、こう答えた。


「確かに至極まっとう。我々に勝ち筋があるとしたなら、丘陵地帯に陣取り、要所を全て押さえること。それしかありません。そして……当然、それは相手方とて読み切っている」


 俺の発言に、ここでジニーが声を出した。


「なるほど。そういうことですか」


 彼女だけでなく、エラルドとシルフィーもまた、俺のいわんとすることを理解したらしい。それはジェラルドを始めとした将官達も同様である。

 反面、戦ごとの機微に疎いイリーナは、まだ何もわかっていないようだった。

 そんな彼女に説明するつもりで、俺は口を開いた。


「私が推測した、相手方の策。その詳細を解説いたしましょう。まず、アサイラスはさまざまな布石を打ち、我々の発想力を狭めたのです。即ち、この丘陵地帯に陣取らねば、戦の勝利はない。そのような考えしか出ないような状況へと追い込んだ」


 地図の一部を指揮棒で突きながら、俺は続きを語る。


「実際、アサイラスはある程度の軍勢を丘陵地帯へと向かわせるでしょう。しかし、それはあくまでも囮。本命は……この山間部を通り、迂回してやってくる。兵の全てが出陣し、無人となった砦を占領するために、ね」


 この解説により、イリーナもまた納得した様子で頷いたが……

 一方で、他の面々は新たな疑問を抱いたようだ。


「この山間部は実に険しい地形だ。軍勢を連れて突破出来るものか?」

「我々の常識で考えれば、ありえないルートでしょう。しかし、彼等にとっては違う。屈強なオークのみで編成した軍団であれば、突破は可能と考えているに違いありません。オーク種は体力が高く、極めて頑強です。山間部の厳しい環境も難なく乗り越えるかと」


 これぐらいはまぁ、言わずもがなといった内容だが。

 次にジェラルドが口にした問いは、まさに核心を突くようなものだった。


「……それで、アード・メテオールよ。貴様が述べた内容が正しかったとして、我々はどうするのだ? 現在、まともに戦える兵の数は極めて少数。丘陵地帯と山間部、両方へ向かわせた場合……いずれの戦場でも、敗北を喫するであろう」


 そう、ここで頭数の問題が再浮上する。

 軍を二つに分けて、別々に派遣したなら、ジェラルドの言う通り敗北するだろう。

 ただでさえ寡兵である。それをさらに半分にするとなれば、いかなる戦術を以てしても勝利はありえない。そのため、派遣出来る場所は一カ所に限る。だがそうなると、二カ所のうち一つで勝利を収めることが出来る反面、別の場所からの侵入を許してしまう。


「現状が八方塞がりであることには、未だ何も変わらぬ。これをいかに打破するのだ?」


 試すような目を向けてくるジェラルドに、俺は悠然と微笑んで見せた。


「軍を二つに分けるようなことはいたしません。先ほども申し上げた通り、まずは丘陵地帯に陣営を設置いたします。そうした情報を……こちらの内部に居るであろう密偵に、あえて持ち帰らせましょう。我々が相手方の策に嵌まったと、そのように思わせるために、ね。それから兵を一つに纏め、全軍を山間部へと移動させる」

「……そうなると、丘陵地帯に向かう敵軍はどうするのだ?」

「そこに関しては、なんら問題はありません」


 俺は胸を張りながら、堂々と宣言した。


「このアード・メテオールが単騎にて、敵軍を撃滅いたします」


   ◇◆◇


 逼迫した事態でこそ、落ち着く時間が必要である。そのことはジェラルドとて理解していたようで、まずことを始める前に、全員へ休息を取るよう命令した。

 我々にも宿舎の一室があてがわれ、今宵は他の兵士達と同様、しっかりとした食事と睡眠を摂って休むことになった。


 さて。

 食事などを済ませた後、俺は別室へと移動する。

 エラルドの自室だ。戦前に少々、話しておきたいことがあった。

 ゆえに彼にあてがわれた部屋を前にして、ドアをノックする。と――


「おぉ~~~~ん」


 返事にしては妙な唸り声だが、まぁいい。俺はドアノブを回し、彼の部屋へと入った。

 その瞬間――


「気持ちいいですか、ご主人様」

「さ、最高だぜ、リリスたん! そこ! そこをもっと踏んでくれ!」


 ベッドの上で。

 傍仕えの麗しい少女メイドに、背中を踏ませるエラルドの姿を確認した。


「お、おぉ~~~ん……………………あっ」


 どうやら、彼はこちらに気がついたらしい。

 俺はニッコリ微笑んで、


「ごゆるりと」


 ドアを閉めようとしたのだが、


「待て待て待てッ! オメー誤解してんだろッ!? オレがメイドに踏まれてよがってる変態だって、そういうふうに誤解してんだろッ!?」

「事実では?」

「いや、ちげぇ~から! マッサージ! コレただのマッサージだから!」

「……性的な意味での?」

「普通のマッサージだわッ! リリスたんに性的なことなんぞやらせっかよッ!」


 ぜぇぜぇと息を切らせるエラルド。

 その背中を依然として踏みつけながら、リリスという名のメイドが口を開いた。


「エラルド様の、おっしゃる通りです。これはただのマッサージです」

「うん! そうだね、リリスたん!」

「でも……エラルド様はマゾ豚なので、性的な快感も覚えておられるようです」

「リリスたん!? なに言ってくれちゃってんの、マジで!?」


 慌てふためくエラルドの姿を、リリスは無表情のまま見つめ続けている。

 その顔は実に無機質だが……どこか、愉悦に満ちているような気がした。

 そうした二人のやり取りに、俺はため息を吐いて。


「短期間で驚くほど痩せられて、口調も元に戻られたようですが……本質的なところは変わっておられないようですねぇ」


 見た目こそ、居丈高だった頃のエラルドだ。しかし、その中身は小太りだった頃と変わりがない。きっとその性根こそが、彼の本質なのだろうな。

 なんというか、出鼻を挫かれたような感じではあるが、そろそろ本題へ移ろう。


「真面目な話をしにきたのですが。よろしいでしょうか?」

「お、おう! なんでも来い!」


 エラルドは自分の背中を踏みつけるリリスを退かせて、こちらに向き合うと、


「んで? 話ってのはなんだ?」

「時間もないことですし、単刀直入に参りましょう。エラルドさん、貴方にはせひとも早急に、ジニーさんと和解していただきたい」


 この言葉に、エラルドの表情が固まった。


「そ、それは、なんちゅ~か……タイミングが、ないっちゅ~か……」

「タイミングの問題ではないでしょう? 貴方がジニーさんに向き合うか否か。そこが問題だ」


 かつて、学園祭で彼と再会したときのことを思い出す。

 あのとき、エラルドはこう語っていた。

 いつかジニーに謝りたい。でも、彼女と向き合うのが怖い、と。

 家族……おそらくは父ジェラルドへの恐怖、彼が与えてくる重圧。それらを紛らわせるため、エラルドは家来も同然のジニーをいじめるようになった。

 しかし、俺との出会いがきっかけとなり、エラルドは精神的な変化を遂げたという。

 だがそうだからこそ……自分がジニーにしてきた行いに、これまで以上の罪悪感を覚えるようになったのだと、彼はそう語っていた。


「私と交戦した後、貴方は不登校になった。当初は私を恐れてのことかと、そう考えていましたが……実際は違う。貴方が学園に来なくなったのは、ジニーさんに気を遣ってのこと。そうでしょう? エラルドさん」


 俺の問いかけに、彼は口をもごつかせながら頷いた。


「……そうだ。オレとオメー等は、同じクラス、だからな。学園に行きゃあ、毎日顔を合わせることになる。……あいつはオレの顔なんざ、一瞬も見たくねぇだろうし、だったら一年ぐらい留年しようって、そう思ってんだよ」


 そんな考えに、俺は首を横に振った。


「いけません。そのようなことは許しませんよ、エラルドさん。貴方には近い将来……いや、もっと具体的に言いましょう。この一件が終わるまでに、ジニーさんと和解していただく。そして……学園に、来てください」


 ジッと見つめるこちらに、エラルドは怪訝な顔で問うてきた。


「な、なんで、そこまで圧をかけてくるんだよ。別に、今のままでもいいだろ。ジニーも幸せそうだし。オレなんかにかまうこたぁ――」

「オレなんか、などと言わないでください。今の貴方は私にとって、唯一の男友達になれる相手、なのですから」


 この言い様に、エラルドは目を剥いた。

 そんな彼に、俺は滔々と、少しだけ熱っぽく、言葉を紡ぐ。


「メガトリウムでの一件で、貴方は私を、友達になれるかもしれない相手だと。そのように言ってくれましたね。……それは私にとって、決定的な救いになったのです。貴方の言葉は私に、イリーナさんと初めて出会ったときと同じか、それ以上の衝撃をもたらした」


 人は異物を恐れる。

 自分よりも圧倒的な強者を恐れる。

 ゆえに、一度畏怖されたなら、その相手とは友情関係を結べない。

 事前に友情があったとしたなら、畏怖された瞬間、それは壊れてしまう。


 ……そんな考えが、勘違いであると、エラルドが教えてくれた。


 彼は俺の力を受け、一度畏怖しながらも。

 それでも、俺と自分は、どこか似ていると言った。

 だからこそ、友達になれるんじゃないかと、そう言った。


 エラルドにとっては何気ない言葉だったのかもしれない。

 だが、俺にとってその言葉は、目が覚めるような内容だったのだ。


「エラルドさん。私は貴方と友達になりたい。共に学園で学び、行事を楽しみ、笑い合いたい。……出来ればそこに、ジニーさんを加えて、ね」


 エラルドにとっても、それは望む未来であったのだろう。

 しかし。

 彼は酷く落ち込んだ様子で、首を横に振った。


「……難しいぜ。今さらどのツラ下げて、アイツに向き合えばいいのか」


 しょげかえったエラルドを見つめながら、俺は口を開いた。


「そのツラでよろしい。ジニーさんは狭量な方ではありません。貴方の謝罪を受け入れ、赦すだけの器量を持っておられます。貴方はただ、彼女に面と向かって謝るだけでいいのです。それだけで、全てが丸く収まる」


 俺の発言に、エラルドは何も答えなかった。

 しばし沈黙を保ち、そして。


「……ちょっと、時間をくれ」


 未だウジウジと、悩み続けている様子ではあったが。

 少しだけ、前向きな色が見えたように思えた。


「我々の友情は、貴方が過去に対する決着を付けた瞬間に訪れるもの。……そのときを、私は楽しみにしていますよ」


 それだけ告げると、俺は彼の部屋から出て行った。

 そして自室に戻る道すがら、嘆息する。


 戦での勝利よりも、人間関係のもつれを直す方がずっと難しい。

 俺は心の底から、そう思うのだった。





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