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第七八話 元・《魔王》様と、森林での対決 前編


「私の防御魔法を、一枚とはいえ抜いてみせたその技量。なかなかのものと言えましょう。……貴方のお名前を、聞かせてくださいませんか?」


 男の返答は冷淡なものであった。


「死にゆく者に、名乗る名などない」


 鋭く言い切ってからすぐ、《魔族》の男による、攻勢が開幕する。

 先刻と同様、無数の雷閃が飛び交った。

 鼓膜を破らんばかりの轟音。目を焼かんばかりの煌めき。

 まさに疾風怒濤の攻撃だが、しかし。


「ふんっ! そんなの効くもんですかっ!」


 イリーナの言う通りだった。

 敵方が繰り出す雷撃は、もはや我々を守護する防御膜に、傷を付けることさえ叶わない。


「大方、私の力に関しては知らされているのでしょう? 一度見せた魔法は二度と通用しませんよ。貴方の魔法は確かに素晴らしい威力を誇っておりますが……我が異能を攻略するようなものではない」


 解析と支配。その力を前にしたなら、あらゆる魔法は無力なものとなる。

 男が繰り出す雷撃の魔法は、もはやなんの効力も持たなくなった。


「バケモノめッ……!」


 フードから覗く顔が、苦渋に歪む。


「悪いことは言いません。撤退なさい。貴方の力では我々の足止めなど、とてもとても」


 純粋に善意からの申し出だったが、無論、相手方が聞き入れるわけもなかった。

《魔族》の男は怒りで顔を紅潮させ、叫ぶ。


「舐めるでないわぁッ!」


 途端、我々の周囲に無数の幾何学模様が浮かぶ。

 ほう、七種の魔法を同時に行使出来るのか。現代生まれのほとんどは二重詠唱(ダブル・キャスト)さえまともに扱えぬというのに、この男は二重詠唱(ダブル・キャスト)と来た。

 なるほど、俺達の足止めを任されるだけのことはある。

 だがそれでも、力不足は否めないが。


「喰らえッッ!」


 気迫と共に、陣から無数の属性魔法が放たれた。

 まるで魔導士の軍勢による一斉掃射である。

 轟音が常時鳴り響き、周辺の木々を薙ぎ倒していく。


 ただ一人で環境さえ変えてしまうほどの力量か。

 しかしいかな魔法も、我が異能の前ではなんの役にも立たぬ。


 全ての攻撃は防壁に傷すら付けることも出来ず、掻き消えた。

 けれどもなお、男は諦めることなく魔法による攻勢を続行する。


 猪突猛進、という言葉が浮かんだが……ふむ、どうやら違ったようだ。

 この派手な魔法攻撃は、囮だったようだな。


「《開け》! 《我が領域》!」


 二詠節の詠唱によって、新たな魔法が発動する。

 おそらくこれは、相手方の本命であり、切り札であろう。

 発動と同時に、周囲の空間が歪み……景観が、激変した。つい今し方まで、我々は夜中の森林に身を置いていたのだが、それが今や、日中の砂漠地帯に変わっている。


「な、なにこれっ!?」

「ほう。固有空間、ですか」

「こ、固有空間?」

「えぇ、空間系魔法の最高峰。下手な《固有魔法(オリジナル)》よりも強力な魔法、ですね。現代では失われた技術となっているようですが……いやはや、実に素晴らしい」


 眼前に立つ《魔族》の男に、拍手を送ってみせる。

 そうした行為が、相手方の感情を逆なでしたようだ。


「その余裕、消し飛ばしてくれるッ!」


 奴が吼えてすぐ、蒼穹に無数の剣が召喚される。

 そして、間髪入れずに落下。

 風を斬り裂きながら殺到する刃に、俺は防御魔法を発動しようとしたのだが。


「……イリーナさん。どうか叫んだりしないように」

「えっ?」


 俺は自分とイリーナ、二人分の防壁を展開しようと考えたのだが。

 しかし、固有空間の効力により、それは叶わなかった。


 発動妨害(ジャミング)という概念がある。この空間には、やはりそれが展開されているらしい。

 そのため、俺の力は平常時よりも数千分の一程度に弱体化している。


 発動妨害が原因で、初級の魔法しか使えないような状態となっているからだ。ゆえにかろうじて、この攻撃を防げる程度の防壁で、イリーナを守ることが限界であった。

 俺自身は無数の刃を防ぐことが出来ず……気付けば、ズタズタに斬り刻まれていた。


「ア、アードっ!?」


 きっと、今の俺は酷いありさまとなっているのだろうな。

 さしものイリーナも、こちらの凄惨な様相に顔を青くしている。

 反面、《魔族》は勝ち誇ったように笑った。


「ふははははは! 固有空間内において、このガラモンは神も同然の存在となるッ! いかな神童といえども、固有空間の内部に入れ込んでしまえば――」

「神、ですか。ずいぶんと大きく出ましたね。しかし、たかだか子供一人殺せぬようでは、神とは言えないのでは?」


 相手の言葉にかぶせる形で、声を投げる。途端、男が目を大きく見開いた。


「な、なんだ、貴様ッ……!? し、死んだはずだッ……! そ、そんな傷で、生きているわけがッ……!」

「えぇ。実際に死にましたよ。ただね――」


 俺は唇に笑みを宿しながら、断言した。


「たかだか一度殺した程度では、(魔王)を滅することなど出来ませんよ」


 そして、受けた傷が時間を巻き戻すように消えていく。ついさっきまでバラバラ死体寸前といった様相であったが、現在は平常時のそれとなんらかわりない状態となった。


「ば、馬鹿な……! そんな高度な回復魔法は、この空間内で使えぬはず……!」


 奴の驚愕も、当然のことではある。

 固有空間において、発動者は神も同然。そうした奴の台詞は事実だ。

 固有空間の内部では、発動者が決定したルールは絶対遵守。その効力は、俺にさえ及んでいる。即ち……先刻の現象は、高度な回復魔法によるものではないということだ。

 そうした現実を、俺は笑みを浮かべながら口にした。


「魔法など用いてはおりませんよ? これはいうなれば……私の霊体的個性といったところでしょうか」


 俺は無限に近い霊体を有しており、それらを一瞬にして同時消去しなければ、絶命することはない。

 これは呪詛の魔法を応用しまくって、原型を留めぬほど変えた、俺の特有魔法である。


「ありえん……! ありえんぞ、貴様……!」

「そうですかね? 完全なる不死を実現したわけでもありませんし、私にとってはこれしきのこと、さして自慢出来るようなものではないのですが」


 俺はただ、本音を述べただけだったのだが、相手はそれを挑発行為と受け取ったようだ。

 怒気と焦燥を混ぜ合わせたような顔でこちらを睨み……

 それから、俺の横に立つイリーナへ目をやった。


「貴様にも弱点はあるッ! それを突かせてもらうぞッ!」


 叫ぶと同時に、イリーナの気配が消えた。

 俺の横から、敵方のすぐ傍へと転移したからだ。


「っ!?」


 瞳を大きく見開いて、驚愕するイリーナ。

 男はそんな彼女の首根っこを掴み、引き寄せると、


「アード・メテオールッ! この女を殺されたくなければ、自害しろッ!」


 こんな台詞を、口にした。


「やれやれ。貴方も所詮は、ただの下衆でしたか。なかなかの実力者であると認めていたのですが、これは評価を改める必要がありますね」

「どうとでも抜かすがいいッ! 大義のためならば、喜んで外道に落ちてくれるわッ!」


 イリーナの首を掴む手に力を込めながら、《魔族》の男がさらに叫ぶ。


「この女の細首など、へし折るのに一秒さえかからぬッ! それを望まぬなら速やかに自害せよッ!」

「ふむ。イリーナさんは貴方達にとって、重要な生け贄であったと、そのように認識していたのですが」


《魔族》の男は何も答えない。まぁ、当然だな。ここで組織の内部事情など語ろうものなら、それこそド三流もいいところだ。

 ……おそらくは、組織内の方針が変化したのだろうな。あの男が放つ殺気は本物だ。本気で、イリーナを殺そうとしている。当人もそれを意識したのか。


「ア、アードっ……!」


 瞳に緊張と恐怖を宿しながら、俺の名を呼ぶ。

 だが、彼女はただの、か弱い乙女ではない。

 負けん気が強く、確かな覚悟を胸に秘めた少女である。それゆえに。


「あ、あたしのことは、大丈夫。死んでも、アードの魔法で復活、出来るでしょ? だから……あたしごと、やっつけてちょうだいッ!」


 最後に吼えた時点で、彼女の瞳から恐怖や緊張が消えていた。

 代わりに、凄絶な覚悟だけが込められている。


「くッ……! 余計なことを抜かすなッ! 殺すぞ、女ッ!」


 冷や汗を浮かべながら、首を掴む手に一層強い力を入れる男。

 だが、イリーナは怯まない。

 自分ごとこいつを仕留めろ。そんな意思だけを、俺に向けてくる。

 当然ながら、そのような考えは却下だ。


「いけませんよ、イリーナさん。そんなふうに、命を粗末に扱うのは」

「で、でもっ……!」

「ご心配なく。自害するつもりもさらさらありません。もはや、決着はついておりますのでね」


 ニッコリと微笑んでみせながら、俺は《魔族》の男に言葉を投げた。


「私が自害しなければ、その少女を殺すというのなら。どうぞ、やってみなさい。出来るものなら、ね」


 これを挑発と取ったか、奴は顔を怒りで紅潮させながら、


「舐めたことをッ……! 出来ぬとでも思っているのかッ!? ならば見せてやるッ! 貴様の女をくびり殺す瞬間をなぁッ!」


 どうにも、この男は激しやすいようだ。

 殺してしまっては人質の意味がなくなるというのに、怒りに身を任せようとしている。

 まぁ、もっとも。こいつがイリーナを殺すような場面は、永遠に訪れないわけだが。

 その証拠に――


「ぬ、うッ……!?」


 フードから覗く男の顔に、当惑の色が浮かぶ。


「なん、だ……!? 力が、入らんッ……!?」


 本気でイリーナの首をへし折ろうとしているのだろうが、その目的はいつまで経っても果たされることはなかった。


「き、貴様……! 何を……!」


 俺がなんらかの細工をしたのだと、そう考えたようだ。

 恨めしげにこちらを睨む、《魔族》の男。その目には得体のしれぬものを見るような、畏怖が宿っていた。それゆえか、男は現実的な判断を下したらしい。


「こうなれば……! 口惜しいが、逃げに徹するほかない……! 当初の目的である足止めだけでも、果たさせてもらうッ……!」


 大方、この固有空間にて身を隠すつもりであろう。

 そして空間内のルールを変更するのだ。高度な魔法を用いようとも、決して自分を見つけることが出来なくなる、と。そんなところだろうか。

 しかしながら――それは、無駄というものだ。


「ッ!? な、なぜだ!? なぜ、姿が!?」


 やはり、身を隠すつもりだったか。けれども、その姿が消えることはない。


「魔法を用いているはずなのに、なぜだか発動しない。そのようにお考えなのでしょうが、違いますよ。ミスタ・ガラモン。貴方は魔法など用いてはおりません」

「ア、アード・メテオールッ……! き、貴様、何をしたッ!?」

「さして特別なことはしておりません。ただ、貴方から神の座を奪った。それだけのこと」


 そう述べてからすぐ、俺は、自らが決定したルールを相手に押し付けた。

 イリーナの解放と、一〇メルト圏内への接近不可。

 それを適用した瞬間、奴はイリーナを手放し、後方へと退いていく。


「か、体が、勝手にッ!? なんなんだ、これはぁッ!?」

「ですから。さっき教えて差し上げたでしょう? 今、この空間内の神は私である、と」

「ば、馬鹿な! 固有空間の発動者は、このガラモンだぞ!? 貴様が空間内のルールを決定するなど、ありえぬことだッ!」


 顔を顰め、大量の脂汗を浮かべる《魔族》の男へ、俺は悠々と微笑みながら口を開いた。


「私の異能をお忘れか? 解析と支配。その力は、例え固有空間の内部であろうとも無効化されることはない。ゆえに――」


 俺は指を鳴らし、空間の解除を実行。

 陽光降り注ぐ砂漠地帯が、その瞬間、夜闇広がる森林の只中へと変化した。


「固有空間を構築する術式を解析し、支配したのなら。もはや貴方は神などではない。この森に住まう虫も同然。いや、それ以下の弱者やもしれませんね」


 切り札を封殺され、もはや敵方に打つ手はない。事実、男は苦悶を顔に浮かべ――


「こうなればッ! せめて一太刀、浴びせてくれようぞッ!」


 命を捨てた者特有の目。それが次の行動を、俺に教えていた。

 即ち――自爆である。


「我が組織と血族に、栄光あれッ!」


 狂気を孕んだ絶叫と共に、自らの全身を引き裂いて、強烈な光が漏れ出す――

 と、対面の男はそのような状況を覚悟したのだろうが。


「…………な、なぜだ? なぜ、何も起きない?」


 いつまで経っても、その身が爆裂することはなかった。

 俺が、自爆を許さなかったからだ。


「私と貴方、一対一の状況であったなら、栄誉ある死を許可していたのですが……ここには人の死に不慣れなレディーがいらっしゃいますので、自害なさるならどうか、別の場所でお願いいたします」


 男の自爆魔法を一瞬にして解析し、使用不可とした理由は、イリーナへの配慮であった。

 彼女には出来るだけ、ショッキングな場面を見せたくない。

 ……目的地に到達すれば、いやというほど目撃することになるのだろうが、それでも。

 不快な場面は、限りなく少数にしておきたかった。


「くッ……! 我が覚悟を踏みにじっただけでなく、生き恥までかかせるかッ……!」

「左様。生殺与奪を思うがままにする。これぞまさに勝者の特権というもの。貴方にはしばらく、この場に居残っていただく」


 言うや否や、俺は拘束用の魔法を発動。その瞬間、黒いリング状の拘束具がいくつも現れ、男の体を瞬く間に縛り上げていった。


「ぐッ……!」


 急激な圧をかけられたことで、《魔族》の男は苦悶を漏らし、地面へと倒れ込む。

 そうした姿を一瞥した後、俺はイリーナへと目をやった。


「人質となった際、首に負荷を受けておりましたね。その部分が痛んではおりませんか?」

「う、うん。大丈夫。どこも問題ないわ」


 そう答えたイリーナの目には、俺に対する尊敬と……

 自身の不甲斐なさに対する、苛立ちが宿っていた。


「ごめんね、アード。足、引っ張っちゃって」

「いえ、気にするようなことではございません」


 微笑みかけるが、イリーナの表情は曇ったままだった。


「……あたしね、いつかアードに追いつきたいって、そう思ってるの。だから毎日、努力してるつもり、なんだけど。結果はいつもこれだわ。アードに助けてもらうばかりで、肩を並べて戦うことさえ出来ない」


 今回は本気で、命の危機を感じたのだろう。そうした状況を、自力で乗り越えたいという意思を有するがために、これまでイリーナは頑張ってきたのだろう。

 だが、それが叶わなかったがために、彼女は……


 いや、違うな。そこは本質じゃない。

 彼女が落ち込む理由は、俺と並ぶことが出来ないという、その一点にある。


「……私と同等の力を得て、肩を並べねば、真の友とは言えない。そんなふうにお考え矢もしれませんが、それは違います。イリーナさん、貴女は強かろうが弱かろうが、私にとって永遠の親友です。どうか、必要以上に自分を追い詰めぬようにしてください」


 イリーナは何も答えなかった。ただ、悔しげに俯くのみだった。


 ……まぁ、時が経てば、普段の明るい彼女が戻ってくるだろう。


 彼女の心理状況をなんとかケアしたいとも思うが、しかし、最優先事項ではない。

 転移を妨害していた術式は、あらかた解析が完了した。

 もはや我々を阻むようなものはない。ゆえに俺は、ジニーとエラルドの救助という目的を果たすべく、今度こそ転移の魔法を――


 発動する、直前。


「グルゥアッ!」


 獰猛な声が耳朶を叩く。

 背後より接近する気配あり。それを感じとった瞬間、我が全身が反射的に動作する。

 横へ跳びながら、イリーナの守護をすべく、彼女に防御魔法を発動。

 その華奢な体を防壁にて覆い、安全を確保してから、奇襲をかけてきた敵方を睨む。


「……ほう。早くも、黒幕のお出ましか」


 俺を襲ったのは、一匹の狼であった。

 しかし、ただの狼ではない。双眸は紅く煌めき、胸元に同色の刻印が刻まれている。


 この様相は、奴の仕業だ。


 ライザー・ベルフェニックス。

 奴の《固有魔法(オリジナル)》によるものだ。


 そして。

 どうやら、敵方は狼だけではなかったらしい。


 この森、全ての生命。

 それが今や、俺達の敵となっている。


 木の上から我々を見下ろす、猿の群れ。

 地上にて我々を見据える、野獣達。

 樹木の表面に張り付いた、昆虫の大群。


 それら全てが、その目を紅く輝かせていた――





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